作家・いとうせいこうが「国境なき医師団」の活動に同行し、世界のリアルな現場を訪ねて描いた傑作ルポルタージュ『「国境なき医師団」を見に行く』。いとうさん本人に、執筆に至るまでの経緯を聞いた。
――この『「国境なき医師団」を見に行く』について、いとうさんは「個人的な取材が本になりました」とツイッターに書かれていますね。
もともと僕は個人的に国境なき医師団(以下MSF)に寄付をしていたんだけど、それに興味を持った医師団から取材を受けて、そのときに自分から逆取材を持ちかけたところから、この本が始まったんです。
毎回原稿を書くと自分でMSF広報の谷口博子さんに送って不正確なところをチェックしてもらって、ウェブにあげるときも、コツコツ自分で見出しをつけて、改行して、写真のセレクトやキャプションづけもやっていた。ギャラが出るわけでもないし。
その意味で僕にとっては、音楽で言えばインディーズみたいな感じだったんですよね。
Yahoo! ニュースに連載していたのだけど、それも、どこで発表しようかと思っていたときにYahoo!に転職した知り合いがつないでくれた。そんなふうに顔を知っている間で善意でつながって成り立っていった連載だから、個人的なものという感じが強いんです。
――タイトルの「見に行く」という言葉には、いとうさんのスタンスがこめられている気がします。
作家がルポを書くということでいえば、取材を始める前に、ベトナム戦争に従軍してルポを書いた開高健の『輝ける闇』などのベトナム戦記を読み直したんですよね。でも、実際に自分が行くのは、MSFの活動地の中でも、紛争の最中のような場所とは違うわけです。
だからいわゆる戦場カメラマン的な取材にはならない。でも、コツコツ地道にやっている支援の現場というのは、意外に知られていないんじゃないか、むしろそれを僕は書きたいと思った。
だとすると、文章も、ピリピリ緊張感漂う感じでもなく、開高さんのように冒険家的でもなく、それよりは、あまりものを知らない人がするっと入っていって訊いて歩いて、感動して「すごいな」と言ってる感じのほうが、かまえずに読んでもらえるんじゃないかな、と思った。そうすれば、僕のやり方で開高さんと違うものが書けるんじゃないかなと思うところがあったんです。
連載中は、ひそかに、開高さんの書いたものが、自分にとっての面白さの基準のラインで、そのラインに達しているかなあ、と思いながら書いていた。いわば「秘密のライバル」として開高健がいたんですよね。だから僕は開高さんにとても感謝しています。