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新宿、2017年12月23日。
みんな急いでいた。私も急いでいた。日本に初めて来たギリシャ人が、新宿の飲食店の2階から通りを見下ろして「どうしてみんなこんなに急いでいるんですか?」ってきょとんとしていたのを思い出した。
どうしてみんなこんなに急いでいるのかは知らないが私は急いでいた。急ぎの出張に必要なものを急ぎで買わないといけないのだ。そしていま出張先で私はこの原稿を書いている、急ぎで。新宿から、出張先の台湾まで来る間に起こった、すてきな話を忘れないうちに書いておきたくて。「あつしゆくタオル」の話を。
3店舗まわっても見つからないタオル
新宿をめっちゃ急ぐ私はコインタオルを探していた。コインタオル、というのは、コインランドリーとかコイン洗車みたいな「コインと引き換えに借りられるタオル」、ではない。「コインの形をしたタオル」のことだ。タオルが、本当にギリ財布に入るんじゃないかと思うくらい小さなコイン型にムギュムギュッと縮められていて、お湯につけると元のタオルの姿に戻る。かさばらないので、遠出をする時はとっても便利だ。
とっても便利なんだけど、一晩乾かさないと使えないじゃん! というところがネックなのかあんまり売っていない。大都会新宿でも3店舗回って見つからなくて、風が寒くて、足が疲れて、人が多くて、うへぇ〜ってなりながら私はまた雑貨屋に入り店員さんを探した。
「いらっしゃいませ〜! いらっしゃいませ〜!」
めっちゃ元気な店員さんがいた。応援団長みたいなポーズで、背中に回した腕を軽く組んでいる。実際学ランを着たら似合いそうだなと思いながら私は声をかけた。
「すみません、あの」
「はい! いらっしゃいませ!!」
「コインタオルありませんか」
「コイン……タオル……」
店員さんは大きく目を見開いた。そしてみるみる元気をなくし、「はい、え、しょしょ、おまちくださいませぇ」と言い、スマホで検索を始めた。胸元の名札にはこう書いてあった。
<陳 研修中>
「いらっしゃいませ」の発音だけめちゃくちゃネイティブで、あとは中国語っぽい訛りがあった。
「タオ……ル……」
「あの、ギュッてなってて、お湯につけるとファッてなるやつなんですけど」
「???????」
陳さんに余計なことを言ったら陳さんを余計に混乱させちゃったみたいだった。陳さんは「検索します。しょしょ、お待ちくださいませ」と言ってレジ台のパソコンに向かった。
外国で暮らすということ
その焦った後ろ姿に、なんかいろんなことを思い出した。
外国人店員さんにつらく当たる人がいること。
私自身もまた、外国で働いた時に「国に帰れ」的なことを言われたことがあったこと。
アメリカのスタバで韓国語を話していたお客さんが「英語話せよ」って詰め寄られた事件が今月あったこと(参考:ハフィントンポスト日本版)。
恋に落ちた人がフランス人だったからという理由で「クロワッサン」くらいしかフランス語しゃべれないままパリに行って、見た目が黒髪アジア人だからというだけで「ニーハオ!」って絡まれたりしてビビったけど、それでもとにかく「く……クロワッサン」って言って買って食べたクロワッサンの、それはそれは特別においしかったこと……。
その時、目の前の陳さんがぱっと顔を上げた。そして嬉しそうに言った。
「あつしゆくタオルございます!!」
あつしゆくタオル?
熱しゆくタオル……?????????
私の頭の中のタオル(イメージ)がこんなんなった。
「あっ……だめっ……そんな……そんなに濡れた手で触らないで……やだぁ……私もしっとりしちゃうからあああ!!!!」
熱しゆくタオル。その声がかわいかった(イメージ)。
でもたぶんそういうことじゃない。
あつしゆくタオル。
……
「えっと、圧縮タオル、ですか?」
「はい! あつしゆくタオル!!!!」
店員さんはめっちゃ嬉しそうだった。その店の検索システムには「圧縮タオル」の名前で登録されているらしいコインタオルと一緒に、私は台湾行き飛行機に乗った。
ひとりで中国語の練習をしていたら……
座席に座りノートを開き、アジア系だから中国語しゃべれるだろって思われがちだけど中国語がしゃべれない私は、中国語で「○○市(宿泊先の街)に連れていってください」ってなんて言うのか調べてノートにでかでかと書いていた。で、「連れていって」という中国語をiPhoneで聴き、口パクで発音練習をしはじめた。すると、
「台湾はじめてですか?」
隣に座っていた人が、ニコニコと話しかけてくれた。台湾人だというその人は、「よかったら勉強を手伝います」と言ってくれた。「お願いします」と私が言うと、手伝うどころかその人は、なんとノート4ページぶんもの会話フレーズを教えてくれた。そして一つ一つ発音を直してくれた。それだけでなく、日本語が通じる店や、行き先の気候、イベント情報、台湾の文化やお祭りのことまで教えてくれたのだった。
私は心から感謝して、私の名前を名乗り、その人の名前を聞いた。
陳さん、という名前だった。
あつしゆくタオルを探してくれた店員さんと同じく。
なんだか私の心が、圧縮タオルみたいに、透き通るお湯の中で、ほんわり、ほどけていくのを感じた。
恋人でも、友達でも、家族でもない誰かが、今はどうしてるかなって、ふとした時に思える。恋人にも、友達にも、家族にもなることはないんだろうけど、そもそももう会わないんだろうけど、どうしてるかなって思える。そんな人のことを考えるのも、悪くないなって思うのだ。これからの人生、圧縮タオルをお湯につけるたびに、なんとなく、ほんわりした気持ちになると思う。
人生、いわゆるトラウマトリガーっていうか、辛いことを思い出すきっかけになるものもできてしまうものだ。けど、それなら、ほんわりトリガーっていうか、「これを見るとなんかほんわりしたことを思い出す」っていうものを増やしていこう。そういう生き方をしていこう、って、なんか、思う。別に無理には頑張らないけど。
あつしゆくタオル。
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