『スターウォーズ / フォースの覚醒』で登場したヴィラン、カイロ・レン。
祖父ダース・ベイダーに心酔しているという彼は、ベイダーのようなマスクを被り、十字型のライトセーバーを振り回す。情緒不安定でキレやすく、気に食わぬことがあると暴走してしまう『厨二病』な性格…。
しかし意外にもあっさりとマスクを外すし、その半人前で放っておけないような性格から、悪役ながらも「今後の成長が楽しみ」と言われる人気のキャラクターだ。
このカイロ・レンという人物を、家庭環境の観点から考えてみたい。何故彼は家族を裏切り、暗黒の道を選んだのか。何故マスクを被り、キレやすい性格になってしまったのか。何故、父ハン・ソロを…。それらは全て、彼がアダルト・チルドレンであるからだと考えれば納得がいく。
アダルトチルドレンとは、機能不全家庭で育ったことにより、成人してからもこころに傷を抱えている人のことを指します。
カイロ・レンはアダルト・チルドレンであるという仮定のもと、考察してみよう。
この記事には映画『スターウォーズ / フォースの覚醒』に関するネタバレ内容を含んでいます。
また、記事は筆者の考察・見解であり、公式の情報というわけではありません。
「お前がカイロ・レンと名乗る前から知っている…。」
彼がカイロ・レンという不気味な名前を名乗る前、まだベン・ソロという少年だった頃。
ベン・ソロの両親は銀河全体にとってあまりに偉大な存在だった。
賞金をかけられ、借金に追われるならず者でありながらも反乱同盟軍の第一デス・スターの破壊に貢献し、その後は軍の将軍に任命されエンドアの森のシールド発生装置破壊作戦を主導、一躍英雄として世間から賞賛された男、ハン・ソロ。反乱同盟軍と帝国軍の戦争後に生まれ、ファーストオーダーの洗脳教育を受けていたフィンでさえ、ハン・ソロに出会うと「英雄だ!」と驚いていた。
母には、惑星オルデランの王女。後に反乱同盟軍を指揮し、レジスタンスでは将軍としての職務をこなし、兄には伝説のジェダイ、ルークを持つレイア。
世間における役割があまりにも大きいこの両親は、果たして息子ベンを正常な環境下で教育できていたのだろうか。僕は、ソロ一家が『機能不全家族』だったのではないかと思う。
機能不全家族とは親と子供の境界が曖昧、もしくは子供が親に呑み込まれている状態の家族を指します。 本来であれば子供にも人権があり、子供の心、意志、行動の自由(躾を除く)等は尊重されるものですが、機能不全家族では子供にとってこれらの大切なものが、親もしくは家族によって侵入侵害されています。
偉大すぎる両親の元、ベンは二人の『見えない虐待』に晒されていたと思う。父は英雄、母は将軍、おまけに叔父は伝説。この極端すぎる家庭環境下内において、ベンは自分の生きたい道を選択する事が許されただろうか。
おそらくレイアは、息子ベンに、ハン・ソロやルークらのような立派な英雄・戦士になることを望んだのではないか。
彼女はオルデランの王室育ち。幼少の頃から礼儀作法や学問などを徹底的に叩き込まれると、18歳という若さで王女に即位し、同時に史上最年少の帝国元老院にも選ばれている。自らも厳しい規律の元で育ったレイアは、我が子の教育にも同じ方針を選んだはずだ。
ベン・ソロはレイアの母としての愛情に飢えていたはずだ。しかし、ベンが適切な形で愛される事は無かったのではないだろうか。レイアのベンへの厳しい教育は、息子への愛情からなるものではなく、自らの価値観を子に押し付け、『我が息子かくあるべき』という、彼女の『毒親』的な独りよがりによるものだ。
厳しい教育ママとなったレイアの中には、ベンの『あるべき姿』が形成されていたのではないか。それは、自分や夫、兄のような『立派な存在』となる事だ。レジスタンスの志願兵となるように諭したかもしれないし、ジェダイの道を歩ませようとしたかもしれない。ベン・ソロは後に「ルークに託した」とされているから、彼はジェダイの修行を半ば強制的に受けさせられていただろう。現世最高の英雄、ルーク・スカイウォーカーのもとで。
母の厳しい教育から次に託されたのは、またも厳しい規律で知られるジェダイの道だ。ベン・ソロの心が休まるはなかった。
ハン・ソロは父親としてどうだったのだろうか。彼は『フォースの覚醒』で息子の教育について以下のように後悔している。
「もっと向き合うべきだった。俺は自分の世界に逃げ込んだ。」
この事から、ハン・ソロは息子の教育をレイアやルークに任せきりでほとんど関与していなかったと思われる。『自分の世界』に逃げ込み、仕事仲間チューバッカと銀河の隅々まで飛び回る日々だったのではないか。
夫の多くは仕事依存者であり、家族とのかかわりが極度に薄いというのが普通です。夫に置き去られた妻は、子どもとの間に情緒的距離を保つことができず、母子関係は過度に密着して、親と子の分化が充分でありません。
『アダルト・チルドレンと家族』 p.138
実は、『過保護な母』と『無関心な父』というのは子供の教育にとって最悪の環境だ。
きっとハン・ソロはベンの小さな成長や成功を大して褒めようとしなかったに違いない。『フォースの覚醒』劇中でハン・ソロがレイらをミレニアム・ファルコンに乗せてハイパースペースに飛び込んだ時、マシントラブルを見事に解決したレイを冷たくあしらったような反応を見せ、レイがきょとんとしてしまうシーンがある。
ベンが小さな成功をした時、ハン・ソロはちゃんと喜ぶ姿を彼に示してやっただろうか?そうとは思えない。
母レイアの厳しい教育から一時的にでも避難できる場所に、父ハン・ソロの姿はなかった。
おまけに父と母は不仲だ。ハン・ソロがスターキラー基地へ潜入する任務に出かける直前、レイアとこんな言葉を交わしている。
「どんなに喧嘩をしても 見送るのは辛かった」
本当は仲良しなツンデレ夫婦だったとしても、幼いベン・ソロにそれが理解できただろうか?旧3部作を観ても、ハン・ソロとレイアはキツい言葉で口喧嘩を繰り返している。
ベン・ソロが『アダルトチルドレン』となる条件が完全に揃った。そのような機能不全家族の中で、ベンはどのように達振る舞ったのだろうか。
機能不全家族の中で育った子どもたちは、ある一定の『役割』を果たそうとする。『アダルト・チルドレンと家族』の齋藤学氏によれば、以下のようなものが典型であるという:
ベン・ソロの場合は「ヒーロー」に当たるだろう。
まず、「ヒーロー」という役割があります。こういう親の子だからこそ、すごいヒーローが生まれる。以前流行った漫画で、「巨人の星」というのがありましたが、あそこに出てくる星飛雄馬というのは、この種のヒーローです。
野球にかぎらない。歌手でも俳優でもいい。勉強がとりわけ良くできるのでもいい。とにかく世間に評価される子供がその家族から出ると、その子のさらなる活躍に熱中して、両親の冷たい関係が一時良くなったりする。そうなると子どもの方でも一層がんばろうということになるから、ますます一芸に秀でるということになるわけです。『アダルト・チルドレンと家族』p.89
ベンは両親の期待に応えなければならないという宿命を感じ、自らも英雄になろうと目指したのだ。自分が我慢をして頑張れば、いつも厳しい母レイアは喜んでくれるし、その出来事を嬉々として父ハンに報告する。父の関心も少しは自分に向けられる。そうすると喧嘩ばかりの両親の間に、一時的に笑顔が生まれる。
自分が我慢をすればいい…ベンの心のなかに人知れぬダークサイドが芽生えていく。アナキン・スカイウォーカーとは全く違った形の、鬱々とした形のダークサイドだ。
アダルトチルドレンとして成長したベンは、周囲との人間の関わりに息苦しさを感じていた。両親から認められなかったように、周囲からも認められないと怒りを覚えた。
オビ=ワン・ケノービとジェダイ・オーダーという怒りの矛先を持っていたアナキンと違って、ベン・ソロの場合は怒りをぶつける場所がない。虚無への怒り。だからタチが悪い。
他者からの「あるがままの自己の受け入れ」が得られないことに早々と失望してしまうために、アダルト・チルドレンは常に「さびしさ」の痛みを抱え、これが彼らに人生を苦しいもの、生きる価値のないものと感じさせます。
『アダルト・チルドレンと家族』p.102
ここからはもう、負のスパイラルだ。はじめアナキンとは全く事なる形で芽生えた彼のダークサイドは、結局アナキンと似た形で増大することになる。それは、『認められたい』『ありのままの自分を受け入れられたい』という切なる欲求だ。
アダルト・チルドレンの自己愛性は、自分が場の中心に置かれないと、寂しくなってしまったり、怒りが湧いてきてしまったりするところに現れています。
『アダルト・チルドレンと家族』p.97
やがてベンは誇大妄想に取り憑かれるようになる。彼の心の中には確実にダークサイドが宿っていた。そのダークサイドが、アダルトチルドレン特有の誇大妄想と結びつき、無意識の内に暗黒の英雄、ダース・ベイダーに心酔するに至る。
アダルト・チルドレンのなかには尊大で誇大的な傾向が目立つ人もいますが、これは彼らの幼児的で自己愛的な誇大傾向(誇大妄想)に由来するものであると同時に、成人としての自分に対する自己評価が低く、他人に自分の真価を知られることを恐れ、恥じるところからも来ています。
決して満たされない永遠の孤独に苦しむベンは、自分自身の無力さを受け入れる事を恐れ、恥じた。弱く愚かな自分を、自分の中で殺し、自らをダース・ベイダーに投影したのだ。
虐待など、極めて過酷な家族環境に育つ子供が「心理的に破綻しないでいるため」に、子供たちは以下の様な病的な心の防衛方法に頼るという。
投射:
無意識レベルの心の防衛方法のひとつ。悪意などの自分の感情が、相手から出てきたもののように感じること
分割:
自己と自己の愛着対象とをそれぞれ善と悪に分け、それぞれが別個に併存しているかのようにみなす心の動き
ベンは無意識の中でダース・ベイダーを彼の中に蘇らせ、暗黒の感情がベイダーから発せられると考えこむようになったのではないだろうか。
そして、ベイダーへの心酔は自らを厳しく扱った母レイアへの最大の復讐でもあった。母の望む自分のあり方とは真逆の存在を目指す事によって、母へ絶望を味あわせたかったのではないか。
自らの無価値さ、行き場のない怒り、孤独感に苛まれるベン・ソロは、初めて自分を受け入れる存在に出会う。それが最高指導者スノークだ。
ダース・ベイダーに心酔する、病める青年ベンに「お前もベイダーのようになれる」とそそのかし、彼の存在すべて受け入れたスノークは、ベンにとって初めての「安全な場所」だった。精神の逃避先、駆け込み寺であった。
ハン・ソロが無関心タイプの父親だとしたら、話を聞いてくれるうえに適切な「指導」まで与えてくれるスノークは、彼にとって父親代わりの存在だったに違いない。ベンがスノークに取り込まれるのは必然だったように思える。
ここでレイアが取った行動がいけなかった。
パドメの最期を思い出して欲しい。最愛の夫アナキンがシスに取り込まれ別人に変わり果てた事実を知ると、それを受け入れられず自然死を遂げてしまう。
レイアも、極めて歪んだ愛であったが、息子ベンを愛していたのは事実だろう。最愛の息子の心がベイダーとスノークに奪われたと知ってレイアも絶望に打ちひしがれただろう。
ある意味、ベン・ソロの母への復讐は成功したのかもしれない。
レイアは事実を受け入れられず、息子を諦めてしまった。彼の教育を兄ルークに託してしまったのだ。
『フォースの覚醒』でレイアとハン・ソロはこう話している。
ハン・ソロ「聞いてくれ 君を見ると俺は息子を思い出す」
レイア「あの子を忘れられると?今でも取り戻したい」
ハン・ソロ「どうにも出来なかっただろ あの子はベイダーの虜に」
レイア「だからルークに託した。それがかえってあの子を失うきっかけに…」
ベンは母に諦められ、叔父の元に無理やり送られた時、どう感じただろうか。いよいよ本当に、母親に「捨てられた」と思ったのではないか。
ハン・ソロ「俺たちは息子を永遠に失った」
この後に続くレイアの言葉が、彼女の狂気を物語っている。
レイア「いえ、スノークのせいよ」
『ジェダイの帰還』で父ベイダーをライトサイドに引き戻そうとしたルークのセリフを思い出してみよう。
ルーク「僕と来て」
ベイダー「オビ=ワンもかつて私を引き戻そうとした 暗黒面の力を知らぬから そう言えるのだ 私は皇帝に逆らえん」
ルーク「暗黒面に入らななければ 僕を殺す?」
ベイダー「それがお前の運命ならば」
ルーク「自分の心を見つめて 僕は殺せない あなたは迷っている」
ベイダー「今更もう遅い 息子よ
皇帝からフォースの神髄を学ぶが良い 今から皇帝がお前の師だ」ルーク「父は完全に死んだわけだ」
子、ルークは一度こうして父アナキンを諦めている。ベンも同様に、両親を諦めた。
ベイダーへの心酔は、母への復讐でもあったし、最大のSOSでもあった。結局最後まで自分の悲しみに気付いてもらう事もなく、今度はもう手に負えないからルークに預けると言い出す。そしてそれを知らぬ顔する父ハン・ソロ…。
両親は完全に死んだ。こうしてカイロ・レンは誕生したのではないだろうか。
ダース・ベイダーに憧れるカイロ・レンが、ベイダーのような黒く不気味なマスクを被るのは自然な事のように見える。だがその理由は、ただベイダーの見た目をも取り入れたいという憧れからくるだけのものではない。アダルト・チルドレンとしての心理状態がもたらすものなのだ。
離人症とは、”「自分のしていることが、自分でしているように思えない。あたかも傍観者のように自分の行為を見守っている」、あるいは「自分がロボットになったような、夢のなかにいるような感じがする」といった体験“(『アダルト・チルドレンと家族』p.30)のことで、アダルト・チルドレンに見られる解離性障害だ。
劇中のカイロ・レンの行動を思い出して欲しい。彼が「暴走」するのはいつもマスクをかぶっている時だったではないだろうか?
マスクを外して素顔を晒している間は、レイを「恐れるな、俺も感じる」となだめたり、「師が必要だな、俺がフォースを教えてやる」と、意外にも(彼なりに)相手の立場に立った言葉を発している。
捕虜にしていたレイを逃し、父親代わりのスノークに泣きついた時もマスクを被っていなかった。
つまり、カイロ・レンは離人症と呼ばれる二重人格で、ベン・ソロという本来のアイデンティティの上にカイロ・レンというアイデンティティを上書きしているに過ぎない。カイロ・レンとしての罪悪感をかき消すために、彼はマスクを被り、「自分じゃない誰か」の存在の振る舞いとして解釈するよう努めているのだ。
アダルト・チルドレンは不安、悲しみ、寂しさ、怒り、喜びなどの感情を認知することが不得手であり、ましてそれを表現することには恐怖さえ感じています。
感情をいちいち認知したり表現したりしていては、生き残れないようなところで暮らしてきたからですが、その結果、彼らの表情は不活発で、なかには能面をつけたかのような人もいます。『アダルトチルドレンと家族』p.100
アダルト・チルドレンは表情に乏しく、能面をつけたかのような人もいると指摘されているが、カイロ・レンはまさに能面をつけている。
では、なぜ劇中であっさりマスクを外していたのだろうか?
答えは簡単だ。カイロ・レンは素顔を恥じているわけではないため、レイや同僚ハックス将軍にそれを晒す事は問題ない。
彼が恥じ、恐れているのは感情を表現する事、それを相手に知られる事だ。
母レイアの有無をも言わさぬ教育の元で育てられた彼は、感情表現というものを知らない。だから顔の表情が動くのを相手に見られるのが辛くて仕方ないのではないか。
レイを捕らえ、彼女の心を侵そうとした時、彼は圧倒的有利な立場にいると思っていた。そのような状況では、彼にとって素顔を晒す事はさほど問題ではないのだと思う。
気に食わぬ事やうまくいかない事があるとライトセーバーを振り回し、部下の首も締めあげる。そのキレやすさが注目され「厨二病」とも揶揄されるカイロ・レンだが、なぜあれほどまで攻撃的なのか。アダルト・チルドレンの観点から考えてみたい。
特に男子に多い。長い間親から抑制を受けた子どもが成長期に入り筋肉や体力を得ると、その力で親や周囲に暴力を振るうようになるのだ。
彼らは犠牲者の瞳のなかにかつての虐げられた自己を見出し、これを圧殺することで、弱い自己を排除しようとするのです。
『アダルト・チルドレンと家族』p.136
弱く無力だった頃の自分を無理矢理かき消すように、カイロ・レンは乱暴になった。さらに、「力への渇望」は、無限のパワーを追求するダークサイドとも相性が良かった。
家族を離れマスクを被るようになってから、彼の暴力性は日に日に増していったのではないだろうか。
傷つきやすい自分を肥大化したプライドで必死に隠すカイロ・レンに対し、レイは極めて残酷な言葉を放っている。
「あんたこそ恐れている ダース・ベイダーほど強くなれないと」
この時のカイロ・レンの動揺が印象的だった。
カイロ・レンが持っていた暴力は、意図的に作り上げられた「憎しみ」に起因するものだ。
ここでは、現実世界で「憎しみ」を作り上げる事の天才であったナチス・ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーを引き合いにしてみよう。
ヒトラーも典型的なアダルト・チルドレンだ。彼の父アロイス・ヒトラーは暴力的な男で、アドルフ・ヒトラーを徹底的に叩きのめし、恐怖と屈辱を植えつけたという。アダルト・チルドレンの皮肉な宿命は、彼らが憎悪の対象であるべき親の似姿になってしまうという事だ。
ヒトラー家のなかの独裁者(=父)の姿は、アドルフ・ヒトラーのなかに取り込まれて、彼のドイツ国民(という子どもたち)への演技の骨格をつくりました。その歳に彼が備えていた魅力とは「憎悪する能力」だったと思います。彼はドイツ国民の被害者意識に正当性を与え、共通の的としてのユダヤ人という「憎んでも良い対象」を定めたのです。
『アダルト・チルドレンと家族』p.132
カイロ・レンが掲げた「憎んでも良い対象」はジェダイだ。スノークの「指導」もあったろうし、母への復讐の意味もあった。その「憎悪する能力」はカリスマ性を帯び、同じように闇を抱えた人々を集めた。レン騎士団の誕生だ。
注目すべきはカイロ・レンがレン騎士団のリーダーであるというところだ。承認欲求と孤独心が人一倍強い彼は、自分自身が物事の中心に位置しないと気が済まない性格である事は先述した通りだ。
カイロ・レンにとって、スノークの引導するファースト・オーダーに加わるだけでは不十分だった。自らが中心となれる組織をオーガナイズする必要があったのだ。
「この日を待ち望んでいた」
ずっと助けて欲しかった。でも、ハン・ソロは父になってくれなかった。
今や自分は強く成長した。ダース・ベイダーという目標、黒いマスク、十字型のライトセーバーを手に入れ、ファースト・オーダーの幾千の部下たち、レン騎士団の仲間たち、スノークという強力なメンターといった人々に囲まれている。父が教えてくれなかった「強さ」を自分自身で見出した。
どれだけ強くなったか。何も知らない父に証明できる日を待ち望んでいたのだ。
ようやく、父に思いの丈を伝える事ができる。まず、彼は父を尊敬していない事を伝えたかった。
カイロ・レンは言う。
「お前の息子は死んだ
父親に似て 弱く 愚かだった
だから葬り去った」
ハン・ソロが説得を試みる。
「スノークがそう信じこませたか だがそれは嘘だ
息子は生きている」
その言葉は虚しく、あの巨大な暗闇に呑み込まれるだけだった。
「もう遅い」
あまりにも遅すぎた。ベン・ソロはカイロ・レンに呑み込まれ、彼の中のダークサイドは肥大化されすぎていた。そうなってしまうより以前に、ハン・ソロには息子を救う時間はいくらでもあったはずなのに、そうしなかった。息子と向き合ってこなかったのだ。
ハン・ソロはレイとフィンに対しルークの話をする際、「ルークは新たなジェダイ騎士団を作ろうとしていた。だが一人の少年(=ベン)の裏切りで、全てが駄目になった。」と語っている。
だが、カイロ・レンの立場からすれば、彼は何も裏切っていなかったのかもしれない。ハン・ソロこそが裏切り者だったのだ。父としての権利を自ら放棄し、レイアがルークに頼り始めても関与してこなかった情けない裏切り者。
ベンは自分を承認してくれる安全な場所を探していただけで、たまたまそれがスノークだったのだ。それなのにハン・ソロは「スノークがそう信じこませたか」と言う。(おまけにレイアはカイロ・レンの誕生を「スノークのせい」と言う。)
この男はやっぱりわかっていない。やっぱり最高指導者は正しい。確信をますます高めるカイロ・レン。
「ずっと苦しかった
この苦痛から逃れたい
でもそうする勇気がないんだ
助けてくれる?」
カイロ・レンにとって苦しみの対象である「親」の存在。それを葬り去る。
自分は強くなった。実の父をも躊躇なく殺せるほどに強くなった。彼は今から、それを父に証明するのだ。
「ありがとう」
頬を撫でる父の手に触れ、カイロ・レンの心に少しの光は戻っただろうか?
そうは思えない。あのシーンを注意深く観察してほしい。橋から落下するハン・ソロの身体を、カイロ・レンは冷たく押しているように見える。
ハン・ソロよ、あまりにも遅すぎた。
この後のカイロ・レンはどうなっていくのだろうか。アナキンのように、最後は救済される事を期待したい。レイアも「あの子の心にはまだ光がある」と信じているように、カイロ・レンがベン・ソロとして『帰還』する事を。
だが、彼が本当の安らぎの場を見つけるまでには、さらに長い物語が待っていそうだ。彼の今後のストーリーを想像してみよう。
まず、『フォースの覚醒』でも既にその片鱗が見られたように、次回作ではレイに異常な執着を見せるのではないか。
アダルト・チルドレンの特徴のひとつに『しがみつきと愛情との混同』というものがある。
アダルト・チルドレンは孤独恐怖のために、自分より弱い人、自分の世話を待っている人に出会うと、その人を支配し、離れられないようにしようとします。要するに「共依存的に」しがみつくわけです。(中略)アダルト・チルドレンは支配欲を愛情と混同しがちなのです。
『アダルト・チルドレンと家族』p.99
レイには「師が必要だな 俺がフォースを教えてやる」と迫った。どうしても彼女を自分の支配下に置きたかったのだ。これから先、本人はそれをレイへの「愛情」と勘違いしながら、事あるごとに執拗に迫るのではないだろうか。
父ハン・ソロとの最後の会話で、ひとつだけハン・ソロが正しい事を言っていた。
「スノークの狙いはお前の力 用が済めば捨てられる お前もわかっているはずだ」という言葉だ。
カイロ・レンもわかっている事かもしれない。それでも良かった。とにかく彼が認められると感じられる場所があれば。
しかし、なんらかのきっかけでスノークはカイロに失望するのだろう。それから彼はまたも「捨てられる」のだ。ここでようやくスノークが自分にとって「安全な場所」ではなかったと悟る。
父には見捨てられ、母からも諦められ、やっと見つけたスノークという存在にも捨てられたカイロは絶望に打ちひしがれる。またしても、自分は無力である事、自分を受け入れてくれる場所はこの世に存在しない事を知らしめされ、絶望の淵に立たされる。
そんな彼を拾ってくれるのは、レジスタンスではないだろうか。
レジスタンスの面々を思い出して欲しい。男、女、人間、エイリアン、ドロイド…実に多種多様な人物が集まってできている。
全員一律の教育を受けさせられ、揃いのアーマーで統制されたファースト・オーダーとは真逆の、自由と個性を受け入れる風土だ。どんな姿をしていても、どんなバックグラウンドがあってもいい。ひとりひとりが輝き、許される文化が根付いている。
カイロ・レンは、「ありのままの自分」を受け入れてくれる場所に出会う。それは彼にとって初めての経験で、心地良いものだった。
ただひとつ、母レイアがそこにいる事を除いて。
『アダルト・チルドレンと家族』では、アダルト・チルドレンの「魂の成長」について、以下の3ステップを挙げている。
①の「安全な場所の確保」については、レジスタンスに迎え入れられたことで達成された。ようやく彼は、カイロ・レンという名前を捨て、ベン・ソロに戻るのだ。
そこから彼の②「嘆きの仕事」が始まるのだが、それは③「人間関係の再構築」とほぼ同時の出来事だ。
つまり、ベンは母レイアと初めて向き合うのだ。自分が辛い思いをしてきた事。父を殺したことについて、後悔し始めていること…。
母への嘆きが落ち着くと、親子関係の再構築が始まる。ベンとレイアは失われた時間を取り戻すのではないだろうか。
レイアへ心を開くのは、彼にとって一大事業だろう。もし再度「ずっと苦しかった」という胸の内を明かすのならば、それはハン・ソロの時とは全く違った文脈となるはずだ。
ベンが母を許すのか、レイアが息子に懺悔するのかはわからないが、彼らの間を冷たく隔てていた大きな氷は溶け、ベンは再びルーク・スカイウォーカーと再会する。
そこでもう一度、青か緑のライトセーバーを握るのではないだろうか。
参考資料 斎藤学(1996)『アダルト・チルドレンと家族 心のなかの子どもを癒やす』学陽書房
カイロ・レンの心理考察 『過保護』レイアと『無関心』ハン・ソロの間に生まれたアダルト・チルドレン説 https://t.co/n9vpZr5LKf
なるほど…
後で読む。
カイロ・レンの心理考察 『過保護』レイアと『無関心』ハン・ソロの間に生まれたアダルト・チルドレン説 | oriver.cinema https://t.co/wk5qG6drCT
カイロ・レンの心理考察 『過保護』レイアと『無関心』ハン・ソロの間に生まれたアダルト・チルドレン説 https://t.co/9HXUkfyHyL
なるほど カイロ・レンの心理考察 『過保護』レイアと『無関心』ハン・ソロの間に生まれたアダルト・チルドレン説 https://t.co/8hWwOyAvTf
ほうほう… RT> カイロ・レンの心理考察 『過保護』レイアと『無関心』ハン・ソロの間に生まれたアダルト・チルドレン説 https://t.co/f8kNphnIgA
カイロ・レンの心理考察 『過保護』レイアと『無関心』ハン・ソロの間に生まれたアダルト・チルドレン説 https://t.co/J1SfPa4bfu
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