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「老いる受刑者 変わる刑務所」(時論公論)

清永 聡  解説委員

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政府は、12月15日に「再犯防止推進計画」をまとめました。ポイントの1つが、高齢者への対策強化です。
実はいま全国の刑務所で高齢者の割合が急激に増え続けています。

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受刑者の年齢別の内訳です。30年前は20代と30代だけで全体の半分を超えていました。一方、65歳以上は1%あまり。つまりほとんどいませんでした。
それが今では若い世代の割合が減少しています。反対に高齢者は大幅に増えています。社会全体の高齢化のせいだと思われるかもしれません。しかし、65歳以上の受刑者の割合は30年前の10倍です。さらに受刑者の全体数が減っているのに、65歳以上だけは数も8倍近く増えています。高齢化よりもはるかに急カーブです。
高齢化する刑務所で何が起きているのか。そして解決策は何かを考えます。

【解説のポイント】
解説のポイントは2つです。

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刑務所はいま医療、あるいは福祉施設化が進んでいます。その現場を訪ねてきました。
そして高齢の出所者を再び社会とつなぐための取り組みと今後の課題です。

【東日本成人矯正医療センター】
私が最初に訪れたのは、東京・昭島市に完成したばかりの日本最大の医療刑務所「東日本成人矯正医療センター」です。18年1月から運営を始める予定です。

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医師の数は16人。最新の設備が整えられています。人工透析室は30人が一度に透析を受けることができます。こうした光景は、とても刑務所とは思えません。
個室にはベッドが置かれます。ベッド数は400あまり。こうした施設も急激な高齢化に対応するために整備されたものです。

【黒羽刑務所】
1300人が収容されている栃木県の黒羽刑務所です。

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敷地の中の渡り廊下です。ここは段差をすべてなくしてバリアフリーにしました。手すりも設置しています。

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作業場です。黒羽刑務所は11%が高齢者。最高齢は86歳です。ここで作業するのは半数以上が高齢者だということです。車いすの人もいます。ここでは牛の置物を作っていますがリハビリ作業のような印象も受けます。

黒羽刑務所ではさらに、塩分に配慮した食事や、かむ力が弱い受刑者のために細かく切った療養食やペースト状の食事も作っています。
食事や生活の介助も職員と若い受刑者が行います。職員は講師を招いて介護の実習も行っています。

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各地の現状をみると、刑務所がもはや医療施設や福祉施設のような役割になっていると感じます。

【なぜ増え続けるのか】
しかし、なぜ、高齢の受刑者は急激に増え続けているのでしょうか。
これまで先進国では一般に、犯罪は若い世代が中心で、年をとるほど犯罪はしなくなると考えられてきました。福祉制度があること、それに年齢を重ねると家族を持つなど社会との関わりが増えて、反社会的な行動を取らなくなることなどが理由だとされていました。
ヨーロッパの各国と比較しても、日本は高くなっています。

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ただし、犯罪者といっても日本で検挙される高齢者の半分以上は、万引きです。しかも犯罪を繰り返す者が多いことが特徴です。2年以内に再び刑務所に入る高齢者は4人に1人に該当する割合です。中には、自分で「刑務所に入った方がいい」と万引きなどを繰り返す者もいます。

「犯罪を繰り返す受刑者に対策など必要ない」という意見もあるでしょう。しかし、刑が満期になれば刑務所を出なければなりません。
平成18年には、山口県のJR下関駅が放火される事件がありました。火をつけた高齢者は、1週間前に刑務所を出たばかりで行き場がなく、「再び刑務所に入ろう」と犯行に及んだということです。再び犯罪を起こせば、結局、治安は悪化していきます。
政府は安全、安心な社会のためとして再犯を減らすことに力を入れています。そのためには出所した高齢者が事件を繰り返さないようにする取り組みが欠かせません。

【福祉へと舵を切る刑務所】
いま、全国の刑務所は福祉の専門家を職員に採用し、社会につなげる新たな取り組みを始めています。
黒羽刑務所で、唯一の福祉専門官として働いているのが、平間由紀さんです。平間さんの仕事は主に2つあります。

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1つは受刑者への教育です。高齢の受刑者に週1回授業を始めています。自分が利用できる福祉制度や、計画的なお金の使い方など、社会生活の基礎的な知識を教えています。これは「社会復帰支援指導プログラム」という名前で今年度から全国で始まりました。福祉を受け皿にして自分で生活できるようにすることなどが狙いです。

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もう1つが、出所する高齢者の帰る先を捜すことです。平間さんはどこに帰りたいか本人に聞き取り調査を行い、年金や生活保護、障害者手帳、健康保険の取得の方法を教えます。通帳や印鑑を一緒に作ることもあるといいます。
出所した高齢者などをサポートする「地域生活定着支援センター」という組織が全国にあります。平間さんはここに連絡し、公営住宅や老人ホームなど高齢者向けの施設を捜してもらいます。
いろいろな事情でセンターの支援の対象にならない場合は、平間さんが自分で受け入れ先を自治体などと交渉します。病気であれば入院できる病院を捜すこともあります。

黒羽刑務所を出所した高齢者は昨年95人。まだ全体の一部ですが、平間さんや担当する職員たちは、こうやって身寄りがない人を中心に毎年20人ほどが新たに生活する場所を全国に作っています。
こうした取り組みは、罪を償うという刑務所の考え方とは大きく異なります。しかし受刑者が急激に高齢化する現状では、福祉へと大きく舵を切ることもやむを得ないでしょう。

【地域と自治体の協力を得るために】

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閣議決定した「再犯防止推進計画」には、政府の様々な取り組みが盛り込まれています。しかし出所した人を社会に受け入れてもらうためには、まず地域の理解と協力も不可欠なはずです。
計画には自治体との連携の強化なども策定されていますが、現状は市町村の協力が必ずしも得られず、出所する高齢者の戻る場所を見つけられないケースが少なくありません。
犯罪者の更生は長い間、国の責務だと受け止められてきました。今後は自治体も地域ごとの「計画」を作ることが努力義務になっています。ただし政府は、自治体や地域に一方的に役割を担わせるのではなく、積極的に支援を行い、互いに協力し合える仕組みを整えることが必要です。

去年、刑務所で死亡した受刑者は275人。6割が高齢者です。刑務所で人生を終える受刑者が増えることに、職員はやりきれない思いを感じると話しています。
寒くなるこの時期には、「刑務所に入りたい」という高齢者も後を絶ちません。彼らにとっては、私たちの暮らす社会の方が刑務所よりも生きづらい場所になっているのでしょう。
高齢化する受刑者を減らすためには、刑務所が変わっていくのと同時に、私たちの社会も立ち直りを支援できるよう寛容さが求められます。

(清永 聡 解説委員)

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