働き方改革によって残業がやりにくくなっているとはいえ、正社員に長時間残業を要請するのはそれほど難しいことではない。企業によっては正社員化に際して基本給を低く設定したり、その後の昇給を抑制するところもある。派遣社員やパートタイム労働者の時給が上昇している局面では、場合によっては全員を正社員にしておいた方が人件費が安くなる。
非正規社員のコスト増加は人手不足という構造的要因によるものなので、長期間にわたって継続する可能性が高い。正社員の雇用環境が変わらない限り、正社員の給与を抑制するという流れも変わらないことになる。
賃上げ分は残業代の抑制で相殺されてしまう
来年の春闘をめぐって連合は4%の賃上げを求める方針を打ち出している。だが企業としては、正社員の人件費しかコストを抑制する材料がなく、できるだけ賃上げには応じたくないというのがホンネである。安倍首相が3%の賃上げを強く要請するなど、企業に対する包囲網は狭まっているので、企業側もある程度までは要望を受け入れるかもしれない。
だが、仮に3%程度の賃上げが行われたとしても、正社員の年収は増えない可能性が高い。なぜなら残業代の減少が賃金の上昇を相殺してしまうからである。
政府は企業に対して長時間残業を抑制するよう求めており、罰則付きで残業時間の上限規制を導入する方針を固めている。大和総研の試算によると、この上限規制が導入された場合、日本全体で8兆5000億円の賃金が抑制されるという。日本における雇用者報酬の総額は約260兆円なので、8.5兆円という金額は日本の労働者が受け取る賃金全体の約3.3%に相当する。
つまり、残業の上限規制が導入された場合、労働者の年収は3.3%減ってしまうのだ。仮に春闘で労使が合意に達し、3%の賃上げが実現しても、最終的には元の水準に戻るだけで現実の年収は増えないことになる。
労働者にとっては、残業が減っても年収が維持されるのは喜ぶべきことだろう。年収が維持されるのであれば、余った時間を余暇への消費に使うといった選択肢も出てくる。だが年収の絶対値は変わらないので、物価が上昇すれば、その分だけ実質賃金は減ってしまう。
こうした状況に対する根本的な解決策は、一般論としては雇用の流動化ということになる。雇用を流動化すれば、転職を迫られる人が増えるものの、賃金は一気に上昇するだろう。だが雇用維持を前提にした今のシステムが継続するのであれば、当分の間、実質的な昇給は実現しないと考えた方がよい。