『いえのかぎ』問題、当初は海外のサイトでポツポツ取り上げられる程度でしたが、次第に複数の国内メディアもニュースとして報じ、ここ数日で多くの人がSNS等で話題にするようになりました。
問題の概要
あらためて問題の概要を説明すると、個人サークル活動漫画屋制作の全年齢向けビジュアルノベルゲーム『いえのかぎ』は、海外最大手のゲームストアSteam(運営:Valve)でリリースされることが決まっていましたが、突如としてストアのページがValveによって削除されました。これを受けて本作のパブリッシャーであるHenteko Doujinがその経緯をSteamコミュニティ上に公開し、賛否両論の議論が巻き起こっているという状況です。
「明らかにロリコン向けの絵柄だ。なら仕方がない」
「主人公は女子小学生を盗撮する犯罪者? なら仕方がない」
「決定権はストアにある。おとなしく他所で売ればいい」
否定的な意見の代表としては、このようなものがあります。
しかしパブリッシャーがそもそも、何を問題点として挙げているかを把握していない方が少なくないようですので、完全な第三者の立場から解説させてもらおうと思います。なお私自身は『いえのかぎ』を未プレイということもあり、表現やマーケティングの妥当性などについては一切この記事では触れていません。
Steamでゲームをリリースするには
この問題を理解するには「Steamでゲームをリリースにはどんなプロセスが必要なのか」をまず把握する必要があります。
Steamは世界中の大手ゲームメーカーがこぞって大作を投入する一大ストアですが、そんな中でも個人開発者、小規模のインディーゲームチームにも門戸を開いています。それがSteam Directと呼ばれるシステムです。前払い料金と必要な書類を用意することで、誰でもSteamでリリースすることができます。
そして当然、ゲームの審査があります。ストーリー概要、絵柄を確認できるスクリーンショット、プロモーションビデオなどに加えて、実際に起動したらどんな感じなのか、Valve自身の手でチェックされます。手順5を引用してみましょう。
ストアページとゲームビルドが公開できるようになる前に、簡単なレビュープロセスがあります。Valve側でゲームを実行して、ストアページを確認し、設定が正しいことと有害なことが無い状態で期待通りにゲームが実行できることを確認します。このプロセスには 1-5 営業日かかります。
前もってお金を取るくらいですから、この審査が適当なわけはありません。主人公の設定、絵柄など、作品の基本的な要素をValveはすべて承知したはずです。
そして『いえのかぎ』はこのプロセスを完璧にクリアしました。「既にValveによって行われたストアレビューとアプリレビューを通過し、ローカライズと調整さえ済めば直ちにリリースができる状態であった」とパブリッシャーが説明しているとおりです。
「どうして我々の作品を認めてくれないんだ!」
と身勝手な声を上げているわけではないのです。なぜなら最初にまったく問題なく認められたのですから。
Valveは突如、それまでのすべての決定を覆した
以上のことから、パブリッシャー側には何ら落ち度がないことがわかります。
パブリッシャーが最大の問題としているのは「なぜ突如、それまでのすべての決定を覆したのか」という点なのです。
漫画でたとえればわかりやすいでしょうか。企画書とプロットをしっかりチェックしてもらい、数話分のネームもできて、編集部から連載のGOサインが出た。それから頑張って数話分の原稿を完成させ、続きのネームにも着手した。なのにいきなり「ごめん、やっぱなし」と連載できなくなった。
漫画家としては「わかりました。仕方ありませんね」で済ませられる問題ではないでしょう。なぜそうなったかの説明をする義務が編集部にはあるはずです。
リリースの日が近づく中、Valveはパブリッシャーに一通のメールを送付します。
11/29、私達のもとにValveよりプロットの提出とこの作品が想定しているターゲット(Audience)の説明を求めるメールをが届きました。すぐに返事が欲しいことでしたので、私達は取り急ぎ日本語のプロットを提出しこの作品のターゲットが主に子供にまつわる社会問題に関心のある人々および、子供好きな人々である旨、そして疑問があればどんなことにも答える準備がある旨を伝えました。
ところがValveは「我々はこのタイトルをSteamに持ち込むことに関心がない」と返答したのみで、予告なくストアページを削除しました。現在は解除されていますが、開発者ページへのアクセスも禁止したそうです。なおSteam Directに支払った金額は払い戻されました。
パブリッシャーからの再三の問い合わせに、Valveはようやく「この作品が幼児性愛者(pedophiles)を対象としていると判断したため」と返答しましたが、これが十分な説明とはとても思えません。じゃあ最初にレビューを通過させたのは何だったのだ? という話になります。どんなゲームなのか充分に把握した上でOKしたのではないのか? パブリッシャーがそう抗議するのは当然ですし、その権利があります。
もし最初から拒否していたのなら、パブリッシャーはここまで声を上げてはいないでしょう。そういう方針なのだなと納得したはずです。しかし繰り返しになりますがValveは「合理化された透明」なプロセスを経て『いえのかぎ』――ロリな絵柄で主人公は犯罪者というこの作品を認めていたのです。
事は開発者&ファンとValveの信用問題
Valveは現在も、Henteko Doujinとの話し合いには応じていないようです。この作品が幼児性愛者(pedophiles)を対象としていると判断したため――この通達だけで十分と思っているのかもしれません。
最終的な決定権がValveにあるのは、もちろん誰もが認めていることです。その決定権の中に、
「一度レビューを通過した作品でも、再検討の上でページを削除することができる」
というものが含まれるのかもしれません。
しかしこれでは、期待してリリースの日を楽しみにしていたパブリッシャーとファンが一方的に不利益を被ることになり、またレビュープロセスが杜撰なものであると自ら証明するようなもので、Valveの信用問題に関わるでしょう。
そしてこの問題は、別の開発者にとっても他人事ではありません。それまでまったく問題なかった作品が、ある日突然、よくわからない理由で削除される。そうした可能性があるということです。
もっともApp StoreやAmazon Kindleにおいても、似たような事例は見受けられます。海外の大手プラットフォームと弱小な開発者。その覆しようのない力関係を再認識させられます。だからこそプラットフォーム側には、せめて開発者側と真摯な対話をし、説明責任を果たす義務があるはずです。