この記事は今年読んだ一番好きな論文2017 Advent Calendarへの投稿です。
飛び入り参加になりましたが、研究室で紹介するには少し合わないが面白かった論文について投稿させていただきました。
余談ですがこれの投稿のためにTwitterのアカウント作りました。
論文紹介の前に
今回の論文はエンドサイトーシスに関連するものですが、少しマイナーな話かと思ったので、エンドサイトーシスというものについての説明と私の妄想を先に綴ります。どこからが生物か
大きく出ましたが、本編とはあまり関係のないただの妄想話をします。読み飛ばしても大丈夫です。生命がいかにして生まれたのかについては様々な議論があるようですが1、何かしらの形で外界から隔離された区画として原始細胞が誕生したというアイデアは共通しているように思います。ここではどこかの段階で脂質が自己会合して脂質膜を作り、脂質膜で区画化された空間に有機物が濃縮され、なんやかんやするうちに細胞になるに至ったと思うことにします。妄想です。
妄想ですが、そんなにあり得ない話でもありません。現在多くの細胞を構成する主な成分はリン脂質ですが、このリン脂質は親水性の頭部と疎水性の尾部を持つ構造をしていて、尾部が2本ある場合は大体適当に水和しても脂質2重層を作ります。偉い人が過去に調べてくれています。
左図:MARTINIのDPPC-em.gro、martini_v2.0_DPPC_01.itpよりvmdで描画
右図:J. N. Israelachvili et al., Biochim. Biophys. Acta, 470(2), 185-201 (1977)
このとき、どこまでいったらこのリポソームは生命と言えるようになるでしょうか?細胞小器官が何もなければただの化学反応の起きている場に過ぎません。核酸、リボソームがあればタンパク質の合成が行われるようになりますが、試験管内でこれを再構成した方2もいらっしゃいます。これも少し複雑な化学反応が起きている場であり、かなり興味深いことですが生命ではないですね。
つまり、何があるとリポソームがただの物理的、化学的現象の集合ではなくなるのか、ということがどこからが生命かの1つの答えになりそうです。
これに対して私が個人的に思うのは、プログラムされた形で反応制御が行われるとき(=拡散などの物理化学的現象としてでなく)、その化学反応の場は生命現象の起きている場になるのではないかということです。
で、この反応制御ですが、真核細胞の場合は細胞質のあちこちで好き勝手に反応を起こさせるのではなく、時空間的に反応の場を隔離することで実現しています(原核細胞はどうなんでしょう、私は知りません)。例えば好気呼吸の場と糖新生の場は分かれているとか、そんな感じです。ATP使って糖を作ったそばから糖を分解するとか、無駄の極みですからね。また隔離されているといっても、それぞれの場での化学反応が完全に別のサイクルで回っていてもあまりよくないです。飢餓状態なのに呼吸も糖新生もガリガリ進めているというのも無駄な話です。
これを実現するためには、必要な場所に必要なもの(特に酵素などのタンパク質)を必要な時に(あるいは常時)配置するシステムがいります。
そのシステムが、エンドサイトーシスやオートファジーで有名になったメンブレントラフィックの機構です、多分。みなさん気を付けて読んでいただきたいのですがこの辺まで全て妄想です。妄想というか私の個人的な見解です。
このシステムがなくなっても細胞内での化学反応が起こせなくなる訳ではありませんが、小胞輸送やエンドサイトーシスをしないリポソームは、究極のところラーメンのスープに浮いた油の中で化学反応が起きているのと変わらないわけです(暴論)。
話が長くなりましたが、ここで言いたかったのは「メンブレントラフィックって面白いよ!これなかったら細胞なんてただの膜でしょ!」くらいの気持ちが私にはあるということです。
脂質膜だけでも研究していると面白いんですけどね、糖鎖とかも大事だと思うけどね、膜タンパク質や細胞骨格によるダイナミックな膜運動が面白いんですよ。
1 高校生物だと、コアセルベートとかマリグラヌールとか習いますね。本編とは一切関係ありませんが、簡単な紹介記事がネット上にあったので気になる方は覗いてみてください 胸組虎胤(2013)『化学進化と生命の起源の考え方―― その変遷と理科教材としての可能性 ――』鳴門教育大学研究紀要第28巻 2 今回調べていて初めて知った方ですが、とても面白いことをしていると思いました。 |
エンドサイトーシスについて
ここからは妄想話ではありません。さくさくいきましょう。エンドサイトーシスとは細胞が細胞外の物質を細胞内に取り込む機構の1つです。ひとくちにエンドサイトーシスと言っても非常に多様な経路があり、その全貌はいまだ明らかではありません。
ここでは今回の論文の対象となっており、またおそらく一番有名なクラスリン依存性エンドサイトーシスについて簡単に説明します。
- 受容体刺激等によりAP-2などのアダプタータンパク質が集合し、クラスリンが重合。膜が陥入する
- 陥入が進むとΩのような形状になり、陥入した首のところにダイナミンやアンフィファイシンといったタンパク質が巻き付く
- アクチンの重合が進み、陥入を推し進める。同時にダイナミン等の集合も進み、最終的に輪ゴムが閉じるようにして膜を切り離す
細胞の種類によっても異なるらしいのですが、「クラスリンが集まってきて、ダイナミンか何かが首を切る」といった理解で大丈夫です。色んなタンパク質があるんだなーと思っておいてください。
で、このクラスリン依存性エンドサイトーシスは恒常的に行われているエンドサイトーシスで、1細胞中のどの辺で起きるのかは確率的に決まると考えられていました。つまり、偶然必要なタンパク質が集まってきた場所で膜の陥入が起こり、他のタンパク質がリクルートされてきてエンドサイトーシスが起きていると考えられていたということです。
ですが、よくよく観察しているといつも同じところで膜の陥入が起こったりもする(=ホットスポットがある)ということで、完全にランダムでもないようだと思われるようになりました。ですが、その詳細については不明でした。
そんなこんなで今回紹介する論文の話になります。
【与太話】
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論文紹介
書誌情報
Clathrin Assembly Defines the Onset and Geometry of Cortical PatterningY. Yang, D. Xiong, A. Pipathsouk, O. D. Weiner and M. Wu, Developmental Cell, 43(4), 507-521 (2017) 論文へのリンク
つい最近の論文です。ざっくり説明すると
- クラスリンの重合はランダムにも同期的にも起こる
- この同期的なエンドサイトーシスの波が、細胞膜を裏打ちするアクチンの波を引き起こす
- クラスリンの重合の波はCdc42やFBP17、PIP3からのフィードバック調節を受ける
という話です。
少し補足するとCdc42はRhoファミリーGタンパク質で、アクチンの重合に関与します。FBP17は膜曲率を感知して細胞膜を曲げると言われていて、膜の陥入に関与します。
この後も少し知らない名前のタンパク質が出てくるかもしれませんが、エンドサイトーシス関連タンパク質なんだなと思ってください。PIP2、PIP3は脂質です。
endocytic machineryの会合は細胞表面を波のように伝わる
話の前提として、細胞膜を裏打ちするアクチンの重合が波打つように伝わっていることは知られていて、cortical waveとして言及されています。また、FBP17やCdc42がこのcortical waveに関与していることも知られていました。そこで、筆者らはまず同じendocytic machinery(何て訳すと良いですかね?エンドサイトーシス装置とか?)であるところのクラスリンやダイナミンなどについても波打つ様子が見られるかを実験で確かめています。
動画の埋め込みって再配布的なところに引っ掛かりそうな気がしたのでリンクを貼っておきます。論文掲載ページでも見られます。
Fig. 1B, Cを見てもらうと、FBP17とクラスリンが時間軸方向に波打つように重合していることが分かります。また動画で分かる通り、この波は膜表面を空間的にも伝わっています。
FBP17の波はcortical waveに先立って起こることが知られていましたが、クラスリンの波はさらにFBP17の波に先立つことも確認されました。
クラスリンの波の様子(左上 0s)は6秒後のFBP17の波の様子(右下 6s)に合致する
FBP17とクラスリン以外のものについてもまとめられた結果が下図です。
- early module: FCho1, AP-2, クラスリンなど、最初に重合するもの(Fig. 2G 左)
- intermediate module: FBP17, Cdc42, CIP4など、クラスリンの後に働くもの(Fig. 2G 真ん中)
- late module: エンドフィリン, ダイナミン, アクチンなど (Fig. 2G 右)
で、こうなると何が波を作るのかが気になるところです。
クラスリンの波がcortical waveを形成する
まずクラスリンがcortical waveの上流で作用していることを筆者らは確認しました。これはスマートな方法だと感心したのですが、cortical waveの進行方向が変化しているような場所を探してきて、そこではcortical waveに先んじてクラスリンの波の進行方向が変化したことを確認しています。
上の波の場合は先に紫の波の進行方向が変化し、続いて緑の波の進行方向が変わるので、全体の波は紫がリードしているとわかる。下ならその逆。
先にクラスリンの波の進行方向が変化している
じゃあこのクラスリンの波ってどうできてるの?ということになります。
結論から言うと、これはクラスリンの下流でエンドサイトーシスに関与している種々のタンパク質・脂質によりフィードバック調節されていることが分かりました。ひたすら阻害剤かノックアウトかドミナントネガティブ体での確認です。
FBP17, CIP4, Cdc42, SHIP1の阻害等でクラスリンの波が消える。(scrambleは何も阻害しないshRNAを導入)
実は細胞によってクラスリンは普通に発現しており、cortical waveも見られるものの、クラスリンの波が生じないものがありました。この細胞に対してPIP3の産生を抑制するために阻害剤(cal-101)を加えたところ、クラスリンの波が生じるようになり、cortical waveのリズムもそれにより調節されたのです。
後半になるとクラスリンの波が現れ始め、FBP17の波の間隔が延びる
ここまでの結果から、筆者らは波の形成について下図のようにまとめています。
中程度のPIP3がクラスリンの波を作る
紫から緑へと波が伝播する
【与太話】
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クラスリンは波の形状も調節する
こういうフィードバック調節のかかっているやつは、どこかの半減期が変わると振動の様子が変わることが考えられます。そういう例が今回の波でも確認されました。
渦を巻くような波が起きている
以前からこのような渦を巻くような波は知られていたようで、この現象についてもクラスリンが関与していることを筆者らは確認しました。
渦の中心では波が生じず、クラスリンのシグナルが長く存在する
動画で見てもらったほうが分かりやすいですが、中心にずっとクラスリンのシグナルが居座っています。この長寿命のクラスリンクラスターが波の特異点になっていることがFig. 6Bで確認されています。
じゃあこのクラスターはどう生じているのかが次の疑問になります。
PI(3,4)P2が波を制御する
実はクラスリンクラスターは渦を巻くような波がないときにも存在していました。Fig. 5Aとか見てもらうとなんとなく真ん中にシグナルが濃くあるのが分かると思います。普通の波のときでも長寿命のクラスリンのシグナルが見られる
この”non-excitable vortex core”について、筆者らが色々観察したところ、細胞膜近傍ではあるものの、より細胞内側に局在していることが分かりました。
共焦点顕微鏡の焦点位置を変えて観察し、クラスリンのシグナルのコントラストを観察。膜直下より離れたところにシグナルのあることを確認
細胞膜に局在するアダプタータンパク質AP-2とクラスリンのシグナルは共局在せず、細胞内に存在するAP-1と共局在する
またこのvortex coreにはFBP17も局在し、かつPIP3の産生を抑制してもシグナルは消えませんでした(cortical waveは消える)。これはこのクラスターが(cortical waveを起こしている)細胞膜とは別のところに隔離されていそうだということを支持します。
PIP3の産生を抑制する阻害剤(wortmannin)を添加すると波は消えるが、vortex coreのシグナルは残る
じゃあこのクラスターは何なんだということになります。その直接の答えはこの論文では与えられていませんが、ここに脂質のPI(3,4)P2とその前駆体のPIP3が豊富に存在することが分かりました。
Fig. 7EのTks5はPI(3,4)P2に結合するタンパク質。Fig. 7FのGrp1はPIP3に結合するタンパク質。それぞれ中心部に局在している
で、過去の研究からPI(3,4)P2はcortical waveのrefractory period(=そのまま読むと不応期、ぐらいの意味だがこの論文ではどうやら進行している波のシグナルのところを指している)を定めていることが分かっているそうです。
その事実と、波の特異点になりうるクラスリンのクラスターが長寿命であること、そのクラスターのところにPI(3,4)P2が豊富にあることから、何かしらPI(3,4)P2の局所レベルを調節するメカニズムがあり、それが局所の不応性(≒ここではシグナルの寿命)、ひいては波の幾何学的特徴を規定しているのだろうと筆者らは述べています。
あとがたり
論文について
ここから再び妄想というか個人の気持ちを語ります。いやーエンドサイトーシスが波を形成していると思ってたんですよ!ずっと妄想していました!本当にあったんだ!やったー!
私の気分としては、実はエンドサイトーシスとかの膜運動は細胞膜の張力により影響を受けるという話がありまして、膜張力が波のように伝わるのではと思っていたんですけどね。池に石投げこんだら波が起きるじゃないですか、あんな感じで例えば受容体依存性のエンドサイトーシスがどこかで起きて(石が投げこまれて)、その膜運動の結果として膜張力にも波が生じて、エンドサイトーシスが誘起されていくんじゃないかなーとか。確かめる方法も思いつかなかったし、だからなんだって言われると終わる話なので妄想しているだけだったんですが。
クラスリン依存性エンドサイトーシス以外の、CLIC/GEEC Endocytosis pathwayとかみたいにもっと膜張力と密接に関わっているものではそういう現象もあるかもしれません。ワクワクしますね!
あと、この波はフィードバックループに存在する分子が存在すれば自然と生じるはずなんですよ。筆者らもディスカッションの中で、事前に作られた濃度勾配などの物理化学ポテンシャルがなくても自然と振動が起きるだろうと述べています。
つまりこの波は実はただの物理現象の集合と言えるものなんです。「メンブレントラフィックは物理現象、化学現象の集合を生命現象足らしめるものだ」とか上の方で妄想を述べましたが、ただの物理現象の集合としてエンドサイトーシスが調節されてもいるんですね。ワクワクしますね!だってこれ必要なものをリポソームに封入したら起こりうるってことですもんね。アクチン繊維を再構成するのはちょっと不可能に近い気もしますが。
あとあと、ちょっと最後の方の論展開が急というか雑というか、もうちょっと確かめられるんじゃないか?というところもありました。アクチンもフィードバック調節にかかわってんじゃないの?なんで調べてないの?とかも思いますね。
でも全体を通して非常に面白く読めたので、これが今年読んだ中で一番好きな論文です。
「今年読んだ一番好きな論文2017」の企画について
この企画はcomputational flow cytometryについて調べていた時に知りました。去年の記事です。なかなか他分野の研究についての論文を読む機会もないので、みなさんの記事を楽しく読ませていただきました。メガプレートとかすごかったですね。再現性のやつとかは怖くなりますね。n=3しか取ってないデータがどれだけあるか……面白い企画をありがとうございました。