日経サイエンス  2018年2月号

日本版「量子」コンピューターの選択

古田彩(編集部)

11月20日,内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT) は,NTTなどと共同で,「世界最大規模の量子コンピューター」を開発し,誰でもインターネットを通じて利用できるクラウドサービスとして提供すると発表した。

 

量子コンピューター研究は3年前,米国の研究グループが発表した1本の論文をきっかけに様相が一変した。グーグルはこのグループを引き抜いて研究を本格化し,IBMほかIT大手やベンチャー企業,有力大学が研究を加速。それまで20年間にわたって数個にとどまっていた量子ビットの集積度は,今や50ビットに届く勢いだ。中国,米国,EU,オランダ,英国,スウェーデン,オーストラリアも,相次いで大型の研究開発投資を進めている。

 

今回の発表で,日本もいよいよ量子コンピューターの開発競争に参入したと思った人も多いだろう。だが,それは事実と異なる。この「量子」コンピューターは,量子を利用した計算はしておらず,現在のCPUと同じ古典的な計算をするコンピューターだというのが,専門家のほぼ一致した見解である。量子コンピューターの別タイプではなく,むしろ新規の光アナログコンピューターだといえる。

 

だから無意味だというわけでは決してない。量子コンピューターは研究が加速しているとはいえ,いまだ実験段階だ。実用機ができるまでには数十年かかるだろう。量子でなくても,現在の半導体コンピューターより高速に動作するマシンなら意義は大きく,今回のマシンは,まさにそこを狙っている。

 

だが,量子コンピューターの代わりにはならない。AIの進展とともに,コンピューターが扱うデータ量は,今後爆発的に増えると予想される。医薬品や新材料などはいずれ,すべて原子レベルで設計されるようになるだろう。その基本となるのは量子力学であり,量子コンピューターは,あらゆる量子力学過程を効率的に再現できる汎用コンピューターであることが理論的に示されている。技術的なハードルが極めて高く,いつ実現できるかわからないにもかかわらず,量子コンピューターの研究が拡大している理由はそこにある。現在のコンピューターと同じ土俵にいるImPACTの「量子」コンピューターとは比較できない。

 

文部科学省はこのマシンを,今後の量子コンピューター研究の中核に据える構えだ。もしそうなったら,量子コンピューターを研究していると標榜しながら,実際には古典コンピューターの性能向上を進めるという,名と実の乖離が起きることになる。 (続きは誌面で)

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