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第470話 献杯
―――トライセン・とある墓地
トライセンの首都からやや離れた場所には、辺りを一望できる丘がある。砂漠や荒れ地が広がるトライセン国内において、数少ない美しき草原の広がるこの場所は、死者が安らかに眠る為の墓所。その中に並ぶ墓石の1つを前に、2人の男達が佇んでいた。片や暗黒の全身鎧を身に纏った巨体、ジェラール。片や、白銀の鎧を着込んだ屈強な老人、ダン・ダルバ。死神の右腕と鉄鋼騎士団将軍は、ジン・ダルバの名を刻んだ墓石の前に向かう。
「少しばかり遅れてしまったが、ワシからも手向けの酒を贈らせてもらおう」
そう言葉にしたジェラールは酒瓶の栓を開け、その中身を墓石の真上から流し始めた。トクトクと墓石に注がれる酒は、太陽の光を浴びて輝きを帯びる。
「普通、手向けといえば花ではないか?」
「フッ、男から花なんぞ貰っても、何も嬉しくないじゃろうて。それにこれは、ワシが最も好むガウンの獣王酒という酒でな。喉が焼けるほどに強いのじゃが、同時に如何にも酒を飲んでいると実感する事ができる。天国に行ってしまった奴にも、きっと届くじゃろう」
酒瓶の中身が半分ほどになると、ジェラールは墓石に酒を注ぐのを止め、残りを2口の杯に入れ始める。杯から酒が溢れるギリギリのところまで注ぎ終わると、酒瓶はちょうど空になった。
「ダン殿、これを」
「……かたじけない」
2人は墓石の前に座り込み、これを一気に飲み干した。喉を通る刺激がやがては鼻から抜けて、ダンは空になった杯を眺めながら息を漏らす。
「確かに、こいつは強いな。ガウンの酒か…… そう言えばあの時、ガウンにトライセンの酒を携えて持って行った事もあったか」
「あの時とは、戦時中の話か?」
「うむ。我らが魔王の言葉に惑わされ、各国の国境線に攻め入った頃の話だ。尤も、獣王の息子共には振られてしまったのだが」
「ハッハッハ、それは無理もない事じゃろうて」
「今更ではあるが、あの時の自分の行動が信じられんよ。ガウンの獣王に会っていなければ、今頃どうなっていた事か…… おっと、実はワシもこいつを持参しておりましてな。ささっ、杯を」
「おっと、それでは失礼して」
墓石を前にして、2人は暫く持ち寄った酒を飲み交わし合う。その間に出てくる話題は、大体が昔の思い出話であった。それが酒の肴になったのかは2人にしか分からないところだが、酒は進む。そんな中、ふとジェラールが神妙な面持ちで杯を地面に、両手を膝に置いた。
「ダン殿、改めて謝ろう。ジン殿を殺めてしまい、申し訳なかった」
「またか、ジェラール殿。いくらワシが年老いたからといって、謝罪の言葉の数くらいは覚えておるよ。お主の事情はシュトラ様から聞いておるし、ワシも納得しておる。何よりも、諸悪の根源はジルドラとかいう敵であったのだろう? ジェラール殿はそれを討った。なら、それで良いではないか」
「しかし……」
「しかしもかかしもない。それ以上言ってくれるな。ジンの奴が未練がましく、この世に魂を置いていってしまうであろうが。ワシはそんな事は望まん。あいつはトライセンの騎士として戦い、戦死した。それだけの事なのだ」
「……せめて、遺体だけでも持って来れれば良かったのだがな」
「フハハ、トライセンを滅ぼすおつもりか? まあ、その気遣いだけは受け取っておこう。恩に着る」
ダンがジェラールの杯を、再び酒で満たす。以降、2人は沈黙する事が多かったが、不思議と居心地は悪いものではなかった。黙々と酒を口に含み、飲み干す。ただただそれを繰り返した。
「……これだけ飲んでいるというのに、酔っている気がせんな。だが、悪くない」
「ダン殿は正真正銘の老体なんじゃから、無理は禁物じゃ。どれ、持ち寄った酒も空になった。そろそろ戻るとしよう。む、そうじゃそうじゃ。ダン殿に渡すものがあったんじゃ」
「渡すものとな?」
「これじゃ」
ジェラールは懐のクロト経由で、1本の剣を取り出した。ジルドラとの戦いの後、遺体の代わり遺品として持ち帰った銃剣である。ケルヴィンの白魔法で完璧に無毒化し、ジェラール自身が入念に手入れしている為、現在は新品同様の真新しさが感じられる。
「ジン殿の所有物という訳ではないが、彼が最後に握っていた武器がこれじゃ。どうか、これを遺品代わりに受け取ってはくれまいか?」
「………」
ダンはその銃剣を暫く見詰め、首を横に振って返答する。
「それは、ジェラール殿が持っていてくれ」
「何?」
「その剣をこの場に突き刺し、ジンの弔いに使うのも間違ってはいないだろう。だがな、それは平和な世になってからの話なのだ。今の世の剣は決して飾りではない。斬り伏せ、打ち倒してこその剣だ。この通り、最近は体がどうも言う事を聞かなくなってな。次の決戦とやらに、ワシは参戦できそうにないのだ。だから、そいつを代わりに連れて行ってくれ。ワシの代わりに、その剣で勝利を勝ち取ってくれ」
「ダン殿……」
「おお、そうだ、それが良い。いや、実際はな、ワシはお主を恨んでおるのだ、ジェラール殿。その剣を使い名を上げて、それを贖罪とする事としよう! 頼んだぞ、ジェラール殿!」
「ダ、ダン殿!?」
銃剣を押し返し、ダンは無理矢理その剣をジェラールに持たせる。それが許しであり、ダンの願いであった事はジェラールにも理解できた。
「あんたら、こんなところで何やってんだ? げ、やけに酒くせぇな、おい」
「む、誰かと思えば国王ではないか」
そんな2人に声を掛けたのは、現トライセン国王のアズグラッドだった。分かりやすく顔を曇らせ、臭いに対する嫌悪感を表している。
「国王が1人で出歩くものではない。さては、仕事をサボりにきおったな?」
「ダンだって国王に対する口の利き方じゃねぇだろ。残念だが、その予想は外れだぜ。俺は真っ当に城を出て、ダンを探しに来たんだ」
「どう真っ当なんだ、お前は……」
「国王の俺がそう認めたんだ。これ以上の真っ当な理由はないぜ? ああ、そんな問答をしに来たんじゃなかったな。ダン、暫く俺は城を空けるぜ! その間、トライセンをよろしく頼んだ!」
「……は?」
アズグラッドの唐突な宣言に、ダンは意味不明とばかりに口をくの字に曲げる。
「アズグラッド、そんな説明では何も理解されませんよ……」
「ならロザリア、お前から説明してくれ!」
別の墓石の裏から、今度は人間化したメイドさん、ロザリアが歩み出る。どうやら出るタイミングを見計らっていたようだ。
「もう1人分の気配があるかと思えば、ロザリアだったか。その格好はどうも見慣れないな……」
「して、肝心の出掛けるというのは、どういった用件なんじゃ?」
「はい。先ほどご主人様、ケルヴィン様より言伝を賜りまして、アズグラッドと共に実家へ帰省する事になったのです」
「ぬ? 揃って実家に帰省って、お主らまさか―――」
「ジェラール様が考えているような事ではありませんので、ご安心を」
「そ、そうか…… 王からの言伝とも言っておったしな、うむ……」
ジェラール、ばっさりと斬られる。地味にダンの視線が背中に刺さって痛い。
「母に会いに行くのです。来たる決戦の日に備えて、竜王の力を借りに」
「あの空飛ぶ方舟を落とすには、それなりの戦力が必要なんだろ? ケルヴィンには借りがあるしよ、やれる事はやっておこうぜ?」
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小説、コミカライズ版と、これからも黒の召喚士をよろしくお願い致します。
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