11月5日の日米首脳会談からはじまったトランプ米大統領のアジア歴訪。その直前に、米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備を巡って関係が冷え込んでいた中韓両国が関係を修復した。
この日米韓中のパワーバランスに大きな変化が予感される状況の中で、11月中旬まで北朝鮮の核とミサイルを巡る協議が続けられ、各国の思惑が交差した。
それから1か月。この間、北朝鮮は11月29日に、新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射、弾頭は青森県西方沖の日本海に落下した。「火星15」と名付けられたミサイルは、50分以上も飛翔し、4000キロメートルを超す高高度まで到達。北朝鮮は「国家核戦力の完成」を宣言した。
金正恩政権の体制維持を目的に、米全土を攻撃できるICBMと核兵器の獲得に血道をあげてきた北朝鮮が、国際社会の制裁と圧力に屈して核とミサイルを放棄することはあり得ないことを明白にした瞬間だった。
一方、北朝鮮の脅威に対抗するはずの日米韓は、その結束にいま、さまざまなほころびが生じ、顕在化しはじめている。
それを象徴する場面が、トランプ大統領のアジア歴訪に合わせて計画されていた米原子力空母3隻が参加する日米韓合同軍事演習が、韓国の反対によって、日米と米韓がそれぞれ演習する2国間訓練となってしまったことだ。
自衛隊が朝鮮半島の近海に展開することへの警戒感と国民感情が反対の理由とされている。
この演習の直前に米韓とオーストラリアの3か国が、韓国・済州島沖で実施した北朝鮮による核関連物資の輸送を阻止するための訓練でも、韓国は日本の参加要請を拒否している。
こうした韓国の態度は、冒頭にあげた中韓の関係修復が影響しているとされる。
韓国は中国に対し、1.THAADの追加配備をしない、2.米国のミサイル防衛(MD)網には参加しない、3.日米韓の安保協力は軍事同盟にはならない――という3つのNO、いわゆる「三不政策」を約束、公表している。
さらに、日米韓の連携に亀裂を生じさせているのが、「韓国政府の外国人保護に対する消極的な姿勢だ」(防衛省幹部)という。
実は、北朝鮮が米領グアム島を射程とする中距離弾道ミサイル「火星12」を相次いで発射し、広島に投下された原爆の10倍を超す破壊力の核実験を強行した今年9月、在韓米軍は秘かに、朝鮮半島有事に備えてソウルなど韓国に在住、滞在している米国人を退避させるためのシミュレーションを実施。緊急避難に必要な輸送等の所要量を割り出していたという。
それによると、米軍は20万人を超すと見積もられる在韓米国人を、日本や米本土などに避難させるために、海軍の揚陸艦や高速の輸送船などの船舶と、ヘリやオスプレイを中心とした航空機を総動員することになるが、その所要量は、大混乱に陥った1975年のサイゴン陥落時の160倍という膨大な数字がはじき出されたという。
ベトナム戦争末期、北ベトナム軍(当時)のサイゴン(現在のホーチミン)制圧に際し、最後まで南ベトナム(当時)に居残っていた大使館員や一部の軍事顧問団など約7000人の米国人らを救出するため、米軍は空母などを南シナ海に急派、ヘリでピストン輸送した。
今回のシミュレーション実施を伝えられた自衛隊幹部は「サイゴンからの脱出は地獄絵そのものだったと聞いている。シミュレーションでは、その時の160倍を超す所要量が必要だという。それは事実上、米国にとって韓国から自国民を退避させることは極めて困難だということではないか」と推察している。
「米国民の安全確保を国家安全保障上の最優先事項とする」との文言を、『国家安全保障戦略』の最上位に掲げる米国にとって、頭を抱える結果だったに違いない。
それ以上に、状況を一層悪化させているのが、韓国政府の態度だ。トランプ大統領と安倍首相は今回、韓国の文在寅大統領と自国民保護について協議したが、政府関係者は「目立った進展はなかった」と明かす。
「米国だけでなく日本にとっても、韓国にいる自国民の保護は喫緊の課題。にもかかわらず、韓国政府の態度を見ていると、米軍による北朝鮮への先制攻撃を阻止する手段として、外国人保護に消極的な姿勢をとっているように思える」と前述の政府関係者は指摘し、不信感を募らせている。
結局、北朝鮮の新型ICBMの発射は、自国民の保護が難しく、足並みも揃わないという日米韓の足元を見透かした結果だったといっても過言ではないのかもしれない。