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作家

井上靖、未発表の日記 「欠史時代」戦中から戦後

井上靖
発見された井上靖の終戦前後の日記帳。1958年のエッセーで日記の存在を明かしていたが、所在は不明だった=2017年11月19日、中澤雄大撮影
3冊はいずれも固表紙のノート(A5判大)。研究者らの間では日記帳の存在がささやかれていたが、所在は不明だった=2017年11月8日、中澤雄大撮影

終戦時のトップ記事「玉音を拝して」 執筆難しい

 今年生誕110年を迎えた作家の井上靖(1907~91)が大阪毎日新聞(毎日新聞の前身)に在職中の1940(昭和15)年から46(昭和21)年にかけ、戦時下の暮らしぶりや仕事、交友関係、小説の読後感などを克明に記録した全集未収録の日記帳3冊が見つかった。ふみ夫人(2008年死去)が大切に保管していた遺品を、井上靖記念文化財団理事長で筑波大名誉教授の長男修一さん(76)、甫壬(ふみ)さん(71)夫妻が整理する際に偶然発見した。この期間は年譜でも「欠史時代」とされており、昭和の国民的作家がどのように雌伏の時を過ごしたかが分かる第一級の資料だ。【中澤雄大】

 日記帳は大封筒2枚に入っていた。「終戦前後 新聞記者時代 資料 重要」「終戦前後 日記」と、作家自身が太字の油性ペンで手書きした。うち一枚には「法隆寺シルクロード仏教文化展図録」の会期が印刷されており、1988年から亡くなる91年までに仕分けしたとみられる。3冊はいずれも硬表紙のノート(A5判)。万年筆で細かな字が縦書きでびっしり記されている。入社翌年の37(昭和12)年の応召時に社員手帳に鉛筆書きした「中国行軍日記」以降、途絶えた日録を再開したと推測できる。

 1冊目は40年1月16日~5月30日、9月23日、44年1月11日~8月24日、45年元日~2月26日▽2冊目は45年3月1日~9月30日▽3冊目は45年10月1日~12月31日、46年元日~4月4日--復員後の32~39歳になる直前の期間。学芸部(一時、名称変更で文化部)で宗教・美術を担当しながら、小説をいつか書こうと、文学書類を乱読した時期にあたる。

 40年3月1日付で<今日から仕事始め。まず三月の予定を立てる。夜八時-十時 執筆 朝八時-十時 執筆 木曜及月曜日はその日により自由に執筆時間を五時間決めること>と、創作時間を割くために苦心していたことが分かる。

 後の紙面縮小で社会部へ異動し、終戦時のトップ記事「玉音ラジオに拝して」(大阪版)を執筆した経過も含まれていた。8月15日付で<十一時出社。編集局で玉音を拝す。雑音入って何も聞えず残念なり。(略)「玉音を拝して」のトップ記事を書く。難しい。どうにか締切ぎりぎりに出稿。(略)町の人々はあまり突然なので呆然(ぼうぜん)とした形でただ口数なく無気力に歩いている。午後警報発令。敵機一二機、投弾せず。夜月を見る。日本国民が未曽有の新しい運命へ第一歩を踏み出した夜の月である」などと、後の創作に生かした写実的要素も交えてつづった。

 また、新聞社内の競争から<終始おりた>記者であったことを随筆で明かした井上が<当然なるべき副部長にはみごとなり損なった>(「昭和二十年を回顧する」)などと、出世にこだわる記述も見られた。

 58年に文芸誌「新潮」に寄せた「作家のノート」で<新聞記者時代は自由日記という日附のかかれていない同じ体裁の日記帳五冊に、それこそ気が向いた時だけ書き記す形で、いろいろのことを書きつけてある。上役に対する悪口も書いてあれば、奈良の仏像のことも、小説の読後感も書いてある>と記しており、研究者らの間では日記帳の存在がささやかれていたが、所在は不明だった。

 遺品の大半は神奈川近代文学館(横浜市)や井上靖記念館(北海道旭川市)、井上靖文学館(静岡県長泉町)などに寄贈されたが、ごく私的な物は、ふみ夫人が手元に残していた。

新たな一面も見えた

 井上文学に詳しい勝呂奏・桜美林大教授(日本語日本文学)の話 井上の文学形成の秘密を明かす大変重要な資料だ。小説や随筆で、この時期のことを繰り返し書いており、日記が存在するのだろうと感じていた。新聞記者を経て、戦後すぐに流行作家となる過程で、いつどんな文学修業をしたのかが不明だった。それを裏付ける大発見だ。「記録魔」だったことが知られるが、その一端もうかがえる。新聞社内の競争から「おりた」記者であることを自認していたはずの井上が、副部長に出世できずに残念がる箇所もあり、新たな一面も見える。今後の作家研究のためにも全文の公開が待たれる。

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