つけ……忖度!
三省堂が毎年行っている「今年の新語」が今年も決定した。
今年も、国語辞書マニアに集まってもらい、入選した言葉について語ってもらった。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。
前の記事:「現存世界最古のモノレール「ヴッパータール空中鉄道」」 人気記事:「あの「HG創英角ポップ体」の元となった直筆生原稿を見た」 > 個人サイト 新ニホンケミカル TwitterID:tokyo26 大賞の「忖度」に一同驚く三省堂の「辞書を編む人が選ぶ 今年の新語」は、昨年当サイトでも大きくとりあげた。「KYは使われ始めて10年目?~三省堂「今年の新語2016」とは?」
それから1年、今年も「今年の新語」が発表される時期となった。 この「今年の新語」は、ユーキャン新語・流行語大賞などとは違い、辞書を編纂している人が「今後、辞書に載せたい」という言葉を選ぶもので、その年だけ流行して翌年には忘れられてしまう一過性の流行語などは基本的に選ばない。 そのため「そんな言葉流行ったかしら?」とか「そんな言葉何年も前から使ってるよ?」というような言葉がランキングに入ることもある。しかし、それがまさに「流行語ではなく、定着しはじめた言葉を選ぶ」という主旨の結果というわけだ。 というわけで「今年の新語2017」のランキングをみてみたい。 このランキングは、12月3日に行われた「今年の新語2017選考発表会」で発表され、翌日にはマスメディア各社のニュースになったので、ご存知の方も多いかもしれない。
選考発表会には、飯間先生、小野先生、瀧本さん、水道橋博士さんが参加
選考発表会の会場で大賞の「忖度」が発表されたとき、会場がざわついた。
なぜなら「その年だけの一時的な流行語は選ばない」という選考基準の「今年の新語」で大賞に輝いたのが、ユーキャン新語・流行語大賞でも「インスタ映え」と共に年間大賞に選ばれた言葉だったからだ。 辞書マニア内での下馬評でも「忖度はないな」と考えられていた。つまり、大穴がきたのだ。 なぜ忖度が大賞だったのか
辞書マニアはどうみるのか驚きの結果となった「今年の新語2017」だが、辞書マニアはどうみるのか?
昨年に引き続き、辞書マニアの見坊さん、稲川さんにお話をうかがった。 左から見坊さん、稲川さん。見坊さんは三省堂国語辞典を作った見坊豪紀先生の孫。稲川さんは、出版社の校閲部勤務の現役校閲マン。お二人とも、東京カルチャーカルチャーで度々開催している「国語辞典ナイト」の常連出演者だ
―まずは「忖度」なんですが、これは正直びっくりしました。おふたりはどうおもいましたか。
第一印象は、マジかよ。っておもいましたね。
愕然としましたね、発表会でえぇーっとなりました。
ポイントがいくつかあって、今年とにかく使われるようになったというのがまずひとつ、意味が拡大している、配慮するという意味が入ってきたというのがふたつ、そして三番目に文法的な変化、例えば「忖度が」とか「忖度は」といった使われ方ですね、それが見られるという三点ですね。
―「忖度」自体は、古くからある言葉ですけど、元々は「推量」するだけの意味だったのが、最近は「相手の気持を推量した上で、配慮する」という意味が入ってきたということですね。
忖度の意味の拡大については、小学館の神永曉(かみながさとる)さん(※1)が、今年の春ぐらいに言及してまして、それと差別化したいということか、選評ではしきり「文法が」と文法の変化について説明してありましたが、やはり、大賞に決まった決め手は「文法の変化」というところでしょうね。
(※1)辞書編集者。元小学館辞典編集部編集長。『日本国語大辞典 第2版』『現代国語例解辞典』などを担当。
名詞って、学校では「主語になる」というふうに教わることが多いとおもいますけど、実は主語にならない名詞というのも山ほどあるんです。
例えば……「毎日」は「毎日が幸せ」みたいに主語になるんですが、「毎週」や「毎月」ではそんなことあまり言わない、あと……「腹ばい」「有利」とか、あげるとキリがないんですが「忖度」も元々は主語にならない名詞だった……ということらしいですね。
―「忖度」は従来は主語にならない名詞だったのに、「忖度が働く」という主語的な使われ方が増えてきた、というのが文法の変化ということなんですね。今理解できました。
名詞ひとつずについて、これは主語になる、主語にならないという判断は微妙なんですよね。配慮は「配慮が働く」というから主語になる、推測もそうですよね。忖度がなぜ主語にならなかったかはちょっと説明しづらいんです。
―言葉の意味というか、使われ方が、今年一年であっという間に変わった感じですか。
忖度は、今年の3月ぐらいから、国会議事録で大量に出てくるんですが、忖度っていう行為がこれほど注目されたことはこれまでなかった。小沢一郎さんの頃に「忖度政治」という言葉はあったらしいのですが、これほど取り沙汰されてはなかったはずなんです。
一応、忖度を主語として使っていた例というのは、大正時代からあって、萬朝報(よろずちょうほう)という新聞に載ってるんです。数は多くないけど、そういう使われ方もわずかながらあった。ということは、元々主語になるような力を持ってたということなんでしょう。
―「元々、主語になる力を秘めていた」中二病っぽいかっこよさあるなー。「忖度」が大賞というのは、最初は驚いたけれども、選評を読めば納得できると。
そうですね。
選定に関しては納得です。
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