インタビュー
» 2017年12月12日 08時17分 公開

異世界転生「JKハル」:早川書房が「ネット発の官能小説」を書籍化したワケ (1/3)

早川書房が12月に刊行した『JKハルは異世界で娼婦になった』。ネット発、異世界転生、官能小説という一風変わった小説だ。なぜあの早川書房が『JKハル』を書籍化したのか? 直撃した。

[青柳美帆子ITmedia]

 クールな面持ちの制服少女が、こちらに視線を投げている。ピンクと黒を基調にした表紙に書いてあるタイトルは『JKハルは異世界で娼婦になった』。帯には「『女子高生ハル』が生き抜く手段は『春を売ること』だけだった」とある。あの早川書房が12月に刊行した小説だ。

 早川書房といえば、ミステリやSF小説、ノンフィクションを数多く出版している老舗。しかし本書は一風変わっている。書いたのは北海道在住の男性。小説投稿プラットフォーム「小説家になろう」の派生サイト「ムーンライトノベルズ」で連載された、異世界転生ものの官能小説なのだ。

ハヤカワが12月に刊行した『JKハルは異世界で娼婦になった』

 「えっ、ネット発? 異世界転生? しかも官能小説?」と頭の上にハテナマークがたくさん浮かぶ方も多いのでは。『JKハル』は2016年10~12月にかけて「ムーンライトノベルズ」で連載。固定読者から支持されていたが、17年8月に突如Twitterで大きく盛り上がり“発見”された。書籍化への期待が寄せられる中、11月に早川書房での書籍化が発表。「まさかハヤカワで……」と多くの読者が驚いた。

 なぜ早川書房は『JKハル』を書籍化したのか。早川書房の「インターネットとの付き合い方」とは? 本書の編集担当の高塚菜月さんに直撃した。

『JKハルは異世界で娼婦になった』が早川書房で書籍化されるまで

――『JKハル』の書籍化までの経緯を教えてください。どうやって作品に出合ったのでしょうか。

 『JKハル』は、8月下旬にSNSで話題になっていました。『となりの801ちゃん』で知られる801ちゃん(@801_chan)が熱心に布教していて、『トッカン 特別国税徴収官』などの著者・高殿円さんも「今すぐ読むべきだ!」とオススメしていました。私も同僚から聞いて早速編集者何人かで読んだところ、みんな「これは面白いね!」と。「できることなら早川書房で出したい」という思いを抱きました。

 『JKハル』は、現代を生きていた女の子が、突然異世界に転生してしまう物語。その世界はひどい男尊女卑思想に染まっていて、主人公は生きていくために娼婦になることを選ぶ。とはいえ、悲壮な感じはありません。異世界転生の世界で、軽やかに強く生き抜く女の子が描かれているんですよね。出だしが〈あたしがこっちの世界に来てまず一番ウケたのは避妊具が草ってことで、「やべ、草生える」って爆笑したら、「生えませんよ」とマダムは真顔で言った〉と軽妙な書き方。それでいて展開には深みもあり、爽快感もあり、フェミニズム的要素もあります。

――高塚さんの最初の感想はどのようなものでしょうか?

 まず「タイトルを見たときの最初の印象と内容のギャップがすごい」。さらに素晴らしいカタルシスがある。個人的に「驚き」がある小説が好きなんです。細かいルール設定がちゃんとしている上に、作中でずっと伏せられていたカードが明かされる瞬間がとてもよかった。

 他の女性編集者からは「異世界舞台の物語だが現代の女の子たちが虐げられている状況も反映されている」、男性編集者からは「『異世界転生もの』というジャンルをこういう形で料理できているのが面白い」という声があがりました。「ムーンライトノベルズ」(「小説家になろう」派生の女性向け18禁小説サイト)に掲載された小説ではありますが、読者は女性に限らず、男女ともに楽しめます。

――早川書房は「なろう」などの小説投稿プラットフォームの作品をよくチェックしているのですか?

 それが、できていなかったんですよ。「なろう」の専門レーベルを持つ他社さんはおそらく隅々まで「なろう」作品に目を通していて、良作を見つけ出すノウハウや出版の知見もたまっています。一方で早川書房は「本腰を入れてチェックしなければいけない」とは思っていても、後手に回っている状況にありました。さまざまな出版社が「なろう」発の作品を出している中で、早川書房はほぼ最後発。本作が初めてです。

 だから「『JKハル』を書籍化したいけど、どうやって出せばいいんだろう!?」というところからスタートしました。でもその辺りのノウハウは、「なろう」運営のヒナプロジェクトさんがしっかりと整備しているんですね。事務局が間に入ってくださり、作家さんと出版社をつなぐ仕組みがすでにできている。すんなりと著者の平鳥コウさんに連絡が取れました。

――平鳥さんの反応は?

 「予想外の会社だった」とおっしゃってました(笑)。数社から声がかかったなかで検討していただき、最終的に早川書房を選んでいただきました。もともと平鳥さんがSF・ミステリ好きだったのも大きかったようです。

――本作はR18媒体に投稿されていて、性描写も話の主軸になっています。その書籍化企画に対して社内での反発などはなかったのでしょうか?

 どういった書籍を18禁にするかは線引きがとても難しいのですが、反発はなかったですね。早川書房では『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』という米国を中心に大ヒットした小説を刊行しています。ジャンルはいわゆる「マミー・ポルノ」――主婦が書いた女性向けの官能小説ですが、日本で刊行する際は18禁小説としては出していません。

 『JKハル』も同じです。懸念するとしたら「18歳未満の読者が読んで誤解するような性描写ではないか」ということでしたが、痛みも描かれており、性暴力を肯定するような内容ではないと判断しました。性描写はやはりこの作品の欠かせない要素なので、書籍化に際して大きく削るようなことはしていません。

――「なろう」発の小説は、表紙デザイン、タイトルのフォント、判型などに、ジャンル共通の雰囲気を感じます。書店によっては「なろう発の小説コーナー」があったりしますね。ただ、『JKハル』のデザインはやや雰囲気が異なる気がします。

 判型やデザインはいろいろと議論しましたが、「この小説に一番合う形で作ろう」という結論に至りました。デザイナーさんもイラストレーターさんも作品をしっかり読みこんでくださり、かなりイメージを共有できていましたね。「女性向け」を意識しすぎず、幅広い読者に読んでもらえることを目指しました。

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