コラム

『WIRED』日本版編集長・若林恵が解任。テキストをCCで公開

『WIRED』日本版編集長・若林恵が解任。テキストをCCで公開

杉浦太一
2017/12/22
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久しぶりに若林さんにメールをしたら、その返信が「実は辞めるんですよ」からはじまったものだから、打ち合わせ中に思わず「え!?」と発してしまった。

情報が、「何を言うか」と同じくらい「誰が言うか」が大切な中で、その発信元の主権がメディアから個人に移行したこの10年。その中でもなお圧倒的な「メディア力」を日本国内で保持し続けてきたのが『WIRED』日本版であったということは、少しでもメディアに関心がある人であれば納得いただける事実だと思う。そしてそれはやはり、編集長の才能と熱量があまりに強烈だったが故に担保されていたということも、同誌を愛するみなさんだったらご存知のはずだ。

かくいう筆者も、毎号毎号、若林さんが書く特集の前書きが楽しみで、(こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、どうしても時間がとれないときは)そのイントロダクションのページだけを読む号もいくつかあった。それくらい、この2010年代にあって、あの言葉はいつも輝いていて、優しく、痛快で、見逃せないものだった。

そして、2017年12月22日、やはり突然、以下の原稿が「WIRED.jp」で公開された。クリエイティブ・コモンズで掲載されたため、若林恵編集長のこれまでの活動への敬意と感謝と共に、その全文を掲載させていただく。

―『WIRED』日本版のプリント版、なくなるんですか?

少なくとも来年の3月発売号は出ないことになりました。その時点で定期購読も終了して、定期購読中の方については返金させていただいて、それ以後のプリント版の継続については白紙。というのが現状。

―えー、なんで休止なんですか?

ぼくが編集長を下りることになったんで。

―あれま。でも編集長が辞めると、なんで雑誌が出なくなるの?

さあ。そこは会社の判断。

―で、なんで編集長辞めるんですか?

例によって短気をおこしたのね。

―でた(笑)。まったく、相手構わずどこでもやってんすね。ひどいもんすね。少しは自制できないんすか?

子どもの頃から癇癪もちなんだよ。それが、40歳超えたあたりから沸点がどんどん低くなってきて。つっても、クオリティってことを真剣に考えると怒らないわけにいかないことも多いから、相手が誰であれね。で、なんでか最近、やたらと「アンガーマネジメント」に関するメールが来るのよ(笑)。

―ったく。いい大人なんだから。

こないだ「おっさん」の話ってのをウェブに書いたんだけど、あれ半分は自分の話だから(笑)。

―しかし、急ですね。

そこは、外資だから。契約が切れる5営業日前に通達。とはいえ、プリント版の一時休止と、定期購読の停止の件を、なる早で読者のみなさんにアナウンスしとかないとマズいかな、と。で、急ぎこの原稿をつくったわけ。最後のおつとめ。

一周した感じ

―ちょうど30号でおしまいってことですね。

編集長としてつくったのは、実質28号だけど、まあ、結果的にいえば、いい区切りなのかもしれない。最後に「アイデンティティ」って特集に行き着いて、自分の役目はおしまい。とくにこの2年くらいは、特集がそれぞれ単体としてあるというよりは、なんというか一連の流れになっていてどんどん深みにハマってる感じはあったし、途中からテクノロジーの話題ですらなくなってきてたし(苦笑)。

―「アイデンティティ」なんて特集に行き着いたら、たしかにデッドエンド感はありますね(笑)。

そう設計したというよりは、どんぶらこ流れに乗ってたら流れついたって感じなんだけどね。

―次号以降の特集のラインナップとか決まってたんですか?

もちろんやりたいことはいっぱいあって。「発注」ってテーマで次号はやろうと思ってて、そのあとは「ロボット」「物流」「ニュー・アナログ」なんてテーマをプロットはしてた。あと、今年「アフリカ」の特集でやったみたいなことをコーカサス地方でやれないかな、とか。

―コーカサス?

アルメニアとかジョージアとか、アゼルバイジャンとか。テックも進んでるって聞くし、地政学的にも面白いエリアだから。

―また、しかし、売れなさそうな(苦笑)。

そお? 定期購読も順調に増えてはきてたし、広告もうまくまわりはじめて、全体としてビジネスはかなり好調になってきてたんだよ。

―新しい事業もずいぶんやってましたよね。

今年から本格的にはじめた「WIRED Real World」っていう旅のプログラムなんか、ほんとに面白くて。参加してくれるお客さんが本当に面白いんで、お客さん同士のなかでプロジェクトが生まれたり、参加してくれた方々からお仕事いただいたり。めっちゃグルーヴしてたんで、ちゃんと育てあげられなかったのは残念といえば残念。そういう面白い人たちと、コーカサス行ったらきっと面白いと思ってたんだけどね。とはいえコミュニティは残るので、継続してみんなでわいわいやれるといいなと思ってます。

―コンサルとか、スクールとかもやってたんですよね。

うん。どれもこれもお客さんがホント面白い人たちばかりで、そういう人たちのために、結構苦労してノウハウ積み重ねて、やっとビジネス的にも芽が出るところだったのよ。毎年秋にやってきた「WIREDカンファレンス」も、年々精度があがってて、自分で言うのもなんだけど、今年のはちょっとびっくりするくらい面白くできたんだよね。

―「WIRED IDNTTY.」。あれはたしかによかったですね。ただ、いわゆるテックイノヴェイションみたいなところからはほんとに外れてきちゃってた感じはありましたよね。「ビジネスブートキャンプ」とか言いながら「哲学講座」やったり(笑)。

まわりからは唐突に見えたかもしれないけど、言っても最初っから「注目のスタートアップ情報」とかをそこまで掲載してきたわけじゃないから。「死」とか「ことば」とか、そういう切り口は継続してあったし。

―ありましたね。

だし、ほら、ある時期から、「スタートアップわっしょい!」みたいな気分も終息しはじめて、面白い話ももう大して出なくなってきてたし。シリコンヴァレーはトランプ以降、完全にアゲインストな風を受けちゃってるし、AIとか自律走行車とかって話も、いよいよ実装の段階になってきたら、もうこれ完全に政治と法律の話になってきちゃうんで。

―それで飽きちゃったってこと?

そうではなくて、時代が大きくまた変わろうとしてるってことだと思う。おそらく『WIRED』を発行してるアメリカのコンデナストをみても、いまむしろ時代のフロントラインにいるのって『Teen Vogue』とかだったりするんだよ。LGBTQメディアの『them.』がローンチされたり、『Vogue』が「VICE」と組んだり。それ以外でも、「アイデンティティ」特集でも紹介した「Refinery29」みたいなファッション・カルチャーメディアが旧来のメディアエスタブリッシュメントを圧して、新しい言論空間になりはじめているっていうのは面白い状況なんだよね。

―へえ。

デジタルイノヴェイションとかデジタルメディアのダウンサイドが明らかになってきたなかで、それを突破するために必要なのは、やっぱり新しいカルチャーをどうつくっていくのかみたいな話で、そういう意味でいうと結局いま面白いのってインディのブランドとか、ミュージシャンやクリエイター同士のオーガニックなつながりみたいなことだったりするんだよね。技術どうこうって話だけではどこにも行かないって感じが、もうここ3年くらいずっとある。

―AIだ、ロボットだ、ブロックチェーンだ、VRだって、まあ、だいぶ前から要件は出揃ってて、んじゃ、それどうすんだ?って感じですもんね。

でしょ?

―なにかが一周した感はあります。

2017年って、SXSWでツイッターが「アプリ大賞」を取ってからちょうど10年目なのね。その間、いろんな期待、それこそアラブの春とか、日本でも震災を経て、デジタルテクノロジーによって民主化された「よりよい世界」が夢見られてきたわけだけど、とはいえ、そう簡単に世界は変わらず、むしろ新しい困難が出てきちゃって、しかもそれがテックでは解決できない困難だったりすることも明らかになって。問い自体が、より複雑な人文的なものになってきてるから、哲学とかアートとかファッションとか音楽とか文学とかって、いまほんとに大事だと思うんだよね。

―あれだけ「テクノロジーだ」「未来だ」って言ってたじゃないすか。

でも、そう言ったのと同じ分だけ「未来」ってことばも「テクノロジー」ってことばも好きじゃないってことも言ってきたよ。「未来」ってコンセプト自体がいかに20世紀的なものかってことも随分語ってきたし。

―みんな、冗談だと思ってたと思いますよ(笑)。

変な言い方だけど、「未来」ってものの捉え方を変えることでしか新しい未来は見えてこないってのが、端的に言うと『WIRED』で考えようとしてきたことだったはずなんだけど。

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プロフィール

若林恵(わかばやし けい)

1971年生まれ、ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。大学卒業後、平凡社に入社。『月刊 太陽』の編集部スタッフとして、日本の伝統文化から料理、建築、デザイン、文学などカルチャー全般に関わる記事の編集に携わる。2000年にフリー編集者として独立し、以後、『Esquire日本版』『TITLE』『LIVING DESIGN』『BRUTUS』『GQ JAPAN』などの雑誌、企業や大使館などのためのフリーペーパー、企業広報誌の編集制作などを行ってきたほか、展覧会の図録や書籍の編集も数多く手がけている。また、音楽ジャーナリストとしても活動。2012年、『WIRED』日本版編集長に就任。

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