「大人気」のはずの売り上げが、一時「3分の1」になってしまった理由|新連載「アメリカ“MANGA”人気のいま」
Text by Yukari Shiina
椎名ゆかり 海外コミック翻訳者、東京藝術大学非常勤講師
北米最大のコミックコンベンション、サンディエゴの「コミコン」でも、日本作品のコスプレは少数派だ
Photo: Sandy Huffaker / Getty Images
いろいろ言われているけれど、本当のところ「日本のマンガ」は海外でどんな感じになっているの? もうブームは去っているの? 読まれているのはどんな作品なの? 何がウケているの?
数多くの傑作海外コミックを日本語に翻訳してきた椎名ゆかり氏が新連載で登場。現地の知見を紹介しながら解明していきます。
「人気」と報じられてもう20年
「海外で日本のマンガが大人気」というフレーズを耳にして、もう聞き飽きたと感じる人も多いかもしれません。
政府の「クールジャパン」政策の後押しもあり、特に21世紀に入って世界各地にいる日本マンガのファンの報道が激増しました。
コンベンションと呼ばれるファン向けのイベントで、コスプレをする各国のファンの姿を「海外における日本のアニメやマンガの人気の様子」として報道するニュースや記事を、見たり読んだりしたことのある人も多いと思います。
1990年代や、実際にはそれ以前にも、日本アニメやマンガの海外での人気についての記事は見られましたが、この類のものが急激に増えたのは21世紀になってから。それでもすでに20年近くが経ちました。
日本でも流行のスパンが短くなったと言われる昨今、海外で日本マンガはいまでも人気なんでしょうか。いったい現在の状況はどうなっているんでしょうか。
実は「海外」と一口に言っても地域によって変わります。筆者はアメリカが専門なので、当コラムではアメリカでの日本マンガをめぐるさまざまな状況について、これからお伝えしていきたいと思っています。
アメリカで日本マンガは本当に人気なのか?
さて、筆者はしばしばこういう質問を受けます。
「アメリカで日本のマンガは本当に人気なんですか?」
実はこれ、答えるのがとても難しい質問です。ジャーナリストの数土直志さんは、アニメに関する似た質問について、こう書いています。
「日本のアニメは海外で本当に人気があるのか」を巡って、議論が戦わされることがよくある。片方では「日本アニメは大人気!」、なぜならどこの国に行っても必ずその姿を目にして存在を感じられると主張する。もう一方で、「日本アニメが世界で人気なんて幻想に過ぎない。ハリウッドの大作アニメの足元にも及ばない」とやり返す。真実はどこにあるのか? 答えは「イエス」であり「ノー」でもある。曖昧な中間地点といったところだ。
(数土直志『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』星海社、2017年、172頁)
これはそのままアメリカでの日本マンガ人気にも当てはまります。人気があるとも言えるし、ないとも言える。
つまり、確実にファンがいて「人気はあるのか?」と問われれば「イエス」と言えなくもないものの、ほかの娯楽とくらべればニッチな市場にすぎず、アメリカにおけるアメリカ産のコミックス市場とくらべても、その規模はかなり小さいのです。
さらに、ニッチな市場だったとしても、日本マンガの人気が年とともに着実に上がり、その市場規模を増大させてきたかと言えば、それについても「イエス」と断言はできません。
単純に売り上げと人気を同じものとして語ることには無理があるのですが、売り上げだけで言うと、アメリカの日本マンガは過去20年間にかなりの上下動を経験して現在に至るのです。
ブームは「5年」で終了していた
アメリカでは21世紀初頭に日本マンガの売り上げが急上昇した時期がありました。高校生までの若者、特にそれまでコミックスを読まないとされた10代の少女たちが日本マンガを手に取ったことに注目が集まり、「ニューヨーク・タイムズ」などの有力メディアで日本マンガ人気が記事になるほどでした。
とはいえ、注意しなければいけないのは、やはりここで言う「人気」という言葉です。私たちは「アメリカでの日本マンガ人気」を理解するとき、それを感覚的に「日本での日本マンガ人気」に変換して「日本での日本マンガ人気と同じように、アメリカでも日本マンガが人気」と捉えてしまいがちです。
しかし実際には、日本は世界的に見て特異なほどマンガ人気の高い国です。仮にアメリカで『NARUTO』が人気だと報道されたとします。でもだからと言ってアメリカで『NARUTO』の単行本が日本と同じような部数で売れているわけではありませんし、日本と同じようにアメリカ社会でもよく知られた作品だということを意味するわけでもありません。
日本の2.5倍の人口を持つアメリカでも、そのコミックス市場(日本マンガも含む)全体の規模は、日本のマンガ市場の5分の1強しかないと言われています。アメリカのコミックス市場の流通は複雑で、統計によって数字が変わりますが……。
アメリカにおいて、マンガ/コミックスというメディアは、日本にくらべてとてもマイナーな娯楽なのです。
市場規模に日米でこれほど差があるということは、言い換えると、そもそも日本とアメリカでは「マンガを読む」という行為そのものの、社会的、文化的意味が異なることを意味します。
少し脱線してしまいましたが、先にお話したように2000年代半ばに日本マンガの売り上げは急上昇し、その人気は爆発的に上昇しました。
日本でもよく知られるように、オックスフォードの辞書に「MANGA」という言葉が掲載されたのも、その後のことです。
しかしこの人気は5年ほどしか続きませんでした。少なくとも売り上げだけを見ると、急激に萎(しぼ)むのです。