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ドイツ語の時制に未来時制なんてないですよね!?

ruin_ruin33さん

2014/5/1700:27:32

ドイツ語の時制に未来時制なんてないですよね!?

ナツメ社の「文法から学べるドイツ語」という本が家にあります。92ページを見るとデカデカとした文字でタイトルが「未来形」となっており「未来形は未来の助動詞werdenを使い、動詞を不定形のまま文末に置いて表します。」とあります。

一方Wikipediaの「時制(時制と時間)」という項目を見ると「英語やドイツ語を含むゲルマン語派の時制は非過去と過去であり、非過去が現在と未来の両方を示す。」とあります。

つまりドイツ語の時制に関してナツメ社の「文法から学べるドイツ語」は3時制という立場であり、Wikipediaの執筆者は2時制ということです。


同じ西ゲルマン語群の英語については2時制とする立場が多数派です。Randolph Quirk 、Rodney Huddleston、安藤貞夫の諸氏は英語に未来時制はないと明言しています。

ドイツ語に話を戻しますがドイツ語も2時制ではないでしょうか?werdenは本当に未来を表す助動詞なのでしょうか?(主語の)意志、(話し手の)推測を表す助動詞と言った方が適切ではないでしょうか?

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Er wird jetzt wohl im Büro sein.
彼は今ごろたぶん事務所にいるだろう。
(彼が事務所 にいるというのは発話と同じ時間のことであって、未来のことを想像しているのではありません。)
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Er wird schon angekommen sein.
彼はもう到着していることでしょう。
(あまり見かけない"未来完了"と言われる時制。発話より後に到着しているのではなく、発話より前に到着しているであろうという内容。)

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やはり、werdenの表す根源的な意味は「(主語の)意志」であり「(話し手の)推測」であって、その結果「未来を指し示す表現となる場合が多い。」というのが真実ではないでしょうか?
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Sie werden bald kommen.
彼らは間もなく来るでしょう。

この文章は現在という時間に生きる話し手の心に生じた「推測」であり「現在形」と呼ぶべきと思うのです。
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Ich werde in das Stadtzentrum umziehen.
私は街の中心に引越しをする。

この文章は現在という時間に生きる主語(Ich)の心に生じた「意志」であり「現在形」と呼ぶべきと思うのです。
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賛成、反対双方のご意見お待ちしています。

ドイツ語,ナツメ社,話し手,時制,Randolph Quirk,助動詞,trose1833

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2014/5/2109:16:25

ドイツ語が専門の者です。
ドイツ語にはそもそも2つの時称しかありません。質問者様のおっしゃる通りです。
一般に、ドイツ語の時称は現在、過去、現在完了、過去完了、未来、未来完了があるとされています。このうち、純粋に動詞の屈折(人称変化)によってあらわされるのは現在と過去のみであり、これらをまとめて「単独時称:einfache Tempora」と呼んでいます。
反対に、完了、もしくは未来の助動詞(と呼ばれるもの)をつける4時称を「複合時称:zusammengesetze/ umgeschriebene Tempora」と呼びます。

この点では古典ギリシャ語の副時称と非常によく似ていますね。

さて、下のtrose1833さんがお書きになっている事で大筋間違いありませんが、参考までに、少しだけ付け加えておきます。

まず、助動詞werdenが未来を表すようになったのは、14世紀以降の事です。このころのドイツ語圏というと、ルターによるドイツ語の精錬、つまり、聖書翻訳があります。ラテン語の聖書をドイツ語に翻訳(というよりもドイツ語に文字をあてはめて国民言語化)した際に、ラテン語の未来時制を取り入れたのか、
あるいは16世紀の言語的ナショナリズム(ラテン語に対抗しうる民族語としてのドイツ語の地位確立)によって、ラテン語の文法に則って整理されたドイツ語に明確な未来という概念が発生したのかはわかりません。ラテン語は未来も屈折で表すほど、未来の概念が強いですから、この影響があるのかもしれません。

この語法とほぼ同じ形をとるものが、かつて中高ドイツ語(期)にも存在しました。古くは、

現在分詞+ werden=「~し始める」

という意味を持っていました。

つまり、動作の開始を表すモノです。この点では、英語のbe~going to, に近いと思います。動作を開始するということは、つまり、「何かの動作を起こして完了させる意思」をもっているはずですから、質問者様のお書きになった「意思」を表しうるのです。これが、通常の現在との混在を避けるために、近接未来→未来に推移しました。

z.B. *Er wird laufende. 彼は走り始める。

この根底にあるのは、werdenの本来動詞としての用法です。つまり、「~になる=英語become」という意味です。

z.B. Ich werde Arzt. 私は医者になる。(今はまだ医者ではないが、いつか医者になる。)いつか~になるということで、未来のような意味を醸しだしているともいえます。
この「~になる」が広い意味で取られ、さきほどの動作の開始につながるのです。

本来、未来の事柄は「現在」か、助動詞wellen(=wollen; will), suln(=sollen; shall), (=müezen; müsen)を用いて表しました。この点は英語と同じです。詳しくはグリムドイツ語辞典を引かれると良いでしょう。

willだけでなく、can, should, shall, may, must, et cetera は現在眼前にある事柄ではあるものの、まだ動作が完了していないのです。

私は~へ行くべきだ。という文でも、見方を変えれば「私はそこへ行くべきだ。しかし、いまだ行ってはいない。なので(任意の時に)行かねばならない。」という意味になります。

つまり、助動詞には本来的に未来を意味する能力が備わっているのです。

また「推量」については、特に書く必要がありません。その通りだからです。ただ、初学者には複雑すぎるからと、情報を削っているとしか思えません。
小学館の「独和大辞典 第2版」を買って読んでみると良いでしょう。机上版は高額ですが、コンパクト版なら貯金をすれば買えるものと思います。

「現在」について書いておきますと、今日でも口語では、未来、未来完了はほとんど見かけられません。代わりに、現在を用いるか、sollen, müssenにその意味を託している場合が多いです。

「現在形」と呼ぶべきかどうかについては、賛否が別れるでしょう。私は「現在時称というくくりの中の一つの形態」としてとらえています。

三修社の「詳解ドイツ大文法」という文法書があります。ドイツ語をやっていくなら、良きパートナーになるでしょう。あらゆる疑問を解決できます。古本なら安く買えます。
もしくは「ドイツ広文典」がいいかもしれません。こちらは安いのですぐ買えます。

質問した人からのコメント

2014/5/21 23:16:57

何気ない疑問でしたが、専門家の方にこんなに詳しく書いていただいて感激しております。これを機にもっとドイツ語を勉強してみようと思いました。古典ギリシャ語もいずれやってみようと思っています。

trose1833さんへ リクエストに素早く対応していただきありがとうございます。影武者さんがドイツ語に来ないのはちょっと寂しいですが・・・。

ベストアンサー以外の回答

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trose1833さん

2014/5/1720:09:40

前回のご要望に基づいて箇条的にお答えいたします。

>>>ドイツ語も2時制ではないでしょうか?

その通りです。

>>>werdenは本当に未来を表す助動詞なのでしょうか?(主語の)意志、(話し手の)推測を表す助動詞と言った方が適切ではないでしょうか?

werdenは未来を表す助動詞です。ただし,話し手の意志や推測を表すことが非常に多いことから,この「未来」という言葉がそれらの意味に使われていることは確かです。つまり,単純未来だけではないということです。この点は英語のwillとよく似ています。「未来」という言葉の意味をもっと広く深くとらえれば,あなたの言う通りになります。

>>>根源的な意味は「(主語の)意志」であり「(話し手の)推測」であって,その結果「未来を指し示す表現となる場合が多い。」というのが真実...

その通りです。あなたがご提示の例文はすべてあなたのこの記述通りのものです。一見,単なる未来であるかのような文もありますが,よく解析すれば何らかの意志や推測が働いているものです。これは英語でも同じです。

そもそも「未来形」という形態はありませんので,あなたがお持ちの本に「デカデカ」と載っていたら驚くのも無理はありません。でもこれはそれほど気にする必要はないことなのです。納得いかなければその本は無視すればいいだけのことです。3つの時制を持つというのはさすがに疑問が大きすぎますが,未来形という言葉は,英語でもドイツ語でも初学者や苦手な人のための便宜的存在なのです。学問的には誤った言葉なので,安藤貞雄その他の大家たちがそれを使うことはありません。ただし,未来形というのは意味の上では妥当性がある言葉ですので,future tenseとして定義する専門家もいます。実は私も未来形という言葉には賛成の立場です。もし形態論に従って厳格に規定するのならば,現在形や進行形すら怪しげな言葉になってしまいます。用語の定義はどのあたりを境界線とするかがむずかしいものですから,ある程度の妥協点を見いだすのも賢いあり方だと言っていいでしょう。従って,上記各点を踏まえたうえで,あなたがどのような折り合いをつけるべきかは,結局あなた自身の判断によるしかありません。

wienergasseさん

2014/5/1712:15:12

そもそも、日本語でドイツ語を説明しなければならないのですから、最初から無理があるというものです。日本語で書かれた参考書は、日本人に分かりやすいように説明しようとします。その際に、どういう文法用語で説明したらド素人にも理解してもらえるかを考えていますので、説明の仕方は著者の自由。ナツメ社の「文法から学べるドイツ語」はドイツ語の単語にカタカナでルビが振っていませんか?そうであれば、全体的に初心者向けの説明になっているのではないかと。安藤貞夫さんとやらと他の日本人の説明の仕方が違っていても当たり前。

現地で現地語を覚えた日本人が、帰国後に日本語で書かれた文法書を読むと日本語の文法用語が意味不明なんてことは良くある話です。ruin_ruin33さんも、ドイツ語で書かれたドイツ語文法書を読んでみてはいかがでしょうか。

日本語なんて“現在形”で過去の話も未来の話もできちゃう。おかしな時制てんこもりです。

fdgxm822さん

2014/5/1709:49:07

amo 現在
amai 過去(遠過去)
amero 未来
イタリア語には(フランス語、スペイン語にも)、助動詞を
使わないこの三つの時制があるが、
英独には助動詞を使わない時制は現在と過去しかない、ということでしょう。

意味と形の観点の違いです。
英独では 意味の上で 現在、過去、未来が考えられるが、
形では 現在形、過去形しかない。
一方
伊西仏では 意味でも形でも現在、過去、未来がある、
というわけです。

日本語でも する と した の二つの形しかない。
現在形(する)は未来も表す、と考えられます。

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