300人のユダヤ人を救った動物園を描いた息のつまる実話映画
12月19日
昨日の午後、近くのTOHOシネマに出かけ、「ユダヤ人を救った動物園」を観た。第二次大戦中のワルシャワで動物園を経営した夫妻(ヤンとアントニーナ)が園の地下室に300人ものユダヤ人を匿い、彼らの命を救った実話を映画化したものだ。
動物園もドイツ軍の空襲に遭い、檻から飛び出して園内を駆け回ったゾウなどはポーランド兵に次々と撃ち殺される。荒廃した動物園に呆然とした夫婦は多くのユダヤ人が次々とゲトーに送り込まれ、満足な食事も与えられない過酷な現実を語り合った。その現実を見かねた夫婦が思い立ったのは、彼らの住まいの地下に設けた檻にユダヤ人を匿うという案だった。確かに、地下室は密閉された空間で、かなりのスペースだったから、格好の隠れ家にはなった。
動物園夫妻が思い立ったユダヤ人救出作戦
しかし、言うまでもなくこれは夫婦にとって命を賭けた計画だった。また、動物園にも常駐したドイツ軍の監視の目をかいくぐって、ゲトーからユダヤ人を動物園へ連れ出すのは途方もない計画だった。しかし、ヤンはあきらめなかった。
思案の末にヤンが言い出したのは、ドイツ兵の食料用の豚を飼育する「養豚場」として動物園を復活させ、ゲトーの生ごみを豚の餌にするために動物園に搬入する際に、トラックに積み込む生ごみにユダヤ人を紛れ込ませるという突拍子もない救出作戦だった。しかし、ユダヤ人の悲惨な境遇に心を痛めていたアントニーナも即座に夫の計画に同意し、自分に好意を寄せていたドイツ兵ヘックにこの計画を伝え、了解を取り付けた。
息詰まる救出作戦
ここからヤンの命掛けの実行が始まった。息子のリシュを助手席に乗せたヤンはトラックでゲトーに出向き、ドイツ兵の監視の目をかいくぐって、1人、2人とユダヤ人をトラックへ誘導し、積み込んだ生ごみの中に忍び込ませた。トラックがゲトーを出る時、そんなことに気付かないドイツ兵は同乗して動物園に着く。彼らがトラックから離れたすきにヤンはユダヤ人を建物に駆け込ませ、地下室へ忍び込ませた。
それでも、息つく暇はなかった。ドイツ兵は相変わらず、動物園に常駐し、時々、部屋をのぞきに来る。お手伝いとして雇ったドイツ人女性に発見されたら、密告されるかもしれない。そこで、アントニーナは匿ったユダヤ人にこう告げた。
「昼間は上に上って来ては駄目。声も出さないで。夜、安全を確かめたら、私がピアノを弾き始めるから、それを合図に上って来て食事を取って。」
ピアノの音を合図に1階に上ってきたユダヤ人に、アントニーナと息子のリシュは温かい食べ物をもてなした。束の間とはいえ、恐怖から解放された彼ら彼女らは、思わず顔をほころばせ、料理を口にした。
そんな中で、一人だけ、こわばった表情を崩そうとしない少女がいた。ゲトー内をトラックで進む折に、ヤンは偶然、1人のユダヤ人少女が2人のドイツ兵に目を付けられ、連行されていく光景を目撃した。ある日、生ごみをトラックに積み込む作業をしている最中にヤンはあの少女に出会った。身体のあちこちに暴行を受けた傷跡が残っていた。ヤンはとっさに少女をトラックに引っ張り上げ、運転席の足元に押し込んで布をかぶせた。そのまま、何食わぬ顔で監視役のドイツ兵が後部の荷台に同乗させて動物園に戻ったヤンは、いつものようにとっさのすきを突いて、少女をトラックから降ろし、建物に駆け込ませた。
しかし、ドイツ兵から受けた仕打ちの恐怖に慄いた少女は地下室でも一人、身をかがめてアントニーナに語りかけにも応じない日が続いた。それでもアントニーナは抱きかかえたウサギを少女の腕に移し、自分も人間不信から動物にあこがれ、動物園を開園したと語り掛ける(注:アントニーナはサンクトぺテルブルグで生まれ育ったが、両親が殺され、親せきを転々とした後、ワルシャワに移住した。それゆえ、アントニーナ役を演じたジェシカ・チャスティンはアントニーナを難民として演じるよう心掛けたと語っている)。
少しずつ、心を開き始めた少女は絵の具を借りて地下室の壁に絵を描き始める。やがて少女はアントニーナのピアノの合図に合わせて、他のユダヤ人と一緒に上の部屋に上がり、皆と一緒に食事を取りながら、笑みを浮かべるようになった。
動物園の外ではワルシャワを占領したドイツ軍に対するソ連軍の攻勢が強まり、市内では反ナチの蜂起を呼びかける放送も流れ始めた。いたたまれなくなったヤンは自ら銃を取ってドイル占領軍との交戦に加わった。ヤンが放った弾はドイツ兵に命中したが、自分も喉を銃撃され、倒れたままドイツ軍の捕虜収容所に送り込まれた。
息子のリシュも、巡回にやってきたヘックに強要されて右手を掲げてヒトラーに敬礼する仕草をして見せたが、建物を出て車に乗り込むヘックに向かって「くたばれヒトラー」と叫び、危うく銃殺されかけたのをアントニーナの懇願で一命をとりとめた。
夫の行方を案じたアントニーナは意を決して、自分に想いを寄せたヘックのもとを訪ね、ヤンの情報を欲しいと懇願した。ヘックは見返りにアントニーナに肉体を求めるがアントニーナは「あなたは最低よ」と言い放って部屋を飛び出した。
場面は一転し、戦争終結まもない動物園に戻る。アントニーナと成長したリシュ、そして動物園の再興のために戻ってきた職員らは、がれきの後かたずけを始めた。そこへ、生き延びたヤンがひょっこり現れ、家族は劇的な再開を果たす。このあたりの詳しいいきさつは分からないが、夫婦は戦後、動物園を再建し、今もワルシャワ動物園は一部を博物館として、開園し続けているという。
ナチ占領下のユダヤ人迫害から70年経った今も、ホロコーストの過酷な歴史をストレートに描く映画が日本でも相次いで公開されている。加害の歴史ばかりか被害の歴史さえも真正面からリアルに描く作品が数少ない日本との落差を思い知らされる。この映画にしても、甘い感傷や回顧は一切ない。くどいような心境描写や冗長な語りもない。この映画に限らず、ホロコーストの歴史を伝える映画のリアリティに徹する特徴に私は共鳴する。
主演2人の円熟した演技
それでも、この映画には、思わせぶりのない絶妙な日常描写も挿入されている。前かがみの姿勢で自転車をこいで園内を巡回し、檻の中で駆け寄るライオンに「今日も元気でね」と声をかけたり、自転車を降りて、ゾウに近づき、鼻をなでながら、リンゴを差し出したりするアントニーナ役のジェシカ・チャスティンの演技は、実話の園長婦人の日常生活を彷彿とさせる見事なものだった。また、生きながらえて動物園に戻ってきたヤンの姿を見つけ、独特の前かがみの姿勢で両腕を前後に大きく振って駆け寄るアントニーナの感極まった演技も臨場感あふれるものだった。
ただ、この映画の多くの評者はアントニーナを主人公と記しているが、ドイツ兵の監視の目をくぐってトラックの生ごみにユダヤ人を忍び込ませ、彼らを動物園に救出するという途方もなく緊迫した場面を演じたヤン役のヨハン・ヘルデンブルグの演技も素晴らしかった。
この映画は平凡な人間であっても、非道、不条理がまかり通ろうとする現実に直面した時、「自分にできることは何か」を自問し続けることはできるし、そこから開けた可能性をギリギリまで追求する良心の責めから逃れることはできない、ということを強烈に伝えているように思えた。
「自分の弱さを懺悔するふりをして自分の無為を弁護して見せる」姑息な物言いが流行るわが国にとって、この映画は最良の反面教師ではないか?
映画は閉幕の字幕で、動物園の地下に匿われた300人の内、2人の女性が変装を見抜かれて市街地で銃殺された以外は、全員、生きて戦後を迎えたと伝えた。
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