2017年12月12日 06:00
今回は「10GBASE-T」を離れ、4K映像の無線伝送に対応した新バージョン「2.0」が2017年にリリースされた「Miracast」について解説する。今後、本連載は毎週火曜日に掲載していく。(編集部)
Wi-Fi Allianceは2017年7月に、Miracastに4Kの再生に関する認証を追加した。これに絡め、今回は「Miracast」について簡単にご紹介したい。
「Wi-Fi Direct」をベースに、映像と音声を伝送する「Miracast」
Miracastは、「Wi-Fi Direct」をベースに、映像と音声を伝送する規格である。まずはこのWi-Fi Directについて、かいつまんで紹介しよう。
Wi-Fiに関わる標準化や認証、プロモーションを行う業界団体である「Wi-Fi Alliance」が、Wi-Fi機器同士をアクセスポイントなしで直接接続できるようにした規格として2010年に策定したのが「Wi-Fi Direct」である。技術的には、通信の物理的な規格は既存のIEEE 802.11(とその後継)に準じており、その上位層でPeer-to-Peer通信を行えるようにした仕組みとなる。
Wi-Fi Directでは、以下の3つの仕様書が規定されている。
- Wi-Fi Peer-to-Peer (P2P) Technical Specification
既存のIEEE 802.11xxの上でPeer-to-Peer通信を行うための仕組み。2016年にリリースされたバージョン「1.7」が最新
- Wi-Fi Peer-to-Peer Services Print(P2Ps-Print)Technical Specification
Wi-Fi P2Pの上で印刷サービスを実行(例えばカメラからプリンタに直接画像を送って印刷)するための仕組み。2014年のバージョン「1.1」が最新
- UPnP File Transfer Service Technical Specification
Wi-Fi P2Pを利用して、ファイル転送を行うための仕組み。こちらも2014年のバージョン「1.1」が最新
Wi-Fi Directの実装により、カメラをプリンターに直接Wi-Fiで繋いで印刷したり、スマートフォン同士を繋いでファイル転送を行うなど、さまざまな用途で現在も広く利用されている。
消えた3つのワイヤレス映像出力規格
このWi-Fi Directをディスプレイ出力に使えないか? というのがMiracastの基本的なアイディアである。この「ワイヤレスでの映像伝送」というアイディアは、それ以前にも多く存在した。
例えば2009年に、「Wireless Gigabit Alliance」(現在はWi-Fi Allianceに統合)という団体が、60GHz帯の周波数を利用して最大7Gbpsの伝送速度を持つ「WiGig」という標準規格を策定する。通信プロトコルはIEEE 802.11互換で、既存のIEEE 802.11のMAC層に多少手を入れて拡張したものだが、このWiGigを利用して、ディスプレイやプロジェクターを接続する「WiGig Display Extention Specification」が2013年にリリースされている。
同じく60GHz帯の周波数を利用するものとしては、「WirelessHD Consortium」が策定した「Wireless HD」という規格が、2008年に最初の標準化を完了している。当初は4Gbps程度の伝送速度だったが、その後10~28Gbpsまで伝送速度が引き上げられている。
さらに、もう1つ挙げれば、こうした動きに先立つ2004年に、「USB-IF(USB Implementation Forum)」が策定した「Wireless USB」がある。こちらは「UWB(Ultra Wide Band)」という3.1~10.6GHzの広い周波数帯を利用して通信を行うもので、伝送速度は近距離で60Mbps、長距離で14Mbpsと、それほど高速ではなかったが、続くアップデートでは速度を向上するとともに、画面出力をUSB経由で飛ばすことが、当初からアイディアとして入っていた。
こうしたアイディアの全てがうまく行かなかったのは、最終的にはコストの問題だった。どの方式も既存のRF(Radio Frequency)とは互換性がないため、追加でチップを搭載する必要があり、この点にどのメーカーも難色を示したというわけだ。
Wi-Fiが普及した大きな理由の1つは、Intelが“Centrino”というキャンペーンにおいて、自社製Wi-Fiチップの搭載を必須としたことにある。卵と鶏ではないが、誰かが無理やりにでも搭載させるのでもない限り、チップの値段は下がらず、搭載したところで使えるデバイスが限られてしまい、結局敬遠される。これら3つの規格も、こうしたネガティブフィードバックのループからは結局抜け出せずに消えてしまった。
既存のWi-Fiチップ利用で成功した「Miracast」
話を戻すと、Miracastが成功した理由は、既存のWi-Fiチップをそのまま利用できた点にある。もともとのWi-Fi Directが、既存の無線チップをそのまま利用してPeer-to-Peerの通信を行う規格で、その上に乗ったものなのだから、これは当然とも言える。
Miracast(正確にはWi-Fi Display Technical Specification)の1.0は、2012年8月に公開されている。2009年に終わったIEEE 802.11n標準化作業の後を受け、IEEE 802.11acの標準化作業に向けてワーキンググループが活発に作業を行っている時期である。
IEEE 802.11nの最大通信速度(理論値)は、帯域20MHz・MIMO不使用・GI(Guard Interval)800nsの場合で65Mbps程度、40MHz帯域で4×4 MIMO、GI 400nsだと600Mbpsとなっている。実効帯域は当然もっと少ないが、約6割と見積もっても39~360Mbps程度の帯域が確保されることになる。これ以前の11aや11g/bの場合、理論値でも11~54Mbps、実効速度だと6.6~32.4Mbpsとなり、かなり低解像度のディスプレイならともかく、フルHDだとなかなか厳しい。
これもあってWi-Fi Allianceでは、「Miracast Certification」(認証)の最低要件をIEEE 802.11n以上とした。もっと正確に言えば、まずベースとして「Wi-Fi Certified n」「WMM(Wi-Fi MultiMedia)」「WPA2」の各認証を取得した上で、さらに「Wi-Fi Protected Setup」と「Wi-Fi Direct」の認証を取得した状態で、初めてMiracastの認証を取得できるという構造にした。
ただ、誤解のないように書いておけば、IEEE 802.11n(と、後から追加されたIEEE 802.11ac)が認証の必須要件だからといって、必ずしも通信がこのフルスピードで行われているとは限らない。実際、例えば急に回線状況が悪化したりすると、画面の書き換えが間に合わないといったことは起こり得る。このあたりはワイヤレスである以上、避けられない話だ。ただ、伝送プロトコルとして「RTSP(RealTime Streaming Protocol)」を採用しているため、こうした転送速度の変化をフォローできるようになっている。
Wi-Fi Directをベースに画面を圧縮伝送
次は、基礎となるWi-Fi Directにどうやって画面を通すかである。消えたワイヤレス画面伝送規格であるWiGig、WirelessHD、Wireless USBなどは、基本的に映像信号を非圧縮で伝送することを目標にしていた。が、Miracastではこれをあっさり放棄し、H.264(後にH.265も追加)での非可逆圧縮により伝送を行っている。このため、Miracastドングルなどの場合には、H.264/H.265のハードウェアエンコーダーを内蔵することで対処している。
幸いにも昨今では、PCにしてもスマートフォンにしても、通常はハードウェアでの動画エンコード/デコード機能がCPUやGPUに搭載されているので、これを利用すれば特にハードウェアエンコーダーなどを追加せずに済む。この“画面を圧縮する”方式により、Wi-Fiを使いながら比較的安定して映像の伝送が可能となっている。
ちなみに圧縮されるのは映像だけでなく、音声も「AAC」または「AC-3」で圧縮される。こちらは映像に比べ、そもそものデータレートが低いこともあり、非圧縮のリニアPCM(48Kbps、16bit、ステレオのみ)での伝送もサポートされている。また著作権保護には「HDCP」がそのまま採用されている。
Windows 8.1への採用でPCでも一般化2014年に11ac、2017年に4KとH.265をサポート
さてこのMiracastだが、最初の「1.0」が2012年にリリースされると、スマートフォンなどでの採用事例がどんどん増えていった。PCでも、こちらの記事の通り、MicrosoftがWindows 8.1でサポートを追加したこともあり、ネットワークドライバーさえ対応すれば、すぐにMiracastで画面を飛ばすことが可能になっている。
その後、2014年に「HDCP 2.2」に対応すべくバージョンが「1.1」に上がった。そして、IEEE 802.11acの標準化に合わせて、これを追加したりしながら改定を重ね、さらに4K FHDのサポート(オプションで3840×2160@60fpsが可能)と、H.265のエンコードを追加したものが、2017年4月にバージョン「2.0」としてリリースされている。さらに7月には「2.1」がリリースされているが、これは不具合の修正などを行ったものだ。
この後にやってくると思われるのは、現在策定作業がほぼ終わりつつあるIEEE 802.11axへの対応だろう。その後には、仕様こそWiGigとして定まったものの、一度は立ち上げに失敗したIEEE 802.11adへの対応になりそうだ。今後は高速な規格には積極的に取り組んでゆくことになるだろう。またディスプレイの側も、すでに4Kは普及帯製品に入りつつあり、5Kや横長など、この先もまだまだ大型化する傾向にある。このあたりも、次やその次のバージョンで取り込むことになると思われる。
現状の問題点としては、ほとんどのMiracast対応ディスプレイが受信のみとなっていることだ。実はMiracastそのものは双方向通信に対応しており、タッチ操作をPCやスマートフォンといったホストに伝達することが可能となっている。実際にそうした製品も存在するが、ごくわずかだ。
この点は、ホスト側にも問題がある。例えばWindowsにおけるMiracastの実装は送信のみで、Miracastで繋がった先のデバイスから、タッチ操作などが送信されても受け取る機能がない。これに関しては、送受信機能を持った、例えば「Air Server」などのMiracastソフトウェアと入れ替えることで対応は可能である。ただ今のところは、“事実上”片方向での対応と考えておくべきだろう。
また、Wi-Fi Directをベースとしているので、基本は1対1接続となる。ということは、例えば3画面を繋ぎたいと思ったら、本体側のWi-Fiで1画面はサポートできるとして、残る2画面分はMiracastドングルを別途用意する必要があることになる。実際には、うまくチャネルなどを工夫しないと信号の干渉で速度が落ちそうな気もする。こちらに関しては、少なくとも筆者の知る限り、Wi-Fi Allianceでは対応する予定はない模様だ。