異世界にシャワーしかなかった

ザラチカロフ洋子

  ヒロシとシャワー

 私がこの世界に来てまず憤慨したことは、異世界にシャワーが存在していることだった。せっかくの異世界なのに、異世界要素とエロ要素がからみあっていない。これでは、普通の現代社会で女子高生が売春しているのと変わらないではないか!


「いーから、とっととシャワー浴びてくんない? だるいしー」


 ヤマンバメイクをした少女が私をけしかけてきたので、さらに憤る。異世界なのに、ヤマンバという概念を思い浮かべた自分自身にも腹が立って仕方がなかった。

私は好きで風俗に来ているわけではないのだ。正しい異世界の風俗を世に知らしめるために、仕方なく異世界風俗を訪れた。この少女は、そこがまったくわかっていない。怒りのあまり、避妊具として用意してあった草を引きちぎる。あまりに頭が煮えたぎっていたため、ボロボロになった草を全身に振りかけながら「編集が悪い。許さん!」と叫び、女子高生のみぞおちにドロップキックをかましてしまった。いけない。これでは、私が誤解されてしまう。あわてて、全裸のまま異世界風俗店を飛び出したが、あらためて周囲を見回し、私はさらに深い絶望に陥った。


 ああ、その風景たるや、なんという異世界感の欠如!

 エルフが、いかにも現代的に精製されたであろう奇麗な酒を飲み、ドワーフがピカピカのメモ用紙にボールペン(メモ用紙! ボールペン! こともあろうに!)でメモを取っている。恋人たちは当たり前のように年末の予定を語り、ふざけるなきさまら!


 エルフを羽交い絞めにすると「世界観を壊すな。口噛み酒でも飲め!」と唾液を口から流し込み、ドワーフの紙を破り捨てると目にボールペンを突き刺した。恋人たちを文字通り引き裂いて「くたばれ、粗悪なパルフフィクション!」と声を大にしながら、大通りを駆け出す。


 その様子を見た人々が警察(ああ、けいさつ! せめて自警団にすればいいのに!)に通報したのだろう。いかついオークが私を取り囲み、その隙間から生卵がぶつけられる。生卵なんて貴重な物をぶつけてくるわけがない。ここは異世界として本当に失格だ。だから、“なろう小説”は嫌いなのだ。カクヨムだけど。


 そんなことを考えていたせいだろうか。

「大人しくしろ!」と威嚇しながら飛びかかってきたオークに抑え込まれ、身動きが取れなくなってしまった。


「やっとつかまったか。この現代世界人め!」

 オークに全身の動きを拘束されたまま、私は町の外にある御構地(おかまいち)へと連行される。

「用語が江戸じゃねえか! せめて、現代に統一しろ!!」

「うるさいだまれ!」

 オークの鉄拳が私の頬を容赦なく打つ。


「ハヤカワ書房!」


 あまりの痛みに、無意味な悲鳴をあげながらうずくまった。


「お前は、これからポテトシャワーの刑に処される」

「ポテトシャワー……?」


 顔を上げると、そこには無数のシャワーが設置されていた。シャワーからは大量のポテトが滝のように流れ出ている。異世界にポテトがあるのは百歩譲って我慢しよう。だが、ポテトにシャワーだと。……ポテトにシャワーだと!

なんという拷問だ。こんなことがあっていいのか。考えるんだ。この窮地を抜け出る方法を、なんとか思いつかなくては。


「ま、待ってくれ。私と勝負しないか。勝ったら見逃して欲しい。さっき、この世界にはビブリオバトルがあるという立て札を読んだ。異世界にビブリオバトルが存在しているということ自体は、この際だから見逃そう。だが、ビブリオバトルは、現実世界で私の得意ジャンルなんだ。どうだね? 勝負を挑んでみたくならないか?」


「残念だが、それはできない。お前にはビブリオがない」

「何を言っているんだ……?」


 本気で意味がわからなかった。


「勘違いしているな。この世界のビブリオバトルは、腸炎ビブリオバトルの意味だ。すなわち、体内にある腸炎ビブリオの数でバトルする。我が世界では、体内に腸炎ビブリオがあればあるほど良い、とされていることを知らなかったのか?」

「このエセ異世界め!」


 甘かった。この世界は“異世界”などではない。作者の経験から生まれた“エセ界”だったのだ。なぜ、もっと早く気づかなかったのか。ここにいるだけ無駄だ! 帰らなくては。科学が意味を成し、法則が働き、知識ある物がマウントを取り続けるあの素晴らしき現代へ……。


「お願いだ。今までのことは謝る。だから、私を帰してくれ」

「ダメだ」


 オークは無慈悲に答える。

「ポテトシャワーの刑を執行する!」

「ああああああ! ポテトかシャワーか、どっちかにしてくれぇぇぇぇ!」

 顔面蒼白になり、ポテトまみれになりながら私は訴えた。


 数時間ほどポテトシャワーの刑を受けながら、私は頭にスタージョンの法則を思い浮かべていた。どんなジャンルも90%はクズである。しかし、この話は90%にも、残りの10%にも属することもできないほどのクズ話だ。すなわち、これを読んだところで異世界にシャワーがあっていいのか、それとも良くないのかなんて、誰にもわからないのである。

ただ、これだけは言える。私は今、まさにシャワーのある異世界にいるのだ、と。

ポテトシャワーだけど。 



オワコン

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異世界にシャワーしかなかった ザラチカロフ洋子 @surumenohito

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