フィクションのなかの女性と労働――〈贅沢貧乏〉が対象にとる距離

〈贅沢貧乏〉は、実際の住居を一定期間借りきって稽古も上演もその住居で行う家プロジェクト(uchi-project)という演劇企画が特徴的な劇団です。2014年より一軒家編、2016年からはアパート編が始動しました。そんな上演形態が特徴的な〈贅沢貧乏〉でしたが、今年9月には東京芸術劇場で新作『フィクション・シティー』を上演するなど、活動の幅を広げてきています。そんな〈贅沢貧乏〉におけるフィクションとは何か。〈贅沢貧乏〉の作品のなかでしばしば描かれる女性と労働を中心としながら、水谷八也先生(早稲田大学文化構想学部教授)を司会、トミヤマユキコ先生(同大学同学部助教、ライター)を聞き手とした講演会で、〈贅沢貧乏〉主宰の山田由梨さんに詳しく聞いています。(構成 / 住本麻子)

 

 

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『ハワイユー』(家プロジェクトアパート編)・『みんなよるがこわい』の生活感

 

水谷 〈贅沢貧乏〉の主宰者の山田由梨さんをお迎えして講演会を行いたいと思います。山田さんは劇団主宰者でありながら劇作家、役者でありイラストも描かれるという多彩な面を持つ、今注目の若手劇作家です。

 

山田さんの作品は、家プロジェクトでの上演形態が話題に上がることが多いですけれども、今回はその内容が常に労働の問題を含むことに着目し、「女性・労働・フィクション」というテーマでお話してもらおうと思います。トミヤマさんは博士論文で日本の少女漫画のなかの労働問題を扱ってらっしゃるので、山田さんがそれほど意識して書いているわけではないという労働の問題を引き出していただければと思います。

 

トミヤマ 今日はよろしくお願いします。〈贅沢貧乏〉の作品には女の人がよく出てきて、しかもその女の人は結構働いているわけですが、以前山田さんにおうかがいしたら、女性の労働についてはそこまで意識していないとおっしゃっていて、それが逆におもしろいなと思っています。重きを置かないのであれば、描かないこともできますよね。アフターファイブの時間に重きを置くようなフィクションもつくれなくはないと思うのですが、そのあたりはどのようにお考えでしょうか?

 

山田 今まで何本か作品を書いてきて、女性の労働の問題を書いているという意識はありませんでしたが、観に来ていただいた方がそういう方面から論じてくださるようになってはじめて認識しました。

 

家プロジェクトでは、一軒家やアパートを借りきって稽古・上演するという演劇をつくるので、町の背景は作品に必然的に入ってきます。そういうなかで物語を書いていたときに、リアルな町を無視できないし、そうするとこの登場人物がどうやって生計を立てているのか、書かないということはまずない、とも言えます。

 

『ハワイユー』という作品ではハワイ湯という、下町にあるスーパー銭湯を舞台にしました。アルバイトの女性である田井さんと、そこの跡取り息子のお嫁さんになりそうなルリさんとの二人の話です。跡取りと結婚しそうな人は上昇志向強めな、でもそこに収まりたくないという気持ちもある人です。

 

この時借りたアパートのトイレは和式で、木造2階建ての築50年。とても素敵なアパートだったのですが、なかなかくせのある建物でした。そこに住む20代の女性のリアリティを詰めていってでき上がったのが彼女たちで、二人の会話、生活の姿を描いたのがこの作品でした。

 

 

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『ハワイユー』 撮影:Kengo Kawatsura

 

 

トミヤマ 『みんなよるがこわい』も、駆け出し感のある人ががんばる話でしたね。

 

山田 そうですね。『みんなよるがこわい』は再演含めて2回上演しているんですが、ひとり暮らしの女性の夜の、誰にも開かれていない孤独をコミカルに描いた作品です。初演のときはコンビニでアルバイトしているという設定だったのですが、再演ではもう少しリアリティと自分への実感を持てる設定に変えました。フリーランスでデザイナーをしているのだけど、一つの案件を1万円とかで安く頼まれてしまう……つまり、デザイナーになりたいけれども、それだけでは生計が立てられないからアルバイトをしている、という女の子です。デザインの仕事ではまともなお金がもらえないという葛藤があります。

 

また20代半ばから後半ぐらいという設定なので、周りの人は仕事もバリバリしている年頃かもしれない。そんななかで同窓会の誘いのメールが入るところからこの作品ははじまります。この葛藤は作品の流れやセリフでは触れられないのですが、そういう細かい設定から入る作品でした。

 

トミヤマ 働く女の人が出てきて、かつその人がお金持ちでないという、共通点がありますよね。

 

山田 そうですね。わたしもお金持ちではないですし、今のところお金持ちの人を書こうという気持ちにはなりません。

 

『みんなよるがこわい』では、夜アルバイト終わりで帰ってきた女の子が、「わたしは友達がひとりもいないんじゃないか」という気持ちになるところから展開していきます。将来が何もうまくいかない気がしてくる、この家が火事になるかもしれない、そうなったときに泊めてくれる友達はいるだろうか、いやいない……というようなことを考えてしまう。実際は全然そんなことはないのだけど、夜にそんなことを考えてひとりきりで泣きたくなるような夜のお話です。

 

 

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『みんなよるがこわい』撮影:Hako Hosokawa

 

 

この舞台には3つに分かれている箱にひとりずつ人間が入っていて、頭のなかでとめどなく流れてくる思考を3人がしゃべっています。基本的に本体である女の人はほとんどしゃべらない。だからひとりで部屋にいる夜なんですけど、騒がしい。だけど本当はすごく静かであろう夜の話です。

 

それで火事のとき泊めてくれる友達がいないなと考えたときに、1週間くらい前にちょっと声をかけられた、ナンパされた男の子のことを思い出す。彼なら泊めてくれるかもしれないと思ってしまい電話するのだけれど、出ない。着信履歴を残してしまったことを後悔しつつも、しばらくしたら折り返しが来て、でも彼は覚えていなかった。それだけ頼みの綱にしていたのに、自分のことを相手が覚えておらず、ものすごくショックを受けます。夜中に食パンを食べながら「夜中に食パン食べる人間だけにはなりたくなかった」という叫びもありますね。

 

トミヤマ 劇場で拝見しましたけど、このパンがそこら辺のコンビニで売ってるような食パンなのがいいんですよ(笑)

 

山田 そうなんですよ。食パンのチョイスにもこだわってます。110何円くらいで売っている安いパンです。

 

トミヤマ そういう「プチ貧困」を描かせたら山田さんは天才だと思います。『ハワイユー』でも、スーパー銭湯で働いている女の子が仕事から帰ってきて謎のピクルスをつくるじゃないですか。あれ、インスタグラムにアップするようなおしゃれピクルスじゃないですよね。もはや「漬け物」と呼びたくなるようなピクルスで。

 

山田 でもそれを楽しそうにやっているのが『ハワイユー』です。それが「みんなよるがこわい」の主人公はそうではない。大学を中退して美大を受け直したんだけど、それがうまくいかず、後悔もありながら、バイトもしつつフリーランスでやっているという設定でした。

 

 

嘘なく書くということ

 

水谷 お話を聞いていて、山田さんが作品を書くうえで絶対ゆずれないポイントが、嘘を書かないということだと思いました。たとえば『ハワイユー』で北砂のアパート一室のなかで物語を書いていくときに、必然的に働くという現実が出てくる。リアル以外の何物でもないそのアパートの一室には、当然、今の時代の空気が流れていて、観客もその環境に身を置いている。そこではある種の貧困の問題だったり、あるいは上昇志向の女の子がいたり、あんまりおしゃれでないピクルスをつくる女の子が出てきたりする。リアルに「現実」を反映しなければ、芝居が成立しない環境だったと思うんです。

 

山田 今言っていただいて思い出したのは、福島の原発の問題を織り込んだ『ヘイセイ・アパートメント』のことです。『ヘイセイ・アパートメント』を書いたのが2014年(※公演は2015年)だったのですが、実際の社会問題や労働の問題を書くときは、意識して書いていないというより、客観的に書くのではなく自分が当事者であるという意識で書いていました。わたしもその問題のなかの一部であるという意識があるんです。その問題の一部であるという意識があると、そんなに強く出れない、自分もそうであるという意識があります。

 

『ヘイセイ・アパートメント』でも労働の問題を書きました。コンビニで働いている女の子とその店長が働きすぎてねずみになってしまうというとんちんかんな設定からはじまり、メンバーのなかのふたりが福島の出身で、事故の影響が家族に出ているということをにじませるように書いています。『テンテン』も原発を扱っているんですけど、影響が出てくるとしたら今から、これからだから、自分の問題として書いているんです。

 

 

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『ヘイセイ・アパートメント』 撮影:Kengo Kawatsura

 

 

トミヤマ 描こうとしている人物と山田さん自身の距離が非常に近いというか、その境界線がいい意味で曖昧になっているように感じます。「わたしもこの人のようになるかもしれない」という意識がありますよね。

 

山田 その視点がないといけないと常に思っているんです。たとえば北砂に滞在しながらつくっていたときは、そこではストレンジャーであるからこそ、実際そこに住んでいる人たちへの敬意と、そこに居る気にならないということを大切にしていました。

 

プチ貧困ということも言っていただきましたけれど、今貧困はめずらしくありません。むしろ貧困層の方が増えて来ているという時代において、貧困は自分の問題でもあると思っているし、あまり距離をとらないで書いているのかもしれません。自分の世代のことだと思っています。

 

トミヤマ 山田さんの世代って、生まれたときからずっと不景気ですよね。

 

山田 そうです。加えてわたしが劇団始めたのが2012年なので、震災以前に作品つくってないんですよ。そうなってくると震災後に作品をつくるということが自分としては当たり前のことだし、だから当時のことを批判するとか、糾弾するという気持ちにならないんです。もちろん怒りは湧くけれど、むしろそういう時代だからこそどうやって生きていくのか、その柔軟さを考えています。これからまだどんな可能性があるかわからない。病気の人が増えてしまうかもしれないし、これからもっと不景気になるかもしれない。景気のいい時代を知らないから、それを非難するとか、それを悲観するという思考にならなくて、「こういうもんだよね。じゃあどうする?」という視点で書くということがわたしの世代、平成生まれの視点なのかもしれません。

 

トミヤマ 対象をちょっと離れたところから書くのではなく、もしかすると相手と自分の立場が何かのきっかけで反転してしまうかもしれない、ということを常に考えてらっしゃるのかなと思います。別の言い方をすれば、批評家的じゃない。理論より実践って感じがします。

 

山田 逆に作品をつくるうえで、わからないことをわかったふりしてしまうとか、わかったつもりになってしまうことがすごく危険だと思っています。それは、ときには暴力になるんじゃないかとも思います。

 

トミヤマ わかったつもりになってしまうことへの「怯え」みたいなものが作品にも現れていますよね。

 

山田 結構強いかもしれないですね。『ハワイユー』は、自分とは似ていない、離れたところにいる女の子を書きはじめた頃でした。〈贅沢貧乏〉は初期何年かは女の子しか出ない劇団だったんです。わたしは男じゃないし、年も20歳とか21歳とかで、そのときに「わからないものは書けない」という割りきりがあったんです。わたしは若い女の子の気持ちはわかるけど、それ以外はまだ書くに至らないし、それを書いたら嘘になるっていう気持ちがどこかにあったから、女の子ばかり書いていたんですよね。

 

それが時を経てだんだん、これくらいの距離感の女の子だったら書けるかもしれない、男の子も書けるかもしれないとか、自分がいろんなところでいろんな人に出会っていく過程のなかで書ける範囲をちょっとずつ増やしていきました。今度の『フィクション・シティー』ではじめて男女半々くらいになって、40代の男の人も出ます。劇団をはじめて丸5年なんですが、これがまだ書けるかわからないけど挑戦してみようというと思える範囲です。【次ページにつづく】

 

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