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第一話 「ゲーム」
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科学の進歩は目覚ましい。
昔は憧れでしかなかったものが、今やあって当然のものになっている世の中だ。
ゲーム業界においてもそれは例外ではない。
むしろそういった『憧れ』や『空想』などを比較的実現し易い分野であるとさえ言えるだろう。
中には、二次元でしか表現出来なかった『幼い日の欲望』を最新技術でモノにしてしまったとあるゲーム会社さんもあるのだが、まあそれはご愛嬌だ。
ようは、ファンタジーやらSFやらの空想世界に憧れを持つ人間は、昔から一定層が存在したということであり。
その昔の人が、ありがたくもそれを、ゲームという形ではあるものの、現実に生み出してくれたということであり。
高校生を卒業したばかりで、気楽な大学生活を送っている彼もまた、その恩恵に与っているということだ。
通称<全感覚投影式>と呼ばれる、第四世代型仮想現実体感型ゲーム。
それはBCNIと呼ばれる、脳波読み取り方式の画期的な電子機器操作技術が流用された――要はプレイヤーの思考を読み取り、それを仮想現実に出力する仕組みが使われたゲームの一種である。
更に出力するだけではなく、仮想現実から受けた刺激情報を受信する仕組みを搭載した<全感覚投影式>は、視覚や聴覚に留まらない『五感』をプレイヤーにフィードバックするという新たな機能を実現した。
つまり<全感覚投影式>はプレイヤーに第二の世界を――完全なる仮想現実を提供することを可能としたのだ。
その結果として<全感覚投影式>のVRゲームは大流行し、数多くのタイトルが世に生み出され、世界中が熱狂することとなる。
そしてその内の一つに、[タクティクス・クロニクル]というタイトルを冠するゲームがあった。
タイトルからもある程度は察しがつくが、言ってしまえば戦略シミュレーション系の箱庭ゲームだ。
国を興し、国を育て、国を守り、国を攻め、そして大国へと至る。
国家運営系戦略SLGというジャンル自体は、オフラインでのシングルプレイならば、それこそ昔からあった古き良きジャンルである。
しかしながらこの作品には、『人間の王が魔物の国民を率いている』というファンタジー要素が有り、ややRPG寄りのゲーム性を持つという特徴があった。
また、このジャンルで<全感覚投影式>が採用されたのはこの作品が初めてであり、しかも作り込みが無駄に徹底していると評判のゲーム会社から発売されるということもあってか、前評判は上々だった。
そして、発売予定日を三度延期し、発売を待ち望んでいるユーザを散々焦らせてから満を持して売り出された[タクティクス・クロニクル]は、前評判を裏切らず多くのプレイヤーの心を鷲掴みにした。
それは、年に数本あるかないかレベルの名作と言っても、過言ではないだろう。
――そりゃ買うさ。
誰もいない部屋で彼は独り言を呟く。
誰に言い訳するわけでも無いが、発売日前夜に並んで買うのが普通だ。
このゲーム会社の出すタイトルはコアユーザーの期待を裏切らないことで有名だった為、彼は前々からかなり期待していた。それだけに三回目の発売予定日延期のニュースを見た時の憤りと哀しみは深かった。
そして遂にゲームを手に入れた彼はハマった。ドハマリした。それこそ他のゲームなどしている暇が無いほどに、彼は[タクティクス・クロニクル]の世界にどっぷり浸かった。
初めてプレイした日の事は、今でも鮮明に思い出せる。
発売日初日、当時まだ中学生だった彼は、ブツを手に入れるなり陸上部もかくやという俊足で家路についた。そして自室に飛び込むなり、ダイブポッドに身を横たえた彼――三崎司ことキャラクター名【ヘリアン】は、一人の王として[タクティクス・クロニクル]の大地に降り立ったのだ。
見渡す限りに広がる壮大な大草原。
その中にポツンと建てられた木造の小屋。
それが【ヘリアン】王の統治する国……[アルキマイラ]の始まりの土地である。
まず彼が感じたのは風だ。
頬を撫でる柔らかな緑風の感触。
背の高い草を風が撫でていく音は、細波にも似た響きで彼の耳に届く。
次いで、花の香りに大地の匂い。
更には目の前に広がる草原の、圧倒的な存在感。
それは、第三世代型以前の据え置き型ゲームしかしてこなかった彼にとって、感動すら与える程のリアリティだった。
「――さあ、国興しを始めよう。俺達の冒険はここからだッ!!」
そんな台詞を叫びながら、まるでワクワクする気持ちを抑えきれない子供のように、何もない草原に向けて駆け出したあの日の事は忘れない。
斯くして、三体の魔物を率いたヘリアンは、[タクティクス・クロニクル]への記念すべき第一歩を踏み出したのだった。
――それから、現実時間で数年経った現在。
ヘリアン王が率いる[アルキマイラ]は時に発展し、時に滅びかけたりしながら、他プレイヤー達と繰り広げる激動の時代を生き抜き、紆余曲折を経て世界の覇者たる超大国へと成長を遂げていた。
そして今日も今日とて飽きもせずゲームにログインしたヘリアンを迎えたのは、建国百五十年を祝いに首都へ集結した魔物の数々だった。
+ + +
「おぉ、さすがに壮観だな」
アルキマイラの国王――ヘリアンは、感嘆したように息を零した。
城のバルコニーから見下ろした城下町。
そこには、世界中に散らばっていた名だたる魔物が、自らの軍勢を率いて続々と首都の大広場に集まりつつある光景があった。
獣人、悪魔、鬼、巨人、エルフ、ドワーフ、ドラゴン。
その他様々な種族が徐々に集結していく様を眺めていると、自分の為してきた成果が目に視えるようで感慨深い。また、各拠点に配置していた各軍団が整然と行進して参集する様子は、見ているだけでも十分に楽しめる。
このゲームでは【イベント】を行えば、その達成度に応じて軍団の士気や忠誠度、国民の幸福度などが上がる効果があった。
更に記念式典である建国祝賀祭は【特殊イベント】に該当している為、その効果はかなり高い。これをやらない手は無いだろう。
ついでに、最近併合したばかりのオーガ一派の反抗心を削ぐことも出来るので、一石二鳥だった。
よりにもよって、軍団長が勢揃いするこの時期に我が国に喧嘩を売ってくるとは、オーガ一派も大した度胸である。
というか、如何に知能の低いオーガとは言え無謀にも程がある行いだった。
たとえ軍団長が一人もいなかったとしても、あっさりと鎮圧可能な程度の戦力しか率いていなかったボスオーガは一体何を考えていたのか。
……まあ、ボスオーガに積まれたAIが、特に阿呆だったとしか言いようが無いのだが。
「お、第八軍団も来たか。やっぱり竜は目立つな」
上空から舞い降りてくるのは、竜の姿だ。
一体でも街を焼き払える程の脅威である竜が、群れ単位で[アルキマイラ]の広場へと降下していく。
見る者によっては地獄絵図かも知れないが、群れの先頭を征くのは第八軍団長たる赤い竜であり、つまりはこの竜の群れもまた、[アルキマイラ]の軍勢の一部だ。
「俺もそろそろイベント開始に備えるか」
舞い降りる竜の群れを背に、踵を返す。
プライドの高い竜族を手勢に加えるにあたって、かなり苦労したことを思い返しながら『よくもまあ、我が国はここまで来れたもんだ』と軽く感慨深い気持ちになる。
それから執務室にて装備を儀典用に切り替え、数分ほど時間を潰した後、各軍団が整列を済ませているのを<地図>で確認する。演説効果を高める各種舞台装置も設置完了済み。満を持した。
となれば、そろそろ“彼女”が来る頃だろう。
国王側近という役職に指定したNPCの行動パターンを知り尽くしたヘリアンは、執務室の扉に向けてカウントダウンを口ずさむ。
「5……、4……、3……、2……、1……」
ゼロカウントとともに、コンコン、と控え目なノック音。
『入れ』とヘリアンが応えれば、扉が開いたその先にいるのは予想通りの姿だ。
「【失礼】致します、【ヘリアン】王」
静かな声で告げ、入室してきたのは二十歳前後の女性の姿だ。
セミロングの銀髪をウルフカットに整えており、前髪から覗く切れ長な瞳には琥珀色の光が浮いている。また女性としては長身で、その背は170センチ程もあった。姿勢良く背筋を伸ばしたその姿からは『デキる大人の女性』を連想する。
上半身には、左肩から胸を経由して布を巻き付ける胴衣のみを身につけており、右肩やへそが丸出しになってしまっていた。
下半身においても、太もも外側を保護するサブリガの上に、腰布を民族風のスカートのように巻きつけているだけな為、全体的に肌の露出が多い印象を受ける。
しかしこれは、近接格闘戦を好む彼女のスタイルに合わせて機動力を重視した結果であり、いずれもれっきとした超一級の防具として数えられる品々だった。
また、装備に身を包む彼女の頭頂部には、狼系統の獣人であることを示すように、ピンと張られた三角形の犬耳が髪の間から飛び出ていた。更に、腰からはフサフサの大きな尻尾が生えており、ゆるゆると左右に振られている。
彼女こそ、国王側近にして第一軍団の長である、月狼のリーヴェだ。
「【建国祝賀祭】の【式典】の【準備】が整いました。【壇上】へ【移動】してください」
幾つかの重要キーワードを組み合わせて、自動形成された台詞を口にした彼女は、国王であるヘリアンに対し丁寧に頭を下げる。
「【分かった】。ご苦労」
ヘリアンは、出迎えのタイミングを完璧に掴んでしまったことに若干の虚しさを覚えたが、それだけ自分がこのゲームを真剣にプレイしているということだろう。
たかがゲーム、されどゲーム。『何事も取り組むならば真剣に』がヘリアンのモットーなのである。
「では【壇上】へ【移動】する。【付いてこい】」
「【承知】しました」
口頭で発した<鍵言語>に従い、執務室を出たヘリアンの後ろを第一軍団長のリーヴェが追従する。
良く出来たAIに最初はひたすら感心したものだ、とヘリアンはプレイを始めた日の事を懐かしむ。
どうにも、百五十年目という節目の建国祝賀祭を迎えて色々と感傷的になっているのかもしれない。
(さて、演説内容はどうするかな)
歩きながら演説の台詞を思い浮かべていく。
どうせ何を言っても『演説』というアクションがもたらす結果は一定なのだが、そこを拘るからこそより深く世界観に没頭し、楽しめるというものだろう。
時間は有限な消費物であり、どうせなら有効かつ濃密に使うべきだ。つまりはとことん楽しむべきなのである。
(よし。今年は少佐風でいくか。演説と言えばあの人だしな)
壇上まで向かう廊下でヘリアンがそう心に決めた時、それは起こった。
「……うん?」
視界の端にノイズがチラチラと映る。
ダイブ装置との接続率が落ちたのか、と訝しんでシステムウィンドウを覗き込むが正常値のままだ。
はて、と首を傾げていると、影響は視覚に留まらずノイズ音まで聞こえ始めた。
「おいおい、何でまたこのタイミングで。せっかくの式典イベントだってのに……しっかりしろよ運営さん。自国だけじゃなくて、他の国でも建国祝賀祭やってるとこ多いハズなんだけど?」
まあしばらくすれば直るか、とヘリアンは溜息を吐きつつ立ち止まる。
そしてそのまま待機し、ノイズが落ち着くのを待とうとした――その時だ。
「――ッ!? な、なんだッ!?」
突如として平衡感覚が狂った。
廊下に敷かれた赤絨毯が、視界の中で揺れる。
まるで、旧世代のドラム式洗濯機に放り込まれたような錯覚を覚えた。
上下左右の平衡感覚が滅茶苦茶になり、まともに立っていられない。たまらず廊下に座り込む。
「おいおいおいおい、何だこれ!?」
喚いてはみるが、不可解な現象は収まらない。
今度は一瞬の浮遊感を覚えた直後、下から突き上げられたかのような衝撃が身体全体を襲った。まるで、乗っていた車が僅かに空を飛んで堕ちたような感覚だ。
それが合図だとでも言うように、ようやく平衡感覚が元に戻り始めた。ノイズもまた収まり、たっぷり十秒ほど過ぎて視界と聴覚が安定していく。
「やっと収まった……。なんだったんだよ一体。バグか? まさか天災イベントじゃないだろうな」
愚痴りながら立ち上がる。
せっかくの晴れの日に水を差すようなイベント発生はいただけない。
「ヘリアン様! ご無事ですか!?」
駆け寄ってきたリーヴェが、ヘリアンの体を上から下まで注意深く視る。
怪我がないかどうかを診ようとしているらしい。
「ん? ああ【大丈夫】だ。気にするな」
すぐにNPCが行動を起こしたということは、今の現象はバグの類ではないだろう。ということは天災イベントである可能性が高い。
先程の衝撃からすれば大地震か、はたまた隕石の落下だろうか。
どちらにせよ嫌な天災だ。広範囲の施設に被害が出て、復旧に時間がかかる上に市民の幸福度が下がる。
よりにもよって今日かよ、と頭を悩ませながら城の外を窺う。
すると、廊下の窓から見える景色が一変しているのが分かった。
「……は?」
城下町は健在だ。それは良い。ざっと見た限りでは倒壊した建物は見当たらず、火も出ていない。勿論クレーターも見受けられない。
では何が問題かと言えばその外だ。
城下町を覆う城壁の向こう――ただ広い草原が広がっている筈のその場所が、鬱陶とした深い森で染められていた。まるでどこぞのジャングルか樹海のようだ。
「……え、なんだこれ。地形干渉系の極大魔術か?
いや、でも今は第三軍団と第四軍団が首都にいるんだぞ? あいつらの協詠結界を突破出来るような極大魔術なんて単体詠唱じゃ絶対無理だろ。
しかも第六軍団までいるんだから、集団詠唱や儀式詠唱なんてアホみたいに目立つものを事前に察知出来ない筈は無い……とくれば」
これは敵対勢力の仕業ではない。
それなのに、いきなり首都が森に覆われているということは。
「天変地異イベント? もしくは、神の試練イベントか?」
どちらにしても碌でもない事に変わりはない。
「こ、これは……!?」
少し後ろに立つリーヴェが慄いたかのように呟いた。その様子から察するにバッドステータス【恐怖】がかかっているようだ。
珍しい。
彼女は【人物特徴】に【勇敢】を持っているので耐性があるはずなのだが、それでも【恐怖】に陥れるような影響度の高いイベントということか。
これは厄介だ。
「落ち着けリーヴェ。一旦【執務室】に【戻る】。【付いてこい】」
<鍵言語>で追従するようリーヴェに指示し、足早に執務室に向かう。
執務室には通信用アイテムである宝珠が備え付けられている。部屋に着くなり、サイドテーブルに置かれているドデカイ宝珠に手を触れて、すぐさま起動。
これで宝珠を置いてある他拠点と連絡が取れる。
まずはこのイベントの影響範囲がどこまで及んでいるのかを確認すべく、最も手近な拠点に接続しようとしたが、
「……? アクセス不能? いや、そもそも接続先の選択肢が出てこない?」
何故だろう。
このような事は今まで一度も無かった。
アクセス不能なのはまだいい。拠点が既に攻め落とされていたり、敵対勢力によりジャミングされてアクセス出来なくなったことは前にもあった。
だが、接続先としての選択肢そのものが出てこないというのはどういうことか。
ヘリアンは訝しみながらも<地図>を開く。
「……ハァッ!?」
無い。無かった。いや<地図>自体はあったのだが、そこには支配下に治めている拠点が一つたりとも表示されていなかったのだ。
それどころか首都以外の全域が、未探索地域を示すグレー色になっている。
世界の隅々まで探索を行い、綺麗に完成した筈の世界地図がグレーに染まり、その中にポツンと首都が描画されているだけになってしまった味気のない<地図>にしばし唖然とする。
これは本格的にバグだろうか。
超大国となったアルキマイラに、探索できていない場所などある筈が……いや、
「そういえば聞いたことがあるな。確か、ワールドは一つの大陸でしかなく、実は一つの惑星に複数のワールドが存在してるとかしてないとか……」
このゲーム[タクティクス・クロニクル]は、一つのオープンワールドに全てのプレイヤーが勢揃いするのではなく、幾つかのワールドに一定人数のプレイヤーが参加する仕組みになっていた。
そしてこのゲームは、プレイヤーの数だけ楽しみ方がある。
配下を育てて大国へと至る、という基本コンセプトこそ守らざるを得ないものの、プレイスタイルはそれこそ十人十色だ。それ故に、時間が進むに連れてワールド毎の特色が出たりする。
とあるワールドでは、建国以来、軍事方面を放ったらかしにして内政に国力を全振りするという馬鹿みたいなプレイヤーが居た。
その名も[ザンクキングダム]……大昔のロボットアニメに出てくる、非戦争主義国家のパロディらしい。
そして、それを面白がるノリのいいプレイヤーがそのワールドには多かったらしく、[ザンクキングダム]は複数の周辺諸国に守られながら、ただひたすらに技術研究などの内政に特化した内政大国としての道を歩み続けた。
そして彼らは――宇宙へと旅立った。
『え、馬鹿じゃねーの』
『なんで大気圏突破してんだ』
『これファンタジーゲームじゃなかったっけ』
『俺らがゴブリンとバトってる傍らでなんかSFが始まった件について』
『一人だけ違うゲームやってんぞオイ』
『文明格差ワロタ』
『ねえ待って。うちの国の上になんか浮いてる気がするんだけど、アレってまさか衛星軌道砲じゃないよね?』
専用掲示板がお祭りになり、阿鼻叫喚のチャットが飛び交う騒ぎになった。
そんな超文明国家となった[ザンクキングダム]が、成層圏に浮かばせた魔導人工衛星から惑星を観測したところ、別の大陸を発見したという。
その大陸は自分たちの国がある大陸と同程度の大きさであり、ジャミングされて鮮明には見えないものの、幾つかの国家らしきものを確認したとのことだ。
つまり、それまで『ワールド=一つの世界』とばかり考えられていたが、実は一つの世界に幾つかの大陸が存在しているのではないかとの推論が急浮上したのだ。
残念ながらヘリアン率いる[アルキマイラ]は、別の大陸を発見出来ていない。
天地開闢以来常に発生している大嵐により遠洋を突破出来ておらず、未だ世界が丸いことすら確認出来ていない状態だ。
だが、大嵐を抜けたその先に別の大陸が存在していても、何もおかしくはない。
そして今、ヘリアンが目にしている<地図>が未探索地域を示すグレー色に染まっているということは、自分が治めている[アルキマイラ]が全く探索出来ていない、未知の大陸であるという事実を示している可能性が高い。
つまるところ、これは……、
「強制転移? 神の試練イベントで、首都ごと何処かの大陸に転移させられたってことか? うわ、マジか」
建国祝賀祭という一大イベントに被せてくるなんて正気か、とゲームの運営チームを恨む。
「……いや、待てよ」
しかし考え方を変えるならば、これは一概にバッドイベントとは言い切れないのではなかろうか。
我が国[アルキマイラ]が超大国となってもはや久しい。未探索領域など残っておらず、ゲーム時間でのここ数十年は連合国との戦争や内政にばかり取り組んでおり、冒険らしい冒険はしていない。
しかし、ここで未探索領域が新たに出てきたとあれば是非も無し。
未だ見ぬ国や資源を求めて再び探索プレイを行うというのは、なかなかにワクワクするシチュエーションではある。
柄にも無くゲームプレイ初日の事を思い返し、自分の手で未知を切り開いていたあの頃を懐かしんでいたこともあってか、意外にすんなりと考え方を切り替えることが出来た。
それに考えても見ろ。
各拠点に自国の戦力を分散させてはいたものの、建国祝賀祭の為に各軍団長とその主戦力は首都に呼び戻している。
その状態からの新大陸でのリスタートは、いわば“強くてニューゲーム”だ。
この大陸にも既存プレイヤーの大国があるかもしれない、という懸念はある。
しかし一方で、自分が抱えている戦力は[ワールド№3]において完全な一強となった超大国アルキマイラが誇る精鋭達だ。いくらでもやりようはあるだろう。
とくれば……
――百五十年目の建国祝賀祭にて、新大陸へ飛ばされた王とその精鋭ら。
――しかし、王率いる精鋭軍は新大陸においても目覚ましい活躍を遂げ。
――未知なる資源を手に、愛すべき国民の待つ旧大陸へと凱旋を果たす。
おぉ。
試しに未来図を思い描けば、これはなかなかに滾るイベントではなかろうか。
「ク……クク、ク」
ワクワクが止まらない。
やってやろうじゃないか、という気になる。
押し殺した笑みがヘリアンの口端から溢れた。
「へ、ヘリアン様? どうかされましたか?」
リーヴェが不安そうな視線を向けてくる。
今まで見たことのない新鮮な表情と仕草だった。
……そうか、リーヴェは【恐怖】状態だと、こんなにもしおらしくなるのか。
普段の姿とのギャップがあって悪くない。しかもかなりリアルな仕草だ。運営会社のAI担当チームは実にいい仕事をしている。
「リーヴェ。どうやら我が国の【首都】は【イベント】により【強制転移】させられたようだ。となれば、まずは国の現状を把握する必要があるだろう。
私はこれから【各軍団】へ最低限の【指示】を送る。お前もまた【各軍団長】と【連絡】を取り、【情報収集】をして【現状】の【把握】に努めよ」
「……ッ! 承知しました。ご随意に」
深く礼をして立ち去るリーヴェを見送り、タッチパネル式の空中投影ディスプレイを表示させた。
命令発信用の戦術仮想窓を呼び出し、各軍団へと矢継ぎ早に指示を出す。
第一軍団は従来通り、王の補佐。
第二軍団は住民の安否確認と、治安維持に従事。
第三軍団は怪我人の治療、及び外壁に沿った首都結界の点検と維持。
第四軍団は魔術による都市外の遠視と調査。
第五軍団は第二軍団の支援と、損壊した施設があれば第七軍団と共に応急処置。
第六軍団は第四軍団と協力し、内外の情報収集に専念。
第七軍団は各施設の点検と修復。
第八軍団は首都圏内の上空から偵察と周辺警戒。
だが、何れの軍団も国外を刺激するような行動は固く禁じる。
まずは国内の現状把握を最優先。
これを基本方針として、後は各軍団長の指示に従い臨機応変に対応。
一通りの命令を発信した後、椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見る。
「面白くなってきた……ッ!」
誰もいない執務室で、ヘリアンは挑むような笑顔を浮かべた。
・読んで頂き、ありがとうございます。
・既に20万字以上のストックを用意しているので、一章完結まで【毎日更新】します。
・ご感想募集中です♪ よろしくお願いいたします。
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