「筋トレが続かないんです…意志が弱いんです…」
筋トレは病気による死亡率を減少させ、睡眠の質を改善し、糖尿病や心臓病のリスクを軽減させるだけでなく、男性には男らしい肉体を、女性には美しいスタイルを与えてくれます。
筋トレにはこれほどの良い効果があるにもかかわらず、なぜ多くの人が筋トレを続けることができないのでしょうか?
行動科学や心理学などの分野では、このようなヒトの矛盾した性質を「運動のパラドックス(exercise paradox)」と呼んでいます。ヒトは健康でいたいと思いながらも、ゴロゴロしてテレビを見るような不健康なことが好きで、筋トレやジョギングのような健康に良いことが嫌いなのです。この矛盾の理由を解明しようと、これまでに多くの研究者が議論をしてきました。
そして近年、ハーバード大学・進化生物学者であるDaniell Liebermanがひとつの答えが示したのです。
「そもそも、ヒトは筋トレをするようにはデザインされていない」
さらにこう続けます。
「筋トレが続かないのは自然であり、正常である」
今回はLiebermanの報告をもとに、筋トレが続かない理由をひも解いていきましょう。
Table of contents
◆ 僕たちの身体や心は石器時代に最適化されている
筋トレは健康に良いが、続けることができない。
この筋トレ・パラドックスの答えを見出したのは、行動科学や心理学でもなく、現代の進化論でした。現代の進化論は進化生物学や進化心理学の発展により、「ヒトの身体やこころは進化によってデザインされた」と主張します。
ヒトは200万年前の旧石器時代から狩猟によって生活してきました。狩猟によって得られる肉は貴重なタンパク質源であり、獲物を狩ることができたものが生き延びていったのです。そのため、狩猟に適した身体をもっている個人が選択的に生き残り、ヒトの身体は狩猟に最適化するように進化していきました。
二足歩行を獲得したヒトは、その代償として移動スピードを失いました。そのため、狩猟では「おにごっこ戦略」をとらざる得なかったのです。これはとにかく獲物を追いかけまわし、獲物が疲れ切ったところで狩りをするという戦略です。ヒト以外の哺乳類は瞬発性に富んだ白筋が多く、また発汗機能が乏しいため、長い距離を走ると体内に熱がこもり、どうしても休息が必要になります。
これに対して、ヒトは長い足、長いアキレス腱や大きな大殿筋、熱を十分に放出できる発汗機能など長い距離を走れるように身体を進化させていきました(Bramble DM, 2004)。
Fig.1:Bramble DM, 2004より引用改編
さらに上半身も狩猟活動に最適化させていきます。ヒトは肉食動物に比べて、力も弱く、爪や牙などの身体的な武器もありませんでした。しかし、ヒトには武器を作る知能があり、削った石や木片を武器にして狩猟活動を行っていたのです。
そこで獲得したのが「投げる能力」です。
ヒトは獲物を狩るために石や木片を速く、正確に投げることが必要でした。そこで鎖骨を延長させ、肩甲骨の位置を変えていきました。さらに上腕骨に捻りを加えることによって、ヒトは速く、正確に投げる能力を獲得したのです(Larson SG, 2007)。
Fig.2:Larson SG, 2007より引用改編
このように、ヒトは200万年というとてつもなく長い石器時代を生き延びるために、身体を狩猟活動に最適化させるように進化させてきたのです。現代の僕たちの身体は進化論的合理性によって形作られているのです。
そして身体と同じように「こころ」も進化によってデザインされました。
進化心理学では、怒りや喜び、不安といった感情も進化により形成された言います。石器時代のヒトは獲物を狩るとともに、肉食獣から自分の身を守らなければなりませんでした。楽観的にサバンナを歩いていては、たちまち肉食獣の餌食になってしまいますが、不安に怯え、まわりを警戒していた個人が生き残り、現代の私たちのこころに不安という感情が受け継がれていったのです。
また、お腹が空いたときに自分の食べ物を誰かに取られると怒りの感情がこみ上げてきます。希少な食料を奪われても怒らない個人は、仲間からいいように扱われて生き延びることはできません。自分の食べ物を奪われたときに、しっかりと怒る個人が選択的に生き残り、怒りという感情が僕たちに受け継がれていきました。
このような背景から、現代の進化論は、こころも身体と同じように進化によってデザインされ、そこには、そのように振る舞うこによって利益を獲得できる進化論的合理性があるとしています。
では、筋トレが続かないことについても進化論的合理性があるのでしょうか?
◆ 筋トレが続かない進化論的理由とは?
ヒトは狩猟のために1日に平均15kmを走ったり、歩いたりしていました。狩猟には概ね4時間〜6時間が費やされていたと推定されています(Liebenberg L, 2006)。これほどの活動量は現代人の2倍とされており、狩猟に多くのエネルギーを使用していたことがわかります(Lieberman DE, 2013)。
しかし、これほどの活動量にも関わらず、食事によるエネルギー補給は男性で2,600-3,000kcalと推定されており、女性も妊娠や育児のために必要以上のエネルギー補給が必要でした。石器時代はいつも食料不足だったのです(Kelly RL, 2007)。
ハーバード大学のDaniell Liebermanは、このような背景から、ひとつの仮説を提唱しました。
「休息が生存と再生のカギであった」
食料不足では、限られたエネルギーを効率的に使用しなければなりません。子孫を繁栄させるための優先事項は、食べ物を得るための狩猟、肉食獣からの逃避、そして生殖活動でした。エネルギーが不足してしまうと、食べ物を得ることもできなければ、肉食獣からも逃れることもできません。そして生殖活動ができなければ、子孫を残すこともできないのです。
休息によってエネルギーを節約することは、これらの優先的な活動を成しえるための進化論的合理性があったのです。
そして、ヒトが休息によってエネルギーを節約する合理性をLiebermanは筋肉の分解作用によって説明します。
筋肉のもとである筋タンパク質は24時間、合成と分解を繰り返しています。筋肉の量が維持できるのは適度な運動と栄養摂取により、合成と分解のバランスがとれているからです。しかし、運動不足や低栄養の状況になると分解作用が合成作用を上回り、筋肉が分解され筋肉量は減ってしまいます。
Liebermanは、この筋肉の分解作用がエネルギーの節約を高めると言います。
筋肉は基礎エネルギー消費量(安静時に使用されるエネルギー量)の25%を使用しています。そのため、食べ物が少なく、エネルギーが摂取できない状況では、筋肉を分解させることで可能な限り、基礎エネルギー消費量を減らすメカニズムが進化したと推測されています。
筋肉はエネルギーの摂取状況や活動量に合わせて筋肉量を調整し、エネルギー消費を節約するように機能しているのです。
ヒトは生き延びるために、少ない摂取エネルギー量を狩猟や生殖活動に優先的に使用し、それ以外の余暇の時間は極力、エネルギーを使用しないように最適化され、進化したとLiebermanは結論づけています(Lieberman DE, 2015)。
ヒトは200万年というとてつもなく長い石器時代に身体とこころを適応させ、進化してきました。1万年前から農耕が始まり、現代の僕たちは狩猟をしなくても食料に困ることはありません。
しかし、身体とこころは長い石器時代に適応したままなのです。
交通が発展した超近代都市のアスファルト・ジャングルに暮らす僕たちは、1日に15kmも走ることもなく、ディスクワークを終えるとエネルギーが豊富な食べ物を食べて、テレビを見ながらゴロゴロと休息します。
そして、始めたばかりの筋トレを続けるためにジムへ向かおうとしますが、石器時代のこころは僕たちにこう語りかけてくるのです。
「何をしている、無駄なエネルギーを使うな!ゆっくり休みなさい」
これが現代の進化論が明らかにした筋トレ・パラドックスの答えであり、筋トレが続かない理由なのです。筋トレが続かないのは、僕たちの意志が弱いわけではなく、エネルギーを無駄遣いさせないための自然で正常な反応なのです。しかし、これが生活習慣病を招くのですが…
では、身体やこころが石器時代に最適化している僕たちは、筋トレを続けることができないのでしょうか?
この問にLiebermanはこう答えています。
「残念ながら、こころを変える特効薬はない」
「しかし、こころが変えられないのであれば、環境(仕組み)を変えれば良いだろう」
筋トレを続ける技術については、別の機会で考察していきましょう。
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References
Bramble DM, et al. Endurance running and the evolution of Homo. Nature. 2004 Nov 18;432(7015):345-52.
Larson SG, et al. Evolutionary transformation of the hominin shoulder. Evolutionary Anthropology 16:172–187 (2007)
Liebenberg L. Persistence hunting by modern hunter-gatherers. Curr. Anthropol. 2006; 47: 1017Y26.
Lieberman DE. The Story of the Human Body: Evolution, Health and Disease. New York (NY): Pantheon, 2013, p.460.
Kelly RL. The Foraging Spectrum: Diversity in Hunter-Gatherer Lifeways. Clinton Corners (NY): Percheron Press, 2007, p. 446.
Lieberman DE, et al. Is Exercise Really Medicine? An Evolutionary Perspective. Curr Sports Med Rep. 2015 Jul-Aug;14(4):313-9.
Born to Rest - Harvard Magazine