日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に奇跡が起こった。2016年シーズンは2部リーグ(J2)で15位と低迷し、17年に入って経営危機が表面化した長崎のクラブ「V・ファーレン長崎」が見事、1部リーグ(J1)に昇格を決めたのだ。快進撃を裏方として支えたのは、4月にクラブの社長に就任したばかりの通販大手ジャパネットホールディングス(HD、長崎県佐世保市)の創業者、高田明氏だった。
■平戸なまりで喜びを共有
「夢だったゼイワンに上がります。我々は平和について世界で語れるクラブだと思います。そんな役割を持つクラブになりましょう!」。昇格が決まった11月11日、ホームの「トランスコスモススタジアム長崎」(長崎県諫早市)を埋めた2万数千人のサポーターに向かって、高田氏は、満面の笑みでこう呼びかけ、選手らに胴上げされて3度、宙を舞った。
「ゼイワン」とは、もちろんJ1のこと。高田氏の出身地、長崎県の平戸なまりの言い方だ。こんな言い回しでローカル色を出しつつ、長崎が世界に向けて発信する「平和」というワードでクラブの方向性を指し示す。一瞬でサポーターの気持ちをひとつにまとめあげるのは、やはり「TV通販王国」を一代で築き上げたカリスマ高田氏ならではの才覚だろう。
V・ファーレンの営業収益はJ2の平均(約13億円)の6割程度。18年から挑戦するJ1のクラブの平均約36億円とは、比べものにならない少なさだ。そんな「強豪」がひしめく世界に、J2の平均以下の資金力と動員力しかない弱小チームが昇格を果たしたのだから、サッカー関係者の誰もが「奇跡」と口をそろえるのも無理はない。
だが、「奇跡」は単純に運が良かったから転がってきたわけではない。
■「外見」より悪かった経営状態
最初はゼロどころかマイナスからのスタートだった。クラブの成績は低迷し、追い打ちをかけるように経営危機が表面化した。
「潰れたら、今まで応援してくれたサポーターや長崎の子どもたちの夢まで摘んでしまう」。ジャパネットは09年からスポンサーとしてクラブを応援していた。ジャパネットの現社長で高田氏の長男である旭人(あきと)氏は、明氏と相談してV・ファーレンを傘下に収めることを決めた。
しかし、中に入ってみると実態は思った以上に悪かった。累積損失は3億円以上あり、前執行部が入場者数を水増ししていたことも明らかになった。V・ファーレンの株券は紙くず同然の価値しかなかったが、それぞれの株主が出資したときの金額でジャパネットが買い取り、100パーセント子会社にした。これまでクラブを支えてきた関係者に報いるとともに、引き続き協力をあおぐ必要があったからだ。
本業の通販で忙しい旭人社長に代わり、明氏が再建を託された。「私のミッション(使命)は再生すること。赤字に陥ってどうしようもない収益構造を正して、正常なサッカーチームに戻すことが一番の目標」と明氏は語っていた。
■士気を高めたコミュニケーション力
経済的な支援と通販番組で培ったコミュニケーション力でクラブのスタッフや選手の士気を盛り上げた。マーケティングの手法を駆使し、試合前に家電のチャリティーオークションを行うなど、スタジアムの外でにぎわいを取り戻すことに尽力。また、佐世保市のジャパネットの本社にも、V・ファーレンの試合をテレビ観戦しながら応援するスペースを設け、全面的な支援姿勢を明確にした。
J1昇格が見えてきた9月には、選手をゲストハウスに招いてバーベキュー会を開き、選手とカラオケで熱唱した。そんな明氏の前向きな姿勢に選手たちも感化されていった。
「監督、選手以下、試合に関わる人が余計なことに悩まされなくなり、気持ちが我々(ジャパネット)と一体になってきたところで、選手の力が発揮できているのではないでしょうか」。クラブが上昇気流に乗り、4位につけていた9月ごろ、明氏はこう語り、選手の奮闘に手応えを感じていた。
実際、財政環境は厳しく、チームの主力選手の顔ぶれはあまり変わっていない。今夏にレンタルで選手3人を迎え入れたくらいだ。しかし、ジャパネットの本気が伝わり、選手も変わり出した。今季、ホームでの敗戦はわずか2試合。4月末の社長就任時は4勝4敗1分けの9位だったが、それ以降は19勝6敗7分けと、勝ち星が大幅に先行した。
特に昇格が見えてきた8月末からは10勝3分けで13試合連続負けなしの強さを見せ、11月11日のカマタマーレ讃岐(香川)戦で自力昇格を決めた。今シーズンの通算成績は24勝10敗8分けのリーグ2位。もちろん過去最高である。
■気持ちが変われば、勝てる
サッカーは強いチームが必ず勝つとは限らないスポーツ。明氏は「ひとつ言えるのは、気力が奇跡を起こすことがあるということ」と語る。「勝つと信じれば、勝てない試合を勝つことがある。気持ちが変われば、不可能なものが可能になります。通販でも、『売れない』と思った瞬間、売れなくなる。『売るぞ!』と覚悟を決めると、本当にそれが実現する」。その言葉通り、意志の力で引き寄せた「ゼイワン昇格」だった。
甲高い声でテレビ通販のスター的な存在になり、今もファンが多い明氏。その伝える力が、負け癖のついていた選手やファンを意識を一気に変え、J1昇格の原動力になったわけだ。
昇格決定後、地元長崎出身の選手がV・ファーレンへの移籍を決めた。来季からは人気と実力を兼ね備えた地元選手の活躍がさらに増え、観客動員にもプラスに働きそう。「ゼイワンになることは、まだまだ先があるということ。将来はゼイワンで優勝を争えるようなクラブにしたい」。明氏の夢はどんどん階段を登っていく。
(シニア・エディター 木ノ内敏久)
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