​28年前の僕へ

まもなく、「ワイングラスのむこう側」が始まって5回目のクリスマスがやってきます。毎年、林伸次さんがカウンターで聞いた、クリスマスにまつわるお話を書く特別版。今年は、林さんご自身が見た、不思議な夢のお話です。あなたは昔の自分に会えたら、どんなことを話したいですか?

28年前の僕へ

いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

先日、うちの娘宛に突然こういう手紙が届きました。差出人は「8歳の頃のうちの娘」でして、手紙のタイトルは「20年後の私へ」というものでした。

20年前、妻と娘がある企画展に遊びに行ったとき、そこに「20年後の未来の自分に手紙を書こう」というコーナーがあったそうなんです。そこでうちの娘は20年後の自分に手紙を書いたのだけど、完全にそんなこと忘れてしまっていて、それが先日、突然、届いたというわけなんです。

うちの娘、「ええ? どんなこと書いたんだろう。不安だなあ」とかなんとか言いながら開封したのですが、書いてあったことは「20年後の私はお花屋さんをやってますか?」といったことらしくて、「そうかあ、8歳の女の子だとそのくらいのことを書くんだなあ」なんて感じで、みんなで笑いました。

タイムカプセルって恥ずかしいですよね。でも、若い頃は大きい希望や夢を持っていたんだってわかると、「よーし、じゃあやっぱりがんばろう」なんて思い直したりすることもあったりします。

そんな話を日曜の夜に妻とワインを飲みながら話したからでしょうか、その夜、僕はこんな夢を見ました。

*  *   *

とあるSNSを開くと、「あなたの友達ではありませんか?」の欄に、見覚えのある男性のアイコンをみつけました。肩まで髪の毛をのばし、勘違いの色のコートを着た若い男性。28年前の僕です。

おもわずクリックすると、やはり大学を中退したばかりで友達も数人しかいない20歳の僕でした。

最近、読んだ本や聞いたCDについて、偉そうに評論した文章をたくさん投稿していて、それに対してちっとも「いいね!」がついていないし、コメント欄に誰もコメントを残していないのが、いかにも20歳の頃の僕です。

そうかあ、友達いないんだなあ、じゃあ友達になってやろうかと思い、「友達申請」をクリックすると、20歳の僕、ずっとSNSにかじりついてたんでしょう、すぐに友達の承認をしてくれました。

48歳の僕「こんにちは。28年後の僕です。元気にしてますか?」

20歳の僕「え? ほんとなの?」

僕(48)「うん、どうやらクリスマスが近いからこういう奇跡も起きるようだよ」

僕(20)「そうかあ。ところで48の僕って今、何しているの? 偉い作家になったりしてる?」

僕(48)「渋谷でボサノヴァとワインのバーを経営してるよ」

僕(20)「渋谷でボサノヴァのバーなんだ。へええ。やっぱりお客さんがみんな音楽業界の人たちやミュージシャンでライブとかある感じ?」

僕(48)「ライブはやらないな。ボサノヴァはBGM程度なんだ。恋人たちのデートがメインだから音楽は邪魔にならない感じかな。ワインがメインでフランスのワインを中心に出してる。個人的にはブルゴーニュが好きだね」

僕(20)「恋人たち……ワインが好きなんだ……、そうかあ。じゃあ2017年ってどんな音楽が流行ってるの? あいかわらずCD買ってる?」

僕(48)「CDって今少なくなってるんだ。パソコンってあるでしょ? みんなそれで聞いてるんだけど、あんまりそういうのについていけなくてね。もう新しい音楽はあまり聞いてないかな」

僕(20)「新しい音楽は聞いてないんだ。じゃあ本はどう? 文章は書いてる?」

僕(48)「文章はあいかわらず書いてるよ。cakesってところで連載をもってる」

僕(20)「連載? やるじゃん。どういう内容のことを書いてるの?」

僕(48)「必ずキスができる方法とか、恋愛おじさんの浮気とか、そういう文章がうけてるかな」

僕(20)「ええと、よくわからないけど、そういうキスとか浮気とかに興味があるんだ。どうしてそういう文章を書いてるの?」

僕(48)「1989年の君にはわからないと思うけど、PV数っていうのがあるんだ。みんながたくさん読むとPV数がのびるんだ。今回の文章なんてPV伸びないだろうなあって今から不安なんだ」

僕(20)「よくわかんないな。全く意味がわからない。本を書きたいっていう夢はどうなったの?」

僕(48)「本、出してるよ。4冊、出してる」

僕(20)「すごいね。作家じゃん。芥川賞とかねらってる? もしかしてもう取った? 候補くらいにはなってる?」

僕(48)「ああ、芥川賞かあ。あのね、先に言っておくけど僕たちにはそういう才能はない。こういうのってやっぱり生まれつきの才能が関係あるってことに気づくから。4冊出しているから作家なのかどうか、これも難しいな。まあ世間的には恋愛の話が得意なバーのマスターかな」

僕(20)「恋愛の話が得意なんだ。そうかあ、そういう48歳なんだ。ところで自分の恋愛はどうなの? 結婚してる?」

僕(48)「結婚してるよ。8歳上の妻がいて、28歳の娘がいて、パピヨンっていう小さい犬を飼っている。ほら、18歳で東京に出てきたばっかりのころ、井の頭線に乗って下北沢に行って、井の頭線って良いなあ、大人になったらこの沿線に住んで家族を持ちたいなあって思ったことあっただろ。その通りにはなってるよ。井の頭線沿線に住んで、家族をもってる」

僕(20)「そうか。悪くないね」

僕(48)「悪くないよ」

僕(20)「小説は書いてる?」

僕(48)「心配しなくても書いてるよ」

僕(20)「今年のクリスマスイブはどうするの?」

僕(48)「いつもはバーの営業だけど、今年の24日は日曜日だから久しぶりに家族とケーキでも食べるかな。そっちは?」

僕(20)「ご存じのように友達も恋人もいないよ。バイトでもするよ」

僕(48)「大丈夫。今に素敵な女性と出会うし、友達もたくさんできる」

僕(20)「そうかな」

僕(48)「そうだよ。だから、よいクリスマスを!」

僕(20)「よいクリスマスを!」

*  *   *

気がつくとうちの犬が僕の枕元でワンワン吠えていました。

そろそろクリスマスですね。昔の自分に会えたら、あなたはどう感じますか? 楽しく語り合えそうですか? それではよいクリスマスを!

ケイクス

この連載について

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ワイングラスのむこう側

林伸次

東京・渋谷で16年、カウンターの向こうからバーに集う人たちの姿を見つめてきた、ワインバー「bar bossa(バールボッサ)」の店主・林伸次さん。バーを舞台に交差する人間模様。バーだから漏らしてしまう本音。ずっとカウンターに立ち続けて...もっと読む

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コメント

kenihare この落ち着いた文章好きだな。 28年前の僕へ|林伸次 @bar_bossa | 約3時間前 replyretweetfavorite

Noodle1002 28年前の僕へ|林伸次 @bar_bossa | 約4時間前 replyretweetfavorite

takataakira いい物語。こういうの好き。 : 28年前の僕へ|林伸次 @bar_bossa | 約4時間前 replyretweetfavorite

_nu_ma 羨ましい程の文章力&発想 約4時間前 replyretweetfavorite