ここから本文です

書庫全体表示


イメージ


イメージ


「『アベ政治』とカタカナにしたのは、こんな政権に漢字を使
うのはもったいないと思ったからです」by金子兜太  
揺らがぬ平和への思い 俳人・金子兜太氏
毎日新聞 2016年4月30日
金子兜太さんは現在96歳。戦後を生き抜いた俳句界の最長老
は、尊敬する小林一茶が理想とした煩悩のままに生きる自由人、
「荒凡夫(あらぼんぷ)」の生活を旨とする。自らの戦争体験
に基づく平和への思いも薄らぐ事はない。

勝手な解釈生まぬ9条に
--間もなく「憲法記念日」です。安保関連法が施行され、憲法
改正論議が進もうとしています。

大学を出て日銀に入ったのも束の間、すぐに海軍中尉で従軍し、
トラック島で終戦を迎えました。島は戦闘だけでなく、正に地
獄のような飢餓状態で多くの戦友達が命を失いました。生き残
った者で粗末な墓碑を建て、引き揚げ船の上で詠んだのが「水
脈(みお)の果(はて)炎天の墓碑を置きて去る」。この句が
戦後に生き延びた私の原点です。

新しい憲法が出来て、その9条には「戦争はしない」という文
言がある。初めてこの事を知った時、直感的ですが、「ああ、
よかった。これで、あんなに死者を出す戦争は二度としなくて
よくなる」という、実にすがすがしい思いになったのを覚えて
います。戦地から戻って復職しても、どこかにわだかまってい
た思いが少しだけ晴れました。27歳の時でした。

ですから、その平和憲法を変えようという今の動きには反対で
す。特に安倍晋三首相のやり方はどうも私の性に合いませんな。

昨年の安保法案からの動きを見ていても、あのなし崩し的なや
り方が嫌いです。憲法改正をやるのならコソコソせずに、堂々
と国民投票でもして国民に信を問えばいい。やり方が小さいん
です。おじいさんの岸信介、大叔父の佐藤栄作と比べても、ど
うも人間が小さい。本人だけでなく、すり寄っている周辺の保
守層も同じ印象ですね。

--憲法9条の条文については、どう思いますか?

最初はさわやかな印象でしたが、よくよく読んでゆくと、簡略
化しすぎている面もあるなと思うようになりました。まるで俳
句のようです。確かに戦争はしない、軍隊は持たないと宣言は
しているのだが、積極的とも消極的とも取れる文面で、事実、
その後の時代の変化によって色んな解釈がなされるようになり
ました。そんな文面です。

その結果、9条は変わらずとも、自衛隊という名の軍隊が世界
平和の名の下、海外へ武力を持って出かける事が出来るように
なってしまった。そもそも、国を守る防衛と国際協力の為の貢
献は別のものでしょう。

憲法本体の条文は簡潔でいいのですが、それが解釈次第でどう
にでもなるようではダメでがんす。勝手な解釈を生まないよう
な絶対的な言葉を使った付帯事項を設けるべきでしょうな。た
だ、今の政権が進めている流れの中で「だから、改正すべし」
とは言いたくありませんが。

--「がんす」。生まれた秩父の言葉が出ますね。故郷の近くで
暮らして半世紀。最近は講演や揮毫(きごう)の依頼も多いと
か。昨年来、各地の安保法制集会で使われている「アベ政治を
許さない」の文字もそうですね。

あの字は旧知の(作家の)澤地久枝さんから頼まれ、筆を執っ
たものです。文言は澤地さんの言葉で、「アベ」をカタカナ、
「許」を漢字にという指定でした。いい文言ですな。
我ながら「許」の漢字は気に入っています。

先日、ある講演会場に入ると、みんながあの文字の紙を手にし
ていました。最近はめったやたらに使われているな、という気
持ちでがんすね。やや独り歩きしている。

ただ、九条の会の会合や、国会前の集まりには一度も行ってい
ません。趣旨は分かるのだが、どうも、ああいう所で演説した
りするのは、興味がないんですな。

個人としては徹底した戦争反対主義者なのですが、集団的な行
動は余り好きではない。私は野人のような存在ですから、つま
り「野人の協力」でがんす。

昨年からの反安保法制集会は関心を持って見ていますが、それ
まであまりこうした事に関心がなかった若者や女性が参加して
いますね。これは実にいい事。特に「SEALDs」などは独
自性があってよろしい。やはり、青年というものは、あれ位積
極的でないといかんですね。

--俳句界では今回の件で、高浜虚子以来の文化勲章が遠のくの
ではという声も聞きます。

ハッハッハ……。多分、当分はないでしょうな。でも、これだ
けは譲れません。戦争から帰ってくる時、「絶対に戦争のない
国にするぞ」というのが私の念願でしたからね。その為にやっ
た事で、例え俳句界に文化勲章が回ってこなくても、それはし
ょうがない。

後は長く生きる事ですな。たばこも酒もとうに止め、体は至っ
て元気。私の母は104歳まで生きました。秩父の大家族制の
中で6人の子を産んで苦労した母です。少なくとも104歳ま
では生きないと申し訳がない。それまでは死ぬ気がしませんな。

■人物略歴
かねこ・とうた
1919年生まれ。埼玉県秩父地方で育つ。東京帝大卒、日本
銀行入行後に従軍し、トラック島で終戦。戦後の現代俳句運動
にかかわる。62年に俳誌「海程」創刊。83年現代俳句協会
会長(現名誉会長)。文化功労者。

転載元転載元: 情報収集中&放電中

この記事に

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

開くトラックバック(0)

*nya~*
*nya~*
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27 28 29 30
31
 
今日
全体
訪問者訪問者3281547019
ブログリンクブログリンク029
コメントコメント023121
トラックバックトラックバック069

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

過去の記事一覧

開​設日​: ​20​10​/6​/1​0(​木)​

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事