田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 以前、保守系の討論番組「闘論!倒論!討論!」(日本文化チャンネル桜)に出たときに、出席者のクレディセゾン主任研究員、島倉原(はじめ)氏が、同志社大学教授の服部茂幸氏の『偽りの経済政策』(岩波新書)を援用して、アベノミクスの雇用創出効果について否定的な意見を提起した。服部氏の上記の本では、第二章「雇用は増加していない」という刺激的な見出しがついた、アベノミクスの雇用創出への否定的な意見が確かに展開されている。

 そこで服部氏は「日本経済は実体経済が停滞しているだけではなく、雇用も労働生産性も停滞していることを明らかにした」(同書93ページ)とある。また同書を読むと、服部氏のいうアベノミクスはほぼ日本銀行のインフレ目標2%を目指す金融緩和政策、すなわちリフレ政策と同じものとみなしているようだ。

 実は服部氏の所論については、以前に学会の依頼で「アベノミクスをめぐる論争―日本は復活したか、それともまだ罠にはまったままか?」という批判的な書評を書いたことがある。冒頭に紹介したように、討論番組などでその所説が利用されるようならば、改めて服部氏の議論を再検討してみたいと思う。実際に、世論やネットの中では、アベノミクス期間中の雇用の改善を否定し、過小評価する傾向があるからだ。
(iStock)
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 もちろんこの連載の読者ならばおわかりだろうが、雇用状況にはまだまだ改善する余地がある。だが、それは雇用の停滞という状況ではない。雇用はアベノミクス導入以前に比べると改善しているし、その成果は金融緩和の持続に貢献している。それに加えて、もちろん海外経済の好調もある。

 金融緩和の雇用改善効果は、国内的には消費増税、国際的には2015年ごろの世界経済の不安定化によって一時期低迷したが(といっても底堅い状況だった)、現状では再び改善の度合いを深めている。ただし、消費の停滞は消費増税の影響が持続しているとみなしていいので、その面から日本の雇用の改善は抑制されてしまっている。

 金融緩和や財政政策の拡大による経済政策を採用することで、雇用状況はさらに改善するだろう。例えば、より一層の失業率低下や賃金上昇、労働生産性の上昇などがみられるだろう。

 さて、服部氏の主張を簡単にまとめておこう。

1)アベノミクス期間で就業者数は増えた。ただし、それは短時間就業者が増えただけで、「経済学上の正しい雇用あるいは就業の指標」である「延べ就業時間」でみるとむしろ減少した。
2)また、実質国内総生産(GDP)を述べ就業時間で測った労働生産性だと、その上昇率はほぼゼロにまで低下している。
3)安倍政権は2%の実質経済成長率を目指しているが、そのためには延べ就業時間を増加させるか、労働生産性を上昇させるか、あるいはその両方が必要である。だが、1)2)により実現は不可能に思える。特に、延べ就業時間増加率は人口構造の変化(現役世代の減少)からゼロとみても楽観的なので、労働生産性次第になる。ところが、2)もほぼゼロなので、安倍政権はその目的を達しない。
4)「労働生産性の上昇なき雇用の改善は、政策の成果ではなく、失敗なのである」(同書94ページ)。