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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~ 作者:十本スイ

特別篇

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第十六話 激動

 ――【太陽国・アウルム】。


 ここは日色の自室。寝具の上では、静かに寝息を立てているイヴァライデアがいた。
 勇者たちを地球へ送り届けてから、こうして力を取り戻すために眠っているが、やはり異世界へ送る現象を引き起こすのは多大なエネルギーを使うようで、ほとんどの時間は睡眠に費やしている。起きているのは数十分くらいが普通。
 部屋にはイヴァライデア以外いない。部屋の主である日色は、海沿いへと向かっているからだ。


 そんな部屋の扉が静かに開き、人影がそっとイヴァライデアへと近づく。
 まだイヴァライデアは近づく者の気配に気づかない。
 人影は、懐から水晶玉のようなものを取り出すと、イヴァライデアへとそっと近づけていく。
 するとそこで初めてイヴァライデアの瞼が動き、目が開く。


「……っ、……ヒ、ヒイロ……?」


 しかし視界に飛び込んできた人物は日色でも、自分が知っている者でもなかった。
 またその人物から感じた悪意によって、反射的にイヴァライデアは空に跳び上がり逃げようとする――が、


「んきゃっ!?」


 相手が投げつけた水晶玉に衝突してしまい、気づけば水晶玉の中に閉じ込められてしまっていた。水晶玉はそのままプカプカと宙に浮いている。


「――っ!? こ、これは!?」


 水晶玉を割ってでも外へ出ようと必死で拳を痛めつけるが、ビクともしない。


(っ! し、仕方ない!)


 あまり力を使いたくないが《文字魔法》を使おうとするが……。


(……え? は、発動しない……!)


 指先に力が集まらないのだ。
 身体から徐々に力も抜けてきて、へたり込んでしまう。


「う……ヒイロ……!」


 頼りになる少年に助けを求めるが、誰も駆けつけてきてくれない。
 謎の人物が、イヴァライデアが入っている水晶玉を手に取り懐へと入れようとする。


(……そん……な……っ、力が……ヒイロ…………ヒイ……ロ……ッ)


 意識が薄れていき、イヴァライデアは再び瞼を閉じてしまった。



     ※



「――爆ぜろ、《文字魔法》!」


 放たれる『爆破』の文字。
 海から上がってくる魔物たちが、文字の爆発力によって吹き飛んでいく。
 日色は『飛翔』の文字で空に浮き上がりながら、眼下に蠢く魔物たちに次々と文字を放って撃退している。


 城の警護はシウバとレッカを残してきた。彼らなら何かあっても対処できるだろうと踏んだからだ。
 獣人界の南海岸へとやってきた日色は、無数の魔物を蹴散らしながら、沖へと目を向ける。
 すでに前方には四つ目の大陸がそのほとんどの姿を海面から表していた。


(報告では聞いていたが、こうやって実際に見るとやはり驚くな)


 四つ目の大陸が浮かび上がったという事実にも驚いたが、それよりも海に沈んでいた大陸が獣人界のような緑豊かな土地だということに驚愕したのだ。
 まるでずっと結界に守られていたかのように、遥か昔からの姿をそのまま残しているような姿。


 川や森、生きた大地に草花が多く発見することができる。とても海底にあったとは思えないほど。
 シリウスは、恐らくは四つ目の大陸の地中に眠っている〝力の結晶体〟の影響ではないかと推察しているが、他の者たちもそれに賛同している。
 どういう原理が働いているのか分からないが、そもそも魔法というファンタジーな力がある以上は、大抵の常識は覆されてしまう。


(しかし今は、こいつらをどうにかしなきゃな)


 次から次へとひっきりなしに現れ出てくる魔物たち。本当にキリがない。
 少し離れた海岸では、リリィンたちやウィンカァたちも奮闘しているはずだ。
 日色の傍でも多くの兵士たちが魔物の侵攻を食い止めている。
 もし魔物たちに敵意がないなら放置も検討できるのだが、明らかに戦闘意欲満々という感じだ。


「……仕方ない。かなり力を使うが。まずはここらを一掃するか」


 ふぅと小さく息を吐くと、静かに目を閉じて両手を合わせる。


「――《釈迦金気》」


 日色の身体から滲み出る金色の光。瞼を上げたその奥で輝く瞳も金色の太陽を思わせる光を放っている。
 その変化に気づいた兵士たちは、感動気に目を見開いていた。
 日色は魔物たちを視界に収めると、右手を素早く動かし始めた。


 金色の軌跡が文字を空中に刻みつけていく。
 同時に、眼下に映る魔物たちの身体にも同時に文字が浮き出てくる。


『滅』


 日色の指先と、ここら一帯の魔物たちの身体に刻みつけられたその文字。


「――《文字魔法》発動!」


 刹那、文字から放電現象が起きると同時に、魔物たちの身体が燃え散る紙のように散り散りになっていく。
 数百以上もの魔物を一気に消滅させた日色に、兵士たちから称賛の声が響く。


 ――しかし。


「まだ油断するな! 警戒をして前だけ見据えろっ!」


 日色の檄に兵士たちの表情も引き締まる。
 ただ魔法のお蔭で、大多数を撃破したことで、兵士たちにも余力が生まれて、海から出てくる魔物たちにも冷静に対処できるようになっていた。


(だがこのままでは埒が明かないな。何とか元を断てればいいんだが)


 恐らく元はオリザス。しかし彼の所在はいまだに不明のまま。
 前方に見えている四つ目の大陸のどこかにいるはずなのだが……。
 すると、突如として空が暗くなる。


「っ!? 何だ……?」


 当然空を見上げた。
 そこにはいつの間にか、例の報告にもあった黒い雲が天を覆っていたのだ。


 そしてそこからポタポタと何かが降ってくる。
 日色は頬に当たった冷たさを感じるものを、指で拭う。


「これは……雨?」


 しかし普通の雨ではないことは確かだった。
 何故なら、指に付着している滴は、墨汁のように真っ黒だったのだから。


「――う、うわぁぁぁぁぁっ!?」


 下で悲鳴が聞こえ、意識をそちらへと向けると、兵士たちの身体がどういうわけか石化し始めていたのだ。


「ヒ、ヒイロ様ぁぁぁぁぁっ!?」
「いやだぁぁぁぁぁっ!?」
「動けないィィィィッ!?」


 口々に叫び声を上げて石像のようになっていく兵士たち。さらに魔物たちも同様のようで――いや、よく見れば地面や岩、木々などもすべて石化し始めている。


「こ、これは一体……っ」


 そこへ――。


「――ヒイロォッ!」


 空を飛んできた小さな存在。――リリィンだ。
 彼女は下を見下ろしながら、舌打ちをして「ここもか」と悔しげに吐いている。


「リリィン、まさかお前のところもか?」
「ああ、兵たちが石化してしまっている。無事なのは……」


 リリィンが海の方へ視線を向ける。そこには四つ目の大陸があった。
 そう、黒い雨に降られているというのに、四つ目の大陸だけは被害が微塵もないのである。


「――! リリィン、お前の身体も!?」


 見れば、彼女の身体も雨に打たれて徐々に石化し始めていた。
 日色はすぐに『解除』の文字をリリィンに向けて放つ――が、バチィィィッ!
 文字が彼女に触れた瞬間に弾かれてしまう。


「!? どういうことだ?」
「どうやらこの雨、《赤い雨》と同等……いや、それ以上の強力な魔力無効化効果を持つらしい。ワタシもまったく魔力が外に出せない!」
「バカな! オレの魔法は《赤い雨》の効果を打ち消すくらい強いものだぞ!」


 いや、それはリリィンにしても言えることだった。しかし現実に、彼女も日色でさえも魔法の効果を発揮できずにいる。
 その間にもリリィンの身体だけでなく、この場にいる者たちの身体が石化していく。


「うっぐ……っ」
「リリィン!」


 顔をしかめる彼女の身体を抱えて、とりあえず地上へと下りることにした。


「大丈夫か?」
「あ、ああ……しかし息苦しくてな……」
「こうなったらさらに文字数を増やして……」
「よせ」
「! 何故だ?」
「恐らくこの雨は世界中に降り注いでいる。きっとミュアやイヴェアムたちも、皆がワタシと同じことになっているだろう。無事なのは……貴様だけだ、ヒイロ」
「それは……」


 確かに日色だけは雨に打たれても石化を免れている。


「この雨はもしかしたら神――イヴァライデアの持つ力と同等のものを持っているのかもしれない。ヒイロが無事であることがその証拠になる。だったらワタシたちではレジストも不可能だ。ヒイロが全力で魔法を行使すればあるいは解けるかもしれないが、それが敵の狙いかもしれない」
「……! 俺の疲労を誘うつもりか」
「ああそうだ。ワタシだけでなく、ミュアたちも石化を解除するとなると、相当の力を使わねばならないだろう。そして消耗した瞬間に狙われたら……負ける」
「なら放っておけっていうのか? 石化していくお前らを見ながら!」
「……安心しろ。この石化は、命を奪うほどの力は持っていない。それは実際に受けているワタシなら感じ取れる。ただ嫌な感じはするが、少なくとも相手を死に至らしめるような効果はないと断言できる」


 リリィンの感覚は鋭敏だ。そんな彼女が感じたのなら、それは信頼できる情報ではある。
 しかし感情がこのまま彼女を放置するなと言っているのだ。


 いや、正しくは違う。放っておけば何か取り返しのつかないことになりそうな……そんな恐怖を感じるのである。
 すでにリリィンの身体は九割以上が石化してしまっていた。


「ヒイ……ロ……、敵を……倒せ。そうすればきっと……元に……っ」
「リリィンッ!?」
「任せ……たぞ……っ」


 そのまま全身が石に支配されてしまったリリィン。彼女を見て、助けられたかもしれないのに、あとのことを考えて彼女の言うように力を温存しなければならないことで、彼女を見捨てた事実に胸が痛む。


 そして恐らく同じように石化しているミュアたちのことも……。
 彼女たちを取り戻すには、リリィンの言った通りにオリザスを倒すしかないかもしれない。
 日色は立ち上がり、今すぐにでも奴を探そうと四つ目の大陸に意識を向けようとしたその時――。
 石化した者たちの身体が淡く発光し始めたのだ。


「な、何だ!?」


 咄嗟にリリィンを確認するが、彼女もまた発光していた。


「いや、これは――世界自体が光ってる!?」


 大地も木も石も花も草も、そのすべてが光り輝いている。


 その輝きが徐々に力強さを増していき――――パリィィィィンッ!?


 ガラスを割ったような音とともに、一瞬にしてリリィンたちを覆っていた石が光ったまま砕け散った。同時に石化は何故か解けている。
 そして光の粒子となった石が天へと昇っていく。


(何だよこれ……一体何が起こったっていうんだ)


 まったく理解不能な事象が起きたことで、日色は思わず空を見上げながら立ち尽くしてしまっていた。


 しかしそこへ――。


「……っ……う」


 聞き間違いのない、リリィンの声。彼女が目覚めたのだ。


「リリィン! 大丈夫なのか!?」
「っ……耳元で大声を出すな」


 良かった。声の調子も、いつもの彼女だ。どうやら正常な状態のようだ。
 だがそれは――日色の思い過ごしだった。


「なあ、身体に何も異常はないんだな?」
「あ、あ? 大丈夫だが……ん?」


 リリィンの瞳が日色を射抜いてくる。何故だろうか、日色を見るその瞳には一切の優しさや穏やかさは宿っていなかった。むしろ不愉快さや怪訝さが滲んでいるように思える。


 そして――告げられる。




「貴様――――――一体誰だ?」




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