アリッサ・ミラノのツイートをきっかけに、世界的にはじまった #MeToo 旋風が、日本にも上陸したみたいですね。
私にもセクハラにまつわる悔しい思い出があります。#MeToo 旋風に便乗して、告白したいと思います。
「セクハラされた」と同期から相談を受ける
それはまだ私が新卒で入社をした会社で働いていた時のころ。入社1年目だったのではないかと思うので、ほぼ20年前の話。私は、父親のコネで入社した大企業に勤めていました。誰もが知ってる超大手企業での出来事です。
同じ部署に、同期の女性がいたのだけど(以下、同期ちゃん)、その子が執拗なセクハラにあっていた。
ある日のこと。仕事中に同期ちゃんから「ちょっと……」と呼び出された。仕事終わりや休憩時間ではなく、仕事中のど真ん中の時間だったのをよく覚えている。きっと、吐き出したくてたまらなくなったのだろう。
同期ちゃんが言うには、
・営業担当者の先輩男性社員(当時40代)と、営業車で同行営業に行った
・その時、外出先で昼間から酒を飲まされた(先輩男性は飲酒運転である)
・営業から帰る車中で、身体を執拗に触られ、ホテルに誘われた
・断ったが、その後も社内メールなどで誘われて困っている
ということらしい。
同期ちゃんは「もうどうしていいかわからない」みたいな顔をして、涙を流している。義憤なのか何なのか、私も怒りが湧いてきて
「俺が上司か組合に話してきてやる!」
と立ち上がろうとした。すると同期ちゃんは
「あまりオープンにしたくないから……黙っていて」と。
「でも、それじゃあ同期ちゃんは泣き寝入りだよ?」
「いいの。私が我慢すれば済む話だから」
一人で我慢できないから私に告白したのだろうのにと思いながらも、本人が望まないのであれば、私にできることもここまでか……と思い、行動に訴えることは控えた。
その後も折りに触れ、同期ちゃんに「セクハラ受けてない?」という趣旨のフォローをするのが、私にできることの精一杯だった。本人もそういう思いをして辛かっただろうけれども、私も何の力にもなれないことが悔しかった。
今思うと性に乱れた社風だった大企業
その会社は、今考えると、かなり性が乱れていたように思う。誰と誰が不倫をしている、という話はひっきりなしに聞いた。
それは年配の社員だけではない。私たちのような新卒や、若手社員の間でもそうだった。私の会社には、若手が集まって1~2週間の泊まり込み研修をする機会が多くあったのだけど、そういう場で、その場かぎりの関係がそこかしこに生まれているのは、私自身も目の当たりにしたことがあった。
そして男性の同期たちは、そういう関係に持ち込んだことを、飲み会の席で武勇伝のように自慢をするのが常であった。
部内の飲み会をする時は、必ず部長の横には若い女性社員が座ることになっていた。だから若い女性社員は、事実上、飲み会は強制参加。その指示をしていたのは、他ならぬ課長であったりもした。
上述の同期ちゃん以外でも、先輩男性社員から露骨にホテルに誘われたという同期の女性社員を、もう一人私は知っている。
私はその後、転職を何度かして、ぜんぶで5つの会社で働いた。でも、セクハラがここまでひどかったのは、この会社だけのことであった。それは大企業であり、従業員数が多いので、セクハラ案件の絶対数も多いから目につきやすい、ということもあったのだと思う。
セクハラとDVは同根ではないか
何も私はここで、セクハラを糾弾すると同時に、社会悪に対して義憤を覚える私を相対的に持ち上げようとしているのではない。私は何度もこのブログで書いているけれども、DV加害者という側面もある。そういう私から見ると、セクハラとDVとは同根ではないかと思える。
そう感じる最大の理由は「立場」にある。セクハラの行為者で最も多いのは直属の上司である。下記の調査によると、セクハラ行為者のうち、20~25%程度が、直属の上司によるものなんだそうだ。
http://www.jil.go.jp/press/documents/20160301.pdf
出典)独立行政法人 労働政策研究・研修機構『妊娠等を理由とする不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査』結果(概要),2016年
そしてDVの行為者は言わずもがな「配偶者」なのだけれども、上司やDV男に共通するのは、自分よりも立場の低いものであるという蔑視、差別意識、そうした意識に根ざした権力や経済力の男女格差といった背景。それが男性による女性への暴力的支配を生み出している。
私もかつては、奥さまに対して「女のくせに男の俺に口ごたえしやがって」という気持ちを持っていたのは素直に認めたい。
表面的には紳士に見えていたとしても、何かをきっかけに心の奥底にある女性蔑視の価値観が作動し、「この女ならば何ををしても許される。なぜなら俺のほうが立場が上だから」といういびつな理屈で、セクハラやDVという行為が生じるのではないかと思っている。
岸勇希氏にも、同期ちゃんにセクハラをした先輩男性社員も、そして他ならぬこの私にも、その根があるのだ。その根を変えない限りはセクハラやDVはなくならないだろうし、そしてその根を変えることは容易ではない。
私は「女のくせに」と心の奥底で蔑んでいた女性の格好をすることで、そのギャップを埋めようとした。そして、こういうこともした。
ある程度はそれで成果が出たように思う。しかし、誰もがこういうことをできるわけではない。容易ではないけれども、そもそもそれがいびつであると気づかない男性がほとんどなのだから、声はあげ続けなければならないのだろう。