〔PHOTO〕岩本良介
メディア・マスコミ 音楽

小沢健二が姿を消した「19年間の空白」を解き明かす

稀代のトリックスターの思索と実践の旅

「一人のポップ・スターが、ある時期を境に人々の前から忽然と姿を消す」

映画・音楽ジャーナリスト、宇野維正さんの新著『小沢健二の帰還』はそんな書き出しで幕を開ける。本書に書かれているのは、「渋谷系の王子」として華々しくメディアを席巻していた90年代ではなく、98年にニューヨークに移住し、世間的には「姿を消した」と思われていたその後の10数年の小沢健二の実像を追うものだ。

2017年には19年ぶりのシングル『流動体について』を発売、テレビの音楽番組やフェスにも出演するなど本格的に活動を再開させた小沢健二。しかし表舞台に戻ってくるまでの「空白の時期」にも、とても刺激的な動きの数々があったことが、本書では解き明かされている。

著者、宇野維正さんへのインタヴュー。19年という期間に何があったのか、同じく90年代のカリスマだったHi-STANDARDと小沢健二の関連性、そしてこの先の小沢健二について。様々な角度から語ってもらった。

(取材・文:柴那典、写真:岩本良介)

誰も書いてないところを書きたかった

――非常に面白かったです。小沢健二というアーティストについて書かれた本でありながら、単なる音楽評論ではなく、ある種のミステリー小説としても読める一冊だと思いました。

「ありがとうございます」

――書き手としては、そういった内容を意識していましたか?

「意識はしました。この本が追っている時期でいうと、2012年の『東京の街が奏でる』コンサート以降、雑誌への寄稿や昔の音楽仲間のライブへの飛び入りなど小沢健二の表立った動きがかなり増えたんです。

でも、この本では情報量が増えていくのと反比例して、そこに割く文章量は少なくしている。それは、不在の痕跡を辿っていくという、ある種の探偵小説的な気持ちでアプローチしていった本だからなんです。書き始めた時からこういうものになるだろうということは考えていました」

――「はじめに」の中でも、みんなが知っている90年代半ばの小沢健二についてはほとんど書かないというのが本書のスタート地点になっていると書かれています。その理由はどういったところだったんでしょうか?

「その当時の小沢健二は、あらゆる意味でカルチャーアイコンだった。テレビや雑誌や広告に、とにかく露出し続けていたし。当時その活動を追っていた方々の仕事を軽んじるつもりもないし、例えば今年に出た『渋谷音楽図鑑』のようなフリッパーズ・ギター時代について書かれた本もある。そういうものを否定するつもりは一切ないんです。

ただ、それを上書きするようなことよりも、誰も書いてないところを書きたかったという気持ちが一番強いですね。それに、現在の彼はインタヴューには応えない。いわゆる音楽ジャーナリストやライターの取材はずっと受けていない」

――『Eclectic』の時期のニューヨークとの国際電話での取材が最後ですね。

「だとするなら、僕のような立場の人間が書くことにも意味があるんじゃないかと。要するに、本人に不在期間の話をいろいろ訊ける可能性があったら、この本を書こうとは思わなかった。最初からその選択肢がないのがわかってるから書いたというところがあります」

 

19年の空白、その色合いの違い

――この本は書名も『小沢健二の帰還』ですし、帯にはニューヨークに移住した1998年から19年ぶりのシングル発売となった2017年までの期間を「空白の時期」として書かれています。

しかし、本文を読めばその期間が実際には決して空白ではなくとても豊かな活動をしていたということが伝わってくる。宇野さんはこの19年をどういう時期だと捉えていますか?

「時期として大きく三つにわけられると思ってます。一つ目は『Eclectic』(2002年)を作るまでの『Eclectic期』。その後は、本格的に世界中を回りながら『うさぎ!』を書いていた『放浪期』。そして2010年の『ひふみよ』ツアー以降の、今となって思えば『帰還準備期』ですね。それぞれ三つの色合いは違っている」