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異世界国家アルキマイラ ―最弱の王と無双の軍勢― 作者:蒼乃暁

第一章 異世界転移

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第五話   「謁見後の軍団長」

 王が謁見の間を去る。

 しかし、コツコツという足音が消え去っても尚、四人の軍団長は微動だにせずこうべを垂れ続けた。そしてそれから更に十秒ほど経った頃、誰とも無く深い息を吐き、止めていた呼吸を再開させる。

 ヘリアンは確かに緊張感に呑まれかけていた。
 だが実のところ、それは居並ぶ軍団長側とて同じことだった。

 なにせつい先程まで此処に居たのは、万魔(ばんま)が住まう国アルキマイラを支配する唯一無二の絶対者だ。

 しかも国王側近であるリーヴェはともかくとして、他の軍団長は王と直接言葉を交わす機会は少ない。衛星都市で任についていた第六軍団長に至っては、王の姿を直接目にしたのすら数年ぶりのことだった。緊張に身を固めるのは致し方ないことと言えよう。

 身をほぐすようにしながら、各々は服従の姿勢を解いていく。
 そして「ふぅ」と艶のある吐息を零した第六軍団長のカミーラが、おもむろに口を開いた。

「いやしかし、緊張はしたが我が君はやはり凛々しいのぅ。このような状況でなければもっと話をしたかったのじゃが」

 先程までの謁見の記憶を反芻するように呼び起こし、愛しい王の姿を思い浮かべたカミーラは、うっとりとした表情を浮かべる。

「不謹慎だぞ、第六軍団長」
「じゃから『このような状況でなければ』と言っておろうが石頭」

 そんな彼女に水を差すようにして苦言を垂れたのは第二軍団長のバロンだ。

 獅子ライオンの頭を持つ獣人型魔物の彼は、人物特徴に【真面目】と【頑固】を持っており、いわゆる『お堅い男』として知られていた。『その鎧と同じぐらい堅いんじゃないの?』とは、ここにはいないとある軍団長の言だ。

 騎士団を取り纏めるに相応しい風格を持った壮年の男なのだが、融通が利かないのが玉にきずだった。

「第一、ヌシらがズルすぎるのじゃ。首都に常駐しているヌシら三人ならば、我が君との謁見も慣れておろうが、(わらわ)が我が君へ拝謁できたのは三年ぶりぞ。少しぐらい余韻に浸っても罰は当たるまいて」
「主上が首都常駐の軍団長に我ら三人を選ばれたのは致し方なかろう。他の軍団長は色々な意味で癖が強い。主上が運用し易いまともな軍団長など、我ら“始まりの三体”ぐらいなものだ」

 バロンが口にした“始まりの三体”とは、ヘリアンがゲームプレイ開始時に連れていた三体の初期魔物のことだ。

 ゲーム[タクティクス・クロニクル]では、プレイを開始したプレイヤーには、漏れなく三体の初期魔物が与えられる。これはよくあるガチャと同じで完全に無作為抽出となる為、どんな魔物が当たるかは分からない。

 ヘリアンの場合は、犬獣人が一体、猫又が一体、エルフが一体の構成だった。
 エルフだけは希少種族レアだったが、他二体は平凡な能力しか持たない下級種族だ。

 しかし、最初の三体に愛着を抱いた彼は根気強く育成を続け、転生進化させることで一線級の魔物へ育て上げた。今ではそれぞれ【月狼マーナガルム】【嵐獅子マヘス】【エンシェントエルフ】といった最高位ハイエンドの種族になり、軍団長を務めている。

 そしてヘリアンは、立派に成長した三体の魔物に“始まりの三体”という大層なアダ名をつけのだった。このアダ名をAIが認識できるよう、わざわざゲーム内の辞書機能に造語登録までしていた。

「フン。自らまともなどと(うそぶ)くでない。ヌシは男故に知らぬであろうが、色々と知っている妾から言わせればリーヴェの趣味趣向はまともとは言い難いぞ。エルティナも怪しいところがある」
「あら。それはどういう意味ですか、カミーラ?」

 落ち着いた口調で問い掛けるのは第三軍団長のエルティナだ。

 おっとりとした雰囲気を纏った彼女は、人物特徴に【慈愛】や【協調的】を持っており、何かと癖の強い各軍団長らの間を取り持つ“優しいお姉さん”である。

 ゆったりとした純白のカウルに身を包んでおり、僅かに露出した肌の色もまた、カウル同様に白く透き通った色をしていた。

 エルフらしい整った顔立ちと佇まいはそれだけで十二分に美人の領域にあるが、人物特徴の【気品】が更に拍車を掛けている。たとえ同じエルフ族であろうとも、彼女の美貌には感嘆の溜息を漏らすだろう。

 そんな彼女はどこからともなく二枚の座布団を取り出し、(おもむろ)に床に敷いた。

「どういう意味も何も――」
「正座」
「ぬ?」
「正座です、カミーラ」

 自らも座布団の上に正座した彼女は幼子を諭すように、ポンポン、と対面の座布団を叩いた。表情は慈愛溢れる微笑みのままだ。

「……なにゆえ正座なのじゃ?」
「いいから、正座ですよ」
「いや、じゃから――「カミーラ?」」

 ニッコリ笑顔のまま、エルティナは同僚の名を口にする。

「…………」

 しばしの無言の時間。
 そこに筆舌に尽くし難い圧力を感じたカミーラは、対面へ静々と正座した。

 エルティナは八大軍団長の中で、最も優しい人物だ。
 それと同時に八大軍団長の中で、最も怒らせてはいけない人物でもある。

「さあ、お話ししましょうか、カミーラ。わたくしのどこが怪しいのですか?」
「いや、どこもなにも……ヌシは女子おなごが好きじゃろうに」
「それは誤解を招く言い方ですね。わたくしはちゃんと殿方が好きですよ? ただその一方で女の子も好きなだけです」
「その時点で最早普通ではなかろ……。いや、妾は仕事柄しかと理解があるが、一般常識に照らし合わせるとじゃな」
「いいえ、そんなことはありません。普通です。女の子同士が仲を深めるのは至って普通のことです。その証拠に、陛下もそのようなことを呟かれていた時がありましたよ」
「ぬ。我が君がか」

 愛しき主の情報にカミーラが食いついた。

 もしもこの場にヘリアンが居れば「違う、違うんだ、アレは隣国のプレイヤーが振ってきた十八禁ゲーム(エロゲ)の話に乗ってあげただけであって何も本気では……!」などと言い訳をしていただろうが、幸か不幸か彼は今この場に居ない。

 故に、王に対し忠誠心とは一線を画した感情を抱くカミーラは、至って真剣に、王の趣味趣向について心のノートにメモをした。

 脇で聞いていたバロンもまた「主上が仰られるのならその通りなのだろう」と己の持つ常識を上書きした。この国では良くも悪くもヘリアンこそが法となる。

「それにですねカミーラ。
 女の子の泣きそうになる寸前の顔というのは、とても尊いものなのですよ?」
「……うん?」

 メモを終えたカミーラは小首を傾げる。
 何やら雲行きの怪しい気配を感じた。

「勿論、泣き顔なんてものは見たくありません。
 女の子の泣いている顔ほど、痛ましいものはありませんから……」

 目を伏せたエルティナは、胸に手を当てて祈るようにして呟く。
 (うれ)い顔で言葉を(つづ)るその表情は聖母のそれだ。

「もしもこの手の届く範囲に涙を流す少女がいるのなら、わたくしに許される限りの力を振るい、全力でその涙を止めて差し上げたいと思います。心から、そう思います」
「う、うむ」
「けれど泣く寸前の――そう、いわゆる“半泣き”の女の子の表情はとても愛おしいのです。その涙を止めて差し上げたくなり、抱き締めて慰めたくもなり……そしてなにより、その愛らしい顔をずっとずっと見守っていたくなるのです」

 聖母エルティナは慈愛の微笑みを浮かべたまま「だって」と言葉を繋げ、

「この世に“半泣きの女の子”以上に可愛い生き物なんて、存在しませんから」

 断言だった。
 迷いなど一切無い、心からの言葉だった。
 その聖母の微笑み(アルカイックスマイル)を前にしたカミーラはしばし固まる。

「…………」

 まとも? と視線を向けたその先には、全力で目を逸らすバロンの姿があった。

「そ、それはそうと、さっきからやけに静かだなリーヴェ。何か気になることでもあるのか?」

 逃げおったな、とのカミーラの呟きを意図的に無視して、バロンは隣の同僚に水を向けた。

「……? おい、リーヴェ。聞こえているのか?」
「ん? ああ……」

 しかし、やけに反応が鈍かった。上の空のようにも見える。

 バロンが彼女に話を振ったのは咄嗟の防衛本能に基づいてのことだったが、思いもよらぬ反応の鈍さに訝しむ。

 そういえば、先程カミーラがリーヴェの趣味趣向について触れていた際も無反応だった。リーヴェの気性からすればそれはおかしい。最低でも、何らかの反論はしているはずだ。

 さすがに不審に思った軍団長達の視線が、リーヴェに集中した。

「どうしたのですかリーヴェ。どこか具合でも?」
「いや……国外調査の件なのだが。どうしてもヘリアン様のあのお言葉が引っ掛かっていて、な」
「……やっぱり、貴方もそう(・・)思いましたか?」

 おっとりとした表情を引き締めてエルティナは思う。陛下のあの言葉はやはりそういう意味(・・・・・・)なのだろう、と。

「ヌシら二人が同意見ということは、妾の気のせいでもないようだの」
「やはりアレ(・・)はそういうことか。主上らしいと言ってしまえばそれまでだが……」
「我が君が決められたことならば、わらわらは従うまでじゃ」

 隠密性に特化した要員を早急に選出せねばな、と呟き、カミーラは立ち上がる。

「それはそうと、リーヴェやエルティナもそうじゃがバロンよ。いつまでもこんな所に居ても良いのか? ヌシは見送りの準備に移らねばなるまいて」
「む。確かにお主の言うとおりだ。急がねば」
「その間の治安維持の指揮については第五軍団長の方で代行するよう、妾の方から(でん)(れい)を放っておこうぞ。構わぬな、総括軍団長(リーヴェ)?」
「ああ、許可する」

 八大軍団長を纏める、総括軍団長の地位にあるリーヴェが頷いて答えた。

 彼女は第一軍団の長だが、同時に総括軍団長も兼任している。
 第一軍団は国王補佐を主任務とする少数精鋭部隊の為、その規模はさほど大きくない。
 自軍団が比較的小規模であり、また副団長が第一軍団の実務的な指揮を執っていることもあり、自軍の運用で彼女が手を取られることは少ないということだ。

「では吾輩は早速準備に移るとしよう。見送った後に儀典用装備のまま警邏に就くわけにもいかぬ故、時間は少し多めに見積もっておいてくれ」
「そのぐらいのことは妾とて分かっておる。そう心配するでない」

 小言に辟易とした様子のカミーラを他所に、バロンは足早に謁見の間を去った。

 カミーラもまた身体を霧に変えて宙に溶けた。第五軍団長への伝言を伝えるべく、霧になった彼女は風の速さで自軍団の下へ向かう。

「さ、わたくし達も急ぎましょうか、リーヴェ」
「そうだな」

 そして王からの勅命を受けた二人は国外調査の為の支度をするべく、重要な装備を格納している宝物庫へと足を運ぶ。

 彼女たち以外に誰もいない王城の廊下で歩みを進めながら、リーヴェは不意に口を開いた。

「……エルティナ。私は実を言えば、ヘリアン様は本調子ではないのではないかと懸念していた。首都ごと転移されるという、未曾有の事態に混乱されているのではないかとな」
「無理もないでしょう。わたくし達も、皆が皆して呆然としてたぐらいですから。なにせあの第八軍団長でさえ愕然と立ち竦んでいたぐらいですし。陛下がそうなるのも止むを得ない話でしょう」
「いや、そうではなかったのだ、エルティナ」

 リーヴェは頭を振って答えた。
 罪を告白するかのような心境で、彼女はエルティナに告げる。

「ヘリアン様は転移の直後も平然としておられた。その証拠に、転移現象の直後であるにも拘らず、矢継ぎ早に各軍団に適切な指示を施し、慌てるばかりだった私にも指針となるご命令を下さった。
 アレが無ければ、慌てふためいた私はしばらく何も出来ないままだったか、突拍子もないことを仕出かしていたに違いない。現に執務室でヘリアン様が体調を崩された際にも、私は無闇矢鱈に騒ぎ立ててヘリアン様の不興を買った」

 苦い記憶だ。
 王に怒鳴られたことなど、逼迫した戦場での命令時を除けば覚えがない。
 それだけに、先程の執務室での出来事は彼女に少なからず衝撃を与えていた。

「だがヘリアン様はどのような状況に陥ろうとも、やはり偉大なる王だった。不覚にも私はそれを忘れていた。あの方は他の誰でも無くこの国の、万魔(ばんま)の王なのだ。
 故に我らは今まで通り王の駒であれば良い。王自らが突き進まれる道を切り開くための一個の“力”として働けば良い。そのことを先程のヘリアン様の言葉でようやく思い出すことが出来た」
「……そう決めるのは早計ではないでしょうか。陛下とて体調を崩されることだってあるでしょう。現に先程わたくしが診察した際も、かなりのストレスを感じられているご様子でした。貴方が陛下を心配したこと自体は、間違ったことではなかったと思いますよ?」
「それについては後でゆっくり話そう。私から話しかけておいてなんだが……誰かに言っておきたかったのだ。すまない」
「気にしないでください。これもわたくしの役割ですから」

 エルティナはたおやかな微笑みを浮かべる。
 いつも通りの、見る者の気分を落ち着かせてくれる優しい笑みだ。

 彼女が居てくれて良かった。
 リーヴェは心底そう思いながら、深呼吸を一つして気持ちを切り替える。

「――良し。では私はヘリアン様の遠征用の衣装を準備する。()()()()()()()()()()()()()。心してかかるぞ、エルティナ」
「ええ。外での脅威が分からない以上、いざとなればわたくし達が陛下の盾となる覚悟で臨む必要があります。ですがそうならずに、皆が揃って無事に帰国出来るように頑張りましょうね、リーヴェ」

 そうして共通認識を深く固めた二人は。
 何処か覚悟を伴った表情で、“国王御自らが率いる未探索区域の調査部隊”としての準備を進めるのだった。


・次話は【10月18日(水)】に投稿します。

・既に20万字以上のストックを用意しているので、一章完結まで【毎日更新】します。

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