中国にしてみれば、自国内に抱える余剰生産力をなんとか輸出や対外投資に振り向けたいし、インド側も自国のインフラ整備に中国の力を借りたい。双方の思惑はみごとに一致している。彼らが巨大な経済の実利を捨ててまでケンカをするわけがない。
ドクラムのにらみ合いも、中国・アモイで開いたBRICS首脳会議を直前に控えた8月末にあっさりと収束した。
局地的な小競り合いで大事な外交イベントに影響を与えてはいけないと、中国・インド指導部は冷静な判断をしたといえるだろう。
11月17日には、関係緊迫が収束して初めて、北京で国境画定のための印中二国間交渉が再開された。両国は、「国境紛争」が存在していることを互いに認め、「どうやって国境問題を解決していくか」といういわば方法論を探るための会合を定期的に開催している。中国との領土紛争を認めていない日本に比べると、一歩先を行っているといえるだろう
印中協議で両国は、「国境を巡るあらゆる状況を考慮し、国境地帯の平和と平静維持に努める」とする声明を発表。あの大騒ぎは何だったのかと思うほど、友好的かつ冷静な対応を見せた。
印中関係を巡る環境も徐々に好転している。インドでは1962年戦争の記憶から中国に警戒心を解かない高齢者は少なくないが、中国に偏見がない若者にとって中国企業は有望な就職先の一つ。多くの大学では中国語コースが大人気となっている。
中国製電子機器に仕込まれていたとされるスパイウェア疑惑や、領土を巡る外交官の不規則発言など、印中間の対立はいつの間にか収束していることが多い。
だとすれば、日本のメディアがしばしば見出しに立てる「インドと組んで中国をけん制」といった考えはかなり甘いと言わざるを得ない。
インドと中国は時に右手で握手しながら左手で小突き合ったりしているが、実際は相手のことをしっかりと理解して付き合っているのである。
印中間にあって日中間にはないもの、それは紛争解決を図る水面下の交渉ルートなのではないか。
(文・日本経済センター主任研究委員 山田 剛)