もしかしてアンチ異世界転生?――ジャンルを揺さぶる「普通の女子高生」
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『JKハルは異世界で娼婦になった』はウェブ上に発表されて話題を撒いた作品で、早川書房の編集者5人が読んで「読む前と後ではまったく印象が違う」と感嘆。急遽、書籍化が決まったという鳴り物入りだ。ぼくも「どれどれお手並み拝見」と興味本位で読んだのだけど……
ラノベ系「異世界転生もの」の隆盛
平鳥コウ『JKハルは異世界で娼婦になった』を読んで、ちょっと感心してしまった。
現代に住む人間が突然、異世界へ迷いこんでしまい、現代人ならではの感覚と知恵を活かして大活躍をする物語は、ポール・アンダースン『魔界の紋章』(雑誌発表1953年、単行1961年)をはじめ、これまでのSFやファンタジイの分野でも書かれてきた。それこそ「過去」さえも異世界と認めるならば、マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』(1889年)にまで、この分野に含まれる。
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しかし、このごろの日本のラノベで隆盛している「異世界転生もの」というサブジャンルは、それら先駆的作品と一線を画すようだ。もっとも、ぼく自身はラノベに馴染みがなく、実作を読んだわけでなく、アニメ化されたものを観たり、信頼できる友人たちからの情報で、それと推測するだけなのだけど。
いまふうの「異世界転生もの」は、主人公は徒手空拳で異世界に放りこまれるのではなく、なんらかの特殊能力を付与されていることが多い。さらに、転生先となる異世界も、J・R・R・トールキン『指輪物語』やアーシュラ・K・ル・グィン『ゲド戦記』のように精密にディテールを凝らして構築されているのではなく、かなり都合良く設定されている。たとえば、スマートフォンが使えたり、現代のインフラに相当する設備が整っていたりする。
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『JKハルは異世界で娼婦になった』も、そうしたいまふうの「異世界転生もの」の流れに属している。社会体制がどうなっているか、産業・経済がいかに成りたっているかといった説明はほとんどなく、職業ギルト、闘技場、食堂や娼館などの描写は、ゲーム画面の書き割りのようである。
もちろん、「説明のなさ」自体はなんら瑕疵ではない。小説技巧において、いちいち説明を挟むのはヤボであり、よほどうまくやらないと物語進行を妨げる。トールキンやル・グィン、あるいはアンダースンと異なり、いまふうの「異世界転生もの」は、異世界のなりたちを描くことに眼目はなく、異世界であることは物語を牽引する「一定のルール」くらいの意味しかない。
ジャンルの“お約束”を逆手に取る
前置きが長くなった。ぼくが『JKハルは異世界で娼婦になった』を読んで感心したのは、短い期間に一大ジャンルとなったラノベ系「異世界転生もの」の流れに棹さしながら、このジャンルを相対化する視点があるからだ。いわゆるジャンルの“お約束”を熟知しつつ、それを逆手に取っている。
いってみれば、これは「アンチ異世界転生もの」なのだ。
ここでいう「アンチ」とは“反”や“否定”ではない。「アンチミステリ」や「アンチロマン」と似たニュアンスで、そのカテゴリのなかにあって再帰的にカテゴリを問い直していく姿勢である。
たとえば、『JKハルは異世界で娼婦になった』の主人王、小山ハルは、同級生の千葉セイジとともに、この異世界に飛ばされてきたのだが、明確にチート能力を付与されているのは千葉だけなのだ。千葉は転生時に神様と仲良くなって、いいスキルをもらった。
現世ではスクールカーストの下位だった千葉は、異世界で冒険者となり、闘技場でも順調に勝ち上がっている。それに対して、現世ではカースト上位でブイブイいわせていたハル――千葉などはゴミ扱いしていた――は、生きていくため娼館で春をひさぐ日々だ。客をとらねばならず、屈辱的なことに、最初は千葉に頼んで客になってもらったほどだ。ハルは、神様に千葉をズルイと思う。
それに対し、千葉はハルに次のようにうそぶく。
「でもそれが異世界転移物語のテンプレートだからね。俺みたいに別の世界から召喚された主人公は、他のヤツらにはないチート能力と現代知識でいきなり無双できるの。アニメでもラノベでもよくあるじゃん。ウケるよね?」
ラノベを読みつけていない読者は、このくだりで「作中人物の自己言及」でメタフィクション的だと思うかもしれない。しかし、おそらく(ぼくもラノベを読みつけていないのであくまで憶測だけど)、この程度の自己言及はもはやラノベでは常套だろう。
ただし、千葉よりも遙かにドライなハルの感覚は、ラノベ系「異世界転生もの」の根幹をちょっと揺るがすものかもしれない。彼女は、こんなふうに、異世界のことを蔑むのだ。
JK小山ハルの人生は、オタクくさいソシャゲみたいな世界で、ひっそりと春を売ることでリスタートするのだった。
「こんな女子高生、普通じゃねーよ」からの急展開
舞台となるのが「オタクくさいソシャゲみたいな世界」なので、登場人物の行動原理も単純だ。端的にいえば、欲と色である。そのうえ男尊女卑が甚だしく、身ひとつでここに飛ばされてきたハルの希望は、娼館で指名順位をひとつでも上げることだけだ。この夢のなさがちょっと凄い。
腐れ縁の千葉は、「まあオマエはオレが守ってやるからよ」みたいな態度――それはハルにとってウザいだけなのだが――で接する。また、異世界版キモオタのスモーブ(ハルがつけた綽名で「相撲部」に由来。本名は「ジェイソウルブラザ~」というらしいが、ハルに最後まで言わせてもらえない)は、ハルをアイドルのように崇敬している。しかし、彼らはあくまで例外であり、ほとんどの男はハルをモノ扱いして、かなり無茶な変態行為すら強いるのだ。それに対しても、ハルは金のためだと割りきっている。
彼女は性を売ることに対する躊躇はなく、それによって心が傷つくこともない。あくまでビジネスなのだ。このあたりも『JKハルは異世界で娼婦になった』の面白さであり、ジェンダー論の文脈で論じることもできそうだけど、ぼくは門外漢なので別のかたにおまかせしよう。
ただ、ひとついえるのは、作者は問題提起のためにハルの性格をこうしたのではなく、あくまで物語の機能としてコントロールしていることだ。けっこう激しい性描写もあるのだけど、ハルが淡々としているのであまりエロチックには思えない。ほとんど格闘シーンのようなドライブ感すらある。というか、だんだんエスカレートしていって、さすがにそれは人体の耐性を超えるのではないかという領域に入ってしまい、「えっ、コレはナニ?」と首を傾げる。
じつは、この「コレはナニ?」の戸惑いこそ、ぼくが『JKハルは異世界で娼婦になった』は「アンチ異世界転生もの」じゃないかと考える糸口だった。
ハルは現代のサバサバした女子高生らしい醒めた視点と口調の人物で、そういう意味では「普通」なのだ。RPG的ファンタジイである異世界を、「普通」の視点で相対化するという意味でも異色といえるかもしれないが、この作品が本当にユニークなのはその先だ。
「普通」と思って読んでいたハルが、はっきりとチート能力を持った千葉や、極端な男尊女卑世界でそれぞれの役割を果たしている脇役たちに比べても、まったく「普通」でないことがわかってくる。
そんなムチャな性行為をして平気な女子高校生なんて、とても「普通」じゃねーよ!
と、ツッコンで読んでいたのだが、じつはこれが伏線なのだ。
物語終盤で明かされるハルの正体は、「オタクくさいソシャゲみたいな世界」を盤面ごとひっくり返すような、良くいえば「いっそ爽快」、悪くいえば「台無し感満開」の展開なのだが、それはこれからお読みになるかたのために伏せておこう。
ただ、その伏線が伏線とわかるまえに、ハルの「普通」さをせっかく異世界にいるのに卑小だと決めつけたり、「オタクくさいソシャゲみたいな世界」が都合良く設定されていてリアリティがないと非難するのは、ピントはずれなのでご注意。
山本弘 さん
〈ただ、その伏線が伏線とわかるまえに、ハルの「普通」さをせっかく異世界にいるのに卑小だと決めつけたり、「オタクくさいソシャゲみたいな世界」が都合良く設定されていてリアリティがないと非難するのは、ピントはずれなのでご注意。〉とあるのは僕のことだと思われますが、実は僕は途中で読むのを断念する前、どんな結末を迎えるんだろうと思って、最後の展開だけは読んでおります。ただ、結末を先に読むなんてルール違反だし、みっともなかったから触れなかっただけです。
返信 - 2017.12.30 14:26
山本弘 さん
〈良くいえば「いっそ爽快」、悪くいえば「台無し感満開」の展開〉僕にとっては「台無し感満開」でした(笑)。
返信 - 2017.12.30 14:29