10万部を突破した前作『藝人春秋』から5年。芸能界に潜入したスパイ・水道橋博士が、橋下徹からタモリまで…芸能界の「怪人奇人」を濃厚に描く新たなノンフィクション作品。それが『藝人春秋2』(上・下)だ。
徹底的な取材と緻密な構成で綴られた本書の発売を記念して、ノンフィクション作家で、芸能プロダクション「バーニング」周防郁雄社長へのインタビューをはじめ、精力的に芸能界について取材している田崎健太氏と水道橋博士が、「書くこと」「調べること」をテーマに対談を行った。飛び出す芸能裏話、執筆秘話、そして思わぬ「告白」まで…。3時間に及んだふたりのアツいトークをここにお届けする――!
田崎健太 いやあ、とんでもない本でした。『藝人春秋2』は上下巻だから、年末の仕事が立て込む中で、この対談までに読み切れるかちょっと心配していたんですが…読み始めてみると、笑えるところとシリアスなところのバランスが良くて、一気に読めましたね。
おなじみの寺門ジモンさんや三又又三さんの笑えるエピソードがある一方で、ビートたけしさんが息子さんに宛てた詩のような泣かせる話もある。さらに、橋下徹氏や石原慎太郎氏について書いた項は、政治ノンフィクションでもある。芸能界と政治というのは、ぼくがこれまで取材をしてきた分野でもあるので、この本について話し始めると、止まりませんよ(笑)。
水道橋博士 田崎さんにそう言ってもらえると嬉しいなあ。この本を書くにあたって、この1〜2年は朝3時とか4時とかに起きてひたすら執筆していましたから。で、本業のテレビの仕事を終えて帰宅した後も、椅子に座って眠気で気を失うまで書いていました。比喩的な意味じゃなくて、本当に命を削って書いてました。
削ったといえば、殿(ビートたけし)と息子のアツシくんについて書いた項も、想い入れが熱くなりすぎて、書き始めたら止まらなかった。当初はこのパートだけでも80ページぐらいあったんですが、さすがに長すぎるからと、50ページ近く削ったんです。
田崎 作家のスティーブン・キングは『書くことについて』という本の中で、「テンポをよくするには、刈りこまなくてはならない」「最愛のものを殺せ」と〝削る〟ことの重要性を書いています。作品の純度を高めるためには必要な工程ですね。
博士 確かに、この章が一番好きと言われる読者もいるし、これだけで1冊書けましたね。「殿と若とボク」みたいなもの。この時代に、家出をして弟子入りという形で師匠に30年を超えて奉公して修行をするってことだけでも物語の形になるけど、そこに師匠と子という視点を加えるのも良いかも。
この本は、構想何十年という長期取材の賜物も数々あるから、上下巻を改めて見ると、「ああ、俺、全部書いたけど、いま、なんとか生き残って読めるんだ」って思うんですよ。ようやく本の形になったなぁと。
田崎 この本には「生きるか死ぬか」というテーマ性があるな、と感じました。
博士 そうですね。例えば、寺門ジモンと武井壮の「死闘」のパートでは、〈この戦いで、2人のうちどちらかが死ぬかもしれない!〉と書いたけど、文字通りあれは一触即発でした。
〈「あのさぁ、キミ! まず最初に。百獣の王を目指すとかなんとか言ってるらしいけど、それ、キミは芸人としての立ち位置でそういうことを言って世の中に出てきたの?」
「僕は芸人じゃないです」
憮然と答える武井。
「うん。分かった。どうせアスリートなんでしょ…ん? だから? それがどうしたの?」
ジモンは明らかに武井を見下していた(中略)。
「僕が百獣の王になろうって決めたのは29歳くらいからですね、はい」
ジモンの挑発にも、まるで気がつかないかのように淡々と取材者の目を見て答える武井。
「えー何?それってキミの願望で?」
「そうですね、はい…」
ここで、しばし沈黙が流れる。そして——。
「ウキャキャキャキャキャキャキャ!!」
突然、ジモンがわざとらしく哄笑した。
「いやいや、笑ってゴメン。もう、オッ俺からしたら『若者よ頑張れ!』って気持ちだよね。そういう時期って、オッ俺にもあったよぉ」〉(下巻第10章「最強伝説・対決編 武井壮vs寺門ジモン」より)
博士 『藝人春秋』は「藝」の世界を内側から見て描くルポルタージュなんだけど、田崎さんはいま、週刊現代と現代ビジネスで「ザ・芸能界」という不定期連載をしていますよね。また先日発売された「AERA」の「現代の肖像」では、吉本興業の大崎洋社長のルポルタージュを書いている。実は僕の書いている『藝人春秋』は、田崎さんのスタンスと共通する部分が大きくて。
というのも、やっぱり芸能の世界というのは「義理と人情」があらゆる事象に事細かく張り巡らされているでしょう。人間関係の中にね。それを過去の経緯を知らない、あるいは調べない人は簡単に「バーニングが…」とか「ジャニーズが…」とか「芸能界のタブーが…」と言って済ませて、結果、調べる努力もしていないのに「芸能界はアンタッチャブルなんだ」と勝手に納得しちゃう。
でも、そんなことないんですよね。芸能界だって、それこそ義理と人情、貸しと借りの世界を人としての愛情と筋を通して尽くせば、ちゃんと入り込んで取材することはできる。
ボクはそれを内側から見て書く。田崎さんは外から内に入って書く。努力をすればたどり着く方法はあるのに、やろうとしてないだけです。いわば、みんなが芸能界に「忖度」しすぎているわけじゃないですか。
例えば、のんちゃんの問題(註・所属事務所からの独立問題)に関しても、圧倒的に才能ある女優さんがトラブルを抱えて業界から何時の間にか消えてはいけない、と思うので、微力ながらボクは自分が出来る援護射撃を心掛けるし、今回の『藝人春秋2』の帯文も彼女から頂いた。田崎さんは彼女の現在の弁護士と、前の事務所の関係者の双方に取材して、どこに問題があったのかをあえて、素通りしない。法的な部分も含めて無視、黙殺をしないで書いている。
こうして内と外から検討する材料が現れて、初めてなにが正しいかを論じることができるだろうし、解決策や落とし所も出来てくる。表面から見た感じや、あるいは真偽も分からないうわさ話だけで、「事実」を構成しようとする。それじゃあ真実は見えてこないだろうと。
そういう風潮には与しないから、徹底的に取材して、ボクなりの真実を見せたいと思った。それが『藝人春秋2』なんですよ。