今や国民的な関心事のメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)。元凶としてしばしばやり玉にあがるのが「食の洋風化」だ。だが最近、その洋風の「地中海食」が、メタボや生活習慣病の予防に良いと注目されている。和食の一足先にユネスコの無形文化遺産になった地中海食。普段の食生活にどう取り入れればよいか、専門家に聞いてまとめた。
「特につらい食事制限もせず、体重が元に戻った」。東京都内で喫茶店を営む伊東ひさ代さん(58)は、笑顔で話す。約10年前に今の店を出した伊東さんは、仕事のストレスから食べる量が増え、体重も急カーブを描いて上昇。気付いたら3年間で10キロも太り、生活習慣病を招いた。
このままではまずいと思った伊東さんは、インターネットで見つけたメタボ治療が専門のウェルネスササキクリニック(東京都板橋区)に予約を入れる。そこで院長の佐々木巌さんから“処方”されたのが、薬ではなく地中海食だった。
月に一度通院しながら、地中海食を主とした食生活を続けた結果、2年間で体重が10キロ減少。「肌つやもよくなった」(伊東さん)
地中海食は文字通り、ギリシャやイタリア、スペインなど地中海沿岸地域に伝わる食文化。穀類や魚介類、乳製品、野菜、果物をバランスよくとり、油脂分はオリーブオイルを中心に摂取するのが特徴だ。2010年にユネスコの無形文化遺産に登録された。
医療関係者の注目を浴びたのは、米国の研究者らが1950年代に行った冠動脈疾患の国際比較調査。地中海沿岸の住民の発症率が低いことが明らかとなり、その原因が普段の食事にあるらしいことがわかった。その後の研究によって医学的な裏付けが進み、欧米で肥満が社会問題化した1990年代に、一般の人たちの間でも関心が広がった。
■鶏肉は1日おき
地中海食は(1)穀物や豆類、果物、野菜、乳製品を毎日とる(2)1日おきぐらいで良質のたんぱく源である鶏肉や魚介類を食べる(3)高脂肪の肉類は控えめにする、などが基本(図参照)だ。あくまで地中海地方の日常食だけに「何かを無理に制限するダイエット法ではない」(佐々木さん)。
もうひとつのポイントは、オリーブ油をふんだんに使う点だ。オリーブ油は他の植物性油に比べてオレイン酸が豊富。オレイン酸は、生活習慣病の原因となるいわゆる悪玉コレステロールを減らす効果がある。
一般的な植物性油に比較的多く含まれるリノール酸にも悪玉コレステロールを減らす効果はあるが、同時に善玉コレステロールも減らしてしまうのが欠点だ。
地中海食に詳しいオリーヴァ内科クリニック(東京都世田谷区)の院長、横山淳一さんは「オリーブ油を使って各食材のうま味を引き出すのが地中海食の特徴」と説く。
■和食との融合も
では、実際に地中海食を毎日の食事に取り入れるには、どうすればよいか。
イタリアオリーブオイル協会が認定するオリーブオイルソムリエで料理研究家の片幸子さんは「オリーブ油の最大の特徴は風味と香り。サラダに塩とオリーブ油をかけるだけでおいしいし、温野菜にかけてもいい」と提案する。いため物や、魚のパン粉焼き、カツレツなどの揚げ物にもおすすめという。
穀物や豆類、野菜、魚を多く摂取する地中海食は、実は、和食との共通点も多い。そこに着目した松生(まついけ)クリニック(東京都立川市)の院長、松生恒夫さんは「地中海式和食」を患者にすすめている。
消化器系疾患が専門の松生さんは、地中海食は「大腸がんなどの予防にも効果的」と指摘する。
著書で紹介している地中海式和食は、肉ジャガにトマトを加えた「トマト肉ジャガ」や、豆腐の代わりにヨーグルトとカッテージチーズを使った「そら豆のチーズ白和え」といったユニークな料理から、納豆や豆腐にオリーブ油をかけるだけの簡単レシピまで、実に多彩だ。松生さんは「ちょっと工夫すれば、洋食が苦手な人でも地中海食を実践しやすいはず」と話す。
■楽しむ食事、ストレス予防に
地中海食は、広くとらえれば、単に食材の話にとどまらない。「地中海食を効果的なものにするには、食事の仕方も大切」(ウェルネスササキクリニックの佐々木さん)
地中海地域は、土地の伝統的な食生活や食材を見直す運動「スローフード」の発祥の地でもある。時間に追われる現代でも、食事は必ず、家族や友人らとワイングラスを片手に楽しくおしゃべりしながら時間をかけてとるという人も多い。赤ワインにはポリフェノールに代表される抗酸化物質が多く含まれ、動脈硬化の予防につながる。
そうした昔ながらの食事のスタイルを今なお維持していることが、地中海食が無形文化遺産に選ばれた理由でもある。佐々木さんは「リラックスした気持ちで食事をする地中会食はストレス予防効果もある」と話す。
(ライター 猪瀬 聖)
[日経プラスワン2013年12月7日付]
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