正義と正義の衝突のバランスを取ることは「正義」ではないと言いながら、実際、それは「ステルス正義」であり、むしろ複数の正義の上に立ち、批判を許さない絶対的正義。それが反感を招いている。
@sasakitoshinaohttps://twitter.com/sasakitoshinao/status/780234981729718272 …
-
-
-
正義と正義のバランスを取る「メタ正義」は、その正義の絶対性を覆い隠す「ステルス正義」であり、この地上に生きてる以上、何らかの当事者(プレイヤー)であるにも関わらず、自らを正義を評価・判断・調整する立場(アンパイヤ―)に置く「非当事者的正義」。
@sasakitoshinao -
たとえ科学的合理主義に基づいても、豊洲や放射能で騒ぐ人たちを批判するのは、そういう一つの正義に基づいて言論を展開する「プレイヤー」であり、決して正義と正義のバランスを取る「アンパイヤ―」ではない。なのにプレイヤー兼アンパイヤ―を演じるから反感を招く。
@sasakitoshinao -
地上にアンパイヤ―がいるとしたら、どちらか決めかねてる第三者。自らは一つの正義に基づく一プレイヤーとして、そのアンパイヤ―にしっかり届くよう科学的合理主義で言論を展開すれば良い。それも抜きで自らアンパイヤ―として振る舞えば、そりゃ反感を招きますよ。
@sasakitoshinao -
一方の正義に立ちながら「正義と正義のバランス」を取る立場を装うのは、一つの言論を自ら構築・展開せず、もっぱら引用することによって、支持しつつ距離を置き非当事者を装う「キュレーション」をやり過ぎた職業病ではないかとも疑われますね。
@sasakitoshinao
End of conversation
New conversation -
-
-
Thanks. Twitter will use this to make your timeline better. Undo
-
-
-
かつてナチスドイツのヒトラーも「我々は正義だ!」と言ったそうですが、つまり後者(Justice)言うところの正義とは主観的なもので、別の表現をすると「言った者勝ち」な代物とも言えそうですね。
Thanks. Twitter will use this to make your timeline better. Undo
-
-
-
正義とする基準に沿って判断する事だろう。日本人は基準を持たず曖昧に正義とする人が多いようだ。国際法を基準にすれば満州事変からの日本の戦争行為もISの行為も正義に反するRT
@sasakitoshinao 英語のJusticeはそうした正義と正義の衝突のバランスを取るということ -
が「法の支配など糞くらいだ」とする価値観ならISの行為もISの正義だろう。法の支配は成文法の支配ではないから議論とその時代の認識によりISの行為が正義になる可能性もあるのだろうが、今現在の多種多様の人たちの合意に反する不正義だ。
End of conversation
New conversation -
-
-
@equinoxnirvana 正義の解釈は、人それぞれ主観的なものでしょうね。だから摩擦が生じると思います。Thanks. Twitter will use this to make your timeline better. Undo
-
Loading seems to be taking a while.
Twitter may be over capacity or experiencing a momentary hiccup. Try again or visit Twitter Status for more information.