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第二話 「違和感」
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さて、軍団に指示を出し終えたので、取り敢えずやるべきことはやった。
一刻も早く城下町やらの現状把握をして次なる行動に移りたいところだが、各種ウィンドウを確認しても転移前の情報しか反映されていない。未だ各軍団が情報収集中であり、その報告がヘリアンの下まで届いていないからだ。
このゲームでは、ステータスウィンドウを含む各種ウィンドウには知っている情報しか可視化されない。『ウィンドウを開けばいつでもどこでも瞬時に最新の情報が参照可能!』とはいかないのである。
なので、いくら現状把握がしたくとも、配下がある程度の情報収集を終えるまで待つしかない。
「けどまあ、何もしないでいるってのも苦痛なわけで」
チャットウィンドウをオープン。
目の前に浮かべた半透明のウィンドウには、過去に接触した他プレイヤー――即ち、他国の王の名前が並んでいる。
誰かと会話して、情報収集兼暇潰しのなんちゃって外交でもしていようかと、プレイヤーリストを表示したみたが、
「あれ?」
リストに表示された全てのプレイヤー名が、グレー色で表記されていた。
白色はオンラインの状態を示し、グレー色はオフライン、黒色は滅亡である事を示している。つまり、全てのプレイヤーがオフラインになっているということだ。
多くの国で建国祝賀祭が行われている筈の今日この時に、一人もオンラインプレイヤーがいないというのはさすがにおかしい。
はて? と首を傾げているところへ、コンコンと控え目なノック音が耳に届く。
「ヘリアン様、リーヴェです。現時点の調査結果について、ご報告に参りました」
「入れ。【入室】を【許可】する」
音も無く開かれる執務室の扉。
するりと入ってきたリーヴェの背筋はいつも通りピンと伸びていたが、頭頂部の犬耳がへにゃりと力なく折れている。
となると、あまり良くない報告であるらしい。
「それでは、早速ですがご報告申し上げます。まず首都の外ですが、完全に森に覆われていました。しかも第六軍団から上がってきた情報によれば、何らかの幻惑効果が森全体に展開されているようです」
「地形効果による幻惑効果か……それじゃ、第四軍団の人員を回して改めて調査させるかな。安全第一で、魔術使って遠くから」
「第四軍団長自らが既に試したそうですが、幻惑効果の解析に手こずっており、即座に結果を出すのは難しいとのこと。どうにも足を使う必要がありそうです」
「なんだ、既に試した後か。それなら森の地形適性を考慮して、エルフ中心の調査隊を組織……………………、え?」
「承知致しました。第四軍団長に追って指示を伝えます」
――ま、待て。
「また第八軍団所属の竜族による航空偵察……と言うより、空からの遠視の結果についてですが、周囲一帯には一面の深い森が延々と広がっているようです。北東方面だけは比較的緑が薄いらしく、荒野のようなものも見受けられるそうですが、首都結界範囲内に限定した低空観測では、これ以上の確認が難しいとのことでした」
――待ってくれ。
「あと些細なことですが、第八軍団の竜達が『もっと高度を上げさせろ。もしくは首都結界の外へ直接偵察に向かわせろ』と喚いていましたので、殴って黙らせておきました。国外を刺激するなという王命をきちんと理解できていなかったようですね。後々の再教育は第八軍団長に任せることにします。念の為、『トドメは刺さないように』と注意はしておきました」
――だから、待てって。
「他、国内の治安に関しまして、国民が突然の事態によりかなり浮足立っていましたが、第二軍団長と第五軍団長らの働きにより現在は平静を保てております。ただ最近併合したオーガの一派が……」
「――待て、リーヴェ」
声は震えていただろう。
王の振る舞いでは無かったと思う。
けれど、これ以上黙っていることなど出来なかった。
「……? どうかされましたか?」
リーヴェは怪訝そうな表情を浮かべている。
またも見たことのない感情表現パターンだった。
彼女については、数多の配下の中で最も見慣れているはずなのに、初見の感情表現がこうも次々と出てくるというのはおかしい。
既に彼女の【恐怖】のバッドステータスは解消された筈で、今は普段から見慣れている【平静】に戻っているに違いない。だが【平静】時の感情表現なんて、全パターンとうに見飽きた。
しかし、それすら些細な事と割り切れてしまうほどの大きな違和感があった。
先程からのリーヴェとの会話では、入室許可以外にヘリアンは<鍵言語>を発していない。それなのに、リーヴェはヘリアンの独り言の台詞に反応し、会話が成立していた。
――有り得ない。
昨今のAIがいくら優れていると言っても、完全に人間のように振る舞える領域にまでは至っていない。
このゲーム[タクティクス・クロニクル]においても、幾つかの決まり事を人間側が守ることによって、まるで人間とAIが自由に対話しているように見せかけているに過ぎない。
国や企業が行っている最先端研究レベルのAIならば完全な対人コミュニケーションを取ることも可能だが、娯楽に使われるAIは未だそこまでのレベルに達していないのだ。
だから、プレイヤーであるヘリアンが、AIであるリーヴェとここまで自由なコミュニケーションを取れていることは、どう考えても異常な出来事だった。
「いや、落ち着け……落ち着くんだ」
自分に言い聞かせるように呟く。
仮に、そう、あくまで仮の話だが、このゲームのAIが改良されたとしよう。
その場合は『そんな困難な事に力を入れるくらいなら、そのリソースを他に活かせ』と運営に苦情メールを投げつけたいとこだが、例え話として、このゲームに積まれたAIが人間と自由なコミュニケーションを取れるレベルにまで革命的進化を遂げたとする。
――ならば、大規模バージョンアップが行われていなければおかしい。
それこそ、所要時間が数十時間以上に及ぶバージョンアップ作業を必要とする筈だ。しかし、ここ半年近くは十数分で終わる程度の小中規模アップグレードぐらいしか実施されていない。
大規模バージョンアップなど、行われていないのだ。
「…………シ、システムウィンドウ:開錠。選択:ログアウト。即時実行!」
ログアウトコマンドを口語操作――反応無し。
慌てて半透明のシステムウィンドウを接触操作で眼前に移動させ、ログアウトのコマンドを手動実行――反応無し。
「な、なんでだ……なんなんだよコレ!?」
表示させたままのシステムウィンドウで、GMコールのコマンドを手動実行――反応無し。
足が震える。
嫌な汗が止まらない。
「ヘリアン様? どうかされましたか? どこかお加減でも……」
尻尾を力なく垂らしたリーヴェが、心配するように顔を覗き込んでくる。リーヴェの切れ長の瞳の中に映っている自分の姿は、どこか矮小に視えた。
体調不良かと訝しむリーヴェは、「失礼致します」と断りを入れてから、ヘリアンの前髪を掻き上げて額にその手を触れさせた。
ヘリアンが額に感じるのは、冷たくしっとりとした、女性らしい掌の感触。
――恐る恐る、リーヴェの頬に右手で触れた。
「え? あ、あの?」
慌てたような仕草。
表情の変化。
これも初見の感情表現。
頬に当てた指先。
柔らかさを感じる。
温かみも感じる。
――そこまではまだいい。
[タクティクス・クロニクル]は全感覚投影式のVRゲームであり、感触や温度といった五感情報をプレイヤーに伝達可能だ。『柔らかさや温度を感じとる』という一点だけに言及すれば、以前から実現出来ていた。
だがそれはあくまで上辺だけのものであり、一定の感覚しか得られない味気ないものだった筈だ。
五感を感じ取れると銘打たれているものの、家庭用ゲーム機の性能限界やコストの問題から、また現実とゲームを混同しないようにとの倫理面の問題から、人体情報に関してはあくまで作り物の感覚しか得られなかった筈なのだ。
だと言うのに、伸ばした右腕に当たる彼女の吐息は何だ。
右手が触れる首筋から感じ取れる鼓動は何だ。
徐々に紅潮する頬の自然な色合いは何だ。
女性特有のこの甘い香りは何だ。
――有り得ない。
こんな事は有り得ない。
表現しようと思えば技術的には可能なのだろう。
だが、ここまで緻密な情報を娯楽として積み込めるかと問われれば断じて否だ。
たかがゲームの1キャラクター単位に、こんな莫大な情報を詰め込むなんて事は絶対に有り得ない。
このワールドだけでも何億体のキャラクターが存在していると思っているのか。
その全てにこれほどの情報量を抱えさせようと思えば、記憶容量の問題はもちろんの事、数千テラフロップス程度の計算速度ではとても処理が追いつかない。
そんな大量の情報量を扱えるサーバなど、それこそスパコンかオーバーテクノロジーレベルな筈だ。
そこに、ふと頭を過ぎったキーワードがある。
最近書店に行った際に見かけたポップに書かれていた。
三十年前程のネット小説で爆発的に流行して、最近また増えつつあるジャンル。
若い年齢層をターゲットにした小説や漫画で、よく使われるテーマであるソレ。
突如不運な事故や神様のミスの被害に遭い、日常から切り離されて、見たことも無い別の世界やゲームに似た世界だとかに飛ばされるとかいう――
異世界転移。
ゾッ、と血の気の引く音を初めて聞いた。
背筋に氷柱を刺されたかのように寒い。
勝手に呼吸が荒くなる。
気持ち悪い。
立っていられない。
視界が歪んでいる。
吐き気が止まらないんだ。
「へ、ヘリアン様……ッ!?」
ふらつくヘリアンの体をリーヴェが抱き止める。
彼女の表情に浮かぶのは、焦りの混じった心配げな表情だ。いつもの鋭い眼つきからは想像も出来ない。先程まで赤みがかっていた頬は青白く、瞳に浮かぶのはただただ相手を気遣う感情だ。
これもまた間違いなく、これまで見たことの無い感情表現。
否、これはもう、感情表現というシステムで表現し得るようなものではない。
心配の色が濃く浮かんでいるリーヴェの表情は、ヘリアンからすれば受け入れがたい現実を突きつけられているようにしか思えなかった。
馬鹿げている。
アニメや漫画の見すぎだ。
異世界なんてある訳がない。
第一、子供を庇ってトラックに轢かれたわけでも、神様に出会ったわけでもないじゃないか。
いや、そうじゃない。落ち着け。何を考えている。アレはあくまで創作物だ。現実にそんなことが有り得るわけがない。異世界転移なんてものは、あくまで空想の中だけの話だ。その筈なのだ。
「な……なんでも、無い」
頭を振って立ち上がる。
リーヴェの顔は見れない。
現実的過ぎる彼女の表情が直視出来ない。
「お座りください。すぐに第三軍団長を呼んで参ります。それまでどうか――」
「なんでもない! 呼ぶな!」
咄嗟に口にした制止の言葉は、意図せず怒鳴り声となった。
ビクッ、とリーヴェが身体を震わせる。
「あ、いや……本当に、なんでもないんだ。少し立ち眩みがしただけ、だから、放っておいてくれ」
取り繕うような言葉。
いや、実際にただ取り繕っただけの台詞だろう。
だけど、今の精神状態で誰かに会うなど出来るわけがない。
もしかしたら、国王側近という役職に指定したNPCのAIだけが改良されたのかもしれない。
それならば……プレイヤー一人につき一体のNPCだけなら、現在の一般商業用技術でも、人間的な振る舞いをさせることが出来るのかもしれない。
まだ、その可能性が残されている。
だから他のNPCに会うわけにはいかない。
頭の何処かでぎりぎり働いている理性とやらが『大規模バージョンアップ抜きにAIの改良が出来るわけがない』『リアル過ぎる五感についてはどう説明するのか』などと囁いているが、それをまともに受け止めるだけの余力は無い。
とにかく、落ち着きたい。頼むから落ち着かせてくれ。こんな状態で誰かに会うのは色々と無理だ。
「か、各軍団に指示は出した。今はその報告待ちだ。お前も……軍団長からの報告を再度取り纏めろ。ある程度の情報が集まり次第、改めて報告を聞く」
「……しかしそれよりも、一旦お休みになられたほうが」
「大丈夫だ」
リーヴェの表情は焦燥の色が強くなっている。
心からヘリアンを気遣っているかのような良く出来た表情。そして声色。台詞。
……やめてくれ。ゲームに無い仕草を、これ以上、俺に見せつけないでくれ。
「せめて診察だけでも……」
「くどい! 大丈夫だと言った! 退出して情報を取り纏めておけ!」
怒声に、リーヴェは身をすくめた。
その姿に、頭の隅に追いやられた理性が余計な仕事をして、まるで叱られた子犬のようだとヘリアンは連想する。
「…………失礼致しました」
物言いたげな、最後までヘリアンを気遣うような表情を見せながら、しかし最後には粛々と頭を下げてリーヴェは退出した。
そうして執務室に残されたのは、身を気遣ってくれる配下を怒鳴りつけて追い出した、虚ろな王の姿だけだ。
「………………システムウィンドウ:開錠。選択:ログアウト。即時実行」
反応は無い。
「………………システムウィンドウ:再開錠。選択:GMコール。即時実行」
反応は無い。
一度システムウィンドウを閉じてから再表示させ、改めて手動でログアウトとGMコールのコマンドを実行したが、それでも、やはり、なんの反応も無かった。
・読んで頂き、ありがとうございます。
・次話は【10月15日】中に投稿します。
・既に20万字以上のストックを用意しているので、一章完結まで【毎日更新】します。
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