「日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいこと」にオッサンが答える
12月2日、文筆家の藤田祥平さんが『現代ビジネス』に「日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいこと」と題する記事を寄稿した。活気にあふれる中国の新興都市・深センの現在を情熱的に切り取った記事は、同月12日現在までの10日間で、フェイスブックの「いいね」が2.7万件、はてなブックマークが1290件と、空前の大ヒットを記録している。
もっとも、ツイッターや「はてブ」などのコメントを観察する限り、記事内容には賛否両論がある。特に中国に詳しい人からは批判的な意見も多いようだ。例えば雲南省昆明在住の中国ITライター・山谷剛史氏(41)は当該の記事に実に否定的である。そこで私こと安田峰俊(35)との中国ライター2人で、今回の藤田さんの記事を肴に対談をおこなってみることにした。
深センだけを基準に「日本が中国に完敗」って飛躍しすぎ
安田 藤田さんの記事なんですが、ツイッターやフェイスブックを眺める限り、中国ライターの間で評価が分かれていますよね。例えば僕(安田峰俊)やふるまいよしこさんは「はじめて中国に行って思ったことを書いたんだからこれでOK」という感じ。内容の正誤についての批判は保留して、少なくとも筆者のスタンスについては好意的な立場です。
いっぽうで、私の知人の某中国ライターは「いろいろイライラすることがある」とフェイスブックに書いていて、山谷さんもツイッターで「何を今更」「深センいって感動したなんて話は、商用メディアでなくブログかSNSに書くもんだと思う」とおかんむりでした。
日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいこと https://t.co/Lun9QXKwR5
- 安田峰俊|滋賀ときどき東京 (@YSD0118) 2017年12月2日
おおお、若いライターがいる。文章が気負ってる感を含めて、いいぞがんばれ超がんばれ。
(自分より10歳下だと、深センに行ったらこう感じるのだなあ)
〈日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいこと http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53545 … おおお、若いライターがいる。文章が気負ってる感を含めて、いいぞがんばれ超がんばれ。 (自分より10歳下だと、深センに行ったらこう感じるのだなあ)〉
――安田峰俊|滋賀ときどき東京(@YSD0118)のTwitterより
例の記事の反応をざっくり見た構図では、それ専門でやる(やろう)としている方は「何を今更」という一方で、幅広くやられている方は「多くの人に情熱を見てもらうアツイ記事」という意見の違いがみられたように思う。僕は前者
- 山谷剛史:中国アジアIT専門雲南住み (@YamayaT) 2017年12月2日
〈例の記事の反応をざっくり見た構図では、それ専門でやる(やろう)としている方は「何を今更」という一方で、幅広くやられている方は「多くの人に情熱を見てもらうアツイ記事」という意見の違いがみられたように思う。僕は前者〉
――山谷剛史:中国アジアIT専門雲南住み(@YamayaT)のTwitterより
山谷 いや、おかんむりですよ。例えばITスゴイという話をするにしても、中国は広いのに深センだけで語られても……。すくなくとも、アリババの本社がある杭州とか、百度(バイドゥ)や京東やレノボがある北京くらいは言及しないと、説得力のある話にならない。
安田 まあ、専門の人からするとそうなんですけど。僕としては、深センって自分が19歳のとき(2001年)に留学していてその後も縁が多い街なんですよ。当時はパスポートをスられるはボラれるわ、大学職員がニセ札を渡してくるわのマッドシティだったので、いまや「あの深センが日本の若者を感動させる街になったのか」と、むしろ感慨を抱いてしまったんですよね。
山谷 しかしです。深センだけを基準に「日本が中国に完敗」って飛躍しすぎでしょ。主語がデカすぎる。チーム内でホームラン数がトップのバッターだけを見て「広島は中日に勝てない」とか言うのに近い暴論ですよ。
安田 確かに深センは特殊ですね。去年の市民一人あたりGDP(名目)は、中国の主要都市ではダントツの2.52万ドルで、台湾の2.25万ドルよりも高い。ちなみに台湾の一人あたりGDPは購買力平価換算ですと日本よりも上なので、正確なデータは未発表ながら深センも同様以上の水準と見られます。
つまり、少なくとも数値上でのみ論じるならば、深セン市民の平均的な生活実感はすでに日本人よりも「豊か」と呼べる可能性が高い。主語を中国ではなく深センに限定すれば、ある面において「日本が完敗」という論理を成立させることはできます。
台湾と日本の一人あたりGDP(購買力平価)の推移。『世界経済のネタ帳』より。
「東京都と深セン市」の比較だったら納得するかも?
山谷 それでも比較対象を「日本」に置くのはどうかなあ……。都市ごとの比較で論じるならわかります。例えば「東京都vs深セン市」。人口規模や面積だけで見ると規模的にはかなり近いですしね(注.東京都の面積は約2190平方kmで人口は約1374万人、深セン市はそれぞれ約1953平方kmと約1191万人)。
安田 住民の年齢構成では、東京の平均年齢が43.8歳に対して深センは32.5歳。東京都民において65歳以上の高齢者が占める率は22.7%ですが、深センは新興都市なので、高齢化率は3%くらいしかない。未来の可能性という点では、東京は深センに負けています。
山谷 具体的な数字を出して、比較点を絞らないとダメですよね。……でも、個人的には比較対象が「東京」でも大雑把すぎるかな。ソニーのある品川とか、パナソニックのある門真、くらいピンポイントの場所を挙げて、深センの○○地区と比較するなら妥当な気がします。
安田 「東京都vs深セン市」にしても、医療とか社会保障とか公共交通インフラの充実度とか、別の視点も持ってしかるべきですしね。あと、深セン市は監視カメラが134万台もある街。立ちションも援交もゲス不倫も、悪いことをやるには勇気が必要です。一般的な日本人の感覚で、本当に「日本より幸福」と感じられるかは疑問もあります。
中国のゲームは確かにつまらない
安田 藤田祥平さんはゲーム分野がメインのライターなので、当該記事で言及された「コンテンツ」はおそらくゲーム分野を指すかと思います。(記事を読みながら)えーと、例えばこんなことが書いてありますね。
>深セン市で体験したほとんどすべてのコンテンツのクオリティは、目を覆いたくなるほど低かった。(中略)ことコンテンツ創造にかんする、文化的蓄積がないのだ。
>だからこそこの国に、娯楽として洗練された日本のコンテンツをうまく輸出するべきだ。比喩的にいえば、悟空やマリオやピカチュウが向こうで泣き寝入りしないような形で、輸出するのだ。
>ここまでは、他の誰かがすでに言っていることの焼き増しである。ここに付け加えるとすれば――日本の優れた人材さえをも、うまく輸出することだ。
深セン市羅湖区。香港とのボーダー付近は開発が早期におこなわれたため、現在はむしろ市内では相対的に古臭い街並みになっている。
山谷 確かに中国のコンテンツのクオリティは低いのも目立ちますね。VRとか実に低い。
安田 でも、ゲーム分野で日本からの正規版コンテンツの輸出はとっくにされていますよね。2015年に中国に上陸したスマホゲーの『ドラゴンボールZ ドッカンバトル』はめっちゃ流行りましたし、日本で売上げがすごい『Fate/Grand Order』(同じくスマホゲー)も、日本発のゲームとしては中国でのユーザー数が記録的に多い。最近、山谷さんがドハマりしている『魂斗羅 帰来』(同)もそうです。
山谷 だから「何を今更」ってツイッターに書いたんですよ。むしろ『魂斗羅』みたいに、日本のメーカーがコンシューマー機向けの新ソフトを作れなくなって、中国企業にライセンスを貸しちゃうみたいな例が最近は出ているわけで。
安田 ただ、中国のゲームってあまり面白くないですよね。中国人ってネトゲとかスマホゲーが大好きで、中国産ゲームもバンバン出ていますが、総じて日本のコンシューマー機向け基準での「良ゲー」に迫るものは少ない印象です。
山谷 中国ではコンシューマー機向けのゲームだとすぐに海賊版が出るので、ネトゲとスマホゲーしか採算が合わないんですよ。ただ、ご存知の通り、これらはリアルマネーの課金額と強さがおおむね比例する。地道なレベル上げや「やりこみ」みたいな楽しみは薄いですよね。
安田 中国はゲームだけじゃなくリアル社会からして、人間のレベル上げは重課金が前提。
山谷 ですよね。話をネトゲやスマホゲーに戻すと、これらはシステムデザイン上、どうしても内容が平板かつ単調になりがちなので、コンシューマー機向けゲームみたいなドキドキ感やストーリーへの感動みたいなものも薄くなります。ゲーム内の独特の世界観に没入して、サイドストーリーを想像するような余地も生まれづらいかも。
中国でヒット中の日本初のコンテンツ、『Fate/Grand Order』(上)と『魂斗羅 帰来』。いずれもそこそこは面白いが、一定レベルから先は課金しないと厳しく「多々買わなければ生き残れない」。
中国全プレイヤーの1000位以内に入った
安田 山谷さんは中国スマホゲー版の『魂斗羅』を相当やりこんでいますが。
山谷 中国全プレイヤーの1000位以内に入りましたよ。僕は小学生のときから『魂斗羅』の大ファンなんです。ただ、中国版は音楽やキャラなんかでオールドファンの心を相当につかむ作りにはなっているものの、やはりプレイ感は平板で単調なところがあります。それでもプレイしちゃいますが。
安田 藤田祥平さんの記事は「コンテンツがしょぼい」という指摘自体は事実を反映しているんですが、その処方箋として提示された「日本のコンテンツを輸出」は明らかに違う。
山谷 ですね。日本のコンテンツを輸出してカネに替えることはできている。でも、中国の業界的な限界やプレイスタイルの違いから、いくら輸出しても日本人の感覚で見て本当におもしろいコンテンツは生まれづらいんですよ。
優れた人材は『島耕作』の時代に中国に行った
安田 当該記事がもうひとつ提案していた「日本の優れた人材の輸出」ですが、一定の年齢以上のメーカーの研究職の人たちが、中国企業からがっつり報酬を提示されて海を渡って研究開発しているような現象って、すでに10年近く前から起きていますよね。
山谷 元サンヨーのおじさんが、シャオミで炊飯器作っている例とか有名ですよね。でも、日本の産業の視点からすると、これって声を大にして推進するようなことなのか……? 違うはずです。むしろ藤田さんが記事で嘆いていた、日本の停滞を加速させる結果にしかつながらないような。
安田 それ以前に、そもそも日本企業は1990年代からの中国ブームで現地にバンバン進出して、社内の第一線のエリートをいっぱい送り込んでいました。2000年代前半頃の『島耕作』に描かれている世界ですね。
山谷 中国に過適応して、中国ではバリバリに仕事ができたけれど本社に戻ってきたら何もできなくなっちゃった寂しいおじさんとかも大勢いますよね。元「優れた人材」というか。
上海のユニクロとGU。ユニクロは中国において「日本企業の冬の時代」が来たあとも元気に展開している日本企業のひとつだ。
今は中国側が日本の「優れた人材」やその知識を必要としていない
安田 日本企業から見ると、2010年ごろまでは中国へ「優れた人材」をたくさん送り込んできたけれど、中国でうまくいかなかったり政治的リスクがあったり人件費が上がったりで、ここ5年くらいは中国離れが進んでいるわけです。だから、いまの中国を見て日本の「優れた人材」が少なく見えてしまうのは、当たり前ともいえる。
山谷 なにより、中国側が日本の「優れた人材」やその知識がいらなくなっている。特に産業面における日本へのリスペクトは明確に減りました。例えば僕自身の話なんですが、かつて2005年頃に中国ポータルサイト大手の網易(NetEase)から「日本のスゴイ電子製品やITについて記事を書いてくれ」と頼まれたことがあったわけですよ。
安田 書いてましたね。当時はまだ、ソニーとかパナソニックとか、中国ではバリバリのトップブランドでした。
山谷 網易、2005年当時はもう三顧の礼で書いてくれと言っていた。彼らは「最高額の原稿料を出す」と言って、それが1本100元(約1500円くらい)でしたっけ。一生懸命書きましたよ(笑)。
安田 中国の原稿料で100元は高い! でも、一番高くて1本100元ってことは、月に20本書いても2000元だから、ホンハイ工場でiPhoneを組み立てる人の月給の半額以下ですね。中国で文筆で食っていくのはキツそうだ……。さておき、網易の連載のその後は?
山谷 2014年頃に「もういいです」と言われて切られちゃった。中国として、電子製品やITの世界で日本を仰ぎ見ることはもうなくなっちゃって、学ぶべきものはないということなんでしょう。
安田 それらにかわって、近年は旅行やグルメの対象としての日本のブランド感が上がってきた感じはありますけどね。日本の旧来の産業の没落と、中国の都市部の人たちが豊かになったことで、従来とは別の部分がウケるようになってきた。
山谷 最近、百度(バイドゥ)の地図で検索すると「深夜食堂」っていう店名がぼこぼこ出てくるんですよ。日本のマンガが原作のあれです。中国で作られたリメイク版ドラマは出来がめちゃくちゃひどくてネットでも大炎上していたんですが、日本の居酒屋の空気感にあこがれる中国人は多いみたいで。現在のトレンドはこういう部分ですよね。
(後篇「過剰な『日本下げ』『中国スゴイ』論に物申す」に続く)
―――
広東省広州市内のナイジェリア人街の食堂で。
山谷剛史(やまや・たけし)/1976年東京都生まれ。中国アジアITジャーナリスト。中国雲南省昆明を拠点に、アジア各国の現地一般市民の状況を解説するIT記事や経済記事やトレンド記事を配信。「山谷剛史の「アジアIT小話」」、「山谷剛史のマンスリーチャイナネット事件簿」、「中国ビジネス四方山話」、「山谷剛史の ニーハオ!中国デジモノ」などウェブ連載多数。著書に『中国のインターネット史』(星海社新書)、『新しい中国人』(ソフトバンククリエイティブ)など。講演もおこなう。
前回記事の顔伯鈞取材中、タイ国鉄の車内で。
安田峰俊(やすだ・みねとし)/1982年滋賀県生まれ。ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。中国の歴史や政治ネタからIT・経済・B級ニュースまでなんでもあつかう雑食系だが、本業はハードなノンフィクションのつもり。著書に『和僑』『境界の民』(KADOKAWA)、『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)、編訳書に『「暗黒」中国からの脱出』(文春新書)など。
(安田 峰俊)