イスラエルも、内部の政治闘争が激しい。仲の悪いリクード(右派)と労働党(左派)、どちらも単独過半数の議席を獲得できず、連立政権が続いた。パレスチナと平和協定を結んだラビン首相が過激派に暗殺されるくらいに、強硬派と穏健派の対立も厳しい。しかし安全保障上の危機が迫ると、驚くことに声をそろえる。50倍の人口を抱える周辺のアラブ諸国を相手にしようと思ったら、その道しかないのだろう。
「朝鮮は大国のはざまにあるがゆえに、いつも誰かに頼って生きていくのが当然だから…よその国の力を借りて、互いに自国の人間を害そうとすることがよく起こるのだ。国内で清国党が盛んだと思うと、日本党もあり、アラシャ(ロシア)党もあり、互いに争っているせいで騒乱が数多く生じているのだ」。1897年、独立新聞は社説でこのように慨嘆した。当時、清・日本・ロシア領事館を訪ねてはぺこぺこし、内輪でけなし合い争った結果が、1910年の国恥(日韓併合)だったことは皆が知っている。それでも韓国人は、相変わらず「内輪の戦いでは鬼神のごとく、外敵との戦いでは愚者のごとく」なのだ。