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弥助の決断 六蔵、弥助、吉兵衛の毎月の会合は、古竹攻めや 豊地城と石峰城それぞれの仕事が立て込み、 二ヶ月ぶりに六蔵と弥助だけになった。 六蔵は豆腐を頬張りながら、 「吉兵衛は、半年かけて石峰領内を調べ上げて 資料をまとめるそうだよ。 後々まで残る名誉の大仕事ってわけだ。 真面目なあいつには適役だな」 「じゃあ、その間は来られそうもないですね」 六蔵は古竹攻めでの“門前の芝居”や “全員討死で無事“を話し、弥助もまたその時について、 「決着つくの早ぇなあと思ってたんすよ。 そういうことだったんですかぁ。もっと活躍出来ると 思ったのに、こっちは狼煙台で留守番でしたよ」 とぼやいた。 「城攻めとなれば長くかかるか犠牲は付きもんだが、 どっちも無かったのはよかったなぁ」 と微笑む六蔵に、 「まあ、そうでしょうけど・・・・」 弥助は不満そうである。 「あれで古竹が神保領になったな。 東南は確実に反神保が削られてる。神保は大躍進だ」 「そいで、それを治めるのが左京様ですよ」 「左京様は・・・・豊地勢じゃねえのか?」 「本城の左兵衛様によって、直々に古竹領を 任されたそうです」 「へ〜、左京様は本城からすれば家来の家来だろ、 え〜・・・・陪臣だっけ。ずいぶん思い切ったな。 豊地の殿様は納得してんのか」 「殿は名誉だと納得されてるらしいんですが、 問題は残った家来ですよ」 「うん?」 「残ったのは大膳とその家来ですよ。 これまでは左京様とその家来筋がいたから抑えが 利いたというか、修正が利いたけど、 それが無くなったとなると、どうなることやら・・・・」 「ふうん・・・・適当になりそうかね」 「一応、左京様とその家来の穴埋めってことで、 本城からは与力が三人来られたんですが、 大膳とは立場は互角らしいけど・・・・」 弥助は渋い顔を傾けた。 「譜代で筆頭家老だっけ。めんどくせえなぁ」 「大膳の家来方も、どうしても媚びるから 理不尽が消えねぇですね・・・・」 弥助は浮かない顏をしている。 「・・・・なんかあったか?」 弥助は言い澱んでいたが、 「・・・・いつものことだけど、古竹攻めが終わった 直後にも、ちょいと行き違いというか、 いざこざがあって・・・・」 古竹攻めの際、神保方勝利を知った弥助達は、 持ち場の狼煙台を離れて山を降りた。このとき 降参して一緒にいた古竹方足軽二人は、 近隣の村に帰った。神保方の多くが古竹から 引き上げる際、弥助は直属の上司である 森成次郎豊英に、狼煙台での死傷者の数と共に 報告したが、森成は上司の高木十蔵尚芳に 伝えなかった。 他の報告からこれを知った高木は怒った。 「敵兵が勝手に村へ帰るのを放っておいたのか」 「敵兵と申しましても、あくまでも我が方に降参し、 戦の決着が付き、共に狼煙台を降りてから後に ございます。見逃したわけでも気づかなかった わけでもなく、人数も村も把握しております」 事前に降参を認めないとか、 帰してはならぬという命令は受けていない。 その者らが諜者( ちょうじゃ )ならばまだしも、 一介の足軽に過ぎず、戦が終わったから帰したという 対処は特に珍しくはない。 瑣末な事にもこだわり、不足不備に怒りを表すか どうかは、やはり各々の性格、気性による。 敢えて報告に加えなかったことに森成の独断、 不実を感じた高木は腹を立てた。 「報告は任務の一つである。それを怠るとは何事か!」 「は、戦が終わり、油断がありました。 申し訳ござりません」 森成は立場上逆らえるものでもなく、 高木の一喝に膝を着いて平伏して詫びた。 敵兵だった二人を村へ帰したのは弥助である。 弥助の判断に森成は納得した故に了承し、 上司の高木には蛇足として知らせなかった。 責められかしこまる森成の後ろに控えていた 弥助は、森成に対する申し訳なさもあり、 黙っていることに呵責の念が湧き上がった。 「・・・・あの、その敵兵の措置につきましては、 それがしの一存にございまして・・・・」 「弥助、無用だ」 森成は頭を下げたまま後ろの弥助に一喝したが、 弥助は続けて、 「降参したのは地元の農民足軽故、現場の判断として 村への帰郷を許しました。我が部隊も神保方としても、 それによる何ら支障も不利も無く・・・・」 「黙れ! 報告を怠って言い逃れする気か!」 高木が弥助を怒鳴りつけると、 「騒々しいな。どうした」 坂原大膳が現れ、一同は揃って一礼した。 (あ〜、まためんどくせえのが来やがった・・・・) 弥助は頭を下げたまま苦い顔になった。 坂原は高木から事情を聴くと、 「弥助?(森成)次郎の家来か」 「は、つい先日、豊地勢に加わりました 家来にござります」 と、森成の説明に坂原は思い出したらしく、 「・・・・ああ、須田城にいた六蔵の家来か」 (覚えていたか・・・・) 弥助は頭を下げていたが、高木の上司である 坂原が来たならばと思い直して顔を上げ、 「申し上げます、帰郷した敵兵二人は近隣の農民で ございます。戦が決着故、それがしの独断で 帰しました。戦さ場での煩雑を避けるべく 簡略化致しまして、報告に加えぬことについては、 決して問題とはなり得ぬと考えます」 「・・・・・・・・」 坂原は弥助の前に立つと、弥助の左頬に 平手打ちし、弥助は後ろへ尻餅を着いた。 更に坂原は弥助の左肩を蹴りつけて、 後ろへ勢いよくひっくり返った弥助の横腹を 再び蹴りつけた。 「うっ」 弥助は低く呻いた。 人目を憚らぬ坂原の折檻に弥助は殺意を持ったが、 坂原を斬ったところで、すぐさま他の者に 斬られることは明白である。 弥助は倒れたまま一瞬、怒りの目を坂原に向けたが、 「なんだその目は!」 と坂原に怒鳴られると、力無く目を伏せた。 「弥助、おまえが六蔵と共に活躍したと言っても、 所詮は足軽風情の身だ。豊地に仕官が叶ったとて 勘違いするな。半端者に頼るほど当家は 困っておらぬ。調子付くな!」 坂原が怒鳴り、傍らの高木は無表情に弥助を 見下ろし、森成は固まったように平伏している。 弥助からすれば、高木も森成も三十半ばの いくらか年上とはいえ、坂原大膳には 年下の若者に変わりはない。 「最初が肝心だ。甘やかすと付け上がる。 何事もけじめをつけぃ!」 坂原は怒鳴るとその場を去り、 高木らは一礼して見送った。 (まさに鬼頭(おにがしら)、猪大膳だな・・・・) 弥助は起き上がって尻についた砂を払いながら 座り直した。 高木は素っ気なく、 「次郎、そういうことだ。以後気をつけろ」 「は」 森成は改めて一礼した。 「・・・・ふん、聴いてるだけで腹が痛くなりそうだな」 六蔵は目を細めて苦笑した。 「戦は完勝でしょう? 終わってやれやれと 落ち着いたと思ったら、それで現場はピリピリで、 居づらいったらねえですよ」 「それでほっぺたが少し蒼くなってんだな」 「え、跡残ってますか?」 弥助が左頬に手を当てた。 「怒鳴られるだけもきつかろうに、 殴る蹴るやられたんじゃ、たまったもんじゃねえな」 「体がどうこうより、精神に来るんすよ。 それがきつい・・・・」 「でも、おめえは報告したんだろ? 報告を怠ったのはその森成って上司だろ?」 「いやぁ、あれはついでに報告ってなもんで、 俺自身どうでもいいと思ってましたよ。 調べろってんなら別だけど、 あれがどうでこれがどうだなんて、 何でも言うわけねえし」 「・・・・うん、手抜きと思われたのがまずかったな」 「融通が利かねえというか、勝手にされたから 腹立ったてのが一番の理由でしょう」 「そうだな・・・・下っ端には厳しいもんだよ」 「頭、戸成城んときはどうでしたか」 戸成城にいた頃の六蔵は、まだ十代の若者である。 「・・・・そりゃぁもう、雑魚だよ」 六蔵は伏し目がちに何やら 思い出しているようだったが、 「・・・・だが、それで腹立てて相手を殺してたら、 俺も殺されたろうな」 上司の性格次第では白を黒と言い、 理不尽に怒り、泣くこともある。 耐えて報われればいいが、そのまま無念の死に 向かうこともあるのが戦国の世である。 弥助は杯を傾けると、 「大膳が譜代なのは別に実力じゃねえし、 俺が譜代だったらもっとましになれるのに・・・・ 仕官先間違えたかな・・・・」 いかにも苦々しくつぶやいた。 「おめえは俺と違って明るくてしぶとい奴だ。 嫌がらせがあっても、それで落ち込むわけでもあるめぇ」 「買い被りですよ・・・・最近はぼやいてばかりだし・・・・」 弥助はふてくされた調子で豆をかじった。 いつもは明るく饒舌な弥助が、 今回は暗く沈んだ調子になっている。 「・・・・他にも色々あるんか?」 「・・・・まあ、ありますけど・・・・」 六蔵も弥助の本心に触れた思いで返答に困り、 しばらく無言が続いた。 「・・・・なあ弥助、どうしても辛かったら石峰に来い。 俺が知る限りでは、石峰にはそんな横暴な 奴はいねえよ。俺が話を通してやる。 吉兵衛も協力してくれるだろうさ」 「・・・・でももう三人家来がいるから、はい、 さよならってわけにはいかねえし・・・・」 「おめぇに代わる上司はいくらもいるだろう。 その家来に気骨がありゃぁついて来るさ。 ・・・・まあ、浪人では支払いも出来ねえけどな」 六蔵が須田城を出たとき、弥助も吉兵衛も 同意して六蔵について来た。六蔵同様、 今の理不尽に耐えるくらいなら、自分で選んだ 不遇の方がましだと思えたからだった。 「・・・・そうですね・・・・」 自分で豊地城を仕官先に決めた弥助としては、 判断を間違えたと認めたくないのか、 路頭に迷うのを心配したのか、六蔵の勧めにも 決めかねていたようだった。 だが、一ヶ月後、再会した弥助は機嫌が良かった。 再び六蔵と弥助だけの飲み会となったが、 前回と打って変わって弥助は楽しそうである。 「どうしたぃ、解決したんか。大膳でも斬ったか?」 「そんなぁ、露骨だなあ」 からかうような六蔵に弥助は笑った。 「・・・・ああ、異動でもあったか。それで関わりが 無くなったとか」 「へへ〜、たしかに関わりは無くなりましたね」 弥助はにやついている。 六蔵は気づいたように、 「・・・・おめぇ、もしかして、やめちまったか?」 「・・・・それも考えましたよ。まあまあ、 一杯行きましょうよ。酒も久々なんすよ」 弥助は多めに酒と肴を注文し、膳の上には いくつもの肴の小皿が並んだ。 「吉兵衛は相変わらずすか。奴もがんばってんなぁ」 酔いもあってか、弥助の明るい雑談が続いたが、 杯を重ねるごとに、落ち着いた調子になり、 弥助は周りを気にするように見回すと、 「・・・・頭だから話しましょうか」 と、六蔵に顔を近づけて低く小声でささやいた。 「?」 思わせぶりな弥助に六蔵も注目した。 「・・・・一人、殺ったんですよ。城中の上役 なんですがね。まあ、さすがに名は出せねえけど」 「!?」 「城内でバッサリなんて無理だし、 なんとか一人に出来ねえかなーと色々考えて、 城外へおびき出すことにしたんですよ。 で、長年敵になってる隣国の屋久(やく)の 家臣のフリして書状を書いたんです」 「屋久・・・・豊地の東隣か」 六蔵も身を乗り出すように聴き入った。 「と言っても、書いたのは近所の寺の住職です。 丁寧な候文なんで、俺には無理ですから」 「候文? だが、そんな書状書くとなりゃあ 住職も怪しむだろう」 「ええ、だから、新参の俺が手柄を立てたくて、 屋久の家臣に調略を仕掛けようと手紙を 思いついて、住職に協力を頼んだっていう 建前で、書状に書く互いの名前までは 念のため未定ということにして・・・・」 「・・・・で、内容は?」 「内容は、当方、現状に大いに不満あり、 一大決心して伸長著しい神保方に加わりたい、 ついては神保方、豊地城で名高い、ん〜殿に詳細を 話したいので、密かに顔合わせ願いたい、で、 互いに一人が望ましく、場所は国境に近いどこそこの 神社にしてくれれば自ら出向き、そちらも当人一人と はっきり分かればこちらも堂々面会致す所存、 てな調子で、それを屋久側に渡るようにすると 住職にも伝えたんです。敵の疑心暗鬼を誘うため、と」 「うん、つまり・・・・屋久方の誰かが神保方に寝返る と知らせる書状を住職に書いてもらって、 屋久方に渡す、と」 「神社てのは、場所は自分で決めたわけか」 「ええ、神主が他と掛け持ちなのか、無人の 小さいとこがあったんですよ。で、書状は後で 名前を足して、実際に渡すのは俺の上役・・・・」 弥助はニヤついた。 「だが、そんな書状は城主に渡される心配もあるだろ? それに返事を書くとして、他の者に渡っても危ねえし」 「まあ、順番に言うと、その書状は俺が直接 上役に手渡しました。門番から渡されたってね。 で、『珍しいですね、こんな書状が来るなんて、 もしや敵からの〜』なんて関心持ったフリして 敵からの調略を意識させたんですよ。 中身は敵の家臣が、上役を名指しで内密に 会いたいと言ってるわけで・・・・」 「じゃあ、上役はおめえが書状を覗き見したのか 疑うんじゃねえかい?」 「ええ、上役はお前見たのか? と聞いて来ました。 そこですかさず土下座して、申し訳ございません、 書状は開封可能なため、そのままお渡しするのは 如何なものかと気になりまして、 中身を改めさせて頂きましたって謝ったんです」 「そしたら?」 「一発怒鳴られたけど、それだけ。それよりも 書状の扱いに困ったんでしょうね。そこで、 真面目な家臣なら城主に渡しちまうでしょう。 でも、上役も野心はあるし、屋久の家臣を引き抜く ことは手柄になる。せっかくの書状を渡すのは もったいねえと考える。場所は神保領内の神社で、 当然、疑うにしろ、真に受けるにしろ、いざとなりゃぁ 相手を斬り捨てるも無視もいい、てなもんで、 では相手の望み通りに密かに会ってみよう、 となるでしょ」 「う〜ん、どうかなぁ・・・・」 六蔵は疑念を示すが、 「だから、一応は待ったをかけたんです。 慎重なフリして『ここはまずは内情を探るべきかと』 なんてね。それで、俺は互いの調略を知ったことに なるわけだし、何人も知られるわけにも行かないし、 返書を届ける場合は私にお命じ下さい、と。 で、俺が屋久側に届けることになったってわけです」 「うん、屋久側に渡したフリをしたと?」 「ええ、もちろん実際に行ってきましたよ。 物見気取りの日帰りで屋久の城下までね。 後々役に立つだろうし、気分転換になりましたよ」 弥助はにんまりとして、焼き味噌をペロリと口にした。 「しかし、それで指定場所で一人になるとは限らんだろ。 そこで 上役が騙し討ちをしようとか 兵を潜ませていたら・・・・」 「いえ、事前に数人を神社近辺に手配して、 危険を感じた場合は引き返す、と知らせたんです。 あくまでもお互い様と強調したんですよ。こちらを 殺そうとするなら、そっちも同じだよ、 交渉は無しなしだぞ、という意味です」 「・・・・互いに一人にさせる、か」 「で、俺は事情を唯一知る立場だし、 護衛を兼ねて上役の付添いを願い出て、 現場の神社に同行して・・・・」 「そこで一人にさせて、斬ったと?」 弥助は無言で頷いた。 「・・・・遺体はどうした?」 「裏に埋めました」 「ほお・・・・やるもんだなあ」 六蔵は感心したが、 「・・・・だが、その者が殺されたとなれば 城も大騒ぎだろう。もちろんおめえだって 疑われる」 「上役を嫌ってる奴はいくらでもいるし、 殺されたとは決まってませんよ。 敵に寝返ったかもしんねえし、 書状を見つけましたと、あとで上役の返書を 与力の一人に渡しましたよ。なんたって 上役直筆ですからね。その後は殿に渡ったろうなあ」 「・・・・じゃあ、家中の者は、上役は敵に誘われて、 城を出たと思ったわけか」 六蔵も推測した。 「おそらく、ですけどね。 本当の敵は家中の俺でしたけどね」 弥助はニヤついた。六蔵は目を細めて、 「・・・・怖い話だなあ」 「いやいや、闇雲にやってるわけじゃねえですよ、 ちゃんと理由があって選んでんだから。 殿はどうあれ、家中はホッとしてるだろうなあ」 弥助はにんまりしている。 「・・・・弥助、その話、他には話してねえよな」 「ええ、他にはいません。住職にも言えねえし」 「・・・・わかった。じゃあその話はこれっきりにしよう。 ま、酒の席での話だ。酔ったついでの法螺話だな」 六蔵の言に弥助は否定せず、 「そうですね。そういうことで・・・・」 と言葉を濁し、二人は揃って杯を傾けた。 「左京様」 夕刻の大黒城、二の丸の峰口の部屋に、 家来の小助が入ってきた。 「・・・・大膳様が、斬られました」 「なに?」 峰口は思わず目を見開いた。 「屋久領に近い古い神社にて、 はっきり目に致しました」 「・・・・斬ったのは誰か」 「弥助」 「・・・・人違いではないのか」 「大膳様は馬で城を出られて、直後に弥助が護衛に 付いて神社に向かうと、大膳様が先に社(やしろ) に入り、その後に弥助も入りました。間も無く弥助が 扉を開けて辺りを見回すと、首元を赤くした大膳様を 抱えて裏に回り、埋めておりました」 「・・・・他に人は?」 「誰も」 弥助一人によって坂原が殺されたという。 長らく坂原の抑圧に耐えて来て報復を考えていた 峰口は、常に仕事を押し付けて自身はどこで 何をしているのかも不明であった坂原を疑い、 密かに小助ら複数の家来を使って坂原を監視させ、 坂原の遣い役だった弥助の尾行もしていた。 弥助は屋久側城下まで行った際は各所を巡り、 茶店で一服すると豊地城へ戻った。 峰口は弥助が坂原から敵情視察を命じられたの だろうと察しをつけ、監視を続けて何かあれば 義正に知らせるつもりだった。 小助の知らせに峰口は、事の経緯を改めて 思い返し、考えを巡らせた。 坂原大膳は峰口だけでなく、家中の者達にとっても 目の上のたんこぶだった。 弥助が坂原に付き従う家来の一人であれば、 苦労が付き物であることは容易に察せられる。 弥助によって殺されたのであれば、坂原を城外の 神社に一人にさせ、その首を狙った計画的なものだろう。 理由はどうあれ起こるべくして起きたといえる。 (・・・・弥助がやらなければ、 いずれ俺がやったであろう・・・・) こうなると弥助を如何にするか。 弥助の登用は審議の結果とはいえ、 峰口も推した一人だった。体躯頑健、 明るく前向きで信頼に足る、 将来有望の若者と思ってのことだった。 事態が判明した今、ならば殿義正に報告、 弥助に厳罰なる処分を、とはいかない。 義正は無論、神保本城、また諸城に知れたら 義正の不祥事として責任問題になりかねない。 (それより何より、これが知れ渡れば、 弥助に命じたのは俺だと真っ先に疑われるだろう) 坂原には常に仕事を命じられ、怒鳴られ、 時に言い返す仲である。豊地勢で坂原に次ぐ 権限を持って対立もある者といえば、峰口が 筆頭と思われていたことは承知している。 今や峰口は豊地城を離れて、旧古竹領を治める 大身であるが、豊地城の者達が坂原の死を知れば、 真っ先に峰口を疑うだろうことは明らかである。 現時点では、坂原は行方不明、 事情を知る者は自分と小助しかいない。 (・・・・いや、弥助がいたな・・・・) 弥助の屋久領への往復といい、いざとなれば 敵、屋久による策略で、坂原本人の不覚、 不運として済ませることもできる。 この件は内密にしておこうと思う一方、 弥助をこのまま豊地勢に置くのは危険として、 何か策を持って家中から追い出すか、 逆に有用な者として大黒城へ呼び寄せるべきか。 (今や家中に人は多いが、 ここまで思い切った者はいなかった・・・・) 坂原がいないのであれば、その権限は本城から来た 与力三人か、大膳の腹心、高木十蔵尚芳辺りに 移っての城主補佐となるだろう。 豊地城で坂原不在が騒がれ始めると、 峰口は坂原不在を屋久か須木江側による調略、 坂原の裏切りと匂わせた上で臨時措置として、 「我が大黒城及び支城の旧古竹家臣の一部を、 念のため豊地城にも送って旧臣達の野心や連携を断ち、 気心知る若い者を勉学を兼ねて当大黒へ呼び寄せたく」 と、坂原の家来の再配置も含めて義正に献策し、 許可を得ると古竹旧臣数人を豊地城へ送り、 坂原の家来数人を自身の配下とし、 弥助もその一人に加えた。
by huttonde
| 2017-12-25 04:00
| 漫画ねた
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