大阪・西成で献身的な医療活動を続けてきた「西成のマザーテレサ」こと矢島祥子さんの部屋を「クリーニング」したという男性の存在を前々回で発表した。被害者の矢島さんの部屋からは、他人の指紋はおろか矢島さん本人の指紋すら検出されなかった理由を裏付ける証言だった。
あの原稿から数週間が過ぎたある日のことだった。西成に強いネットワークを持つ仲介者から、矢島さんの元恋人と称する男性の取材ができそうだという連絡があった。某ニュース番組で自ら「元極左」という経歴を匂わせ、「矢島さんは自殺だった」と断言した人物である。
当初からこの男性が自殺説を後押ししたため初動捜査が遅れたのではないか、と筆者は疑問を抱いていた。遺族も同じ気持ちだったかもしれない。男性には聞きたいことが山ほどあったが、取材する上での条件をいくつか出してきた。それは「名前は出さない。写真は撮らない。答えたくない質問には答えない」というものだった。
西成の一角から少し離れた喫茶店にその男性――「自称元恋人」は現れた。筆者の名刺を一瞥して、「なんだ、大手(マスコミ)じゃねえのか」とつぶやいた。
◇
――矢島祥子さんの件でテレビ局の報道で出た方ですよね。
「そうだ」
――あの時、「ある過激派組織に属していた」と話していましたね?
「そうだ、俺は昔から。今もそうだ」
――矢島さんとはどの様な関係だったのか?
「男と女の関係だった」
――今回色々取材して聞きまわったのですが、お二人が恋人関係だったという証言はあなた以外からは得られなかった。
「そんなの勝手だろうよ」
――確かに男と女の関係はわからない。片方の当事者は殺されていますから真実は誰にもわからない。
「何でお前がそんな事に口をはさむんだよ。もう過ぎた話しだろ」
――まだ事件は解決していないし、ご遺族も心を痛めている。あなたがテレビで話していた、いつも肌身離さず持ち歩いている「遺書」と称する葉書を見せてほしい。
恋人「持ってないよ。今日はたまたま持っていないんだ。ないものはない」
そして自称元恋人の男性はここでいきなり居直った。
「それよりも今回の謝礼はいくら貰えるんだよ。東京のテレビ局はちゃんと金を払ってくれたぞ。だから俺は喋ったんだ。生きていく上には金は絶対に必要だ、それくらいわかるだろ。こっちは好意で話してやってるんだ。それなのに謝礼も渡さないのか。反対に失礼だろうが。いくら出すんだよ」
その後は、こちらからたいした金額を引き出せないと気付いたのか、男性は急に口数が重くなってしまう。
「......こっちはさっちゃんと色んな関係だった、それがお前らにわかるか」
――わからないですよ。だから教えてもらいたい。
「教えるわけにはいかないな」
――それは金をテレビ局のように大金を払わないからか。
「色んなからみがあるんだよ。ここのルールもあって、余計な事は話さないし、首を突っ込まない」
――だけどあなたはもう首を突っ込んでいる。それもどの様ないきさつでマスコミに接触したのか、テレビで顔にモザイクかけて意気揚々と話していた。テレビには自分から電話したのか?
「それは言えない」
――挨拶状としか思えない葉書をあなたは「遺書」だと説明していた。これはあくまでも私の勝手な推測ですが、あなたは誰かに命令されて証言したように思えます。
「俺が誰に頼まれた、と言うんだよ」
このあたりから男性は落ち着きの無い態度を取り始めていた。早く帰りたい様子がこっちにも伝わってくるのだ。その理由はその数分後にわかった。いつの間にか喫茶店の店内には、いかにも暴力団員風の男が客として居座っていたのだ。遠目にこちらを何度も確認している様子が見えた。
男性は彼らに頭を下げていた。タイムアップ。今が潮時だと感じた。
――もう一度時間いただけますか?
「何でだよ」
――遺書と称した葉書の現物を見せてほしい。
「考えとくわ」
この言葉で仲介者が間に入った。「今日は引いたほうが身のため」という合図だった。
その喫茶店から出ると、店内にいた暴力団員風の男も1人が筆者の後を着いてきた。すぐにタクシーに乗って西成を離れたので、その後のことはわからない。果たしてこれは偶然なのか。
この暴力団員風の男が、偶然この店に入り、偶然、筆者と同じタイミングで店を出たのかもしれない。だが、この喫茶店は雨で労働者が休みの日以外はほとんど客が入らない店なのだ。そんなことを思うと、一瞬にして背筋に寒気が走る。
「アイツは変なことに首を突っ込んだ」
突然、西成の住民の言葉が筆者の脳裏に浮かんだ。
<続く>
【前回の記事】「アイツは変なとこに首突っ込んだ」関係者も謎の焼死...西成マザーテレサ不審死事件【短期連載3】
マザーテレサ事件解説はコチラ⇒久田将義の延長!ニコ生ナックルズ
Written Photo by 西郷正興