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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外558 境界公の遠隔呪法

 転移門が出来上がったところで起動させ、タームウィルズに向かう。タームウィルズの転移港の意匠を揃えてやれば、一先ずフォルガロに繋がる転移門は完成だ。
 同盟のあちこちから兵力を送ったり、多忙な各国の王達も一足先に国元に戻ったりという事ができるようになるだろう。

 後はアルバートの刻んでくれた呪法魔道具を組み込めば重要部分は完成だな。給湯やトイレ等々に使う魔道具も組み込んでおけばすぐに人が入れるようになるだろうか。

「後は――グロウフォニカ王国とガストルム王国、深みの魚人族の集落とネレイドの集落の4つじゃったな」

 と、お祖父さんが尋ねてくる。

「そうですね。お手数おかけします。ただ僕達はフォルガロの首都でまだする事があるので、ゆっくりと進めて貰えればと」
「あい分かった。じゃがまあ、儂らとしては門の意匠がどんなものになるのか楽しみにしておってな」
「そうね。手間とは思っていないわよ」

 そう言ってお祖父さんとヴァレンティナが楽しそうに笑った。

「色々考えておきます。それじゃあ行こうか、サトリ。少し変わった物ができたから、それを使えばサトリも目立たずに立ち会えると思う」

 そんな風に笑いながら答えつつ、援軍に来てくれたサトリにも声を掛ける。

「わかっ……た。……変わったもの、か。……我も期待、している」

 サトリの期待を満たす物かどうかは分からないが……マジックミラーを使えばエイヴリルやサトリの存在を知られる事なくフォルガロの面々を見て行く事ができるからな。加えてエイヴリルとサトリで交代も出来るので個々の負担も減る、というわけだ。

 この後は……城の広間に宮廷貴族、騎士達、兵士達の主だった者達を呼んで、順々に誓約魔法を使ってもらう、という事になっている。そこに矢印の解呪の為に必要という名目で祭壇のようなものを作って、マジックミラーと隠し小部屋を設置する予定だ。

 心の中が分かる、という手札は伏せたいし、誓約魔法も活用していくつもりだから、その情報を根拠として処断に直結させる、というわけではない。
 しかし、証拠を固めて処罰を与えるべき人物、罪はなくとも警戒すべき相手、比較的信用しても大丈夫そうな相手といった具合に見分けられるというのは有り難い。

 俺も……矢印が付いた連中の解呪と、ステルス船への呪法発射の準備もしっかりやっておかないとな。



 というわけで転移門を通ってフォルガロへと戻り、あれこれと仕事を進める事となった。誓約魔法用魔方陣を描いた広間にそれっぽく祭壇を作り、マジックミラーを祭具っぽく配置。実際は覗き窓で祭壇の裏から存分に術を使って相談事ができるという仕様だ。風魔法のフィールドも張って、防音も完璧である。

 そうして準備を進めるその一方で、深みの魚人族の集落から呪法を飛ばすのに必要な触媒を回収してきてもらう。触媒となる鱗の回収については……エルドレーネ女王が快諾してくれた。

「同じ海の民のよしみであるからな。今後の繋ぎを作るためにも妾からお願いしたいぐらいだ」

 と、にこやかに笑い、長老達と共に姉妹船で集落へ向かった。こっちも色々やる事があるし、エルドレーネ女王も深みの魚人族とは同盟関係を築いておきたいだろうから、時間をかけて構わない旨を伝えると、相好を崩して頷いていた。

 エルドレーネ女王達を乗せた船が首都を出て行き……そうして諸々こちらの準備が整ったところで城の広間に順々にフォルガロの面々を呼んでいく。まずは武官達からだ。

 手順としては――まず名前を聞き、誓約魔法の内容を伝え、受け入れて納得したら誓約魔法を使ってもらう。その後、どこまで裏の事情を知っていたのか、反省しているのか等々、ちょっとした事情聴取を行っていくというわけだ。誓約魔法の立ち会いと事情聴取に関してはエステバン達やコンスタンザ女王の側近達が進めてくれる。

 そして……祭壇の裏ではブルーコーラルやティアーズ達が羽ペンを持って筆記係になっている。やり取りに対する反応をエイヴリルやサトリが伝えて、その内容を記述していくといった具合だ。後で纏めてコンスタンザ女王に渡す事になるだろう。

 淡々と誓約魔法と事情聴取は進んで行き……矢印の集団もやってきた。彼らは裏の事情を知っている面々だから内心ではどうなのかと思っていたが、総じていきなり矢印を付けられた事でかなり心が折れている様子であった。

「もう……逆らったりしようとは思わない。だから……お願いだ。これを外して欲しい……」

 と、泣きが入っている者もいるようで。諜報員や工作員のような人種には、あの矢印は俺が思っている以上に堪えたようだな。
 そんな落ち込み気味の矢印達の中から、特に反省していそうな者達を選別しておく。出払っているステルス船の乗組員の、髪の毛や爪、血液等々の触媒を得る協力者になってもらうためだ。

 誓約魔法を終えた矢印達には、纏めて祭壇を使って解除するからと通達し、城の中に留まらせておく。そうして一通り矢印達の誓約魔法と事情聴取が終わったところでもう一度広間に集まってもらい、俺が顔を見せて解呪を行う事になった。

「そこに並んでいて下さい。今、術式を解除しますので」

 居並んだ矢印達を前にそう言って、祭壇に向かう。マジックサークルを展開してウロボロスの石突で床を突けば――祭壇が光り輝く。まあ、単なる光魔法の演出なのだが。呪法を解除するだけなら簡単なものだ。杖の先から燐光が矢印達に飛んでいき、光の粒が弾けるようにして矢印が四散した。

「おお……」
「……良かった……本当に良かった……」

 と、安堵する元矢印達である。まあ……誓約魔法も使っているし、この様子なら釘を刺しておく必要はないか。



 仕事はまだまだある。元矢印達の中から信用のおけそうな者達に協力を呼びかけ、出払っているステルス船の乗組員の首都での住居や宿舎を聞き出す。そうしてそこから櫛や枕等々の私物を使って毛髪などの触媒を回収してくるわけだ。
 話を持ちかけた者達は二つ返事で居住まいを正して協力してくれた。俺が矢印をつけた術者だと知って怯えの色もあったが……まあ、仕方がないか。協力的な分には問題ないということで。

 触媒を集めてきたらディエゴにも協力してもらう。城の一角で呪法送信の準備を諸々整えていると、エルドレーネ女王達も深みの魚人族の集落から、触媒を持って戻ってきてくれた。

「待たせたのう」
「いえ。こっちも色々進めていましたので。集落の様子はどうでしたか?」
「落ち着いておったよ。氷の要塞もそのままになっているし、戦士達もいるという安心感もあるのだろうな。随分な歓迎を受けた。皆明るく誠実な者達に感じられたから、今後の交流にも期待が持てるというものよな」

 と、エルドレーネ女王が上機嫌そうな様子で微笑む。

「それは何よりです」
「これが件の4人の鱗になります」

 ウェルテスとエッケルスが回収してきた触媒をそれぞれの名前と共に俺に渡してくれる。

「これで準備が整いましたね」
「私は……原稿の通りに伝言を読み上げれば良い、とお聞きしましたが」

 ディエゴが尋ねてくる。

「はい。この子――家妖精のセラフィナに向かって読み上げて頂くだけで大丈夫です」
「よろしくね!」
「こ、こちらこそ」

 元気に挨拶するセラフィナに、ディエゴはやや戸惑いつつも挨拶を返す。
 セラフィナの能力でディエゴの肉声を魔力の内側に固め……それを呪法に組み込んで対象に送りつける。呪法の応用術式でコンボが可能な事は昨晩の内に実験済みだ。
 この場合、ディエゴの肉声、というのが重要になるわけだ。

「では……」

 と、原稿を手にしたディエゴはセラフィナと向かい合い原稿を読み上げていく。

「聞こえているだろうか? 私はディエゴ=フォルガロである。新しい魔法の術式を用い、首都より諸君らに重要な報せと命令を送っている」

 原稿を読み上げるディエゴの声をセラフィナがその能力を使ってぼんやりとした光球の中に吸い込んでいく。
 アダルベルトが魔法生物の暴走で亡くなった事。それによりフォルガロ公国の長がディエゴに移った事。諜報活動を中止して首都に戻ってくるようにと命令を伝えていく。

「フォルガロにて体制の変更が起こり、これまで行われてきた非合法活動は行えなくなるもの、と理解するように。諸君らは本国の体制変更に際して警戒する向きもあるだろうが、それは命令と任務を受けた忠誠心によるもの。戻ってきてもその身の安全については確保すると約束しよう。但し、この命令を無視――或いは違反をした場合や、同行している魚人族に危害を加えようとした場合には遠隔魔法によって処罰する事ができる、という事を忘れぬように」

 裏の事情を勝手に読んだ行動をしないよう、ストレートに彼らの離反を防ごうとしている事を伝えていく。証拠隠滅の為に深みの魚人族に危害を加える事も厳禁だ。
 命令違反を行うと矢印が張り付けられた上で、警告が行われ、遠隔呪法による攻撃が開始されるというわけだ。

 マジックサークルを展開。セラフィナの作りだした光球を、オリハルコンによって魔力波長を合わせたウロボロスで受け取り、術式に練り込んでいく。
 相手の名前、毛髪等々の触媒を用いてターゲットを指定。対象の触媒をそれぞれ包むように魔力が集まっていき――呪法の獣に姿を変える。スティーヴン達に飛ばされた呪法は黒い狼のような姿をしていたが俺の作った呪法の獣は頭蓋骨が青白い炎を纏っている、というようなデザインだな。
 頭蓋骨なのだがややコミカルにデフォルメされていて、にやりとした笑みの表情を浮かべているのが分かる。

 そんな頭蓋骨達が辺りに浮遊する。エルドレーネ女王達やディエゴは目を瞬かせているが。

「威圧的……というにはやや愛嬌が勝るかしら」
「まあ、見た目は効果に影響しないから。相手を怖がらせたいわけじゃないし」

 呪法の獣のデザインを見て、肩を震わせるローズマリーにそんな風に答える。
 後は命令を下せば呪いの対象に向かって頭蓋骨達はすっ飛んでいくが――同時に深みの魚人族にも同じように呪法の伝言を飛ばす必要がある。

 こちらはディエゴからの伝言の内容も少し変わる。事情をもう少し詳しく伝えつつも、集落に戻ってくるようにという命令だ。グロウフォニカ王国やガストルム王国に保護を求めても構わない、という命令もしっかりと伝える。

 先程の要領でセラフィナからディエゴの肉声を封じ込めた光球を受け取り、深みの魚人族の触媒を使って呪法を構築。

「行け」

 俺の命令を受けた呪法の獣達が一斉に目標のいるであろう方角に向き直ると、物凄い勢いで飛んでいく。城の壁に激突するように見えた頭蓋骨達だが、平気な顔ですり抜けていった。命令を与えた途端に身体を透けさせていたから、飛んでいくところは余人には見えない。
 遠隔ホーミング弾、といったところか。呪法の仕組みを知っていれば対処法も幾つかあるが……まあステルス船に乗っている連中が初見で対応するのは無理だろうな。条件を満たさなければ危害を加えない分、干渉力も大きいし。

 さてさて。ステルス船については手を打った。これで後は、あちこちに転移門を設置してくれば今回の俺の仕事は諸々終了というわけだな。

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