aiko好き編集者の現在
もう間もなく200回を迎えるこの連載を支えてくれている編集者が狂信的なaikoファンであることは、ある程度の期間この連載を読んでくださっている方ならばご存知だろう。彼のaiko愛を聞き取りつつ、『aikoの魅力がわからないんです』(2014年6月)との原稿を記し、彼が編集担当を外れると聞き、御礼より熱弁の機会を、との意図で『やっぱり、aikoの魅力がわからないんです』(2015年4月)との原稿を記した。もはや「魅力がわからないんです」は、aikoを考察した結果というより、シリーズ名と思ってもらうほうが自然だ。
本連載のルール「1回取り上げた芸能人については取り上げない」を例外的に破ったのは彼への感謝の大きさもあったわけだが、その後、割とすぐに編集担当に復帰、いつしか「編集長」の肩書きまでつくようになった。それでも彼は、それなりの権限を活かしてaikoに接近しようとはしない。毎回、新譜発売後にCD屋さんを巡るというaikoに店先で偶然に出会い、ゆくゆくは結婚の可能性を模索している、などといった発言を繰り返し、aikoファンから、わずかなる賞賛と、結構ちゃんとした批判を浴びてきた。2015年のカウントダウンコンサートの模様を実況ツイートした時には、会場外のファンから立て続けに「謝れ」と叱責され、素直に謝ってみせた。だが、謝罪というより、「aikoのことなら素直に謝れる自分」に酔いしれているようにも見えた。
「僕はワーク・アイコ・バランスの中で生きてきました」
アーティストの進退が、いたずらに「平成の終わり」などと紐づけされる昨今の論調に違和感を覚えるのだが、aikoは、なにかが終わったり、なにかが始まったりしているのだろうか。年末の挨拶がわりに編集部へ出向き、話を聞くことにしたのである。「それにしても星野源はあっという間に国民的スターですね」と挨拶に添えると、黙りこくる。打ち合わせルームにスタッフの方が入ってきて、私の前にだけ水を置く。上司に対して、オマエあんま喋りすぎるなよ、と警告したのかもしれなかったが、水を置く前から饒舌が始まっている。
編集者「聞いて下さい。実は僕、aikoのポスターを額縁に入れて部屋に飾っているんですね。新譜が出る度にその特典ポスターを飾るようにしています。ポスターには折り目がついているので、丸一日は絨毯の下に敷いて、伸ばしてから入れるんです。先日、一年ぶりに新譜が出たのでポスターを入れ替えようとしたら、中から縮れた毛が出てきました。これはaikoの毛、ということになりませんか」
武田「なりません」
いくら人の発言とはいえ、自分の原稿が汚れる気がするので「縮れた毛」とおとなしめに形容したことを補足しておく。毎年、紅白歌合戦出場歌手が発表されると、ネットは落選歌手の言及に溢れる。今年は、AAA、miwa、V6といった面々の不出場を悲しむ声が多かった。aikoの不出場については語られている様子がない。そのことをどう捉えているのか。
編集者「もはや紅白なんか興味はありませんよ。CDTV年越しプレミアライブに出てくれればいいのです。あれが僕にとっての年明けなんですから。そんなことより報告があります。僕、年明けすぐに結婚する事になりました」
武田「それはめでたい。ただ、これまで『自分はaikoと結婚する』と豪語されてきましたね。諦めた、と理解していいですか?」
編集者「ご存知の通り、これまでの僕はワーク・アイコ・バランスの中で生きてきました。ワーク以外はaiko、このバランスでした。でも、この1年くらい、自分にはライフも必要ではないか、と思ったのです」
武田「実につまらない話です。aikoを捨てライフをとり、『ワーク・ライフ・バランス』を提唱する。cakesに官公庁からの天下り人材でも入ったのですか?」
編集者「違います。aikoを排除したわけではない、これからはワーク・アイコ・ライフ・バランスでいこうとの決意です。ライフとaikoのバランスをとる時期に入ったのです」
「自分の気持ちにウソをついているのではありませんか」
結婚相手は、マンションの部屋が隣だったのだという。自然と話をするようになり、自然と付き合うようになったと語る。そうやって「自然」を連呼する不自然さを感じながらも、人の恋愛の詳細にさほど興味はないので「それは素敵ですね」で終わらせようとすると、「今日、ちょうど、最近の芸能人カップルは同じマンション内に住んでバレないようにする、との記事が出ていましたね。その先駆け的な感じかも」とはにかんでいるので、今、読者の皆さんが感じた不快感をあらかじめ背負うように、代表質問に臨む。
武田「ご結婚される方は、aiko愛についての理解はあるのですか?」
編集者「理解してくれています。このままaiko愛を貫けそうです」
武田「貫くとはあまりに勝手です。あちらはワーク・ライフ・バランスに突如としてアイコが入ってくるわけですからね」
編集者「先ほどのポスターの話をしましたら、さすがにひいていました」
武田「お相手はaikoに似ているのですか?」
編集者「似ている人と結婚するほど失礼な人間ではありませんよ。小雪似で、背が高いです」
武田「小雪に似て、背が高い。aikoとまるで逆ですね。自分の気持ちにウソをついているのではありませんか?」
編集者「(質問には答えずに)僕がaikoを好きなことをどう思う、と聞くと、彼女は、その質問自体が嫌だ、と答えました」
武田「いずれ、『私とaiko、どっちが大事なの?』と揉めることが想定されます。そこですぐに答えられますか?」
編集者「(どちらかは答えずに)もちろんです」
武田「もしも、冷戦というか、期間の長い夫婦喧嘩状態に置かれている時に、aikoの新譜が出た。そして、ポスターを絨毯の下に入れている夫の後ろ姿を見たとする。その姿を見たら、彼女は家を出て行くと思いますし、世間は彼女の味方をします」
マリッジブルーならぬマリッジアイコ
編集者「でも本当に、aikoのことを理解しようとしてくれているんです」
武田「その言い方が、彼女よりaikoを重視しているように聞こえます。aikoと出会うためにCD屋さんを巡る習慣は、当然もう止めるわけですよね?」
編集者「先月末、新譜が発売された日、これが最後だと思って、タワーレコ―ド渋谷店とSHIBUYA TSUTAYAに行きました。すると、aikoは翌日にやって来たそう。人生とはそういうものです」
武田「すれ違いのままの人生だった、ということですか?」
編集者「『選べないよ ずっと だけどそれでいい きっとあたしのあたしが知っている』。新曲の歌詞です。ちょっと自己啓発っぽくなっているのが気になりますね。ただ、この曲を『予告』と名付けるセンスに驚愕します」
問われたことに答えない様子はあたかも昨今の政治家のようだが、彼自身、初めてワーク・アイコ・ライフ・バランスに切り替えるのを前にして、不安もあるのだろう。本来、ライフとアイコはバランスをとるものではない。これまでaikoについて、彼と計5時間くらい話してきたはずだが、「自己啓発っぽくなっているのが気になる」と、否定的なニュアンスを含む発言を初めて耳にした。彼も不安なのだ。無意識に、ちょっと遠ざけようとしているのかもしれない。
「マリッジブルーならぬマリッジアイコですね」と投げると、少し照れながら「その通りですね」と答える。投げた自分も後になって気付いたのだが、それではaikoとマリッジするとの意味である。今後、読者からの要望がなくても、ワーク・アイコ・ライフ・バランスの行き着く先については報告する機会が生まれるだろう。改めまして、ご結婚おめでとうございます。そして皆様、来年もよろしくお願いします。
(イラスト:ハセガワシオリ)