2016年に開通した地下鉄南港島線の電車(写真: line / PIXTA)

持続性の高い公共交通機関を整備している都市は香港――。この秋、世界100都市を対象に行った調査でこのような結果が明らかとなった。では、香港の街の足はどのように優れているのだろうか。現地を訪れ、その特徴を探ってみた。

この調査は、英語でSustainable Cities Mobility Index(直訳すると、持続可能性のある都市の交通インデックス)といい、オランダの大手建設コンサルティング会社であるアルカディスが、英国の民間調査機関の経済ビジネス・リサーチ・センター(CEBR)に委託して行っているもの。審査基準は「人々(社会への影響)」「地球(環境への影響)」「利益(経済への貢献)」の3カテゴリーの評価を総合し、世界の100都市についてランキングを行っている。

香港は3つのカテゴリーのうち、「人々」が世界でトップだったことに加え、収益性の高い交通機関の運営を行っていることから「利益」の部門でも世界で6位にランクインした。ではそのような高いランキングを得ることになった理由はどんなところにあるのだろうか。

鉄道の定時運行率は99.9%

香港の人口は730万人あまりだが、1日当たりの公共交通機関の利用は実に1260万人回に達するという。人々の移動の足を主に担っているのは、香港内に広範なネットワークを展開する地下鉄と郊外電車だ。手元のデータによると、全路線の総延長は174km。利用者は1日当たり500万人。定時運行率は99.9%だというから驚きだ。

香港ではかつて、地下鉄はMTR、郊外電車はKCR(九広鉄路)との2社に分かれて鉄道事業が運営されていたが、2007年に2社が統合。それにより域内を走る鉄道はすべて、香港鉄路(英語の略称はMTRのまま)により運営されることになった。2016年には初めて香港島の南部まで地下鉄が延伸。これにより香港にある18区すべてに鉄道が通ることになった。

地下鉄でカバーしきれないエリアへは、2階建ての公共バスと住宅地と市街地を結ぶミニバスが人々の足として貢献している。うち、2階建てバスは高速道路を通って郊外のベッドタウンに向かうルートも多いが、これらのバスは都心からひとたび離れると最初のバス停まで30~40分無停車ということもある。


地下鉄車内の混雑防止のため、座席を1列分はずしてしまう英断も(写真: chikaphotograph / PIXTA)

香港の街の足を語る際、大都市にしては特殊な事情を説明する必要がある。それは自家用車の普及が極めて少ないことだ。自家用車の所有比率は人口比でわずか2割。保有しているのは一部の富裕層など、車庫が作れるお屋敷に住むような人々にとどまる。庶民で自家用車を持っている人もいるが、市街地に駐車場が少ない(あっても駐車料金がとても高い)という背景もあって、「クルマを買って通勤しよう」と考える人は相対的に少ない。

欧米諸国では昨今、自転車で通勤することが奨励されているが、香港は土地が全体的に山がちで平たい場所が比較的少ないことから市民が自転車で走り回ることはほぼ不可能だ。そのため、環境への負荷を示す「地球」のカテゴリーでは真ん中より低い53位にとどまっている。

ICカードの導入は世界初

地下鉄をはじめとする香港の鉄道の先進性を示す最も分かりやすい事例のひとつに「世界最初の非接触式ICカードの導入」が挙げられる。中国への「返還」の2カ月後に当たる1997年9月、世界に先駆け「オクトパスカード(八達通)」が導入された。


1997年発売のオクトパスカードの例。セキュリティ強化のため、新規カードへの交換が促されている(筆者撮影)

統計によると、16~65歳の市民のうち、95%がオクトパスカードを利用。1日の総取引高は1億3000万香港ドル(18億7000万円)に上るという。オクトパスカードを使うことで、電車を乗る際にさまざまな割引や特典が得られる。たとえば、オクトパスカードを使って乗ると、一般のチケット購入より運賃は10%ほど安い。また、空港と市内を結ぶエアポートエクスプレスに乗るとその直後(空港行きの際は直前)の地下鉄一般路線の運賃支払いが免除される。

MTR傘下の鉄道路線は全部で11あり、これとは別に郊外のベッドタウンにライトレール(軽鉄、LRT)の路線もある。地下鉄の乗換駅はたいてい「向かいのホームの電車に乗ると便利」なようにあらかじめ設計されている。乗換駅の混雑を緩和させるために、部分的に複々線になっている区間(太子―油麻地間、中環ー金鐘間など)をも作られている。

ホームドアの設置にも積極的だ。これまでに旧KCRの地上区間など一部を除く全線で設置が完了しており、これによりプラットホームの空調の効率が格段と良くなっただけでなく、ホームから線路への転落といった事故が防げるようになっている。


空港のターミナル側から見たエアポートエクスプレスの列車。途中に改札や段差はない(筆者撮影)

エアポートエクスプレスで空港へ行くと、どこにも段差がないまま電車からチェックインカウンターまで行けることに気がつくだろう。香港到着時もまた同様で、税関を抜けてから電車に乗るまでに段差がないことはもとより、目的地の駅を降りてからタクシー乗り場までもやはり段差がない。

このアイデアは中部国際空港(セントレア)のターミナル棟と鉄道駅をつなぐルートのバリアフリー化として生かされている。ただ、香港では空港駅での改札を省略しており、行きも帰りも市内の駅で課金される格好となっている。

旧宗主国の鉄道を運営

香港の鉄道インフラやオペレーションの優位性は、運行フランチャイズの受託という形で現れ始めている。たとえば、英国ロンドンから南西方向に路線網を広げるサウスウエスタンレールウェー(SWR)にMTRが30%出資し、今年8月から7年間の運行契約を結んでいる。

また、来年開通予定のロンドン横断鉄道「クロスレール(エリザベス線)」のフランチャイズを単独で受注。8年間の契約および2年延長のオプション契約を結んでいる。香港は言うまでもなくかつての英国の植民地だが、中国への返還から20年を経て、逆に旧宗主国の都市交通の運営を引き受けることになるとは誰も想像しなかったことだろう。

来年の秋頃には中国本土からついに高速鉄道が香港へと乗り入れてくる。香港にもすでに試験運行用の車両が持ち込まれており、開業に向けた準備が着々と進んでいる。一方で昔ながらのチンチン電車・2階建てトラムも依然として人々の足として活躍している。この先、香港の鉄道網はどのように発展するのだろうか。