クーデターが勃発か? 欧米が”世界最悪の独裁”と呼んできたジンバブエ、その歴史的経緯と実態とは

ジンバブエの武装蜂起の背後には、いかなる歴史的経緯があったのか? 軍が排除しようとした「クリミナルズ」とは一体だれなのか? 「世界最悪の独裁者」と呼ばれたムガベ大統領の「真実」に迫る。2017年11月18日放送TBSラジオ・荻上チキ・Session-22「クーデターが勃発か?欧米が”世界最悪の独裁”と呼んできたジンバブエ、その歴史的経緯と実態とは」より抄録。(構成/芹沢一也)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

2000年代にハイパーインフレを経験

 

荻上 本日のゲストをご紹介します。三井物産戦略研究所欧露・中東・アフリカ室長を務め、『ボコ・ハラム イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織』『日本人のためのアフリカ入門』などの著書がある白戸圭一さんです。よろしくお願いいたします。

 

白戸 よろしくお願いします。

 

荻上 ジンバブエにリサーチにいらしたのはいつ頃だったのでしょうか?

 

白戸 最初に行ったのは1993年ですから、もう24年前になります。その後、2004年から2008年にかけて、毎日新聞記者として、お隣の南アフリカ・ヨハネスブルグに駐在しました。プライベートで家族を連れて行ったことあります。ジンバブエはアフリカのなかでは、小さな子どもを連れていても、安心して快適な旅行ができる数少ない国ですね。

 

荻上 最初に訪れた93年頃のジンバブエはどのような雰囲気でしたか。

 

白戸 その頃のジンバブエは安定した裕福な国でした。ただよく知られているように、そのあとジンブバブエはハイパーインフレに襲われます。ぼくが最初に行った当時は、1アメリカドルが12ジンバブエドルだったのですが、2015年には年率2億パーセントのインフレになりました。2015年のレートだと、日本円の1円で300兆ジンバブエドルです。

 

荻上 300兆!

 

白戸 短期間の間に、そこまで経済が崩壊したんですね。

 

荻上 1万円を換金したら単位が京ですね。そんな状態ですと貨幣として使えないですね。

 

白戸 そうですね。90年代の後半くらいから、ジンバブエから南アフリカへの出稼ぎが増えます。正確な数字はわかりませんが、人口が1600万くらいの国で、300万人くらいの人が、南アフリカに出稼ぎに行っていたのではないかという推計もあります。

 

この出稼ぎ労働者たちが、南アフリカの通貨であるランドを持って帰り、それを使用して生活をするというふうになっていました。そうしたかたちで、経済が回っているといえば回っている。ハイパーインフレのもとでも、餓死者が相次いでいるといった状況ではなかったです。

 

荻上 ほかに生活上の変化は感じましたか?

 

白戸 2003、4年ころから、食料がなかなか手に入りにくくなりました。とくに主食のメイズ、日本でいうトウモロコシですね。といっても、日本人が食べる黄色いトウモロコシではなくて、粉にして茹でて食べる白いトウモロコシです。こういうものがなかなか手に入りにくくなりました。

 

それから通貨がこういう状況になってしまうと、輸入が困りますよね。あとはガソリンです。私も2004年に行ったときは、ガソリンを手に入れるのにかなり苦労しました。

 

 

クーデターは大統領夫人への不支持から?

 

荻上 それだけ経済的に不安定な状況になると、政治が腐敗したり、治安が乱れたりすると思うのですが。

 

白戸 もちろん犯罪はあります。けれどもジンバブエの場合は、1980年に旧イギリス領から独立を勝ち取った時点で、アフリカのなかでは相対的に規律ある軍を下敷きにした政権が成立しています。そのため、非常に軍の練度も高いし、規律意識も高いんですね。ですから、ガバナンスがどんどん崩壊し無政府状態に、ということは起こっていません。

 

日本人は今回のクーデター騒ぎ、というか武装蜂起を見て、野蛮な集団が暴力で政治を変えようとしているように思ってしまいがちです。しかしそうではなくて、国のなかでもっとも規律あるエリート集団である軍が、現状を見るに見かねて、なんとか国の混乱を軟着陸させたい、ということで、今回の蜂起に至っているんです。

 

荻上 たしかに自宅軟禁下にありながら、ムガベ大統領が表に出てきたりしていますね。

 

白戸 軍自身が最初の声明で、クーデターを否定しています。また、ムガベ大統領が安全であるということも言っています。大統領を殺害するとか、放逐するとかではないんですね。排除の対象は大統領本人ではなく、周辺のクリミナルズ、犯罪者たちだという言い方をしています。

 

名指しはしていませんが、おそらく大統領の41歳年下のグレース夫人を指しています。夫人とその取り巻きを排除する、と考えるのが一番自然です。最後は本人に、できればお辞めいただけませんでしょうか、ということで、クーデターを主導した軍の高官とムガベ大統領が、カメラの前で握手をしている写真まで公開されています。

 

荻上 今のご指摘ですと、ムガベ大統領個人というよりも、周辺の人物を含めた政権が問題だという意識があるのですか?

 

白戸 今回のクーデターというか武装蜂起、これが11月14日の深夜から11月15日の未明にかけて起きますが、少し前の11月6日に、第一副大統領のムナンガグワ(※)がムガベ大統領に解任されています。この第一副大統領、75歳の方なんですが、93歳になるムガベ氏の後継者とみられていました。かつこの方は、植民地解放闘争を戦い、独立後は国防大臣として軍を統括してきた人なんですね。

 

※このあと、ムガベ大統領の辞任を受け、ムナンガグワ前第一副大統領が24日、大統領に就任した。

 

彼が解任されたことによって、大統領夫人のグレースが、次期大統領の最有力候補として浮上したんです。ところが、グレース夫人はいろいろ問題のある方でして。あだ名が「グッチ」グレースなのですが、要するに全身高級ブランドでかためて、夫の権力を傘にやりたい放題。今年の8月には訪問先の南アフリカで、暴力沙汰、暴行事件を起こしたのですが、国家元首の妻の免責特権を主張して、本国へ帰ってしまいました。

 

ムガベ大統領には、独立前の時代から苦楽をともにしたサリーという夫人がいました。サリーさんは大統領夫人となってからも、国民からもとても敬愛された人だったのですが、1992年に病気でなくなったんですね。そのときにムガベ大統領の秘書をやっていたのが、今の夫人です。要するに愛人になるわけです。グレースさんには当時、夫がいたのですが、そのあと離婚して、ムガベ大統領の後妻になりました。それが1996年だったと思います。

 

ムガベ大統領とグレースさんが結婚したころから、ジンバブエの経済政策がうまくいかなくなっていきました。大統領が常軌を逸したことをしはじめ、欧米諸国も世界最悪の独裁者だと言うようになっていきます。これは欧米の勝手な言い分なのですが、ただそう言われても仕方のない、常軌を逸した政策を次々にとるようになっていきました。

 

今回の武装蜂起は、第一副大統領の解任と、その結果、次期大統領として浮上したグレースに反対して起こったものだと思います。これは私の推測ですが、かつて革命をムガベ大統領とともに戦った誇り高い軍人や、その後輩の若い軍人たち、あるいは退役軍人たちからすると、大統領にまともな判断を失わせた元凶のひとつは今の妻だ、という感覚があるのではないでしょうか。

 

その妻が、いよいよ93歳で先も長くないであろう大統領の後釜に、つまりジンバブエの革命政権の第二代大統領になるのは絶対に許せない。そういう感覚を持っている軍人、あるいは退役軍人は、かなりいるのではないかと思います。

 

ただし軍も、ムガベ氏をクーデターで打倒して新政権を樹立した、ということになるとよろしくない。国際社会、とくにアフリカ連合は、クーデターを認めません。どんなにひどい政権であっても、ちゃんと選挙で引きずり下ろせと。ムガベ大統領は6回選挙をやって、6回とも当選してきているわけです。

 

 

「英雄」から「史上最悪の独裁者」へ

 

荻上 国民が選挙で選んでいる。

 

白戸 もちろん不正はありますよ。野党に対する弾圧もあります。そういう意味では公正な選挙とはいえない。しかしそうはいっても、野党候補も30何パーセントくらいはとるような選挙ではあるので、それなりに国民も野党候補に投票することはできる。

 

ムガベ大統領というのは、そういう状況下においても、60何パーセントの票をとって再選されてきている人なんです。国民を脅して、不正に不正をかためた挙句に当選しているのではありません。外国人の目には非合理に見える選択かもしれませんが、国民の一定の支持を得てここまで来ていることも事実なんですね。

 

荻上 民意に支えられ、長い歴史のあいだ大統領の座に就き続けてきた、正当性をもった人物だったわけですね。

 

白戸 アフリカのほかの国から見ても、少数の白人支配を打倒したムガベは、少なくともある時期までは、ネルソン・マンデラに次ぐような英雄でありました。

 

独立した時点でジンバブエには450万人くらい人口がいて、そのうち白人は10万人くらいでした。世帯数で言うと、白人の農家は6000世帯くらいだったんです。6000世帯しかないイギリス系の白人が、農地の45パーセントを支配していた。残りの450万の黒人というのは、それ以外の土地に押し込められていた。かつてはアパルトヘイト人種隔離時代の南アフリカのミニチュア版みたいなところだったんです。

 

それを打倒してきた人なので、やはりジンバブエ国民ならず、アフリカ大陸全体に、ムガベ大統領に対するとても強い尊敬の念があるんですよ。とくに高齢者世代のあいだでは、その念が強い。

 

それを否定してまで、つまり今回の武装蜂起では、彼のことを殺害してまで政権をとるというのは軍としては非常に厳しい選択です。ですから、名誉ある撤退というかたちで、「そろそろ大統領、お休みになられませんか」というふうに辞任を求めています。

 

荻上 グレースさんと結婚してからのムガベ大統領は、どのような政策をとるようになったのですか? さきほど、常軌を逸したとおっしゃっていましたが。

 

白戸 ジンバブエが直面していた問題のひとつは、農地でした。土地をどうするかという問題です。そこで土地収用法という法律をつくって、賠償金を払った上で白人の土地を収用し、それを黒人に再分配しようとしました。ですが、賠償金の財源がないので、うまくいかないんですね。

 

そこで財源を旧宗主国のイギリスに求めるのですが、それも承諾を得られない。そういうなかで、だんだん政策的に行き詰まっていく。2000年代に入るくらいから、白人農家から暴力でもって土地を取り上げるようになりました。黒人の武装勢力というか、いわゆる私兵集団に襲撃させて、土地を奪いとる。そういうことをやってくようになります。

 

荻上 そして、欧米からは史上最悪の独裁者という評価がなされていく。

 

白戸 とくにイギリス政府にしてみると、ジンバブエの白人はイギリス系の人々ですから、イギリス国内向けに世界最悪の大統領だと言わないとダメだというのがあります。そこにブッシュ政権が乗っかって、ムガベ大統領は圧政の拠点だと、イギリスに歩調を揃えるわけですね。これはイギリスに、アメリカのイラク戦争に協力してもらうのとバーターになっていたと思います。

 

英米が騒げば、日本メディアはそちらに引きずられますから、そうすると日本人もなんとなくよくわからないけど、ムガベ大統領は悪いやつだと思いはじめる。そのような国際世論が、西側で醸成されていったという経緯があります。【次ページにつづく】

 

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