「不法移民にはもううんざりだ!」というのが2016年のアメリカ大統領選挙でトランプを当選させた一つの要因と考えられていますが、実際のところ、不法移民たちはアメリカでどのような仕事をし、どのような生活をしているのかというと、日本に住むわれわれにとってはわからない面が多いと思います。
本書の特徴は、そんな不法移民の暮らしを社会学者でもある著者が、実際に不法移民たちとともに仕事をし、ともに行動することで明らかにしようとしたところです。
方法論的にはいわゆるエスノグラフィーの手法が取られており、不法移民の中に入り込むことによって、外側からはなかなか見えない彼らの持つ価値観やルールを取り出しています。
テーマ的には今年2月に同じ岩波新書から出た金成隆一『ルポ トランプ王国』と対になるものと言えるかもしれませんし、マクロ的な統計や制度の面からアメリカの移民問題に迫った西山隆行『移民大国アメリカ』(ちくま新書)に対して、「不法移民」と呼ばれる人間の側からこの問題に迫った本とも言えるでしょう。
著者はカリフォルニア大学のバークレー校で研究員と過ごしている中で、閑静な住宅街にあるハースト通りという道沿いに100名近い中南米系の男たちがたむろしているのに出くわします。何日か観察し、ネットなどでも調べることで彼らが仕事を求めている日雇い労働者であることが分かるのですが、著者はさらに自らその中に飛び込んで調査することを決意し、実際に、ハースト通りで仕事待ちを始めるのです(期間は2006~08年)。
ハースト通りには、手配師のような仕事の斡旋をするような人物はいません。また、求人が掲示板に貼りだされたりすることもありません。
ハースト通りに車が入ってくると、仕事を待つ男たちが手を上げてアイコンタクトをします。そして、その車が止まるとそこから交渉が始まります。仕事は清掃、片付け、建設現場の補助、塗装などさまざまで、車が止まると「仕事は何か?」「何人必要か?」「報酬はいくらか?」という交渉が始まり、まとめれば車に乗り込んで現場へと向かいます。
それにしてもなぜ閑静な住宅街の通りに日雇い労働者が集まるのか? これについて、この本では、大型の材木店が隣接していたこと、フリーウェイの出口に近く交通の便が良いこと、住民の平均所得が高く賃金相場も高いこと、雇い主安全性が高くトラブルに巻き込まれにくいこと、の4つが理由としてあげられています(20ー21p)。
アメリカにも日雇い労働の斡旋業者は存在しますが、これを利用できるのはあくまでもアメリカに滞在する資格を持っている者に限られます。そうした資格を持たない不法移民は、ハースト通りのようなストリートや材木店、日曜大工店、レンタカー会社の前などで、仕事を待つことになります。
ロペスというメキシコ人の労働者は「仕事を待つことも仕事」と言っていますが(39p)、1時間10〜15ドル程度の仕事にありつけたとしても、待つ時間を考えると時給で1〜2ドル程度にしかならないことも多いのです。
そんな彼らにもいくつかの流儀があります。例えば、フェルナンドは自分が仕事を取っても内容によってはその仕事を仲間に譲って、皆に仕事が行き渡るようにしていますし、交渉の上手いルイスは、一定以下の賃金の仕事を受けないことで、自分たちの価値を保とうとしています。
また、雇い主を見極める目を持たなければなりません。この本では黒人二人組についていったところ殴られ賃金も支払われなかったという日雇い労働者の話が紹介されていますが(49ー51p)、たとえ暴力を振るわれても不法労働者である彼らは警察を呼ぶわけにはいかないのです。
彼らのほとんどが陸路国境を越えてアメリカに入国しています。中には砂漠を命がけで歩いてきた者もいますが、「一度アメリカまで来てしまえば、死ぬことはない。仕事も食べることもなんとかなるのさ」(63p)と言います。また、コヨーテと呼ばれる密入国の案内人に金を払った人物は、その金をどうつくったのかという問に対して、「メキシコで麻薬を売っていた。短期間でまとまった金を稼ぐには、それしか方法はない。ドラッグディーラーを続けることはできない。他のギャングとの抗争になって命を落とすからな」(65p)と語っています。
彼らはアメリカでさまざまなトラブルに巻き込まれていますが、母国に比べればはるかに「安全」な場所でもあるのです。
しかし、彼らが当初の目的を果たしているかというとそれも疑問です。
彼らの多くは母国の家族に仕送りをするために不法入国したわけですが、日雇いの不安定な仕事では決まった額の仕送りはできず、だんだん母国の家族と疎遠になっていくケースが多いようです。
また、彼らは基本的に働いている時間よりも仕事を待っている時間のほうが多く、その時間を仲間と酒を飲むことで過ごしています。
この本では、グアテマラ出身でグアテマラに遊びに来ていた30歳近く年上の白人女性と結婚したジョニーのことが紹介されています。彼は女性に養われており、働く必要はないのですが、仲間とのつながりを求めてハースト通りに週2、3回やってきます。ハースト通りにはそうした役割もあるのです。
彼らは酒を飲み、人によってはマリファナを吸引します。それがつらい日雇いの日々をやり過ごす手段なのですが、当然ながらその日暮らしの生活から抜け出すのは難しくなります。
このように彼らにとっては憩いの場でもあるハースト通りですが、付近の住民にとって彼らの存在は基本的に迷惑なことです。朝から夕方までたむろし、酒を飲み、小便をする者もいるということで、彼らは歓迎されない存在です。
彼らは「うろつき」、「公共の場での飲酒」などの理由で警察に咎められ、数少ない所持金の中なら罰金を取られます。
そうした取り締まりの中でルイスはマリファナと公共の場での飲酒の罪で刑務所送りになるのですが、ここでは警察に罰金を取られたり、逮捕されるイコール強制送還とはならないようです。また、最後の方では警察に捕まり強制送還されたものの、再びハースト通りに戻ってきたアルベルトというメキシコ人が紹介されています。
この本は基本的にはルポですが、第6章で理論的な分析がなされています。
アメリカの不法移民の約半分がメキシコ出身で585万人いるとされます。さらにエルサルバドル出身が70万人、グアテマラ出身が53万人、ホンジュラス出身が35万人いるといます。メキシコからは微減傾向ですが、国内の治安の悪化からエルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスからの不法移民は増加傾向にあるそうです。また、インド出身の50万人と中国出身の33万人が正規の滞在資格を持たずにアメリカにいるといいます(152-153p)。
こうした不法移民は新自由主義の広がりとともに排除されつつある周縁層の底辺に位置します。
そしてアメリカでは、こうした周縁層を刑罰によって刑務所に収監しています。刑務所に収監されているのは全世界で約900万人いるとされていますが、そのうち200万人以上がアメリカで収監されています(161p)。アメリカでは刑務所の建設がつづいており、監獄・産業複合体が形成されているといいます。
そして、不法移民の多くも「不法に入国した」という罪ゆえに刑務所に収監され、そこで働かされているのです(不法移民と犯罪の関係については前掲の西山隆行『移民大国アメリカ』が詳しい)。
この本の最後に、著者が2015年にハースト通りを再訪したときのことが描かれています。
以前は100名近くがたむろしていましたが、数名の男の姿しかなかったといいます。著者は顔見知りのバルバスという男に他の人間はどこに行ったのか、国に帰ったのかと尋ねますが、バルバスは「どうだろうな。ここにいても仕事はない。どこかに移動したのさ。ハースト通りで日雇いはもう無理かもな。アメリカは貧困の国さ。みてみろよ。俺たちに金を払う奴はいねえ。~一つ言えるのは、ここに仕事がないから他の場所に移動していったとしても母国に帰るようなことはない。それだけはない」(179-180p)と答えています。
ここでは大雑把にしか紹介しませんでしたが、著者の体験や著者が不法移民たちから聞いた話はリアルさがあり、どれも興味深いものばかりです。また、そこからは周縁に追いやられた者たちの生きる知恵や「自治」のようなものも見えてきます。
最後の理論的な部分に関しては、確かにアメリカの「刑罰国家化」といったことは納得できるのですが、そうなると今度は、それにもかかわらず不法移民を送り出す側の国の実情のようなものも知りたくなります(おそらく、不法移民たちもあまり語りたがらない話なのでしょうが)。
とはいえ、読み応えのあるルポであることは間違いないです。
ルポ 不法移民――アメリカ国境を越えた男たち (岩波新書)
田中 研之輔
本書の特徴は、そんな不法移民の暮らしを社会学者でもある著者が、実際に不法移民たちとともに仕事をし、ともに行動することで明らかにしようとしたところです。
方法論的にはいわゆるエスノグラフィーの手法が取られており、不法移民の中に入り込むことによって、外側からはなかなか見えない彼らの持つ価値観やルールを取り出しています。
テーマ的には今年2月に同じ岩波新書から出た金成隆一『ルポ トランプ王国』と対になるものと言えるかもしれませんし、マクロ的な統計や制度の面からアメリカの移民問題に迫った西山隆行『移民大国アメリカ』(ちくま新書)に対して、「不法移民」と呼ばれる人間の側からこの問題に迫った本とも言えるでしょう。
著者はカリフォルニア大学のバークレー校で研究員と過ごしている中で、閑静な住宅街にあるハースト通りという道沿いに100名近い中南米系の男たちがたむろしているのに出くわします。何日か観察し、ネットなどでも調べることで彼らが仕事を求めている日雇い労働者であることが分かるのですが、著者はさらに自らその中に飛び込んで調査することを決意し、実際に、ハースト通りで仕事待ちを始めるのです(期間は2006~08年)。
ハースト通りには、手配師のような仕事の斡旋をするような人物はいません。また、求人が掲示板に貼りだされたりすることもありません。
ハースト通りに車が入ってくると、仕事を待つ男たちが手を上げてアイコンタクトをします。そして、その車が止まるとそこから交渉が始まります。仕事は清掃、片付け、建設現場の補助、塗装などさまざまで、車が止まると「仕事は何か?」「何人必要か?」「報酬はいくらか?」という交渉が始まり、まとめれば車に乗り込んで現場へと向かいます。
それにしてもなぜ閑静な住宅街の通りに日雇い労働者が集まるのか? これについて、この本では、大型の材木店が隣接していたこと、フリーウェイの出口に近く交通の便が良いこと、住民の平均所得が高く賃金相場も高いこと、雇い主安全性が高くトラブルに巻き込まれにくいこと、の4つが理由としてあげられています(20ー21p)。
アメリカにも日雇い労働の斡旋業者は存在しますが、これを利用できるのはあくまでもアメリカに滞在する資格を持っている者に限られます。そうした資格を持たない不法移民は、ハースト通りのようなストリートや材木店、日曜大工店、レンタカー会社の前などで、仕事を待つことになります。
ロペスというメキシコ人の労働者は「仕事を待つことも仕事」と言っていますが(39p)、1時間10〜15ドル程度の仕事にありつけたとしても、待つ時間を考えると時給で1〜2ドル程度にしかならないことも多いのです。
そんな彼らにもいくつかの流儀があります。例えば、フェルナンドは自分が仕事を取っても内容によってはその仕事を仲間に譲って、皆に仕事が行き渡るようにしていますし、交渉の上手いルイスは、一定以下の賃金の仕事を受けないことで、自分たちの価値を保とうとしています。
また、雇い主を見極める目を持たなければなりません。この本では黒人二人組についていったところ殴られ賃金も支払われなかったという日雇い労働者の話が紹介されていますが(49ー51p)、たとえ暴力を振るわれても不法労働者である彼らは警察を呼ぶわけにはいかないのです。
彼らのほとんどが陸路国境を越えてアメリカに入国しています。中には砂漠を命がけで歩いてきた者もいますが、「一度アメリカまで来てしまえば、死ぬことはない。仕事も食べることもなんとかなるのさ」(63p)と言います。また、コヨーテと呼ばれる密入国の案内人に金を払った人物は、その金をどうつくったのかという問に対して、「メキシコで麻薬を売っていた。短期間でまとまった金を稼ぐには、それしか方法はない。ドラッグディーラーを続けることはできない。他のギャングとの抗争になって命を落とすからな」(65p)と語っています。
彼らはアメリカでさまざまなトラブルに巻き込まれていますが、母国に比べればはるかに「安全」な場所でもあるのです。
しかし、彼らが当初の目的を果たしているかというとそれも疑問です。
彼らの多くは母国の家族に仕送りをするために不法入国したわけですが、日雇いの不安定な仕事では決まった額の仕送りはできず、だんだん母国の家族と疎遠になっていくケースが多いようです。
また、彼らは基本的に働いている時間よりも仕事を待っている時間のほうが多く、その時間を仲間と酒を飲むことで過ごしています。
この本では、グアテマラ出身でグアテマラに遊びに来ていた30歳近く年上の白人女性と結婚したジョニーのことが紹介されています。彼は女性に養われており、働く必要はないのですが、仲間とのつながりを求めてハースト通りに週2、3回やってきます。ハースト通りにはそうした役割もあるのです。
彼らは酒を飲み、人によってはマリファナを吸引します。それがつらい日雇いの日々をやり過ごす手段なのですが、当然ながらその日暮らしの生活から抜け出すのは難しくなります。
このように彼らにとっては憩いの場でもあるハースト通りですが、付近の住民にとって彼らの存在は基本的に迷惑なことです。朝から夕方までたむろし、酒を飲み、小便をする者もいるということで、彼らは歓迎されない存在です。
彼らは「うろつき」、「公共の場での飲酒」などの理由で警察に咎められ、数少ない所持金の中なら罰金を取られます。
そうした取り締まりの中でルイスはマリファナと公共の場での飲酒の罪で刑務所送りになるのですが、ここでは警察に罰金を取られたり、逮捕されるイコール強制送還とはならないようです。また、最後の方では警察に捕まり強制送還されたものの、再びハースト通りに戻ってきたアルベルトというメキシコ人が紹介されています。
この本は基本的にはルポですが、第6章で理論的な分析がなされています。
アメリカの不法移民の約半分がメキシコ出身で585万人いるとされます。さらにエルサルバドル出身が70万人、グアテマラ出身が53万人、ホンジュラス出身が35万人いるといます。メキシコからは微減傾向ですが、国内の治安の悪化からエルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスからの不法移民は増加傾向にあるそうです。また、インド出身の50万人と中国出身の33万人が正規の滞在資格を持たずにアメリカにいるといいます(152-153p)。
こうした不法移民は新自由主義の広がりとともに排除されつつある周縁層の底辺に位置します。
そしてアメリカでは、こうした周縁層を刑罰によって刑務所に収監しています。刑務所に収監されているのは全世界で約900万人いるとされていますが、そのうち200万人以上がアメリカで収監されています(161p)。アメリカでは刑務所の建設がつづいており、監獄・産業複合体が形成されているといいます。
そして、不法移民の多くも「不法に入国した」という罪ゆえに刑務所に収監され、そこで働かされているのです(不法移民と犯罪の関係については前掲の西山隆行『移民大国アメリカ』が詳しい)。
この本の最後に、著者が2015年にハースト通りを再訪したときのことが描かれています。
以前は100名近くがたむろしていましたが、数名の男の姿しかなかったといいます。著者は顔見知りのバルバスという男に他の人間はどこに行ったのか、国に帰ったのかと尋ねますが、バルバスは「どうだろうな。ここにいても仕事はない。どこかに移動したのさ。ハースト通りで日雇いはもう無理かもな。アメリカは貧困の国さ。みてみろよ。俺たちに金を払う奴はいねえ。~一つ言えるのは、ここに仕事がないから他の場所に移動していったとしても母国に帰るようなことはない。それだけはない」(179-180p)と答えています。
ここでは大雑把にしか紹介しませんでしたが、著者の体験や著者が不法移民たちから聞いた話はリアルさがあり、どれも興味深いものばかりです。また、そこからは周縁に追いやられた者たちの生きる知恵や「自治」のようなものも見えてきます。
最後の理論的な部分に関しては、確かにアメリカの「刑罰国家化」といったことは納得できるのですが、そうなると今度は、それにもかかわらず不法移民を送り出す側の国の実情のようなものも知りたくなります(おそらく、不法移民たちもあまり語りたがらない話なのでしょうが)。
とはいえ、読み応えのあるルポであることは間違いないです。
ルポ 不法移民――アメリカ国境を越えた男たち (岩波新書)
田中 研之輔