【内政問題;「モリ・かけ問題」の凍結化・封印化は,安倍晋三政権の恥部に対する隠蔽策であり,「専制的強権政治の具体的な現われ」である】

 【その隠蔽策のためにイチジクの葉を提供してきた国家高級官僚たちの恥しらず(ハレンチぶり)も,まことにもって上出来である】

 【国民の本当の支持がない状態で「1強政治」を維持できている「世襲3代目の政治家」安倍晋三に対して,みずから進んで擦りよる作家が何人もいる。

 彼らは,太鼓をもって打ち鳴らし,正真正銘の幇間気どりである。それも調子に乗って,安倍晋三に対するゴマすりをおこなっている。その行為に観取できる下品さ・低劣さは,まさに国家:日本の生き恥】

 【難民問題にみる安倍晋三政権のつたなさと外交手腕ゼロの実相】


 ①「〈永田町の裏を読む〉『モリ・カケ疑惑』を忘れさせる策略を許してはならない」(『日刊ゲンダイ』2017年12月28日)

 年の瀬も押し迫ったこの時期,ひとつ思い出しておきたいことがある。〔2017年〕7月末に逮捕された森友学園の籠池夫妻の勾留が丸5カ月に及び,なお保釈のメドも立たないまま来年に持ち越されていこうとしていることである。

 黙秘したり,容疑を否認している被疑者を,こうやっていつまで勾留し,接見禁止処分にまでして一種の精神的拷問にかけ自白を促すというやり方は,「人質司法」といわれる検察・裁判所の常套手段で,これが数多くの冤罪事件を生む温床ともなっている。

 「証拠隠滅」や「逃亡」の恐れが本当にある場合などは保釈申請が却下されて当然だが,籠池夫妻の場合は,問われている補助金詐欺の証拠書類は検察が押さえていて,すでに起訴もされているので,いまさら隠滅もなにもないし,あれだけ顔をしられた2人が逃亡ということもありえない。

 むしろ逆で,籠池が出てきて,自分の補助金詐欺はともかく,近畿財務局が学校用地を8億2千万円も値引きして,その証拠書類を破棄した経緯をちゃんと調べろと騒ぎ立てるのを,誰よりも安倍晋三首相が恐れていて,彼らをできるだけ長く世間から隔離しておくよう,内々に命じているからに違いない。このまま幕引きして,国民に疑惑を忘れさせようという安倍の策略を許してはならない。
安倍昭恵男たちの悪巧み画像
註記)この写真を撮ったのは,多分,安倍昭恵。
  「モリ・カケ」のもう片方の加計学園問題も,なにひとつ真相が明らかにならないまま,年を越そうとしている。森 功の新刊『悪だくみ』(文芸春秋,2017年12月)を読むと,安倍とその「腹心の友」である加計孝太郎理事長とを包みこむ〈闇の深さ〉にあらためて驚く。安倍は籠池とは直接面識はないが,加計とは,国家戦略特区での獣医学部認可がヤマ場を迎えた2016年1年間だけで7回も会食もしくはゴルフをともにしている。

 それでいて,7月の衆院閉会中審査での答弁で「今治市の獣医学部が加計学園だとしったのは2017年1月20日」などと,誰が聞いても嘘と分かることを口走っている。その食事代,ゴルフ代を誰が払ったのかと問われて,安倍は「先方が払うこともある」と認めてしまった。これはどう考えても供応に当たるので,今〔2017〕年の1月までしらなかったという作り話をせざるをえなくなったのである。

 来年の通常国会は,冒頭から「モリ・カケ疑惑」徹底解明で安倍夫妻を追い詰めるよう,野党の奮闘を期待したい。
 註記)https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/220383/1
    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/220383/2

 日本の政治が “安倍晋三のための私物” になりさがっている現状は問題がありすぎる。いまにおける「民主主義の日本的な状態」は腐朽をきわめており,選挙制度(小選挙区比例代表並立制)の弊害がそうした「安倍晋三的な専制的独裁志向」の自民党流高慢行政を跋扈させつづける原因にもなっている。

 2012年12月26日に第2次安倍晋三政権が成立・発足してから5年が経ったところであるが,最初に鳴り物入りで騒がれたアベノミクスは,世界経済のなかの日本経済である「現実の制約」からして,そのトリクルダウン「性」は,まったくといっていいくらいウソに終わっていた。2013年以降において,日本経済の動向・趨勢はこの国の首相が誰であっても,つまり,安倍晋三以外の誰であっても,なるようにしかならない経過をたどってきた。

 しょせん,アベノミクスとは黒田東彦日銀総裁との極悪コンビが,日本経済とじゃれあいながら「経済政策もどき」をおこなおうとしてきただけである。日本経済の景気循環はその諸指標を追跡し,観察してみれば判るように,アベノミクスとは名ばかりの偽称:詐称であった。すなわち,まともに経済政策と呼べる中身はなかった。

 本日の報道にも大企業の一部で初任給が上がるという情報があるが 註記),高度経済成長期におけるそれと同一ではない役割しかありえない「初任給の上昇」が,日本経済全体の活性化にただちにつながる要因になりうるとは,とうてい思えない。
『日本経済新聞』2017年12月29日朝刊初任給上昇記事 註記)『日本経済新聞』2017年12月29日朝刊15面「企業2」,「若手確保へ初任給上げ ライオン9年ぶり 佐川急便は全職種で」がその記事である。こちらの註記で,多少指摘しておく。

 21世紀の現在,非正規社員がほぼ4割である労働経済の現状において,あるいはまた,男女共同参画社会などまだ画餅のまま足踏みしている事実があるなかで,一部の大企業において「大卒の初任給が上昇した」からといて手放しで喜べるのか,あらためてよく考えてみる必要がある。その効果はごく限定的である。

 ②「〈室井佑月の「嗚呼,仰ってますが〉武田鉄矢さんしってる?  安倍さんは殴り返してくるんだよ」(『日刊ゲンダイ』2017年12月28日)

 「反権力とか政治を批判したり首相に向かってバカといったりすると,カッコよがるっていう風潮はあるよね。相手が殴り返してこないことをみてて『かかってこい』っていう人はズルいよね」(俳優の武田鉄矢)。

 これは〔12月〕24日放送の「ワイドナショー」(フジテレビ系)での武田鉄矢さんの言葉。まず彼は,この番組に出ている松本人志さんたちが,安倍首相とご飯にいったことを受けて,「誰と飯を食ってもいいじゃない」といったんだ。

 まあな,この国は政治評論する人やジャーナリストも,嬉々として首相やその周りの人と飯を食いにいき,堂々と取材だといい,公平・平等といいながら嬉々として政権擁護してっからな。でもさ,ちゃんと仕事して(メディアの重要なお仕事は権力へのチェック&批判),怖いけど権力批判している人をディスることはないんじゃない?

 つーか,武田さんは安倍政権の数年間の出来事をどれだけ分かっているのだ。
      古賀茂明アイアムノットアベ画像
   イ) 「I am not ABE」の古賀茂明さんについてどう思う?

   ロ) 「行政が歪められた」と告発した前川前文部科学事務次官については?

   ハ)  安倍首相を侮辱したといって国会に呼び出され,そこから口封じのためにずっと勾留されている籠池夫婦や,

 米軍基地建設の反対運動中に逮捕・起訴され,152日間も身柄を拘束された山城博治さんについても,意見が聞きたい。

 そうそう,きちんとした仕事をし,圧力をかけられ,なくなった番組もあったよな。安倍さんは殴り返してくるんだよ。しかも,彼は63歳のただのおっさんじゃない。彼の現在の力すべてを使って,殴り返してくる。それが恥ずかしいことだとは思っていないようで。武田さんがいうズルい人は,メディア内における真面目な人たち。むしろ,強者の盾に守られ「かかってこい」といっているズルは,誰なのだといいたい。
 註記1)https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/220472
 註記2)引用は,http://www.asyura2.com/17/senkyo237/msg/671.html から。

 武田鉄矢はテレビ番組で先生役を長くやってきたせいか,すっかり本当の教職者になれていたかのような気分で,人生を過ごしてきた人間である。室井佑月の指摘(批判)はまっとうであって,武田の「世の中をみる力」は疑問が大きい。実際に本当に学校で教職の仕事をこなしている先生たちが,どのくらい日常的に苦労しながら仕事をとしているか,武田には分かっていないと思われる。TVドラマがあって現実があるのではない。勘違いするなかれ。

 「学校の先生」「役作り観」に関連した「武田鉄矢のテレビタレント的に跼蹐した短見」はさておいても,それがいきなり「政治の世界」全体における認識としても通用するかのように語られはじめたとなると,もう手遅れで重症患者の戯れ言に聞こえる。この役者は,実は,世の中の本当の裏事情,つまりその真実の姿が全然みえていない。現象の上っ面だけはよくみているつもりで,しかもいつものしたり顔でエラそうに語っている。武田の発言はそういった印象を抱かせるのである。

 つぎの ③ は,安倍晋三「御用学者」に関する報道である。「傲慢で幼稚」な総理大臣安倍晋三のことであるゆえ,ゴマすり作家が自分のことをヨイショしてくれる本が公刊されたとなれば,たいそう単純に喜んでくれる。そうした話題に関係する報道であった。

 ③「朝日新聞『承服できない』賠償要求した小川栄太郎氏の反論回答書にコメント」(『産経ニュース』2017. 12. 8  01:00  更新)
 
 1)この記事の引用
 朝日新聞は〔12月〕6日,「徹底検証『森友・加計事件』朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」(飛鳥新社)の著者で文芸評論家の小川栄太郎氏に謝罪や訂正,賠償を求める申入書を送っていた問題について,小川氏から回答があったとする記事をホームページに掲載した。

 小川氏が「朝日新聞よ,新聞社として恥をしりなさい」「法的構成が不可能ないいがかりで一個人を恫喝するのではなく,言論には言論で勝負していただきたい」などと反論した回答書に対し,『朝日新聞社広報部の話』として『回答の内容は承服できません。今後の対応について,弊社で検討いたします』」とのコメントも載せた。
 註記)http://www.sankei.com/entertainments/news/171207/ent1712070002-n1.html

 2)「小川榮太郎氏ならびに飛鳥新社に対する訴訟提起について」(朝日新聞社,2017-12-25)
   朝日新聞社は本日,小川榮太郎氏と株式会社飛鳥新社(代表取締役・土井尚道氏)に対して謝罪広告掲載と5000万円の損害賠償を求める訴えを,東京地裁に提起しました。

 訴状全文はこちら(PDF)です(省略)

   2017年12月25日

◇ 本日の提訴についての弊社執行役員
広報担当・千葉光宏のコメント ◇


 小川栄太郎氏の著書には,森友・加計学園に関する朝日新聞の一連の報道について事実に反する記載が数多くありました。本社にはいっさいの取材もないまま,根拠もなく,虚報,捏造,報道犯罪などと決めつけています。

 具体的に問題点を指摘し訂正を求めましたが,小川氏は大半について「私の『表現』か『意見言明』への苦情に過ぎません」などとして応じませんでした。出版元も著者の小川氏任せで,訂正は今後も期待できません。

 この本が出版された後,本社の報道を同じ調子で根拠もなく捏造などとする誹謗・中傷がありました。読者の皆様からも,ご心配いただく声が寄せられています。

 「言論の自由」が大切なのはいうまでもありません。しかし,小川氏の著書の事実に反した誹謗・中傷による名誉毀損の程度はあまりにひどく,言論の自由の限度を超えています。

 建設的な言論空間を維持・発展させていくためにも,こうしたやり方は許されるべきではありません。やむをえず裁判という公開の場でこの本の誤りを明らかにするしかないと判断しました。(引用終わり)
 この朝日新聞社側のいいぶんが全面的に正しいかどうかは,現時点で確定的にはなにもいえないものの,小川榮太郎の立場はたとえば,公式ホームページ『小川榮太郎 公式サイト  Eitaro Ogawa Official Site』(http://ogawaeitaro.com/)かかげられている「つぎの画像資料」から判断しても,ウソっぽさだけは満載されている。
小川榮太郎公式サイト画像資料
 政治家の安倍晋三に疑惑などない,「真っ白」(「白さも白し富士の白雪 !! 」)だ,などと美辞麗句を並べて応援演説するのは勝手であるが(夏の富士山の山肌はじかにみたらただの汚い土だが……),いかにも安倍晋三政権のための旗振り役が小川榮太郎です,といった風情である。

 アベ以上(またはそれ以下)に,この作家も「ゴウマンでヨウチ」であるかのように映っている。そうでなければ,ウソを承知で一生懸命に「アベ・ヨイショ」を力説できるはずもない。小川榮太郎みたいな物書きは何人もいた。例の準強姦事件を起こしたと疑われている山口敬之,そして屋山太郎もいる。吐き気を催すほどにアベ讃頌であった。

 権力者にゴマを摺る者は,いつの世にあっても,掃いて捨てるほどもいる。なにせ,最近まで「安倍1強〔凶・狂〕」が長くつづいてきた日本の政治情勢である。小川榮太郎(ら)もその「凶や狂の乱舞」に率先してくわわっては,熱心にアホ踊りを演じている連中の1人である。

 ④ 安倍晋三の政治:外交問題

 1)「〈グローバルオピニオン〉日中和解を阻む敵意の深層 ジャーナリスト・作家 リチャード・マクレガー氏」(『日本経済新聞』2017年12月29日朝刊6面「オピニオン」)

 以下に引用する解説記事の上部には,もっと文字数の多い別の解説記事「〈Deep Insight〉 日韓置き去りの米中密談」が掲載されているが,これは参照しないで,文中にかかげられた画像資料のみ,つぎに紹介しておき,この 1)のほうを以下に引照する。
『日本経済新聞』2017年12月29日朝刊6面ディープインサイト画像
 こちら〔 1) 〕の記述内容を読むと,日本国の首相としての安倍晋三が,国際政治の難問に対峙しつつ本格的に,応答したり行動したりできているのかと問うに,これには「根本的に疑念あり」としか答えようがない。次段からマクレガーの意見を聞きたい。
 ※ 人物紹介 ※   Richard McGregor,英フィナンシャル・タイムズで北京,ワシントン支局長。「Nikkei Asian Review」に寄稿。近著に「Asia's Reckoning(『アジアでの審判』」(未邦訳)。
リチャード・マクレガー 中国の戦略専門家らは,太平洋戦争の終結した1945年から何十年にもわたり,米国の東アジアでの支配的な役割を牽制し,突き崩そうと熟考してきた。中国はすでに多くの選択肢を実行に移している。中国は海洋で,米国に挑戦するため海軍を増強し,南シナ海で軍事拠点化を進める。

 米国の中国沿岸での偵察飛行にも強く反発する。東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国など近隣諸国を(米国陣営から)引きはなし,中国中心の新しいクラブに引きこもうとしている。最近の例はフィリピンだ。

 中国がまだ試みていないが,米国の世界での地位までを破壊する選択肢がひとつある。日本を長年の米国との同盟関係から引きはなすことだ。日本は米国のもっとも重要な軍事面での同盟国といえる。トランプ米大統領は就任後,安倍晋三首相と親しい個人的関係を築き,日本と緊密な協力をつづける。

 中国が日本の安全を保証し,少しでも米国との距離を置かせることに成功したらどうなるか,想像してほしい。アジアにおける超大国としての米国の地位は失われてしまう。

 なぜ中国は日本を抱きこもうとせず,敵意をあらわにするのだろうか。中国があえて日本に手を差し伸べようとしないのは,日本が(1937年からの日中戦争を含む)戦時中の残虐な行為について謝罪するのを拒否し,中国全体が激怒しているからだという。

 だが紋切り型の説明では,筋が通らない。中国と日本の和解の障害になっているのは別のものだ。アジアにおける二大大国の間の自然な対抗意識が,戦争の歴史と結びつき,国内政治に埋めこまれてしまった。
 補注)ここの引用では「1937年」と書いたが,記事原文では「37年」となっていた。分かりにくく,とまどう年次の表記ではないか? 1900年を足して表現したところで,かくべつ支障はあるまい。つぎの「90年代」も同じ判断で,原文を補正して1990年代と引用した。

 1990年代に本格的に始まった中国の容赦ない反日の動きは,中国の国内政治に大きな影響を及ぼした。中国国内が日本の政策に神経過敏になったため,政府高官が純粋に日中の緊張緩和を主張するのは,キャリアを棒に振る行為に等しくなった。たとえば中国の王毅外相は,政府でも群を抜く日本通で,流暢な日本語を話す。だが中傷を避けるため,公の場で日本語を話さないようだ。

 中国の外交官や学者は誰もが,日本との関係改善を提唱することの危険をしっている。名門の清華大学の楚 樹龍教授は「日本についてなにか前向きの発言をすれば,学生から必らず怒りの反応が返ってくる。ただ私は米国の研究者であるため,世間の意見を気にすることはない。ほかの人と意見が違っても,裏切り者と呼ばれることはない」と語る。

 サイバー空間では,日本に対する敵意が,中国の「裏切り者」をとりあげるサイトに現われている。名前があがる人物のほとんどが日本に関連しており,北京と上海の著名な学者や中国の学校で使われる教科書の著者らが含まれているようだ。

 両国の関係に過敏になるのは中国側だけではない。日本では安倍首相も含めた保守派が,戦時中の歴史について修正主義的な見解を示してきた。日本政府内の中国専門家である「チャイナスクール」は対中政策に影響力をもっていたが,中国寄りの態度を示す親中派とみられ,遠ざけられている。

 また,日本はしばしば戦争について謝罪しているものの,同じくらい頻繁にベテランの政治家が逆の発言をし,日本の誠意ある姿勢を台なしにする。世界第2,第3の経済大国として世界の貿易の操縦席に座る両国は,対話による安定した一般的な関係を構築することができなくなった。

 中国と日本の長年の緊張は米国にとって大きな意味をもつ。トランプ氏は,戦後70年以上経つにもかかわらず,米軍が日本に駐留を続けるのはなぜかと問いかける。もっともな問いだが,簡単に答えられる。日本は自国だけで中国を御しきれないことをしっている。北朝鮮の核をめぐる動きが,日本の不安に拍車をかける。

 米国が在日米軍の規模を縮小するようなことがあれば,日本は動揺し,核保有にも動くだろう。動きをみて初めて,中国は日本に対する積年の敵意の代償に気づくのかもしれない。(引用終わり)

 安倍晋三がとくに東アジア諸国に対して示す外交姿勢は,その基本姿勢からして明快さを欠いている。かといって,唯一明確に表明してきた「戦後レジームからの脱却」というものは,「対米従属国家体制としての日本」に固有の政治課題として,まともには意識されていない。また,この事実と同時並行しているかのように,実は「対アジア外交」の基本路線も土台から明確ではない。

 安倍晋三自身が,日本国の首相としてどのような展望を抱いて,アジア諸国との外交関係を友好・親善めざして展開しようとしているのかさえ不詳である。というのも,彼にはそうした外交に関する眺望(ビジョン)や理念・信条に値する内実が備わっていないからである。

 2)難民問題と日本政府
 昨日〔12月28日〕からニュースとして報道されている「河野太郎外相のトルコ訪問」に関しては,外務省のホームページをのぞくと,つぎの題名で関連の情報が公表されている。

 それは「〈寄稿・インタビュー〉アナトリア通信(トルコ)による河野外務大臣インタビュー」(2017年12月27日付)である。副題は「河野日本国外務大臣:地域大国トルコは重要な影響力がある」となっている。なかでも,本文のなかでこう語られている段落がある。
   外務大臣に就任する以前から,頻繁にこの地域を訪問し,この地域との協力について焦点を当ててきたことを強調した河野大臣は,「トルコは地域の大国として,政治,経済,文化,安全保障面で大きな影響力を有している。トルコが多数のシリア難民の受入れをはじめ,地域の諸問題の解決に向け積極的にとり組んでいることを,日本は高く評価する」と発言した。
 註記)http://www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/ip/page4_003595.html
 このうち「難民うんぬん」に言及した箇所には呆れる。本ブログ内では,2017年12月19日の記述「『日本はスゴイ国』だから入国・永住したい? だが移民・難民が大嫌いなこの国は人口が減少していても,なるべく外国人は入れたくない『露骨なホンネ』」でも触れてみたように,日本が毎年に難民を受け入れている人数は,過去10年間を振りかえってみると,わずか数十数名ほどで推移してきた。安倍晋三第2次政権が発足した翌年(2013年)はなんと一桁の6人にまで減っていた。
   日本の難民認定数図表
   出所)https://abematimes.com/posts/2914228
 さて「シリア難民の現状」を数字でみると,シリア周辺5か国ではこうなっている。まず,480万人以上のシリア難民が,トルコ,レバノン,ヨルダン,イラク,エジプトの5カ国に居る。
シリア難民図解
   ⅰ)トルコは270万人を受け入れており,シリア難民の受け入れ数としては世界1位である。

   ⅱ)レバノンの受け入れ人数はおよそ100万人で,レバノンの5人に1人が難民である。

   ⅲ)ヨルダンはおよそ65万5千人のシリア難民を受け入れており,ヨルダンの人口の10%を占めている。

   ⅳ)イラクは自国内でも国内避難民310万人を抱えているが,およそ23万人のシリア難民を受け入れている。

   ⅴ) エジプトは11万5千人を受け入れている。

 つぎに,ヨルダンの都市部にいるシリア難民の93%は貧困線以下の生活を送っている。また,レバノンでは70%,エジプトでは65%,イラクでは37%のシリア難民が,貧困線以下の生活を送っている。
 註記)『I WELCOME 難民の未来は,あなたがつくる。シリア』2016.12.28更新,http://www.amnesty.or.jp/landing/refugee/syria.html

 日本は,世界中の難民を積極的に受け入れる外交方針など,まったくもちあわせていない国家体制・基本方針を採っている。にもかかわらず,トルコに河野太郎外相がいって “その積極的な難民受け入れ”を褒めあげる構図は,失笑を買うほかあるまい。

 こういったたぐいの外相発言には,日本国じたいが「いっていることと」と「やっていること」に「看過しがたい大きな違い」があるなどと形容する以上に,いわば「ものすごく大きな断絶」が露骨に表面化している。失笑だけしておけば済まされるような「難民問題に対する日本側の基本姿勢」:「消極性」ではないのである。

 3)北朝鮮問題の関連
 現在,北朝鮮状態があやしい雲行きであり,もしも朝鮮半島(韓半島)で有事事態が発生などしたら,日本にも難民が大挙押し寄せてくる可能性が回避できない。ところが,そうした予想を踏まえてなのか,あの麻生太郎(副首相・財務相)いわく,「武装している戦闘員が混入しているときは射殺すればいい」。この発言については危機管理の専門家が,こう応えていた。数カ所の段落を抜き出し,参照しておく。

◆ 安定を遠ざける麻生太郎副総理の難民射殺発言
-北朝鮮難民が武装する可能性は低い。
難民を受け入れる覚悟と準備を-◆

= 金 恵京:日本大学危機管理学部准教授(国際法)=
=『WEBRONZA』2017年10月11日 =


 a) 難民問題の本質-難民とはなにか,武装とはなにか-
 「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊,防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない」。

 2017年9月23日に宇都宮市でおこなわれた講演のなかで,麻生太郎副総理大臣は,今後の北朝鮮で大量の難民が発生する可能性があるとして,上記のような発言をおこなった。日本国内では解散総選挙の話題にかき消された感はあるが,その発言は世界各国で報じられつづけた。

 以前から麻生氏の発言は不用意なものが多かったものの,今回の発言は事実誤認と扇動に溢れたものであり,近年,日本でよく使われる「国際貢献」の本来の意義を歪めるものでもある。本稿は,北朝鮮からの難民というテーマを通じて「難民をめぐる法的前提」および「問題解決に向けた方向性」を検証することとする。

 日本に来航した者が公然と武装し,大量殺傷をおこなうことが予測される集団だとすれば,彼らはそもそも難民ではなく交戦者となる。また,難民に紛れて戦闘員あるいは工作員であることを隠匿している場合,武器も軽装備あるいは不所持であり,人数も限られていることが予想され,その場で大量殺傷行為が行われる可能性はきわめて低いことから,軍隊の動員は最終手段であり,国境警備や事後の監視・調査で対応するのが通常の行程であろう。

 そして,麻生副総理は北朝鮮からの難民について語る前に,シリアやイラクから難民が大量に発生した事例を挙げていたが,彼らのなかで武装した者は皆無であったことも注記しておきたい。
 補注)麻生太郎(副首相)の政治家としての発言は,デタラメが多い。首相の安倍晋三と同類である。こちら首相の食言とも意識しえていないらしい虚偽の発言連発は,その棚卸しだけでもけっこうな手間ひまがかかるものであった。

 b) 難民政策の根本を揺るがす麻生発言
 たしかに,出稼ぎのために不法入国した者が難民申請をおこなう,あるいはシリア難民のなかに「イスラム国」の関係者が紛れ,難民として受け入れられた先でテロを起こす,といった偽装は存在する。しかし,そうした存在が報道された場合,大変人目を引くものの,その情報に触れたさいには,難民の大多数は生活を脅かされた人びとであるという事実を思い返さなければならない。

 残念なことに,われわれが生きている社会は一部の過激な行動をもとに,集団全体を色眼鏡でみるようなステレオタイプに陥りやすい。なかでも麻生副総理の難民についての発言は,そうした要素や偏見が多分に含まれている。

 生活がなりたたない難民に対しては,国際社会が全体として救済に努め,緊張の緩和に貢献するというのが,あるべき姿勢となる。このところ,日本では「国際貢献」という言葉が語られるとき,軍事的な貢献が注視されることが多いものの,社会的な弱者の側に置かれてしまった難民に対する救済は,国際法で明確に定められた国際貢献との認識をもつことが必要である。

 しかしながら,日本は欧米諸国の何百分の一程度の数しか難民を受け入れていない。そうした国の元首相であり現職の副総理が,助けを求めて必死で海を渡った大多数の難民に対して,銃口を向ける可能性を述べたのである。それは国際的な協調体制を拒否し,緊張を高める行為に当たる。換言すれば,麻生副総理の発言は国際的な難民政策の根本を主要な先進国のリーダーの1人が揺るがしたものなのである。

 c) 北朝鮮難民という特殊性
 近年,隣国ではないシリアの難民を欧米諸国が分担して数十万人単位で受け入れたのであるから,北朝鮮からの難民が発生した場合,必然的に日本が負担する国際的責任は大きくなる。大量の難民を10万人単位で受け入れるということは,多大な予算が必要となり,管理や社会適合のためには通常の国内災害被災者と比べ対応が大幅に困難となる。過激な発言よりも,記録的な数の難民を受け入れる覚悟や準備をすることが日本には求められているといえよう。

 また,日本には在日コリアンも多く,1950年代から1980年代にかけての帰国事業で日本から約9万人が北朝鮮に渡った経緯や,日本語と朝鮮語は文法も似通っていることなどから,日本を渡航先に選ぶ北朝鮮難民は少なくないことが予想される。

 戦争,内乱,クーデター,経済の崩壊等々,北朝鮮に難民が発生する理由を明示することはむずかしいが,難民は国の収拾がつかなくなったことで助けを求めて国境を越えてきた人びとである。先進国として国際社会の一角をなす日本は,彼らを一律に追い返すことはできない。

 d) テロの未然防止と「太陽政策」
   韓国の文 在寅大統領のとる「太陽政策」について,非難の声もしばしば聞こえてくる。「北朝鮮に金を送るだけでなにも効果がない」「ミサイルの資金を提供しているようなものだ」といった具合である。しかし,対話が継続し,相互に信頼関係を築けたならば,緊張は緩和され,国防費を大幅に抑えることができる。

 もちろん,テロをはじめとする安全保障上の備えは大事ではあるものの,緊張が高まれば軍拡競争が過熱し,周辺諸国に難民問題とは別のかたちで負担が生じてしまう。そうした危険を目立たないかたちであらかじめ回避し,将来的な統一へ繋げようとするのが太陽政策なのである。

 これまで起きなかった難民の武装といったかたちで,危機や北朝鮮への拒否感を煽ることは,将来的な平和を生み出さない。いざというときに備え,難民が発生した場合の社会保障の道筋を考える,あるいは,そもそも難民を生まないような国際環境を整え,北朝鮮に限らず人道支援や国際貢献を追求していくことこそが,日本がその後の暴力的事態を回避する道なのである。

 一見迂遠にみえる人道や人権に根差した対策が,実はもっとも効果的なテロ対策となるという歴史的事実に対して,日本はあらためて向きあう必要があるのではないだろうか。(引用終わり)

 安倍晋三の外交政策,それも北朝鮮に向けられる姿勢は「ひたすら圧力をかけて!!……」ばかりであって,まったく工夫も能もなにもない。首相の安倍がそうならそうで,副首相の麻生太郎も,以上のごとき体たらくの発言(国際政治の無理解)であって,国際政治の常識的な次元からはすべて落第である精神構造を,みずから露呈させてきた。それでいて太郎は,恥じるところなど全然ないのだから,品性・品格とも無縁の政治家であった。

 旧大日本帝国時代に高揚された「八紘一宇」の精神は,結局まがいものであったらしく,敗戦とともにどこかへ雲散霧消したとみうける。もっとも,戦前・戦中におけるその八紘一宇(大東亜共栄圏という政治思想に具体化していたもの)は,東アジアの諸国家・諸民族を帝国臣民としては2等以下に位置づけていたゆえ,いまとなってはまったく参考にもならない。

 敗戦後史における国際政治・外交方針の発展も進捗もないまま,難民も移民も大嫌いの日本で居られると思うほうが,本当のところは大きな勘違いである。最近の日本国内では,黄色系統はさておいても白色や黒色系統の肌の色を有する人たちが,それもTVに大勢登場している。しかも,母国語として日本語を話す若者が多くいる。そのほとんどが日本人を片親にもつ混血児か,あるいはなかには外国人籍であっても,日本で生まれ育ってきた者たちもいる。

 難民はもちろん移民も大嫌いだというのであれば,海外に暮らす・生きている日本人たちは,その全員を即刻日本に引き揚げさせねば,いっていることとやっていることとの辻褄があわない。

 敗戦後史の流れにおいて日本に残ることになってしまい,そのまま居住することになっていった「旧植民地出身者(主に韓国・朝鮮人と台湾人)たち」は,ある意味でと表現するまでもなく,その後も長期間にわたり通常の「難民にも及ばないそれ以下の奴隷的処遇」,換言すれば「無権利状態の日常生活」を余儀なくされてきた。
 
 日本国は,旧帝国臣民たちに対するそういった排外と迫害の「歴史の事実」をもっている。難民・移民の問題は多分,敗戦後史において展開されていった在日外国人史を強く意識している。

 日本国が難民の受け入れを本格的に実行したくない理由は,国内の政治志向が内向きでしかない事情,つまり国際政治に対しては「閉塞的で身勝手な事情」に求めることができる。いずれにせよ,安倍晋三がもっとも不得意とする外交のひとつが,この “難民受け入れ” の問題であるだけに,この問題に対する対処法しだいが,現政権の真価をより鮮明にする。

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