中小企業のウェブ活用の現場における現実をふまえ、中小企業にとっての理想のウェブ制作会社のありかたを考察します。制作技術がコモディティ化し価格下落圧力が高まっている昨今において、ただ作るだけの制作会社では十分な対価を得られるだけの価値を生み出すことができません。いま市場から求められているのは、課題解決と運用支援を高い精度で提供でき、確実に結果を出せる制作会社です。
ウェブ制作の仕事についての反省
僕にとってウェブ制作という仕事は、長い期間にわたって続けてきた仕事であり、とても強い思い入れのある仕事でもあります。僕は今でこそコンサルティングを主業務にしていますが、1999年から2013年までの14年間はウェブ制作を主業務にしてきました。その期間の中には僕が代表としてスタッフを率いていた時期が3年強あり、専門誌に連載を持っていた期間も3年を数え、他の制作会社に技術顧問や取締役のような立場で参画していた時期も4年ほどあります。そして今も、まれに要請があれば制作者として手を動かすこともあります。
現在の僕が制作ではなくコンサルティングを主業務にしているのは、僕のクライアント層である中小零細企業のニーズが変化したからです。2000年前後には作ることだけを求められていたのが、2000年代半ば頃からだんだんと、運用に関する相談を求められることが中心となっていました。中小零細企業にとってのウェブサイトは、2004年頃からのブログブームやCMSの普及という時代の流れに応じる形で、ただ作って公開しておく屋外看板のようなものから、工場や店舗と同様に運用することで利益を生むものへと変化したのです。
クライアントの関心は「結果を出すためにどんなサイトを作るべきか」から「結果を出すためにどんな運用をするべきか」へと変化しました。僕はこの変化に応じる形でコンサルティング業へと業態を転換しましたが、今になって思えば少し安易な決定だったかもしれません。制作の仕事にはやり残したことがあるためです。制作の仕事を中心にしていたときには、制作したサイトが適切に運用されず放置されるケースが少なからずありました。ところが業態転換した今では、同じように制作してもサイトが放置されることはなくなりました。このことで、以前のやり方についての反省が生まれたのです。
サイトの価値を高める取り組みについての反省
制作したサイトがクライアントにとっての利益を生み出すのは納品後です。さらにいえば、納品後にクライアントが効果的に運用してはじめて、その利益は発生します。適切な運用とは、広告などによる実トラフィックを使ってテストを繰り返し、より多くの利益が得られるように最適化と改善を繰り返していくことです。具体的には、LPを含めた広告の最適化であり、商品やサービスについてのより詳細な情報発信であり、また動線やユーザビリティや機能の改善です。市場の状況に合わせて価格やサービスの見直しが必要になることもあるでしょう。いずれにせよ本番は運用時であり、制作ではなく運用によって、サイトは機能します。
例えば問い合わせのメールが一通届くたびに、サイト内で改善すべき箇所が最低でも数ヶ所は見つかります。問い合わせによってサイト内の情報不足やわかりにくさが明らかになり、サイトを改善していくための材料になるためです。アクセス解析を見ても同様に、申し込みや決済の途中での離脱や、直帰すべきでないページでの直帰など、数多くの最適化または改善すべき点があることがわかります。広告アカウントやサーチコンソールからも、最適化や改善のヒントが得られます。こうした最適化や改善を繰り返すことで、サイトはあるべき価値を発揮し、クライアントは投資に見合う利益を得ることができるのです。
納品時のサイトはあくまでも起点であり未完成のベータリリース版にすぎず、そこから最適化や改善を繰り返すことで完成度を高めていくことが必要です。しかし僕は、多くの制作会社がそうであるように、操作方法や最低限の管理方法を伝達するのみで納品し、検収が済んだ時点で業務完了、あとは質問があれば答える、という仕事をしていました。納品したサイトが本来のポテンシャルを発揮できるかどうかはクライアント次第、という段階で手を離していたわけです。これをクライアントの側から見れば、サイトが納品された時点では赤字であり、あとは自分たちで努力して黒字にしてね、と放り出される感覚でしょう。
制作するサイトの価値を高めるための取り組みとして、僕も多くの制作者と同様、実装上の品質を高めることに心を砕いていました。いま思えばこれは自己満足にすぎません。実装上の品質は、ある程度の水準を超えてさえいれば、それ以上はそれほどクライアントの利益に寄与するものではないからです。サイトの価値を高める取り組みとして有効なのは実装ではなく運用です。自分が制作したサイトの価値を十分に発揮させることを望むのであれば、実装ではなく運用支援にもっと注力すべきでした。運用支援を適当に済ませていた僕は、自分が制作したサイトが活躍する機会を自分で潰していたようなものです。
自走できるようになるまで支援すべきだった
僕は何も、運用の代行まですべきだと言っているわけではありません。運用、つまり最適化や改善は、明らかにクライアントの仕事です。実店舗や工場の例で言えば、運用は店長や工場長の指揮下で店員や工員がするべきものであり、設計施工業者がするものではありません。しかし店舗や工場ではそこで働く店員や工員もプロですから、店舗や工場の使い方がわからない、オペレーションの改善をどうすればいいかわからない、といったことは起こらないでしょう。しかしウェブサイトの場合は事情が異なります。サイト制作の依頼者の中には、サイト運用に精通していない人も少なくないためです。
サイト運用についての経験や知識を持たない中小零細企業のクライアントに対しては、その会社の事情に合わせた形で目標達成のための実施可能な運用ロードマップを考え、運用が軌道に乗るところまで支援するべきだったと、今はとても反省しています。本当に残念なことに、こうした考えに至ったのはコンサルティングの仕事に業態転換して日常的に運用支援の仕事をするようになった後のことで、制作を中心にしていたときには正直なところ、それほど深く考えていませんでした。こんなことになった理由は、考えつく限りでは次のようなものです。
運用支援をおこたった理由
- 制作の仕事に対する認識として、クライアントにとっての価値を生み出すことことよりも、納品時の品質を高めることのほうを優先していた。作ることが仕事だと思い込んでいたために、運用によって作ったものの価値を発揮させ高めるということに考えが至っていなかった。
- 自分たちで運用することを前提に制作を依頼してくるクライアントも一定数いて、そうしたクライアントたちは結果を出していたため、納品したサイトを運用せずに放置して結果が思わしくないクライアントについては自己責任であると考えていた。
- 質問に答える程度で支援した気になっていた。積極的に運用できるクライアントは流行のサービスや新しい広告商品などについてのアンテナも高く、自発的に幅広い内容の質問をしてきていたが、サイトを放置するクライアントは質問すべきことそのものが浮かばないという事実に気づいていなかった。
- 改善の役に立てる方法を知らなければデータに意味などないにもかかわらず、アクセス解析やサーチコンソールの設定をするだけで、そのデータを元に改善すべきポイントを抽出し、運用に活かしていく方法をきちんと指導していなかった。
- そもそも僕自身が、サイト運用についてのノウハウをそれほど多く持ち合わせていなかった。とりわけB2Cの小売り業に代表されるような競争が激しく広告展開が必須の業態についてのノウハウを大きく欠いていたため、効果的な支援ができなかった。
制作の仕事をする中で本当に悲しかったことは、制作したサイトが放置されることでした。放置されたサイトは価値を生み出すことがなく、したがって僕が手がけた仕事はまったく無駄になり、クライアントはまるまる損をする、という結果になるためです。自分の仕事が無駄になることも、自分のクライアントが損することも、僕にとっては本当に耐えがたいことでした。貢献を実感できない仕事のむなしさはモチベーションを大きく削ぎます。この結果僕は制作を中心業務にすることをやめ、そもそもインハウス運用ができているクライアントだけを選んでコンサルティングを提供するようになりました。
また僕はこれまで数多く講演の仕事をこなしてきましたが、それらの多くは自治体主催のウェブ活用講座やEC事業者団体主催の勉強会などであり、そうした場では、制作も運用もインハウスで実施することが前提です。こうした場で出会う中小企業というのは、みな手探りの中で試行錯誤しながらインハウスでサイトを運用し、独力で何とか結果を出している会社ばかりです。そういうケースを多く見すぎたことで、またそうした中小企業経営者の知り合いが増えすぎたことで、制作の仕事よりも、独力で頑張っている企業のために運用支援の仕事が必要、と考えるようになったという経緯もあります。
今にして思えば、安易に業態転換するのではなく、同じ業態のまま制作の仕事を突き詰めていくという選択もできたのかもしれません。コンサルティングへのニーズはそれなりに大きなものがあるため、結果的には業態転換は成功だったと考えてはいます。しかしそうは言っても、制作の仕事を適当なところで投げ出してしまったという思いはなかなか拭えません。とりわけ、これからウェブを活用しようという意欲はあるもののノウハウを持たないクライアントに対して十分な貢献ができなかったことが、今となっては最大の反省点です。
とはいえ実際のところ、制作を中心業務にしていた5年前までの僕は、あらゆるクライアントに対応できるだけの運用ノウハウを十分に保有していませんでした。しかし今では、目標設定やロードマップ作成から最適化や改善まで、サイト運用に必要なノウハウをある程度以上の水準で蓄積できたと自負しています。これはコンサルティングを通じてあらゆる業種業態における中小企業のサイト運用の現場を見てきた結果ですが、仮に制作の仕事を中心にし続けていたとしても、運用にフォーカスしていたなら、そうしたノウハウの蓄積は可能だったでしょう。やはり反省は尽きません。
ウェブ制作をとりまく市場の逆風
ウェブ制作というビジネスの現状および今後の展望は厳しいと言わざるを得ません。単に作って納めるだけの仕事の価値は崩壊しかかっており、従来通りの仕事では今後、激しい消耗戦になることは明らかです。ウェブ制作の仕事が転換期にあることはすでに10年以上も前から多くの人の話題となっており、僕自身も折に触れて問題提起をしてきました(*注)が、ここでは今の状況に限って、以下の3つの視点からを整理してみたいと思います。
実装における専門家の優位性の低下
ただウェブサイトを作るだけなら、それがどんなに高度な技術に支えられた高機能なものだったとしても、いまは無料のツールやサービスを組み合わせることで誰でもそれなりのものを作ることができます。実際問題、業務としてウェブ制作をしている会社の多く(僕も)は、既存のCMSを利用し、サードパーティー製のプラグインを導入し、テンプレートの編集やJavaScriptライブラリを利用して機能を実装し、既存のCSSフレームワークで見た目を調整する仕事をしています。こうした作業の部分だけであれば、やっていることは素人とそう変わりありません。
便利なツールやサービスの登場と普及によって、技術的な部分における素人とプロの差はほとんどなくなりました。ツールやサービスのほとんどは非技術者向けに開発されているため、多少の学習コストを負担するだけで、ほとんど誰でも扱うことができます。大学生や主婦のブロガーさんがほんの少しの学習でWordpressを自在にカスタマイズし運用できているのがその証左です。ウェブ制作会社が納品するサイトも、ブロガーさんが自分でカスタマイズしたブログも、このサイトですらも、いずれも既存のCMSを使った簡易なカスタマイズであり、技術的な要求水準は極めて低いものです。
デザインについても同様のことが言えます。美しく使い勝手のよい見栄えを作るためにはある程度のデザイン学習が必要ですが、現状の要求水準は多くの場合それほど高度なものではありません。高い費用対効果を求められる一般的な中小企業向けのサイト制作においては、既存のCSSフレームワークや既存のテンプレートを大きく超える品質で完全に新規開発を求められる案件は希少であり、既存のリソースをカスタマイズすることで早く安く標準以上の見た目に仕上げることが求められているのが現状です。現在の中小企業向けのウェブ制作はもはや、先鋭的な技量を持ったデザイナーが活躍する場ではなくなっています。
無料ないし安価にサイトを持つ方法もあります。たとえば Jimdo を使えば、ブラウザ上から直感的な操作でウェブサイトを制作・更新することができ、知識も技術も費用もほとんど不要です。豊富に取りそろえられたテンプレートからデザインを選ぶことができ、カスタマイズも可能なうえ、フォームや決済などの機能も豊富に装備されており、中小企業がサイト運用に取り組みウェブ活用の肌感覚を得る端緒としては最適です。自分でのカスタマイズに不足を感じれば低価格でプロに依頼することもできます。そしてこの Jimdo は、数ある類似サービスのほんの一例にすぎません。
作業者の供給過多による単価の下落
ウェブ制作技術の習得が容易になったため、制作者の供給過剰で値崩れしているという事実にも目を向けるべきでしょう。1990年代や2000年代初頭までであれば、制作者の仕事道具であるパソコンは40〜50万円ほどもし、Photoshopなどのソフトウエアはそれぞれ数万円、学校などもなく技術習得のためには独学が必須、独習のためのリファレンス本は高価で難解、便利なツールやライブラリも存在しないなど、ウェブ制作技術を習得するためはそれなりの投資と能力が必要で、制作者には希少価値がありました。しかしそれらは過去のことであり、いまや参入障壁は無いに等しく、制作者は供給過剰でありふれた存在です。
フリーランスが集まるランサーズでウェブサイト制作・デザインの依頼を見ると、数千円から数万円の報酬での作業依頼が数多く並んでいます。プロを自認する人々はこれをダンピングだなどと非難しますが、実情として、単なる作業の依頼であればこれが現在の適正ラインでしょう。制作会社が作業人員確保のために依頼側として利用している例が多いことを見ればわかるとおり、依頼したい作業について適切な説明や指示ができるのであれば、一般の中小企業であれ制作会社であれ、こうしたものを活用して手間の部分を安く外注するのは賢い方法と言えます。いまや作業工賃は非常に安価なのです。
次世代のスタンダードになっていく可能性を秘めた先進的なデザインや実装のように、制作そのものに高い価値のある仕事が消滅したわけではありません。しかしそうしたものは世界の最先端を行くごく一部のデザイナーやエンジニアの仕事です。ほとんどの制作者にとっては、多くの人にとって使いやすく迷いにくい実利的で安定的なデザインを、限られた予算を活用すべく既存の便利なツール類を駆使して実装することが仕事でしょう。そのような仕事ができる人は法人もフリーランスも派遣社員も明らかな供給過多ですから、価格下落は避けられません。
市場成熟による運用インハウス化の加速
制作会社のクライアントである中小事業者がウェブサイトに求めるものも成熟しました。彼らの購買層が成熟したからです。彼らの購買層はいまや、B2C事業における消費者であれB2B事業における購買担当者であれ、求める商品やサービスを検討する際にはまずネットで情報を収集します。いまの中小事業者の関心事であり課題は、そうした購買層に対していかに情報を届けるか、そして実際の取引につなげるか、そのために有効でしかも実施可能な戦略戦術はどんなものか、戦術に対する投資とリターンのバランスはどうか、といったものです。
いかに購買層に知ってもらい、いかに自社の優位性を確信してもらい、いかに買ってもらうか、という課題はオフラインでもオンラインでも共通のものです。このようにオフラインとオンラインの課題が一致した昨今においては、オフライン事業の設計もオンライン事業の設計も、ともに経営者の仕事です。そして事業の運営もウェブサイトの運用も、重要な経営課題として同列に扱われるようになりました。こうした市場の成熟によって、スピード感を求めるクライアント企業はサイトの制作および運用の内製化をすすめ、従来は大手企業や中堅企業だけでなく、中小零細企業に至るまでインハウス化の流れが加速しています。
とりわけ運用のインハウス化の流れは激しいものがあります。すべての運用型広告はそもそも、代理店による運用ではなく広告主企業がインハウスで運用することを前提にシステムが設計されています。リスティング広告やディスプレイ広告などの運用型広告は、自分の目で細かく効果を確認し、自分の手で細かく最適化しながら運用することができ、中小企業にとって非常に魅力的です。こうした中小企業が外部に制作を依頼することもありますが、それはクラウドソーシングを使ったバナーやLP制作といった部分的な依頼であり、安価な外注先が求められているにすぎません。
ウェブサイトの実装はモジュール化によって飛躍的に楽になり、ほとんどの案件で高い専門性は不要になりました。技術の円熟化によって作業者の供給過多が起こり、単純作業の単価はどんどん値崩れしています。市場の成熟はクライアント企業の運用インハウス化を急激に加速させました。こうした市場の動きは、多くの制作会社にとって非常に厳しいものでしょう。従来は高い付加価値を持っていたウェブ制作ですが、いまやコモディティ化の一途をたどっており、すでに制作だけで十分な利益を上げることは困難になっています。
この先ほんの数年ならば、価格下落圧力に耐えながら持久戦を戦うことができるかもしれません。しかし5年後や10年後も存続し発展していくことを志向するのであれば、変化した市場に合わせてサービスそのものを見直す必要があるでしょう。コモディティ化した業界における生存戦略や差別化戦略のうち、ウェブ制作業に適応可能なものは、ソリューションの提供やアフターサービスの充実など、ごく一部に限られます。こうした方向に舵を切るか、または退場するかの判断を迫られる時期は、そう遠くない時期まで迫っています。
クライアントの利益に貢献するという大前提
クライアントがウェブ制作会社に依頼するのは利益を増やしたいからです。であるならウェブ制作会社の側も、それに全力で答えなければなりません。そんなことは当然だと思えるかもしれませんし、また、多くの制作会社はクライアントの利益のために働いていると考えていることでしょう。もちろん僕も同様で、十分にクライアントに尽くしていると考えていました。しかしコンサルティングに業務転換してからというもの、制作中心だった頃の僕の考えの甘さを思い知ることが多くなりました。恥ずかしい話ではありますが、反省をこめて少しだけ整理してみます。
ギャラはクライアントが得る利益の一部の先払い
制作もコンサルティングも同様に、クライアントの利益のために働く仕事です。しかし制作の仕事にはウェブサイトという具体的な成果物があるため、仮にそれが役に立たないものだったとしても、クライアントは対価を支払うにあたってある程度は納得してくれます。ところが今の僕がやっているような単発のコンサルティングにはそうした具体的な成果物がなく、クライアントは単に僕の時間を買うのみです。その時間内に正確に課題を把握し、最短で無理なく結果を出す道筋を提示できなければクライアントは損をし、クライアントが損することが続けば市場における僕の評判は地に落ち、生きていけなくなります。
制作の仕事でもコンサルティングでも、クライアントが支払う報酬は「そのサービスを受けることによって将来手にする利益の一部を先払いするもの」です。ただ違うのは、制作の仕事には具体的な成果物があり、コンサルティングの仕事にはそれがない、というだけです。しかしこの違いは様々な勘違いを生みます。本来、価値があるのは手を動かすことそのものではなく、その結果がクライアントにもたらす利益のほうです。にもかかわらず、手を動かせば当然そのぶんの手間賃をもらう権利がある、というふうに考えてしまうのです。制作の仕事をしていたときの僕は、結果に対する意識が相当甘かったと言わざるを得ません。
僕たちが提供しているものの本質は、クライアントに利益をもたらす解決策です。解決策を提供するにあたって技能や作業も必要になりますが、それらはあくまでも解決策に付随するものであって、提供しているものの本質ではありません。このように考える理由は、提供するものは技能と作業である考えだった場合、先にウェブ制作をとりまく市場の逆風で示したような陳腐化や価格下落の影響は避けられないためです。単なる作業であれば、それがいくらかの技能を必要とするものだったとしても、クラウドソーシングなどを使っていくらでも安く調達できます。
制作したサイトが利益を生むものであれば、クライアントはその得られる利益に見合う報酬を喜んで支払うでしょう。また、利益をもたらした実績をもって追加の提案を行えば、クライアントはその提案を喜んで受けいれるでしょう。そうした信頼関係が構築できれば、クライアントと制作会社は共に、安定的で継続的な成長をわかちあっていけるでしょう。こうなってはじめて、ウェブ制作にかかる支出は仕方なく支払うコストから、さらなる利益を得るための投資となります。逆に、どんなに美しく高機能で手間のかかったサイトだったとしても、クライアントが利益を得られないなら、そのサイトに価値はありません。
必ず結果を出す責任
クライアントは結果を求めて依頼するのですから、その仕事を引き受ける限り、クライアントの投資に見合うリターンを何としてでも出さなければ信用問題です。仕事を請けることとは、つまり結果を約束することです。契約内容では単に制作を請け負うのみであって納品が済めば契約満了となっていたとしても、仕事上の良心として、また仕事への責任として、期待を下回る結果しか出なければ道義的責任が発生します。もちろんクライアントとしても、結果が期待を下回れば追加の提案を求めることもないでしょうし、次回の依頼もなく、それどころか悪評を広げることすらあり得ます。
それも当然のことで、納品したサイトがクライアントにとって期待した利益をもたらさないものだった場合、クライアントが被る損害は甚大だからです。制作費用として支払った数十万円から百数十万円という金額もちろん、機会損失や非効率な運用なども含めれば、結果が出ないサイトによってクライアントが被る被害は甚大なものとなります。ウェブ制作は中小零細企業に死活問題とも言える損失を与える可能性のある仕事です。クライアントがウェブ制作会社から被る可能性のある損失には次のようなものがあり、僕たちはこの責任をよく自覚する必要があるでしょう。
ウェブ制作会社がクライアントに与える可能性のある損失
- 制作のために支払った金額と、その金額を他に投資していれば得られたはずの利益
- 原稿や図版の準備に費やした人件費と、その時間に別の仕事をしていれば得られたはずの利益
- 期待通りの利益をもたらすサイトであれば得られていたはずの利益
- 非効率な運用のために費やした人件費と、その時間に別の仕事をしていれば得られたはずの利益
- 新たに期待通りの利益をもたらすサイトを作り直すための金額と、その準備のためにかかる人件費
制作会社は契約書に守られていますから、上記のような損害をクライアントに与えたとしても、実際に損害賠償を求められるようなケースに出会ったことはありませんが、だからといって道義的責任までは免れるわけでもありません。多くの中小企業は少なくとも一度はウェブ制作会社に依頼したことがあり、そのうち少なくない割合が大きな損失を出しています。その結果、多くの中小企業はウェブ制作会社に根強い不信感を持つに至っていますが、これは今まで無責任な仕事を続けてきた僕たちの責任です。信頼回復には大きな困難をともないますが、今後きちんと責任を果たし続けることで埋め合わせていくほかありません。
僕がこれまで講演の仕事で各地を訪れる中で、失敗した中小企業経営者が「制作を外注するのはもう懲りたよ、高い授業料だった」と笑いながら、具体的な社名を出して火の出るような悪評で経営者仲間に注意喚起をうながすようなシーンを何度も見てきました。行政や商工会やEC事業者の任意団体が主催するような勉強会では、すでにウェブ制作会社の信用は地に落ちています。こうしたものを見聞きするにつけ僕は萎縮し、最終的には結果を出せる確信がなければ請けないという消極的な方向に進みましたが、確実に結果を出していく方法を知っていればまた別の道があったと今は考えています。
制作会社の側もクライアントの側も、ともに未成熟で手探り状態だった過去においては、全面的に制作会社だけが悪かったとまでは思いません。しかし十分に市場が成熟した今は事情が違います。制作会社が依頼を請けるなら、それはそのクライアントのために結果を出すための十分な能力を保有しており、実際に結果を出すことが前提です。期待されているものを提供することや、そのために必要となる知見を蓄積しアップデートし続けておくことは、制作会社に課されている当然の責任でしょう。僕たちはきちんと責任を果たしていくことで信頼回復に努めていかなければなりません。
クライアントの主体性を引き出す
ここまですでに何度か述べているとおり、サイトは適切に運用してこそ利益を生むものです。そして運用の主体はクライアントです。制作したサイトが本来持っているはずの可能性を十分に発揮するためにはクライアントによる運用が不可欠であり、結局のところクライアントの運用次第でサイトの成否が決まります。だからこそ僕たちは、自分たちが納品したサイトの価値を最大限に引き出すためにも、何らかの形でクライアントの運用を支援しなければなりません。しかしこれはあくまで支援であり、主体はクライアントにあるということを忘れてはいけません。
すでに運用経験を豊富に持っているクライアントですら、より多くの結果を得るための運用の効率化を課題にしており、僕のようなコンサルタントを頼っているのが現状です。運用について知識も経験も乏しいクライアントに対するのであれば、運用方法を指導する必要があることはもちろんですが、そもそも運用の重要性から伝えていく必要があるでしょう。ニーズが潜在的であるか顕在的であるかに関わらず、効果的な運用支援に高いニーズがあることは確実です。そのニーズに答えるためには、制作会社のウェブサイトにおける情報発信のあり方を見直す必要があります。この際のポイントは4点あります。
制作会社が運用についてサイト上で発信すべきこと
- サイトの成功のためには、クライアントが主体性を持って最適化や改善などの運用に取り組むことが不可欠であることを明示する
- 現時点で運用についての知見を持たない新規クライアントであっても適切な支援を受けられることをアピールする
- 既存クライアントの役に立つ運用ノウハウを発信し、それを継続的にアップデートしていくことで、支援体制も知見も十分に保有していることをアピールする
- クライアントによる運用の成功例とそのノウハウをサイト上で共有し、成功のためにはクライアントの運用が不可欠であることをアピールする
使い古された言い方をするなら、つまりこれはコンテンツマーケティングです。その手法の詳細についてはいずれ別の記事で紹介しますが、コンテンツマーケティングですべきことは、クライアントのペルソナを作り、そのペルソナが多種多様な課題に直面しては解決することを繰り返しながらサイトを運用し成功に至るというサクセスストーリー型のカスタマージャーニーマップを作り、その中で直面する個々の課題と解決策をコンテンツとして作り込んでいく、というごく単純なものです。そうしたコンテンツは見込み客を誘引する力に優れ、単にアクセスを増やす以上の働きをします。
ペルソナは経営者や担当者といった立場によっても変わるでしょうし、B2BやB2Cといった業種や業態によっても変わるでしょう。あまりに多様すぎて尻込みしたくなるかもしれませんが、まずはターゲットとなるペルソナから始めれば簡単です。B2Bの製造業が得意でそれをターゲットにしたいのであれば、そのペルソナで課題解決のサクセスストーリーを作るのです。もしそれだけの時間や手間をかけることができないのであれば、事例集を使うというより簡単な方法もあります。
たいていの制作会社のサイトを見ると、美しくデザインされたサイトが並ぶ制作事例集があります。そこではクライアントの事例ごとに、目標や期待する効果、コンセプトや使用技術など、制作会社が頑張ったポイントが語られていますが、実際のサイトを見にいくと納品時から何も変わっておらず放置されている、ということがよくあります。制作会社がいくら制作時に頑張ったとしても、納品後そのまま放置されたり、効果的でない運用がされていたりしたのでは、納品したら終わりという事実を事例集でアピールしているようなもので本末転倒です。
事例を紹介するなら「弊社クライアントの成功事例」のような形で、制作会社が頑張ったことよりも、クライアントが頑張ったことがまとめてあったほうが、未来の顧客にとって有用なコンテンツになり得るでしょう。何をどう頑張ればそのような結果が得られるのかが、わかりやすくなるからです。僕自身のウェブ制作における成功事例や失敗事例を見る限り、成功事例と言えるものはすべて、企画時点から運用までのクライアントの主体的努力があるものばかりです。そうしたクライアントの成功事例こそ紹介する価値があるのではないでしょうか。いずれにせよ、常にクライアントを主体におく姿勢が重要です。
クライアントの課題を正しく理解し、解決への道筋を立てる
成果の出るデザインで成功をサポートする、のような謳い文句は、いまやウェブ制作会社の常套句です。ところがその多くは風呂敷ばかりが大きく中身がないために、謳い文句に騙されて失敗したクライアントが市場にあふれ、中小企業の間ではウェブ制作会社に対する不信感と警戒感が蔓延しています。確実に結果を出すためには、クライアントの課題を正しく理解することと、その解決に向かって確実に実施できるクライアントの状況に合った運用計画が必要です。
クライアントの課題を正しく理解する
ウェブ制作は課題解決型の事業です。そして課題解決の第一歩は、クライアントが抱えている課題を正しく理解することです。しかしここで問題となるのは、クライアント自身の課題認識が必ずしも正しいとは限らないということです。ウェブ制作会社へのオファーは当然「ウェブサイトを作ってほしい」というものでしょうが、ウェブサイトは数ある手段の一つでしかありません。まずは目的である、クライアントが解決したいと考えている課題のほうを正しく理解しなければなりません。「ウェブサイトを作ってほしい」というオファーの裏側に潜んでいる課題のほうを先に探るのです。
20世紀の有名なマーケティングの格言に「ドリルを買う人が欲しいのはドリルそのものではなく『穴』である」というものがあります。この例でいうなら、ドリルは単に手段の一つであり、目的は穴です。ドリルが欲しいというオファーだったとしても、そのまま最適なドリルを提案するのではなく、最適な穴を見極め、そのための最適な手段(それは円切りカッターかもしれないし打ち抜きポンチかもしれないしすでに穴の空いた素材かもしれない)を提案するのがプロです。
クライアントがウェブ活用にあまり詳しくない中小企業だった場合、「ウェブサイトを作ってほしい」というオファーがあったとしても、目先の手段(ホームページ)に目が行ってしまい、本来の目的(解決すべき課題)が見えなくなっているということが往々にしてあります。クライアントが抱える本来の課題は「オンラインの売上げを上げたい」や「カスタマー対応を効率化したい」や「問い合わせを増やしたい」や「実店舗への来客を増やしたい」などでしょう。課題によっては、自前のウェブサイトが最適解ではないこともありえます。その場合でも、プロとして適切な提案ができることが望まれます。以下に例を挙げます。
- オファー「ECサイトを作ってほしい」
- クライアントが欲しがっているのはECサイトではなく、ネットで商品を売るための仕組みなのではないか。制作コストが高く集客で苦労する独自ドメインECサイトをいきなり制作するのではなく、システムすでにあり集客にも強いAmazonへの出品、楽天市場への出店、ヤフオクストアへの出品やヤフーションピングへの出店などへの参画を提案し、それを支援するほうがクライアントの利益に貢献できるのではないか。独自ドメインECサイトの提案はそのあと、ネットで売る感覚をつかみ、既存のシステムでは実現できない細かなサービスが必要になってからでよいのではないか。
- オファー「飲食店のサイトを作ってほしい」
- クライアントが欲しがっているのは店舗を紹介するサイトではなく、ネットを通じた実店舗への集客なのではないか。ならば無料で利用できる各種の店舗集客サービス、食べログ店舗準会員、ぐるなびエントリー会員プラン、Facebookのチェックインスポット、Googleマイビジネス(Googleマップ)、などの活用を優先的に支援し、独自ドメインサイトの提案はそのあと、それらのサービスでは実現できない情報発信の必要性が生じてからでよいのではないか。
- オファー「ホテルのサイトを作ってほしい」
- クライアントが欲しがっているのはホテルを紹介するサイトではなく、宿泊予約の増加なのではないか。そうであるなら、一般の利用客のほとんどが専門の宿泊予約サイトを利用していることを考えると、まずはじゃらんへの参画や楽天トラベルへの参画が先決であり、それらのサイト上での紹介ページをより適切に作り込むことのほうが、より費用対効果の高い施策になるのではないか。独自ドメインサイトの提案はそのあと、宿泊以外のホテルサービスなど、既存のサービスでは難しい課題の解決の優先度が高まってからでよいのではないか。
本来の課題に対して、それを解決するための手段は一つとは限りません。複数の解決策の中から最善の解決策を迷いなく提案できてこそのプロです。最少の機会損失で(より早く)、最少のコストで(より安く)、しかもクライアントの状況(予算や人員など)に合ったものを、数ある選択肢の中から提案していくことで、クライアントの利益は最大化し、それがひいては、取引の長期化や、より大きな案件の獲得や、紹介案件の獲得など、自社の利益にもつながります。クライアントの利益を最優先に、より大きな貢献ができるように考え実施していく意識が必要です。
独自ドメインにこだわるのは、率直に言って制作会社のエゴです。過去の僕もまた独自ドメインのサイト制作にこだわっていて、外部サイトへの参画や外部サイト上での施策を敬遠していました。敬遠する理由ときたら、面倒だからとか、まとまった手間賃が取れないからなど、クライアント本位とはほど遠い、まったくふざけたものです。RMS(楽天市場の店舗運営システム)が好きな人などいないでしょうが、冷静に周囲を見渡せば、楽天市場のページを作り込んで結果を出している制作会社は存在し、それらの会社はクライアントに利益をもたらしてるのです。
ここでは外部サイトを例にしましたが、クライアントの課題を解決するのに独自ドメインサイトが最適な場合もあるでしょう。その場合でも同じように、高い費用対効果と課題解決に注力します。確実な課題解決ができていれば、クライアントとの取引機会は増え、長期にわたる良好な取引関係が構築でき、ウェブ制作会社の経営は安定するでしょう。一方、結果につながらない仕事を繰り返していれば、クライアントとの関係は育たず、単価の下落圧力におびえ、常に新規クライアントを探し続け、その一方で市場に悪評が蔓延するという、苦しい状態を続けることになります。
中間目標から逆算してロードマップを作る
クライアントが求める結果をきちんと出すためには、寄り道することなく一直線に結果へと向かう企画が必要です。的外れな企画では目標の達成はままなりません。中長期の目標を定め、そこにいたる中間の目標を定め、まずはその中間目標を最短で達成するための運用を含めたロードマップを作成します。目の前の課題の解決に役立つ重要な施策を優先するとともに、それ以外の施策は後回しにします。これはクライアントが求めている結果をできるだけ速く出すことで、クライアントのモチベーションを高めるとともに、クライアントとの間に強固な信頼関係を構築する第一歩です。
- 最短で結果を出す
- いきなり大きな予算と時間を費やして特大の成果を狙うよりも、小さな結果を安く短期間に出すことを目指します。これは失敗したときのリスクを最少にしつつ、細かく結果を出していくことでクライアントのモチベーションも引き上げられるため非常に効果的です。サイトを開設して広告を出したらすぐに問い合わせがきた、モールに商品を出品したらすぐに売上げが立った、LPを改善したらCVRが向上した、のような小さな結果を早く確実に出すことがクライアントにとって運用のモチベーションになります。その繰り返しによって、段階的に大きな成果を狙えるものへと成長発展させていくのがよいでしょう。
- リソースや適性を重視する
- クライアントの運用上のリソースや適性に合わせた提案をします。例えば、知識を文章にまとめることが苦手なクライアントにSEOやブログを提案してもうまくいきません。同じく、不特定多数との不規則なコミュニケーションを苦手とするクライアントにSNSを提案してもうまくいきません。クライアント社内のリソースをよく見て、モチベーションを保ちながら継続的に取り組める運用提案を考える必要があります。中小零細企業の運用においては、無理なく実施して結果を出せることが重要です。流行の施策や提案のしやすい施策がよい施策なのではなく、現実に結果を出せる施策がよい施策です。
- 計画性の高い施策を優先する
- 目標が曖昧なままでは現実的なロードマップは作れません。SEOのように不安定な施策を中心にすれば「来期は売上げを20%向上させる」のような明確な数値目標を作ることができないため、あいまいな計画しか作れません。広告を使用せずにSNSを使うような場合も同様です。クライアントとの関わりの初期のうちは、売上げに直結しやすく、計画性をもって最適化や改善に取り組んでいける施策を優先します。最短で結果を出すことで信頼関係を構築していくことを重視し、クライアントの意欲と信頼関係が十分に育ったことを確認できてから中長期の取り組みに移行します。
こうした指針は僕自身の反省に基づいています。僕は長らくSEOを専門としてきたため、必然的にオファーはSEOを重視したものに偏りますが、SEOは結果が出るまでに時間がかかりすぎ、また正確な数値予測もできないため、結果が出る前にクライアントの運用に対するモチベーションが低下してしまうという結果を招きがちです。この影響は大きなもので、結果は出ず、サイトは放置され、僕は信用を失い、クライアントはウェブ活用に背を向けてしまうなど、致命的な状況を引き起こします。こうしたことを避けるための解決策が、先に挙げた3つの指針です。
できるだけ速く最初の結果を出せるようにすることで、クライアントは結果に対する確信を持つようになり、積極的に運用に関わるようになります。また結果を出すことで信頼関係が生まれ、さらにサイトを成長させていくための追加の提案をする素地が生まれます。また、クライアント社内のリソースや適性を見極めることも重要です。適性があって無理なく実施できる運用ほど結果を出しやすい一方で、不得手なことをいくら努力してもそれが報われる可能性はあまり高くありません。クライアントに意欲を持って運用に取り組んでもらうための工夫は、最終的に僕たちの仕事の価値を高めます。
そして最後に計画性です。SEOやSNSのように適性や運に左右されやすい施策は、特に慎重に扱わなければなりません。すでに十分に運用経験のあるクライアントで、中長期的な結果に確信を持てている場合であれば、そうした施策を提案するのもよいでしょう。または、文章力(SEO)やコミュニケーション力(SNS)といった適性があり、それらのために十分に時間を使うことができ、業種的にもそれらが結果を出しやすいようなクライアントに提案するのもよいかもしれません。しかし多くの場合、各種の広告のように計画性の高い施策を組み合わせるほうが結果を出しやすいものです。
仕事の価値をより高める
仕事の価値を高めることは、単にクライアントのためになるだけでなく、自分たちの利益にもなります。クライアントの利益を最大化し信頼を勝ち取れば、クライアントの成長を助ける価値のある取引が継続的に発生するとともに、ロイヤリティの高いクライアントからの紹介案件も増え、クライアントだけでなくウェブ制作会社もまた持続的に成長できるでしょう。社員は真にクライアントに貢献しているという誇りをもって働くことができ、また、貢献の積み重ねによってスキルの向上と自分の成長を自覚することもできるでしょう。仕事の価値を高める努力はあらゆる意味で重要です。
最適化と改善をあらかじめ組み込む
まったくの新規であれリニューアルであれ、新しいサイトを公開して一定の期間が経過したら、ほとんどの制作会社ではアクセス解析やサーチコンソールなどの分析ツールを用いて効果測定を実施するでしょう。その際、課題解決を任務とするプロの目でそれらのデータを見れば、最適化すべき点、改善すべき点がいくつも見るかるはずです。またその頃には、何らかの迷いを持った訪問者から各種の問い合わせも届いており、改善の材料となっているでしょう。こうした初期の最適化や改善について、助言なり実作業なりを無料で引き受ける(あらかじめ費用に組み込んでおく)のはいいアイデアです。
サイト公開からそう間をおくことなく最適化や改善のための助言したり作業を引き受けたりすることは、自動車ディーラーにおける新車6ヶ月無料点検のようなもので、クライアントに安心と満足を届けるとともに、納品したサイトをよりよく使いこなしてもらうためのいい機会となり、その後のコミュニケーションを円滑にするきっかけとなります。最適化や改善によってより多くの結果を引き出すことができることや、助言や支援が有用であることを実地で示すことにより、クライアントの意欲と信頼感を高めることができます。依頼して正解だったという確信をもってもらえる大きなチャンスです。
制作会社に支払う金銭であれクライアント自身の手を動かす手間であれ、サイトの最適化や改善に投資をすることでリターンを得られるという経験を初期のうちに提供することは、クライアントにとってプラスになるだけでなく、制作会社にとっても大いにプラスになります。例えばデザイナーのスキルは最適化や改善に取り組んだ経験によって高まります。作りっぱなしで投げ出すのではなく、検証し改善するという作業の繰り返しを数多く経験することによって、デザイナーはより高い精度で結果を出すデザインを第一案から提示できるスキルを身につけます。きちんと結果を出せるデザイナーは会社にとっての財産です。
新車6ヶ月無料点検の期間が過ぎた段階以降で、最適化や改善の助言や支援をどのように実施していくかは、その制作会社の方針によって最適なモデルは変わるでしょう。僕の考えでは、実作業を引き受ける場合のみ有料とし、それ以外の助言や支援は無料でよいと考えます。なぜなら助言や支援によってクライアントの状況や課題を常に把握しておくことは、その解決策となる追加の提案をするきっかけとなり得るためです。これはコンサルティング営業(クライアントの課題解決を支援しつつ自社商品が解決策となる場合にそれを販売する)として売上げを作る役割を兼ねます。
細かな最適化や改善の作業は単価が小さいため、そうした案件の受注を嫌う制作会社があることは僕も承知しています。少額の案件よりも、大きなリニューアルなどの高額案件のほうが、労働生産性(社員一名あたりの付加価値)を高められるという考えです。少額の案件も高額の案件も同じだけの案件獲得コストがかかるのであれば、その考えは正しいでしょう。クライアントと長期的な信頼関係を結べない制作会社であれば、焼畑農業的に高額案件だけを追い求めざるを得ません。しかし長期的な信頼関係があれば、少額の案件であっても低い取引コストと高い労働生産性で会社の収益に寄与します。
クライアントとの信頼関係を築く
ここまで何度もクライアントと制作会社の間で信頼関係を醸成していくことの重要性について述べてきましたが、ここでの最初のテーマはクライアントごとの専任担当者です。分業制をとっている制作会社の多くでは、一つのプロジェクトの中でクライアントにとっての担当者が何度も変わります。典型的には、営業担当、制作担当、サポート担当、といったようなものです。こうした形で担当者が頻繁に変わることを好むクライアントはまずありえません。クライアントごとの専任担当者に窓口を一本化し、状況や課題をきちんと把握した上で意思疎通するようにしなければ、次のような問題が発生します。
専任担当者がいない場合に起きる問題
- コミュニケーションコストが高く時間がかかる。すでに営業担当にしたのと同じ話をさらに制作担当にもして、その後はサポート担当にも同じ話をすることになるなど、時間の無駄が大きすぎる
- 営業担当と制作担当の言うことに齟齬があった場合に不信感を抱く。情報共有に難のある会社だなあ、などとクライアントが悠長な解釈をすることはなく、この会社は適当なことを言って自分を騙そうとしていると感じる
- 責任者があいまいで窓口がわからない。企画を提案してくれた人、制作を指揮してくれた人、サポートをしてくれる人がすべて別で、何か頼もうとすればたらい回しにされるようでは信頼などできない
- 状況や課題をきちんと把握してもらえない。自社の状況や課題を常に把握してくれている担当者がいないため円滑な意思疎通ができず、助言や支援を求めるのが面倒になる
これらの例はすべて僕が実際に見聞きしたものばかりです。社内で分業制を敷くことそのものは悪いものではありませんが、内部の体制がどうであれ、クライアントへの対応窓口は専任担当者に一本化すべきです。担当者がコロコロ変わるような状況では、クライアントの側からは不信感が高まりますし、制作会社の社内では職域間の対立が発生します。こうした問題を抱えている制作会社をいくつも見ましたし、この問題についてクライアント側の立場にある人々からの苦情を聞くことははるかに頻繁です。僕の感想では、専任担当者を置かないのは長期的な信頼関係を軽視している証左に見えます。
他の業界に目を向ければ、工場設備の設計施工や業務システムの構築保守のようなB2B事業においては、専任の担当者がクライアントの状況や課題を常に把握することでスムーズな意思疎通と信頼関係をつくり、適切なときに適切な解決策を提供する、という仕事をしています。ウェブ制作の仕事もまた、通常のB2B事業において当然されているのと同じことをするときがきています。フリーランスやそれに近い小規模な制作者がこの方法で信頼を得ていることはもちろんですが、200名超の従業員を抱える上場企業B社もこの体制で信頼を獲得しています。
スタッフのモチベーションを高く保つ
ウェブ制作というサービスは、個々のクライアントの状況に応じてカスタマイズして提供される課題解決サービスです。産業のタイプとしては労働集約型であり、労働者の質によってサービスの質が決まるという性質があります。このためウェブ制作においてクライアントにどれだけ貢献できるかは、つまるところスタッフの質によって決まります。この意味で、人材採用や能力開発(教育)や福利厚生などと並んで重要になるのが、スタッフのモチベーションの向上です。モチベーションの高いときと低いときでは、同じ人物であっても発揮できるパフォーマンスに違いがあり、できるなら常に高いモチベーションで仕事にあたりたいためです。
人や世の中の役に立っていることが実感でき、クライアントや仲間からの信頼や尊敬が得られ、職業人としての成長を実感でき、将来への不安を感じることが少なく、必要十分な収入が得られ、自分の仕事に誇りを持てるような状態であれば、だいたいの人は高いモチベーションを維持できるでしょう。まとめると、以下のようになるでしょうか。
ウェブ制作スタッフが意欲が持てる仕事
- 自分のスキルで困難な課題を解決することによって、やりとげた達成感が得られる
- クライアントに信頼と敬意を持って扱われ、ともに課題に立ち向かう仲間として認めてもらえる
- 自分が手がけたサイトが成長し、多くのユーザーの役に立ち、クライアントに収益をもたらしていることを実感できる
- 長期にわたってクライアントとの信頼関係を深め、かけがえのない頼れる人と認められる
- 働きに対してクライアントからも会社からも正当に評価され、正当な見返り(賞賛と金銭)が得られる
- 日々の仕事を通じてスキルの成長を実感でき、将来にわたって付加価値と報酬を上げていける確信が持てる
これらの項目はすべて、クライアントとの長期的な信頼関係に基づくものばかりです。もっとも、長期的な信頼関係など無視した作りっぱなしの仕事であっても、次々に新しいクライアントと出会い新しいデザインを試すことは刺激にあふれているため、キャリアのごく初期ならばそうした刺激が魅力的に映ることもあるでしょう。しかしある程度の経験を積めば、そうした仕事では物足りなくなるはずです。自分が手がけたものが実際にクライアントやエンドユーザーの役に立っているという実感と評価が得られなければ、または役立っていないことが明確であれば、自分の仕事の価値に自信が持てなくなるためです。
制作スタッフが人間である以上、信頼や感謝といった感情的な部分は非常に重要です。課題解決は創造的な仕事であるため、そうした人間的な感情から生まれる意欲や自己効力感が仕事上のアウトプットに大きく影響します。金銭報酬のためだけに働く単なる作業者になってしまっては、いくら知識や経験に優れていたとしても務まりません。つまるところ、クライアントと長期的な信頼関係を結び、継続的に最適化や改善を実施していくことで制作物の価値を引き出すことこそが、クライアントと自社に利益をもたらし、制作者にはモチベーションをもたらすものと僕は考えています。
終わりに
なぜいま僕がこんなことを考えているのかというと、あるウェブ制作会社から経営参画のオファーが届いているからです。ある地方で出発した後発の制作会社ですが、地域の中小企業を支援するという理念のもと、今では全国を商圏にするまでになり、今後もさらなる成長を目指している会社です。そして僕は、まだまだ具体的なことは未定ながら、基本的には参画を実現する方向で検討・調整しているところです。表向き一度は制作の仕事から離れた僕がまた新たに他の制作会社に参画するからには、持続的な成長に大きく貢献したいと考えています。
ただし、僕に求められているのは技術的な部分を中心とした指導や助言ですが、残念ながら僕に技術面での優位性はありません。少なくとも、他社との明確な差別化につながるような優位性は持ち合わせていません。現在のウェブ制作では技術的な要求水準は極めて低いうえ、新たに習得するにあたって必要となるコストも低く、さらに、すでに優秀なスタッフを多く抱えている会社ですから、技術面から僕が貢献できることはほとんどないと言っていい状況です。では僕が提供できる価値にはどのようなものがあるのか、と考えた結果がこの記事です。まとめれば、以下のような知見の共有こそが、僕が貢献できるポイントになるでしょう。
- 課題解決手法
- クライアントの課題を正確に見極め、確実に結果の出る解決策を導くために必要な知見の一切を浸透させる
- 運用ノウハウ
- クライアントが独自に、または制作会社と協働して最適化と改善を実施していくために必要な知見の一切を浸透させる
現在の僕が自分のクライアントに貢献できているとしたら、それは技術によってではなく、課題解決スキルと運用のノウハウによるものです。いずれも経験がものをいう属人的なものですが、僕の経験を活かして参画先の社員さんたちを指導していくことは可能であると考えています。また、仕事の流れや仕組みを部分的にアップデートすることによっても、社員さんたちのスキル向上に貢献できるでしょう。そうしたことにどこまで影響力を持てるかが現在の懸案事項ですが、もし僕の考えに近い体制が整うようなら、中小企業向けのウェブ制作会社としてかなりの存在感を示せるものと思います。
また上記に加えて、側面支援ではありますが以下のようなものが提供できます。これらは僕ならではの属人的なもので、譲渡や移転のできないものですし、この記事を読んでいる人の役に立つようなものではありませんからごく簡単な紹介にとどめますが、場合によってはこうしたもののほうが、よりわかりやすい形でその制作会社に貢献するかもしれません。
その他の僕が貢献できるポイント
- 求人面での貢献。ウェブ制作業界内での知名度を活かして優秀な人材の獲得に貢献する
- 営業面での貢献。中小零細企業の経営者コミュニティやEC事業者コミュニティ内での知名度を活かして、直接的にも間接的にも営業活動に貢献する
- 宣伝面での貢献。講演や執筆などの普段の活動やこのサイトを通じた参画の表明によって、知名度向上やブランディングなどの宣伝活動に貢献する
繰り返しになりますが、あくまでもこの話まだ検討段階にすぎず、最終的にまとまるかどうかはまだわかりません。前向きに検討してはいますし、ここまで何度も書いてきたクライアントの利益重視、課題解決重視、運用重視という3点の追求はぜひとも実現したいところではありますが、それはあくまでも、協力体制や報酬などがうまく折り合った場合のことです。僕が望むことの一部を実施するだけでも僕の時間をかなり費やすことになると思われますし、かなりの価値を提供できるものとも自負していますが、それに見合う適正な報酬を予測算定するのは先方としても難しいところでしょう。
ともあれ、僕がこうしてとんでもない長文の記事にしてまで考えを表明したのは、ウェブ制作をクライアントにとって真に役立つ仕事、従事者にとって誇りと意欲を持って取り組んでいける仕事にしたいからです。この記事で僕が書いたことは、自分自身の20年弱におよぶ経験をふまえ、また実際にたくさんの中小企業経営者やウェブ制作会社と交流する中で得てきた知見をふまえて、市場に求められるあるべきウェブ制作会社の一つのモデルを示すものです。中小零細企業、とりわけ地方の中小零細企業をクライアントに持つ会社にとっては、参考になる部分も多いはずです。
ウェブ制作をとりまく市場の逆風の項で述べたような厳しさは日ごと増すばかりです。そんな中、5年後や10年後を思い浮かべて不安になる制作者は多いことでしょう。せっかく思い浮かべるなら、自分の知識と経験でクライアントの課題を解決し結果を出している姿や、着実に成長している実感を持ちながら意欲的に日々の仕事にあたる姿、自分の価値がクライアントからも社内からも認められ感謝されている姿であってほしいと思います。こうしたことは何も、僕に経営参画のオファーをくれている会社だけに実現してほしいわけではありません。皆がそうなることが僕の理想とするところです。
注
ウェブ制作についての問題提起として過去に書いてきた記事は古い順に次の通りです。
- 中小企業のWeb制作業界への期待と実際(2006年8月)クライアントが欲しがっているものは利益であるにも関わらず、ウェブ制作者がそれを提供せず、自分たちの作りたいものを作ることに注力している問題。
- ゆっくりと確実に変化するWeb制作のルール(2011年2月)各種の専門サイトが隆盛してきたことを受けて独自ドメインサイトの費用対効果が下がっているにもかかわらず、ウェブ制作会社が無駄の多い提案をしている問題。
- 地方のウェブ制作会社が生き残るために(2013年3月)中小零細企業がサイト運用について困ったときの相談相手としての役割を、ウェブ制作会社が担えていない問題。また、制作会社が運用をおろそかにしているせいでクライアントから選ばれない問題。
- 制作屋の僕がコンサルになった理由(2014年2月)解決策を常に制作に求めることが事実上の限界を迎えてしまった問題。また、制作者が制作よりも運用支援のほうをより強く求められている問題。