むかし、一緒に働いた方から「なぜタスク管理をしないのか」と問われた事がある。
だが、その時の私には、多くの人が思うように、なぜタスク管理が必要なのか、それにどのようなメリットがあるのか、正直よくわからなかった。
というのも、上から出された指示はそう忘れるものではない。
百歩譲って、忘れそうなときにはメールで貰えばよいし、手帳もある(今ではスマートフォンもある)。
また、いちいちタスクを書き出して管理をするという手間が、むしろ仕事を遅らせるのではないかと思っていたからだ。
私は言った。
「タスク管理ですか……。指示はちゃんと覚えてますから大丈夫ですよ。」
すると彼は言った。
「もしかして、タスク管理を面倒くさそう、とか思ってる?」
図星だったが、私は平気な顔をした。
「いえ、なんか仕事をやらされている感……というか仕事に追われるのが嫌なんです。」
「ふーん。」
彼はニヤリと笑って言った。
「タスク管理は上司のため、とか仕事のため、と思われてるけど、」
「はあ。」
「本当は100%自分のため。もっと言えば、プライベートの充実、生活のクオリティをあげるためにやるものだよ。」
面倒な話か……と思ったが、私は彼の意図を汲もうとした。
「ミスをしたり、指示を忘れたりすると怒られるから、きちんと予防線を張っておけ、ということですよね。」
「いやいやいや、そんな堅苦しい話じゃないって。どうも君は余裕を失ってるようだね。」
「そうでしょうか。」
彼は私を見て言った。
「君はそれはタスク管理をすると「仕事に追われる」と言ったね。」
「はい。」
「それ、逆だから。タスク管理をしないから、仕事に追われるんだよ。今みたいに。」
私は「ぎく」っとした。
「そんなことないですよ。追われてなんかないです。」
「だって君「どれくらい休んで良いのか」って、わからないでしょ。今日は休日にして良いのか。早く帰っていい日か。」
「休みくらいとれます。」
「そう?休みながらいつも仕事が気になってるんじゃないの?」
私は白旗をあげた。
それは事実だったからだ。
「……はい。気になってます。いつも仕事が気になって、休日も休んだ気がしません。」
「真面目だねぇ〜」
「からかわないでください。どうすれば良いんでしょう。」
「だから、タスク管理だって。」
タスク管理の目的
彼はホワイトボードに、「タスク管理の目的は?」と書いた。
「はい。どう思う?」
「どう思うって……仕事を忘れないためでしょう。」
「いやいや、そこが間違いのもとだよ。」
「え?」
「タスク管理の目的は、「忘れないため」じゃない。」
「ではなんですか?」
「タスク管理の目的は、「忘れていいようにするため」だ。」
「……言ってること、同じじゃないですか? 記録したから、忘れない。記録したから、忘れていい。」
「いや、忘れないように書く、のと忘れて良いように書く、のでは全くちがう。」
「なぜですか?」
「忘れないように、という目的で始めるならば、主は「頭の中」だ。そうすると「覚えているから書かなくて良いや」と思ってしまう。書くのは面倒だからね。でも、結局休日の「仕事が気になる」というストレスからは開放されない。」
「まあ、そうですね。」
「忘れて良いように、という目的で始めるなら、主は「タスクが書かれている紙」だ。そうすると「覚えたくないから、書いておこう」と思うようになる。そうすると休日には頭を空っぽにできる。」
「なるほど……。」
タスク管理のメリットは何か。
彼は次に、「タスク管理をすると何が改善されるか」とホワイトボードに書いた。
「はい、次はこれ。」
「さっき言ってた、休日に仕事のことを考えなくて済む」
「はい。まず一つ正解。他には?」
私は考え込んだ。
「んー、どうですかね……。仕事を俯瞰できる気がしますが。」
「おお、ほぼ正解。」
「ありがとうございます。」
「書き出すことで、自分のやっていることを客観的に捉えることができる。」
だんだんタスク管理に興味が湧いてきた私は、彼に聞いた。
「具体的に教えていただけませんか?」
「例えば、自分が提案書を書くことになったとする。」
「はい。」
「頭の中だけで仕事を管理している人は、「あー、来週までに提案書を書かなきゃ」と思う。」
「そりゃそうです。」
「で、いざ取り掛かると……、アイデアが出ない、アレを確認してない、この資料が足りない、と一種の混乱状態になる。で、ついついネットを見ているうちに時間だけ経っていく。焦る。こんな経験ない?」
「超あります。昨日もそうでした。」
「でしょ?タスク管理ってのは、タスクが書き出されている。だから「提案書を書く」を俯瞰して、整理できるんだ。」
「なるほど。」
彼は力説した。
「仕事を整理すれば、「資料を用意する」「お客さんに確認する」「アイデアを上司に相談する」とか、やるべきことがはっきりする。これ、成果がすごく上がると思わない?」
「思います。生産性も上がりますね。」
「でしょ?タスク管理は、必然的に仕事を分解するから、生産性をあげるんだよ。」
「なるほどー。」
「で、他にもメリットがある。」
「まだあるんですか。」
「もちろん。」
私はまた考え込んだ。
タスク管理のメリット……。
「ヒントを出そうか?」と彼が言う。
「おねがいします。」
「君は、「仕事の順番」をいつもどうやって決めてる?」
「納期順です。」
「本当に、納期順でいいと思うかい?」
私は戸惑った。それが「当たり前」だと思ってきたからだ。
「逆に聞きますが、納期順ではない選択肢なんて、あるんですか?」
「もちろん。答えは重要度だよ。」
私は「またその話か」と思った。
「重要度と緊急度、そんな話私も知ってますよ。」
「じゃ、なんでやらないの?」
「緊急度=重要度だからですよ。納期が迫っている仕事が重要です。」
「じゃ、例え話を出そう。社長から3日後までの宿題を出された。結構タイトな仕事だ。頭も使う。でも今、同時に同僚から頼まれた2日後までの営業リストの整理の仕事もある。仕事自体は簡単だけど、時間がかかる。どちらをやる?」
「そりゃ……社長のほうです。」
「その通り。」
「でも、殆どの仕事は重要度=緊急度と考えてよいのでは?」
「ちがうね、仕事ができる人ほど、重要度と緊急度は異なることを知っている。逆に、仕事ができない人は重要度と緊急度が同じになってしまっている。さて、君は後者なのかな。」
彼は言った。
「ここまで説明して、タスク管理をやらない理由があれば、もう自由にすればいいんじゃないかな。たぶんその人がやらない理由は「新しい試みは面倒くさい」という理由だけだと思うから。」
辛辣な一言であった。
後日、私はタスク管理ツール(といっても手帳だった)を導入し、本格的にタスク管理を始めた。
今、タスク管理を始めて、もう10年以上になる。
今ではすっかり、タスク管理が日常の一部となったが、先の彼にはとても感謝している。
なにせ、私には人生を変えるくらいのインパクトがあったのだから。
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