南アフリカの実業家ブレット・アーチボルド氏は、船に乗る人なら誰でも一度は想像するであろう、最も恐ろしい悪夢を経験した。インドネシアへのサーフィン旅行の途中、夜間に船から落ちたのだ。その瞬間を見ていた人は誰もいなかった。彼は死を覚悟したが、医師が可能と考える時間よりはるかに長い、28時間以上も水面に浮かび続け、救助された。
アーチボルド氏は著書『Alone: Lost Overboard in the Indian Ocean』の中で、その恐ろしい夜の出来事について語っている。ナショナル ジオグラフィックはニューヨークで彼に会い、彼がいかに生き延びたかを聞くことができた。(参考記事:「ありえない生還劇:名作『白鯨』の元ネタは、もっと壮絶だった」)
――あなたが船から落ちた2013年の夜のことを聞かせてください。
40代になってから、幼なじみのグループでサーフィン旅行をするようになりました。場所は、インドネシアのスマトラ島西岸沖のムンタワイ諸島です。私たちは飛行機でスマトラ島のパダンという町に行き、そこから船に乗り込みました。
途中で、特大のカルツォーネ(チーズとハムを詰めて半円形に折ったイタリアのパイ)を3枚買いました。船の上でカットすると、鼻をつくような匂いがしました。口に入れてもまずかったので、数口食べてやめました。
船は川を下り、海に出ました。私は船室に入って眠りましたが、夜中の1時半ごろ、気分が悪くなって目を覚ましました。私はトイレに駆け込み、吐きはじめました。汗をかいていたので、新鮮な空気を吸うために甲板に出ました。
甲板の手すりにもたれて3回ほど吐きました。3回目に吐いたとき、「次に吐いたら気絶するかもしれない」と思ったのを覚えています。
次に気が付いたとき、私は水にもまれていました。船から6メートル下の海に落ち、船の下に引き込まれていたのです。洗濯機の中にいるような感じでした。ようやく海面から頭が出たときには、遠ざかる船が残していった白い泡の中にいました。ただひとり、夜の海に取り残されたのです。(参考記事:「ありえない生還劇:自分の腕を切り落として窮地を脱出した男」)
――ヒッチコックの映画『鳥』のような目にあったとか。
カモメに襲われました。水中でうとうとしていたとき、後頭部にゴツンと来たのです。続いて、左目と鼻のところで血と羽根が飛び散りました。2羽のカモメが私の頭上を飛び回り、急降下したり、ギャーギャー鳴いたりしていました。あれは怖かったです。カモメはしばらくして飛び去りましたが、私に希望を与えてくれました。カモメが飛んで行く方向に陸地があるということですからね。(参考記事:「鳥 大特集2018」)
サメもぶつかってきました。これですべてを終わりにできると喜んで水中に潜りましたが、サメは私をちらっと見ると、興味をなくして泳ぎ去ってしまいました。拍子抜けしましたね。その後、カツオノエボシに刺されました。
最悪だったのは小さな銀色の魚です。この魚が、半ズボンから出ている脚の後ろ側の皮膚をかじるのです。両脚を蹴るように動かし、大声を上げ、水をバシャバシャやっても、魚は離れませんでした。これまで生きてきたなかで一番怖かったですね。(参考記事:「美しくも危険な「電気クラゲ」にご用心」)