強権的だったり、排外主義的な発言を繰り返したりする政治家が、民主主義の国々で目につくようになりました。ポピュリズムという言葉もよく耳にします。民主主義はなぜいま、揺らいでいるのでしょうか。北海道大学の吉田徹教授(政治学)に聞いたところ、①中間層没落の危機②社民政党の変質③緊縮政策の影響、の三つを挙げました。(構成:GLOBE編集部 大島隆)
戦後の政治経済体制の枠組みとなったリベラル・デモクラシーは、端的に言えばコミュニズムとファシズムからの挑戦を受けた戦前の反省に立って、資本主義と民主主義の両立を目指す条件を内外で確立しようとしたものだったといえます。「埋め込まれた自由主義」や「社民主義的含意」などと呼ばれることがありますが、階級間格差を国家が介入することで是正し、労働を通じた社会的包摂を実現させることで戦後秩序は成り立ちました。こうしたリベラル・デモクラシーが揺らいでいるのは、その前提が崩れているからです。ここでは、長期、中期、短期にわたる三つ仮説を掲げてみましょう。
戦後、先進国で人類史上はじめての経験となったのは不平等が是正され、中間層と言われる人たちが多数派となった社会が実現したことです。言い換えれば、戦後にリベラル・デモクラシーが定着したのはそれが原理原則として支持されたからではなく、戦後に不平等が解消されて中間層が生まれ、その恩恵を享受した中間層がそれを支持したからです。しかし先進国の多くの国で80年代以降に中間層が縮減していき、2000年代後半に半数を割ることも珍しくなくなりました。結果としてリベラル・デモクラシーも揺らぎをみせることになります。
では何が中間層を縮減させていったのか。理由のひとつはやはり経済のグローバル化とサービス業へのシフトがあります。製造業の衰退など産業構造の変化があげられます。先進国では1970年代と比べた場合、製造業雇用は半分以下になっています。西欧ではかつての石炭・炭鉱や製造業が栄えた地域でポピュリズム勢力は伸長していっています。ラストベルトはアメリカだけではなく、イギリスにも、フランスにも存在しています。
産業間移動が上手にいけば問題ないでしょう。ただ、工業社会からポスト工業社会に移動していく場合、旧来の中間層は行き場をなくして空中分解します。サービス産業のハイエンドは高付加価値・高技能の働き手が求められる。ローエンドは飲食・介護といった対人サービスは低賃金の移民労働者に置き換えられることになります。
また、文化的には社会での価値観が変化していることへの反感があります。こうした旧中間層を代表する労働者層は文化的なリベラリズム、すなわち個人の自己決定権を尊重する社会や、多文化主義的な考え方に対する反感が強い。白人の男性労働者、つまり戦後のリベラル・デモクラシーによって勝ち組だった安定した雇用と人生の見通しを持ち得ていた人たちは、経済的にも社会的にもマイノリティになっているという疎外感を強めている。経済的にも社会的にも「グローバル化の敗者」が生み出され、その不満の受け皿となっているのがいまのポピュリズム勢力です。
これと関連して、二番目には社民政党をはじめとする既成政党の大きな変化が指摘できます。欧州ではいま、多くの国で社民政党が歴史的な敗退を経験し、それに代わるかのようにポピュリズム勢力が伸びています。
ポスト冷戦期になって、政治経済体制を対立軸とする保革競争の時代は過去のものになりました。そのため社民政党は90年代になって自己改革に取り組み、経済的にも社会的にもリベラル化していきます。「ニューデモクラッツ」を謳ったアメリカのクリントン政権は北米自由貿易協定(NAFTA)批准といった経済グローバリズムへと舵を切ります。「ニューレイバー」を標榜したイギリス労働党は国有化条項を削除し、「新しい中道」を掲げたドイツ社民党政権は労働市場改革を断行し、「多元的左翼」だとしたフランスの社会党政権は徹底した民営化を実現しました。つまり、市場を補完するのではなく、市場原理に忠実であることが、社民政党が政権を運営していくための条件になりました。
こうして経済的次元では保守政党と変わらない「リベラル」化を進めるのと引き換えに、これら社民政党は女性や移民などのマイノリティ権利や自己決定権を尊重するような文化的リベラルの旗を掲げるようになります。社民政党の成功を受けて保守政党の側も2000年代に入って文化的に「リベラル化」していきます。G.W.ブッシュは「人間の顔をした保守主義」を、英キャメロン保守党は「リベラル保守」を掲げました。キャメロン政権同様、ドイツのメルケル政権は同姓婚を実質的に認めてもいます。
しかしこうした既成政党の変容はポピュリズムが付け入るニッチ市場をつくっていきます。経済的には大きな政府志向でありながら、文化的には権威主義的で共同体主義的な志向を持つ人々が取り残されたからです。社民政党は経済軸でリベラルになり、対する保守政党も文化的にリベラルになったことで、保革にまたがる形で「リベラル・コンセンサス」ができあがり、政治的代表性が偏ったものになりました。
「あらゆるファシズムの裏には革命の失敗がある」とは哲学者ベンヤミンの言葉です。1990年代から2000年代にかけて伸張した先進国のポピュリズム勢力は、経済的に保護主義的で、文化的に権威主義的ですが、これは保革の既成政党が変化したことで生まれた空白地帯があったからです。
三つ目のものは、各国の緊縮政策です。リーマンショックやユーロ危機の影響は日本で思われる以上に深刻なダメージをもたらしています。恐慌に際して各国政府は財政出動と金融緩和を協調的に行ってシステミック・リスクを回避しました。しかし、そのことがその後の緊縮政策をより厳しいものにします。イギリスでは付加価値税を数年で5%も引き上げ、社会支出を除けば予算を2割も減らしています。フランスでも財政赤字を数年で半減させました。その結果、需要が削られて、中高年の長期失業化や若年層のアンダーエンプロイメント(教育投資に相当しない仕事への従事)など、社会的弱者にしわ寄せが及びました。
緊縮策は、グローバル化に棹さすことで自律的に豊かになれる大都市に対して、必要な公共サービスすらも十分に提供されず、衰退していく地方や過疎地との格差を深刻なものとします。そのため、地方は反グローバル、反リベラルの傾向を強めていきます。一国の中でも、住んでいる地域や就いている職業によって置かれる状況が全く異なっています。有権者の投票行動をみても、将来を楽観している層と悲観している層に二分化し、後者がポピュリスト政治家に期待を寄せていることがみてとれます。
まとめれば、戦後多数派となった中間層が縮減していること、既成政党の変質によって人々の政治的代表性が欠落するようになったこと、先進国の超緊策によって社会が痛んでいること。これらが同時並行で進んでいることが、結果としてリベラル・デモクラシーの変調につながっているといえます。その中で政府は保護を必要とする人々と、むしろ政府の介入を邪魔だと考える人々との間で身動きがとれなくなっていまっています。
ドイツの政治経済学者シュトレークは、第二次世界大戦が終わって資本主義と民主主義の間の強制結婚があったと言います。ただ時間が経つにつれて、資本主義と民主主義は再び敵対するようになっていっています。リベラリズムは非デモクラティックに、デモクラシーは非リベラル化していく傾向に歯止めがかかりません。戦後期も終わり、リベラリズムとデモクラシーは、再び分離していっているのが現状なのかもしれません。
◇吉田徹(よしだ とおる)
1975年生まれ。専門は比較政治、ヨーロッパ政治史。著書に「感情の政治学」、「ポピュリズムを考える」など。
■GLOBE「豊かさのニューノーマル」の「独裁のスイッチ」編はこれで終わります。